その日、ベータを仕事に誘ったのは、ガッシュだった。 コールがあった時点で胡散臭い。 「ジーンも来る」と言い出すからもっと胡散臭い。 その声がまるでいつもと変わらない、面倒そうに吐き捨てるようなものであることも、やはり胡散臭い。 しかし、胡散臭いとどれほど思っていても、つい出掛けてしまうのが、哀しいサガのベータだった。
約束の場所で待ち合わせ、そろって戦闘区域に入る。 胡散臭いことこの上ない話であるから、ベータの装備には一分の隙もない。 それに対してジーンは、珍しく、どことなく落ち着かないようだ。 「どうしたんだよ?」 ベータが問うと、彼はデータバッグから、一対のマシンガンを出した。
ヤスミノコフ9000M。 最早伝説、幻とも言われる名銃である。 フォトンを使わない原始的な武器だが、その威力は現在流通しているものに劣ることはなく、なにより、空気抵抗との関係らしいが、有効射程が恐ろしく長いのである。 ただし、ものがマシンガンだ。 ライフルのように、一発のために慎重に狙いを定める、という使い方をするものではない。 いかに神懸かりの腕を持つジーンでも、これで狙いどおりに当てられるかとなると疑問である。 「使ってみろと言われてな」 とジーンは自分の兄を見やった。
「おまえ……どっからこんなもん拾ってきたんだよ」 競売にかければ天井知らずの値がつく。 持ち主が物好きな大金持ちならばともかく、いかにも世界の裏通りと通じているような男だ。 「信じるかどうかはおまえの勝手だが」 とガッシュは前置きし、 「パイオニア1の中に持ち主がいたんだろう。そいつが死んで放り出されたのを、組み込んだんだろうな。地下研究所のガードメカに搭載されていた」 そう答えた。 ありえない話ではない。 パイオニア1とダークファルスの戦いにおいては、ゴッドクラスのブーストユニットさえ使われたのだ。こういった品物も、使わざるをえないほどに切迫していただろう。
なんにせよ、珍しい上に有用ではあるものの、使い慣れない品物を渡されて、ジーンはこれでも困惑しているらしかった。 ベータとしてはその気持ちもよーく分かるが、やはり彼もレンジャーである。 実際にこのマシンガンを使ってみたいという気もしたし、もちろん、使われるところを見たいという思いもある。 「いざエネミーに会ってからじゃ危ないだろ。ここで撃ってみたらどうだ?」 そう水を向けた。
提案を拒むジーンではない。それならば、と両腕を上げる。ライフルがメイン装備とは言え、レンジャーとして一通りの銃器の扱いは身につけているのだから、その構えに無様なところはない。 だが、引き金を引くと同時に、反動を殺しきれないのか、手首が跳ね上がった。 「あちゃ〜。やっぱおまえじゃパワー不足か」 どれ貸してみ、とベータが手を出す。ジーンは素直に渡そうとしたが、それを遮る手があった。 言うまでもない。ガッシュである。 「カワイイ弟君が怪我してもいいのかよ、え?」 「パワーユニットを用意してある。使え」 ベータの言うことは完全に無視して、ガッシュはジーンの前にパワーブーストユニットを出した。
パワーユニットによる補強で、問題はなくなった。 どうやらガッシュは、「これは弟のために持ってきたもの」と、絶対にベータには触らせるつもりがないらしい。 この珍しい武器をただ見せつけるために呼びつけたのか、とベータは思う。 思ったが、それは違うような気もした。ガッシュは、どんなに珍しい品物や名器といわれる逸品でも、物を見せ付けて羨ましがらせ、それで悦に入るというタイプではない。たとえベータいじめのためでも、そういうことはみっともないと思っている節がある。 ではなんのために、と思うが、ベータにはよく分からなかった。 分からないまま、大きくひらけたロビーらしき場所に入ると、途端にあちこちからギルチックたちが襲い掛かってきた。
ジーンの手にあるのが使い慣れたライフルでないことが不安ではあったが、ベータは思い切って前に出た。このメンバーでは、前衛に立つべきは自分である。 隙が大きく、リロード時間の必要なショットはやめ、念のためにと持ち込んだグングニルを出す。たいていのレンジャーでは、この刃先ばかりが異様に重い長柄武器を自在に振り回すことなどできまい。だがベータにはハンターに劣らないだけの筋力があるし、なにより、あらゆる局面において不足なく戦えるよう、自分の可能性を極限まで拡張してきたのだ。 半端なハンターよりは、と自負するとおり、ベータの立ち回りは堂に入ったものだった。
が。 「うぉっ!?」 いきなりなにかに右足をとられた。 ずるっ、と横に滑って流れ、慌てて左足を踏み替える。 だがその左足まで、丸い小石でも踏みつけたように横へ滑った。 結果、ものの見事に転倒である。 ガッシュのいるところでこんなみっともないところは見せたくなかったベータだが、そんなことは後である。今は敵を片付けることが最優先だと、すぐさま起き上がる。 だが、その、突いた手の下に、ころころと小さなものの感触があった。 見下ろしたところには、鈍い金色の薬莢が無数に転がっていた。
タタタタタタッ、と軽快な音を立てるヤスミノコフ9000M。 その音に合わせて飛び出してくる薬莢。 ただでさえつるつるした床は、今や一面、薬莢だらけである。 「ジ、ジーン! 撃つのやめろ!」 ベータが怒鳴ると、 「今更やめても同じだろう? さっさと立って、戦線復帰したらどうだ?」 あからさまに可笑しそうな声で、ガッシュが答えた。
(こ、こいつ、このために……ッ) ベータにはやっと、なんのために自分をこの場に連れてきたのかが分かった。 銃で戦うためにほとんど動かなくて済むジーン。 彼を更に動かずに済むようにテクニックでサポートし、かつ自分も動かないガッシュ。 どうしても足を使う役になるベータ。 「だ〜〜〜〜〜っ!! クソ! ガキみてぇなことすんじゃねぇよっ!!」 口汚く罵っておいて、ベータはファイナルインパクトを取り出した。
ところでその数日後。 何人かのハンターズあてに、ジーンからのメールが届いた。 それに添付されたファイルには、滑って転んだ瞬間のベータの姿がしっかりと激写されていた。 もちろん、そんなメールを出したのがジーン本人であるはずは、ない。
(おちまい) |