イシグロさんは、マグたちだけに共通する感覚で、欠け角に伝えようと頑張った。
 どうして黙っているのか、わけを教えてくれ、と。
 顔(?)を合わせるたびに根気良く、何度も話し掛けた。
 他のマグたちは相手にしないことに決めたようだが、自分はそうするまいと、イシグロさんは決めていた。
 マスターは、欠け角と自分を重ねて見ている。だから、欠け角が仲間全員からそっぽを向かれるということは、マスターがそうされるということでもあるのだ。
 絶対に諦めず、心配してくれる人はいると、貴方は道具ではないと、そんな思いを伝えることのできないイシグロさんにできる、これが言葉代わりでもあった。

 いったい何度話し掛けただろうか。
 イシグロさんの感じていた時間で、十日は過ぎた。ということは、ずっと活動している人間の時間では、少なくとも一ヶ月ほどは過ぎているに違いない。そういった日付を読み取ることのできないイシグロさんには、そう見当をつけるしかなかった。
 だがようやくその日、欠け角はイシグロさんに答えたのだった。
 どうやって補助をすればいいのか、それがどうしてか、できなくなってしまったのだ、と。

 欠け角は言った(?)。
 最後に聞いた前のマスターの言葉は、「もうこいつ使えねぇ」だった。少し前から、自分に向けられている感情が迷惑だとか邪魔だとか、鬱陶しいとか、役に立たないとか、そういったものばかりだったことは分かっていたが、だから、一生懸命に補助をしてきたつもりだった。
 だが、そんな言葉を最後に、次に起きた時には、見知らぬ人間のところだった。マスターの気配は何処にもなかった。
 マスターはもう自分がいらなくなったのだろうと思うと、それはショックだったが、仕方がないので、新しいマスターについていくことにした。
 けれど、どうしても、「力」が溜められなかった。シンクロできないせいだけではなく、何故か、どんな力も湧いてこなかった。
 そしてまた「なんだこいつ、使えねぇ」と言われた。言われて、放り捨てられ、蹴り飛ばされた。

 自分が「使えない」ことが分かったら、また捨てられる。
 「使えない」と言われるのはたまらなく哀しくてつらくて、だからもう、二度と動かないことにしようと思った。
 そうすれば、まるで動かないのだから、それなら捨てられるのも当然で、諦めがつくだろう、と。
 だから動くも応えるのもやめたのだと、欠け角はイシグロさんに話した。

 イシグロさんは、自分と同じように解放されて、部屋の中で気侭に遊んでいるほかのマグたちを示して、答えた。
 たぶん君が捨てられたのは、前のマスターという人が、もっと都合のいい能力のマグを作ったからだろう。
 パワーをもっと強化したいとか、防御力を上げたいとか、そういう理由があれば、人間は新しいマグを育てることもある。
 けれど、それにこだわるのは弱いハンターズのすることで、強いハンターズは、装備も相応に充実しているし、受ける仕事も様々ある。だから、マグに期待する能力もそれに左右されて、いろんな能力のマグを用意したいと思うものらしい。
 自分はこのマスターにとって一番最初のマグで、育て慣れてもいなかったから、実は能力には特に秀でたところもない。精神力の補強なんか、してるのかしてないのか分からないほど少しだし、命中精度に関わる集中力なんか、自分の力がなくても、マスターは完璧だ。
 それでも、仕事に連れて行ってくれることはあるし、使えないなんて思われたことは一度もない。

 これだけたくさんのマグがいれば、時には人間時間で何ヶ月も、仕事にお供しないこともあるけれど、どんな能力でも、マスターは公平に扱ってくれるし、時々新しいマスターを見つけてくれることもある。
 たまに新マスターと一緒に里帰りしてくるのもいて、話を聞くと、みんな新しいマスターに満足してると言う。
 この間は、「私は一生待機だね」と言っていたシーターがもらわれていった。つくづく、ハンターズというのはいろいろで、どんなマグにも役立てる場所と相手はあるんだと思ったものだ。
 だから、なにも心配することなんかない。
 イシグロさんは、自信たっぷりにそう言った。

 だが欠け角は、問題はそんなことじゃない、と言う。
 能力のサポートはできても、力が溜められないのではマグとして半分しか機能しないことになる。そんな半端なマグを、どうして連れて行こうと思うだろう。これだけのマグがいれば、同じような能力でちゃんと力も溜められるマグを連れて行くに決まっている。
 答えてイシグロさん。
 君が力を溜められなくなったのは、最初のマスターに見放されてしまったショックのせいだと思う。役立たずなんだと自分で思い込んでしまっているから、力が溜まると同時に抜けたり洩れたりしているせいだろう。やるぞ、と思えるようになれば、きっと元に戻れるはずだ。

 ―――などというマグ同士の話し合いは、人間には分かることではない。
 ジーンは、ある日いきなり欠け角が浮遊したのを見て、さすがに驚いた。他のマグたちは、イシグロさんの努力を知っているから、やっとあいつもやる気になったかとほっとした。
 そんな微かなマグのざわめきの中、
「機嫌がなおったか」
 とジーンがほんの少しだけ、笑った。
 欠け角は、この人のためならまた頑張れるかもしれない、……と思った。

 欠け角は以来、エサも食べるようになった。
 イシグロさんたちが一安心していることは、人間からマグへのシンクロは不可能でも、動きや様子で分かる。
 ジーンはある日、欠け角を仕事に連れて行くことに決めた。
 欠け角は、もし力が溜められなかったら、と怖かったが、今はデータと化しているイシグロさんがそこにいれば、やってみなければなんにもならない、と言われるだろうと思い、覚悟を決めた。

 マスターの左肩の後ろにつく。
 体に異常はない。
「あっ、そのマドゥ!」
 地表で落ち合ったフォマールの少女は、欠け角のことを覚えていた。
「良かった、動くようになったのね?」
「ああ」
「よしよし、ひどい目にあったけど、頑張るのよ!」
 ……マスターはいい人だと、欠け角はあらためて思った。だから、マスターと一緒にいる人もいい人なのだ、と。
 この人のために頑張ろう。
 欠け角は、少しだけ力を感じた。

 ところが、いざ戦闘に入ってみると、やはり力は溜まらなかった。
 駄目なんだと思うと、ますます力が抜けていく。浮いていることもつらくなる。
 いずれマスターは期待するようになる。力が溜まった時やマスターがピンチの時に、マグが起こしてくれる行動。フルパワーになった時にはフォトンブラストを使える。その威力は、人間の使う武器よりも格段に大きい。
 フォースがいるから、補助テクニックに類似した行動は、とらなくても文句は言われないだろう。だが、フォトンブラストを出せないと分かったら……。

「ちょ、ちょっと。なんかこの子、しおれてない?」
「そのようだな。まだ調子が悪いのか。エネルギーも溜まっていないようであるし……」
 落ちてしまいたい、と欠け角は思った。使えないヤツだと、きっと言われてしまう。
「でもま、リハビリよ! ジーン。他のマグは持ってきてるの?」
「ああ」
「じゃあ、もう少し頑張ってもらってからね、交代は。甘えてちゃ駄目よ? もうダメだぁっ、ってとこまで頑張るのよ。途中で投げてたら、いつまでたってもなおらないんだから」
 待ってくれる。まだ見捨てないでくれる。マグの自分に、こんなに話し掛けてくれる。
 頑張ろうという思いと、でも駄目だったらという思いがごちゃ混ぜになる。こんなに思ってくれる相手に、なにもしてあげられない悔しさと情けなさも、混じってくる。
 それともいつか、いつかはちゃんと元に戻れて、もし戻れたなら、辛抱強く付き合ってくれたお礼に、見捨てずにいてくれたお礼に、能力はイマイチかもしれないから、危なくなったら回復してあげるし、補助テクニックも使ってあげよう。マスターがしてほしいことを、イシグロさんのように頑張って読み取って、せめてそういう形でくらい、役に立ってあげよう。

 だからまだ、今ここで諦めてしまっては、いけない。この女の子の言うとおりだ。
「お、えらいえらい。そうよ。もう少しだけでもいいから、つらくてもやってみるのが大事なのよ」
 マスターが見捨てずにいてくれるかぎりには、なんとか元に戻れるように頑張ろう。
 どこがどうおかしいのか、イシグロさんの言うようにショックがいまだに抜けていないだけなのか、どちらにせよ、マスターが諦める前に自分が諦めてはいけない。
 マスターが待っててくれる間は、足掻きつづけてみるしかない。

 頑張ろう、と決めた欠け角は、なんとか高度をたもった。
 そして、ジーンたちが行こうとした時、地面に大きな影が現れた。
 見上げる間もなく飛び降りてくる、ヒルデベア。それも、青い。変異種である。
「え!? なっ、なによこいつ!?」
 この一帯から大型エネミーは一掃されているはずだ、とジーンが考えたのが、欠け角には分かった。
 そして、彼等が大型エネミー用の装備をしていないことも。
 青い変異種のことは、一部のハンターズしか知らない。目撃例が極端に少ないからだ。ヤンもジーンも、噂で聞いたことがある程度で、無論、その特性など知るよしもない。
 ヤンの放つラバータはまるで意味をなさず、ジーンの撃った弾も、呆気なく弾かれた。

 装備をかえる。だが、ジーンはハンターズとしての経歴は短い。とっさの持ち替えには、慣れていなかった。威力のある銃は入っているが、逃げながら持ち替えるのにはコツがいる。
 第一、接近戦に向いた二人ではない。
 小型のエネミーが僅かしか出ない区域だから、二人で引き受けた仕事だ。こんな大型のものがいるならば、接近戦のスペシャリストが一人いるか、さもなければ、気付かれないような遠距離から攻撃を開始するしかない。
 だが、ヒルデブルーはすぐそこにいた。

 足を止めさせて距離をとらなければならない。
 そうすれば、ジーンは貫通力のある銃を持つこともできるし、ヤンも効果的なテクニックを試すことができる。
 だが、間近で襲ってくる拳をぎりぎりでかわしながらでは、とても戦闘にならない。
 最近のギルドの情報はアテにならない。逃げながら切れ切れに、ヤンはそんなことを怒鳴る。こんなことだったらタイラントかレイヴンも連れてくるんだった、と。
 その二人が誰か欠け角には分からなかったが、ジーンの頭の中に浮かんだのは黒いヒューキャストで、黒いのがいた場合の戦法が一瞬でよぎっていく。

 欠け角は、理解した。
 ほしいのは間近から攻撃してくれる強い力だが、それには、二人が距離をとる間に敵を引き付けておくという役割もある。
 フォトンブラストが使えなくては攻撃などできないが、大きいのの足を止めることなら、できるかもしれない。
 マグはマスターの傍を離れてはいけないとプログラムに刻み込まれているが、やろうと思ってみなければ、できるかどうかは、分からない。
 役立ちたいから、頑張ってみるのだ。

 理由も分からずにちっとも溜まらない力を溜めようとするより、それはあまりにも簡単にできた。
 欠け角はジーンの肩から離れてヒルデブルーの顔の前に飛んでいった。
 マスターには他のマグがあるのだから、それをつければ能力は補えるはずだ。
 顔の前を鬱陶しく飛び回るマグを叩き落そうと、ヒルデブルーはそれに気をとられている。
 マスターがどうなっているのか、まだシンクロの充分でない上に、離れてしまった欠け角には分からなかったが、こうして大きいのの動きを止めていれば、役に立つのだ。
 なんとか、新しいマスターの役に立ちたかった。

 

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