ラッシュはいた。 ついでに変なのもいた。というか、あった。
クネクネ動く、植木鉢に入った花だ。 そしてラッシュがなにをしているかと言えば、その鉢を両手に持って、赤ん坊でもあやすように高く掲げたりおろしたり。 つまり、「たかいたかい」をしているのだ。 終始無言、シリアスな雰囲気で。 それはそれである意味怖い光景だが、どこか人と感性の違うラルムは、ラッシュは笑っても襲われてもいないと知って、ただほっとした。
「父様、なにしてるですか?」 中に入り、尋ねる。 花の観察に集中していたラッシュは、その声でやっとラルムが入ってきたことに気付いたらしい。 「ああ、起こしてしまったか。悪かったな」 ラルムは首を横に振り、笑いつづける花を見る。 「それ、なんですか?」 「フェンリルが持ってきてね。父の日のプレゼントだそうだ」 「父の日の……? どうしてフェンリルさんが……」 「それがな」
極度の緊張状態のせいで、ラルムの眠気はすっかり飛んでしまっていた。 ラッシュの向かいに腰掛けて、このラグオル・リリーが届けられた経緯を聞く。 「はう〜。なるほどです。でも、普通のお花でもいいのに、どうしてこんなの……」 「ライ。誰かにプレゼントをあげようという時、人はいつも、自分の好きなものを選ぶものなんだよ」 「え? でも……あげる相手が、どんなのが好きそうかとか、考えるですよ?」 「それプラス、だ。色、形、用途、どこか必ず、自分の好みに合わせている。おまえがくれたこのバングルは、確かに私の好みでもあるが、表面のレリーフタイプは、おまえの好みじゃないか?」 「そ、そう言われれば、そうです」 「相手の好みを第一に考慮はしていても、『いいな』と自分が思うものを選ぶんだ。どうしても贈り主の嗜好を反映したものになる」 「なるほどです〜」
さすがは父様です〜、などと自分の父親相手に目をハートにしているラルムだが、彼女の頭からはすでに、何故そんな話になったのか、という肝心なことは抜け落ちていた。 結局、「フェンリルはこの花が好き」という一番面白いところにツッコミが入らないので、ラッシュは少しアテが外れた気分で、自分の悪癖である冗長な話し方を反省してみたりする。 「ウケケケケケケケ」 花はそんな二人の心中に関わらず、のんきに笑っていた。
ラッシュの家にラグオル・リリーが届けられ、ラルムによって「フィル」と名付けられてから十日が過ぎた。 今度こそ仕事のことで相談があってラッシュのもとを訪ねたフェンリルは、通された居間で、自分の贈ったあの花を見つけた。 少し大きくなったようだ。花びらも葉も瑞々しく、ぴんと張っている。 ついドアのところで立ち止まってしまったフェンリルの背後で、ラッシュが 「お客様だぞ」 コン、と指で扉をノックした。
「ウケケケケケケ」 途端、くねくねと踊りだす花。 「歓迎のダンスには見えないかな?」 「む……よく、分からん」 いまいちだったらしい。 「それなら、花の前に手を出してくれ。甲を上にしてな」 「こうか?」 言われるままに手を出すフェンリル。 それを見るや花は踊りをやめ、首をもたげると、頭を一直線にフェンリルの手の甲へ。 ……チュ。と音は立てないが、キス。 「む!」 「高貴だろう? もう少し優雅に動くように特訓してるんだがね」 ちゃんとできた褒美のつもりか、かたわらの水差しから根元に水を注いでやりつつ、楽しそうなラッシュである。
フェンリルは何か考えごとをしているのか、その場から動かずにじっと花を見ている。 ラッシュが次なる反応を楽しみに待っていると 「ラッシュ」 「うん?」 ラッシュに向き直り、フェンリルはまっすぐ目を見た。 そしていたって真面目な声で。 「俺のところにいるのにも、やらせてみたい。どうすればいい?」 もちろん、ラッシュが嬉々として教えたのは、言うまでもない。
更に十日後。 仕事の打合せで、ヤンがフェンリルのもとを訪れた。 居間の窓辺には、高らかに笑う花が三輪(匹?)、並んでいた。 「三匹もいたのね」 病気見舞いに一匹もらったのは、どうやら「おすそわけ」だったらしい。 「ああ」 フェンリルは短く答えると、花のそばへ行った。
「そうだ。ヤン。見てくれ」 「なに?」 フェンリルは、手の平を上向け、おもむろに右端の花の前へと出した。そして、逆の手で一つ、指を鳴らす。 その音にぴくりと頭を振るわせた花は、フェンリルの手の平に、ぽん、と顎(?)を乗せた。
「!」 ヤンの目が見開かれる。 「これが基本だそうだ」 二人がライバルになるのは、そう遠い未来のことではない……。
(そしてはじまった……) |