第一話 「微妙屋登場」
「こいつとはもう切れ時だ」と思う瞬間がある。 特に何があったということはなくても、突然そう思うだけだ。 たしかなのは、俺はベタベタされるのが嫌いだということで、今朝、目が覚めるなり腕に抱きついてきたこの女とは、もう終わりだ。 俺は女の所有物じゃない。 「今度はいつ?」 今度? 「会えるの?」か「抱いてくれるの?」かは分からないが、今度なんてものはない。 しかしそんなことを言えば暗闇で刺されるのは分かりきっているから、俺は背を向けたまま、軽く片手をあげて見せた。 勘違いするのはそっちの勝手だ。俺のせいじゃない。
さて、今日は商売に精を出そうか。 そろそろ商品の在庫も乏しくなってきたところだ。仕入れに行ったほうがいいだろう。 「下」に行けば、売り物になりそうな物がごろごろ転がっている。元持ち主は屍になっているから、文句を言われることもない。
・・・そういえば、まだ名も名乗ってなかったか。 俺はベータ。「微妙屋」というアイテム屋を営んでいる。武器でも防具でもなんでも、文字通り「微妙」な品を扱っているんだが、何がどう微妙なのかは、そっちで勝手に想像してくれ。 行商みたいなものだから、店を構えていたりはしない。店員を雇っているわけでもない。仕入れから販売まで、俺一人でやる。 内輪でうっとうしい利害がからむこともなく、気楽なもんだ。 たしかに仕入れは大変だが、相棒など必要ない。俺に必要なのは、その夜ごとのベッドパートナーだけだ。暴れるのには、一人のほうがいいのさ。
ラグオルは危険だが、魅力的でもある。 凶暴な獣や暴走ロボット、ひよっこハンターズの死体とスクラップ、色とりどりの血の痕、オイルの痕。 清潔なだけのシップとは大違いだ。 俺の現状に一つ問題があるとすれば、そんな世界で生き残っているハンターズが欲しがる物は、それなりにいい品になってきやがったってことか。 俺はもっぱら、パイオニア1に積まれていた軍備品を目当てに遺跡を探索することになる。ま、それも悪くない。
一人で大丈夫かって? 言ったろう。相棒なんか必要ないって。 自分で言うのもなんだが、このシップに俺以上のレンジャーはそうそういない。足手まといを引きずっていくくらいなら、俺一人のほうがはるかに簡単に進んでいける。 第一、危なくなったらさっさと引き返せばいいだけのこと。こういう時も、変にはりきった相棒かいると、面倒極まりないのさ。 どうせ追い回されるなら、物分かりの悪いヒーローくんや勘違い好きの女より、エネミーのほうがいい。 何故かって? 分かりきったことを聞くなよ。 エネミーならぶっ殺せるじゃないか。 法律ぎりぎりのことはしても、破りはしない。これが俺の人生訓だ。
さて、ここのディメニアンを一掃したら、通路で一休みするか。 今のところ収穫はないが、ガツガツしたって始まらないからな。手頃な物が見つからなければ見つからなかったで、いい運動ができたと思っておけば済むことさ。 あれこれ思い詰めて決めつけるだけ、人生ってヤツは狭く小さくなる。 Frank,Free,Flexible. この三つの「F」が人生を楽しむコツだ。 覚えておくといいぜ、アンタもな。
第二話 「微妙ゲーム」
俺が優雅に一服していると、今来たのとは逆の方向から、激しい戦闘の音が聞こえてきた。 加勢してやる気なんてさらさらない。 だが、ちょいと気になるのは、聞こえる銃声が一種類のみで、たとえば他の銃声や、斬撃の音、テクニックの音が聞こえないことだ。 つまり、俺と同じように一人で下りている奴がいるらしい。 こいつは顔を拝んでやらないことには、気が済まない。 言っておくが、俺は自分をパイオニア2屈指のレンジャーだと自負しているが、俺より強い奴がいるなら、そいつに敬意を払うくらいの心はあるんだぜ? 少なくとも俺と同等の腕を持つ奴なら、覚えておいても損はない。
そう思ってドアの陰から覗いてみたが・・・。 おいおい、いい加減にしてくれよ、坊や。 レンジャーが、この遺跡で、ディメニアンの群れとデルセイバーを相手にして、長銃一本で切り抜けられるはずがないだろう。 まあ、かなりの腕だってことは認めてやる。 が、こういうのをバカって言うんだ。 どうやら使っているのはヴィスクのようだが、あれの威力は大したもんじゃない。それに、坊や、鍛えかたが足りないじゃないか。射撃の反動に肩が耐えられなくなってきてるのが、ここから見ていても分かる。
仕方ない。 これは放っておいたらくたばっちまう。 目の前で人が死ぬのは、できるならもう見たくない。 傍らのファイナルインパクトをとる。 遺跡に出没するエネミー用に改良したフォトン弾は強烈だ。下手な長銃より貫通力がある。 「おい、そこのバカ! こっちに来な!」 ヒヨコに前をうろつかれては邪魔だ。 俺が怒鳴ると、ヒヨコくんは素直逃げてきた。よしよし、それが賢明だ。 俺は入れ替わりに部屋の中へ進んで、ディメニアンの群れの中へ三発連続でぶっぱなした。 紫色の体液が床に広がる。その中へ、くたばったディメニアンともが飛沫を上げて倒れこむ。 残るはデルセイバーだけだ。こいつは厄介だが、二人いるなら簡単にしとめられる。 俺はわざとデルセイバーの前を横切って走った。 エネミーってのは知能が足りない。デルセイバーは標的を俺に定め、脇目もふらずに追いかけてきた。
さて・・・ヒヨコくん、これっくらいは分かるんだろうな? 俺が期待しているのは・・・。 そう。それでいいんだ。 俺に気をとられているデルセイバーの頭を、遠くからヒヨコくんがジャムにした。 ・・・ふん。狙いは正確極まりないな。
「すまぬ。助かった」 右肩を押さえて、ヒヨコが近づいてきた。 珍しいな、こいつ。なんだって仮面なんかつけてるんだ? レイマーの中には、俺のように、射撃時に出るフォトン塵を嫌って口をマスクで覆う奴はいるが、目を隠している奴は見たことがない。 俺と同じ銀髪だが、肌の色は浅黒い。南方の出身か。 ・・・隠されると、見たくなるよな、普通。 「おまえ、なんだってそんなマスクつけてるんだ?」 いきなり過ぎたかな。 「光が、苦手なのだ」 おいおい、驚きもしなければ警戒もなしか。 それに、妙な喋りかただ。抑揚も乏しいし、口調もなんとなく、違和感を感じる。まあ、どうだっていいんだが。
しかし、光が苦手って・・・ここ、暗いよな。部屋の隅なんか、得体の知れない化け物でもひそんでいそうなほどに、黒く暗い。 「なんだ?」 「いや。・・・ここ、明るくはないだろう?」 「おぬしらには、そうかもしれぬ」 俺らには? っことは、こいつには明るいってことか。 特殊な体質だってことかねぇ。 ・・・どんな目してるんだ、こいつ。 見てやりたいな。
「それ、とってみろよ」 「無理だ」 即答かい。 「無理ってことはないだろう」 「外しては目を開けておれぬ」 「だったら・・・そうだな。あそこにあるのがこの部屋の明かりか」 壊しちまえ。 携帯していたヴフリスタで、照明スイッチを破壊する。・・・俺には、前に立ってる奴の輪郭くらいしか、ろくに見えない暗闇だ。 「これならどうだ」 「おかしな奴だな。我の目なぞ見て、どうしようというのか」 「見たいものは見たい。それだけさ」 「仕方あるまい。救われた恩もある」 そうそう。命の恩人の言うことは素直に聞くもんだ。
ヒヨコくんがマスクを外すが・・・おい、おまえの目はいったいとうなってんだ? この暗がりで、俺には肝心のおまえの顔もぼんやりとしか見えないような闇の中で、なんだってそんなに眩しそうに目を細めてるんだ? 「これでいいか」 それに・・・。 おい、どうした俺の心臓。なに動揺して・・・。 ・・・なんて目だ。 真っ黒じゃないか。 白い部分がない。 まさか、この暗闇ですら眩しいってのは、この黒いの、全部が瞳孔だってことなのか? アレだ。 昔一度だけ見たことがある。 鹿、とかいう生き物の目とそっくりだ。
・・・可愛いじゃないか。
って待て、俺。 待てよ俺。正気か? いや・・・この際、男でもいいか。 ふむ。
呆気ないゲームには飽き飽きしてきたところだ。 落としにくいものを落としてこそ、手に入れた時の喜びもひとしおってヤツだ。
よし、決めた。 落とす。 俺のものにしてみせる。 女相手の勝率99%ゲームなんて、もううんざりだ。
「もういいか?」 「ああ、悪かったな」 まずはオトモダチからだ。女ならいきなり口説くのもいいが、ここはセオリー通りにしたほうが無難だろう。 名前を聞いて、ここにいるわけを聞いて、場合によってはシップにまで無事連れて帰ってやれば、そうそう俺を無視できなくなる。 勝つか負けるか、微妙なゲームほど熱くなれる。 そういうもんだよ、なあ?
→第三話 |