ぼくらはみんな、いきて、いる

 ある日ギルドに、BEEシステムを介して送信された、奇妙な依頼が出ていた。
「『私の体を、全て取り戻してほしい』、か」
 妙な依頼だと思いつつ、ボイドはなんとなくそれが気になった。
 場所が重危険指定区域の森林地帯ということ以外、ほとんどなにも分かっていない。
 胡散臭い依頼は敬遠される。しかもあまり報酬が良くない。バカ高いよりは信頼できるが、なんにせよ、こうだ。「こんなわけの分からない仕事をこんな安価でできるか馬鹿野郎」。
 だが今日は、とにかく重危の森林地帯で仕事がしたくもあった。
 理由は、背中にいる。

 拾ってきた少年……というより幼児、名前は「G」ということに決まった。
 ほんの三つかそこらのくせに、SS級も真っ青というテクニックを無造作に使いまくる。そして何故か、「元に戻るためにたくさんエネミーを倒さねばならない」宿命らしい。ボイドにはまるで理解できないが、そんな思い込みの真偽はともかくとして、エネミー狩りに協力してやること自体はやぶさかではない。
 ただ、困るのだ。こんな突拍子もないお子様を他人に見られるのは。
 よって、その時刻できるだけ他に人がいない場所で戦いたいのである。
 今日の午後二時から三時は、重危の森だった。

 ただエネミー狩りをするだけならば依頼を受けることはないが、一人増えた分の生活諸経費の確保も重要事項だ。
 内容は胡散臭いが、これが妥当だろう。胡散臭くもあるが、興味も覚える。
 戦闘力に不足はないし、そういった危険の回避能力については、ボイドにもそれなりに自信があった。
「これでいいか?」
 背中の小さいのに問う。なにも親切心からおんぶしているわけではない。こうしてやらないとモニターが見えないだけだ。なにせおよそ三歳児、背伸びをしてもカウンターに頭が出ない。Gは少し考えて頷いた。不満そうな顔に見えるが、一ヶ月ほど付き合ってなんとか判別がつくようになった。これは「まあいいだろう」くらいに違いない。

 それにしても、とボイドは自分の言語記録を思い返した。
 たしかGとここで初めて会った時、「父親に連れられてギルドに来ていて、それで見よう見真似でハンターズごっこをしているのでは」と考え、「どこの世界に子連れで仕事に来るハンターズがいるか」と思い直したのだ。
 だが現状はどうだ。
 自分の背中にしっかりとお子様がいる。
 呆れた視線とくすくすと笑う声が途絶えることはない。

(まあ、構わんが)
 笑われているなら、それでいい。それは、しばらくハンターズとして生きている内に辿り着いた結論である。
 この、マンの女性の平均以下という小柄な体も、笑われるならばそれでいいのだ。なんのためのこのサイズか、その理由はとても笑えるものではない。だが今はそれが笑い話の種になる。妙に小さなヒューキャスト、しかも子連れハンターズと笑われるのも、別に悪くはない。
 周囲の反応に関しては、Gも完全無視の姿勢を保っている。笑う声も他人の揶揄も、まるでゴミでも見るようにしか見ていないし聞いていない。かわいくはないが、泣いたりするよりはいいだろう。
「あの、連れて行かれるんですか?」
 ギルドの受付嬢に尋ねられ、ボイドは曖昧に誤魔化して逃げた。

 ポートに向かい、森林地帯に入る。
 依頼受諾と引き換えに受け取ったメールを確認すると、発信者はライオネルというヒューキャスト。エネミーに襲われて五体が四散してしまったらしい。
(難しいな)
 とボイドは思った。五体バラバラで、意識は正常を保っている。こうなると、回収後の処置は両極端だろう。戦績が良ければ、人手不足であるから、損傷レベルはあえて低く算出して復帰させる。だが戦績が悪ければ、より優秀な機械製品を作る素材として分解されるしかない。
 回収した後のことまで考えておかないとまずい。
 と考えるボイドの良心的な発想など関係なく、Gは背中から飛び降りると、さっさとゲートへと向かってしまった。
(やれやれ。そういうことを考えるのが俺の役目ということか)
 どうせ戦闘は、G一人でどうとでもなるのである。

 今日も元気に(?)ギフォイエが炸裂する。
 広場は一瞬で焦土と化す。
 うかつに近づいて巻き込まれてはたまらないので、ボイドは離れたところで観戦する。
(本当に何者なんだろうな)
 ガッシュという名の男がなにか知っているはずだと思うのだが、どこにも見つからない。ギルドのメンバーデータをハッキングすれば分かるに違いないが、そんなことがボイドにできるはずもない。
「いくぞ」
 考え事をしていると呼ばれた。もうそこにはエネミーの姿はなかった。

 ライオネルのメールでは、なにか井戸のようなところにいる、という。
 いくつか心当たりの場所を覗いたが、どこにもそれらしき発見はなかった。
 疲れたと言われ、肩車をしてやる。途端、頭に掴まったGが、急に
「どーむ」
 と言った。
「ドーム?」
「せんとらるどーむ。ちかくにへんなとこあった」
「なにか思い出したのか?」
「……それだけだ」
 エネミーを倒した効果なのだろうか。
(まさかな)
 今ひとつ信じられはしない。それでも、記憶にかすかに残っている場所には違いない。だとすれば、G自身についてなにか分かるか、思い出せるかもしれない。
「行ってみるか」
「ん」
 ボイドはGを肩車したまま、セントラルドーム方面へのテレポーターへ向かった。

 セントラルドームに通じる高台には、三つばかりのテレポーターがある。
 一つは完全に機能が停止しているが、指定座標はずいぶん離れた高山部らしいと言われている。
 一つは公園内のテレポーターとの往復用だ。
 残る一つは、下水道整備のための連絡通路に通じていたと言われている。ただしその入り口は、今はもう塗りつぶされている。ただ、たしかにそこは井戸のようにくぼんだ場所だった。
 そしてそこに、お探しのライオネルはいた。
 いや、いたというよりあった。
 金色の生首が一つ、ころんと転がっていたのである。

 ボイドはぎょっとした。だが肩になんの反応も感じられないということは、Gは驚きもしていないのだろう。ただ、興味はあるようだ。ぺたりと後頭部に張り付かれる。もっとよく見たいに違いない。
 屈んで覗き込む。
 途端、ごろんと生首が転がった。
「うわっ」
「ああ、やっと助けが来た」
 挙げ句にその生首は、喋りだした。
 正直、不気味である。
「貴方がライオネルか」
 動揺を向こうへ追いやってボイドが尋ねると、金色の頭部は嬉しそうに肯定した。

 

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