ひろいもの

 ボイドはとにかく人の名前や特徴、人と人との関係を覚えない。
 覚えられない仕組みになっている。
 決して欠陥ではなく、そういう仕様のAIなのである。名前、外見の特徴、関係といったものは、分類された後束の間は保持されるが、間もなく消去される。記録にも残らない。
 繰り返し繰り返し接触し、よほど意識していないと、記銘されないのである。

 以前は周囲の人間もそういう仕組みの戦闘アンドロイドがいることを承知していたし、それを必然の仕組みだと知っていたが、今は違う。
 一度会った相手と再会し、「会ったことがあったか?」と問うと、非常に嫌な顔をされることが多かった。名前を忘れてしまっているのも、減点らしい。
 できるかぎり記憶しようと努力はしているのだが、親友のロックでさえ、名前を覚え親しく行き来するようになるまでには、数ヶ月かかっているのである。一度会ったきりの相手のことなど、簡単に覚えられるはずもなかった。
 無論、中にはそういったことにこだわらない者もいる。「こういう仕組みなんだ」と言うと、ひどく驚かれたり不思議がられたりはするが、次からは「また忘れてるのか、いつになったら覚えてくれるんだ」と軽く流してくれる。これはありがたい。深刻になられても困るのだ。

 困ると言えば、欠陥アンドロイドだと思われるのは、もっと困った。
 仕事の相棒を頼もうと思って声をかけたが、メモリに損傷のあるような奴とは組めない、と言下に言い置いてさっさと去ってしまったフォーマーを見送って、ボイドはどうしたものかと少し考えた。
(短絡的な奴だな)
 だが、ああいう人間を友人にし、しっかりと記憶したいとは思わない。
 言えないことも多い身であるから、なんとない暗闇ごと、おおらかに受け入れてくれるような相手でないとやがてぎくしゃくするのは分かりきっている。
 それに、大勢の友人がほしいとも思わない。本当に信頼できる、決して「敵」になることはないし、もしなったとしてその命を奪っても、罪悪感や痛み、悲しみを背負って生きてもいいと思える、そんな相手が数人いれば、それでいい。

 ただ、矜持や信念と生活は、別である。
 今は、早急にある程度まとまった金が必要だった。
 そのため重危険指定区域に入ろうと思うのだが、一人では無理だと判断した。
 戦闘能力自体に不備はない。ただ、過密フォトンの生み出す超重量のエネミーを相手にするには、ボイドの体重は軽すぎるのである。
 耐熱性や蓄エネルギー量といったものを犠牲にし、バカげて高価な軽量硬質金属を用い、同じ体格のマン以下の軽さと、一般的な戦闘アンドロイドのパワーを持っている。今まではそれで充分以上に戦えたが、それは相手があくまでも人間か、それに近い体格と体重のものだからに過ぎない。
 おかげで、危険指定区域にいれば「何故こんなところにいるのか」と不思議がられるのに、重危険指定区域では途端に苦労するという、おかしなことになっている。
 そんなボイドの事情などに関係なく、高額の仕事は全て、より危険度の高い区域のものなのは、言うまでもない。

 明日までに2万メセタとなると、のんびりしている時間はない。
 ボイドはカウンター傍の端末の一つを開いた。
 最悪ロックに借金でも頼めばいいが、友人との間には貸し借りは持ち込みたくなかったりもする。
 とりあえず相棒募集のメッセージをボードに出し、二時間待って反応がないようならば、なんとか一人でこなしてみるしかないか、と腹をくくった。

 その矢先―――。
 ほんの四つかそこらの子供が、ギルドの中に入ってきた。
 子供としか呼べないようなハンターズもいないわけではないが、いくらなんでもこれは小さすぎる。
「少年、迷子か?」
 入り口近くにいたレイキャシールが、素っ気無い口調とは裏腹に、傍へ屈んで尋ねる。
 と、その子供は無愛想に彼女を睨みつけ、それっきり無視してカウンターに近づいてきた。
「おいおい、ここは危ないぞ?」
 人のよさそうな赤毛のヒューマーが言うが、それも無視。
 少年はとことことボイドの隣の端末の前に来た。
 背伸びをしても、その手がカウンターの上には届かない。
「あら、ダメよボク。おもちゃじゃないんだから」
 慌てた受付嬢が飛んできてやめさせるのも、少年はじろりと睨み上げただけだった。

「まさかいっぱしのハンターズ気取りか?」
「にしても愛想のねえガキ」
「かわいくなーい」
 ざわざわと少し騒がしくなりながら、大半のハンターズは子供のことは放っておくことにしたようだ。
 中に一人、物好きなのかなにも考えていないのか、金髪を逆立てた若いフォニュームがいて、
「これ触りたいの? ほんじゃだっこ〜♪」
 と、少年を後ろから掴まえて持ち上げた。幸い今は混雑しているということもない。触らせた程度でおかしくなるような機械でもない。案内嬢は苦笑気味に定位置に戻っていった。

 ギルドのメインコンピューターには、全てのハンターズの生体フォトン波が登録されている。それで「何者か」を判別する仕組みだ。
 端末の隅にある感知センサーに、少年が手を翳す。
 ピリッと甲高い音がして、端末が反応した。
 途端、
「うっそん!?」
 と、フォニュームが大きな声を立てた。
 首さえ横に傾げれば覗ける距離だった。だからつい、ボイドも覗いてみた。
 モニターには、「該当者なし」のメッセージではなく、メニューが表示されていた。
 つまり、この少年……というより幼児は、れっきとしたハンターズだということに、なってしまう……。

「うっわ〜、なにこれ。ボイドさん、この子何者かなぁ?」
「え?」
 いきなりフォニュームに名前を呼ばれてボイドは面食らった。またしても記憶にないが、どうやら彼とは面識があったらしい。
「あ、また忘れてる。俺レイジね。重危初体験の時の相棒。んで、こないだ一緒に管理区行ったっしょ」
「ああ、そういえば……」
 そういう行動をとった記憶はある。その時、一緒に来てもらった相手がいることも間違いない。
 それがこのレイジと名乗ったフォニュームかどうか、たしかな自信はないが、レイジ本人はそんなことはどうでもいいらしい。
「それよりこれ見てよ。オレもまだ遺跡の南西なんて入れないっつーに」
 レイジは子供を左腕一本で抱えて、受理可能な依頼一覧の一箇所を右手で示した。
 ここには、そのハンターズが遂行可能と思われる依頼しか出てこない。昔は全ての依頼を検索できたのだが、力量を理解していない無謀なハンターズが増えたため、つい数ヶ月前からこうなった。
 それはともかく、封鎖領域の地下遺跡、その南方は最も危険度が高い。その中でも「棺」に近い西方は過酷である。そこに入る依頼が一覧に出るなら、能力的には、ありとあらゆる場所で戦えるということになる。

 いくらなんでも、ありえないことだ。
 こんな幼児が、どうやって封鎖領域で戦うというのか。
 なにかの間違いに違いない。
 生体フォトンの波形は人それぞれに異なるというが、何億分の一かの確率で、父と子がまったく同じ波形を持っている、といったことも、ないとは言えないかもしれない。
 そう。
 そうかもしれない。
 もしかするとこの子の父親はハンターズで、時々は子供を連れてきたのかもしれない。それで、見よう見真似で―――。
(どこの世界に子供背負ってギルドに来るハンターズがいるんだ)
 半ば現実逃避の思考を、ボイドは意識的に打ち切った。

 そんなことより、仕事だ。
 明日までに2万メセタ。拾得物をアテにするのはいささか博打である。とすれば、報酬が2万近い依頼でなければならない。そして、共に来てくれる相棒を求めるなら、3万程度の報酬が約束されていないとまずい。そんな仕事と相棒を、早いところ見つけなければならないのだ。
 というのに。
「兄さん、なにしてるの!」
 少し離れたところから娘の声がすると、
「あ、いやちょっとね〜。じゃ、またね〜」
 とレイジは子供を床に下ろして、とっとと去ってしまった。
「おい! この子……」
 どうするんだ、と言うより早く、逆立てた髪はアンドロイドたちの向こうに見えなくなった。

 

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