ボイドの白日

「G」
 なにか頼みごとをしたいらしい。言われる前に、Gにはその程度のことは分かった。
 アンドロイドの意識は感じづらいが、強く思うことなら少しははっきりと分かる。
(めずらしーな、おれにたのみごとなんて)
 Gのことをただの子供とは思っていない家主であるが、それでも子供だとは思っている。切実になにかを頼むというのは、そうそうありそうなことでもない。
 丁度暇だったところだし、とGは話を聞いてやることにした。

 そして、聞いて盛大な溜め息をついた。
 大人びた、というかこまっしゃくれたクソ生意気な溜め息だ。しかしボイドはそれに気分を害することもなく、
「なんだ」
 と問う。Gは頭痛を示して見せるように、小さな手でこめかみを押さえた。
「あのなー」
「ああ」
「どーして ばれんたいんのおかえしが、ぶきなんだ? ちょこれーともらって、どーしてぶきをかえそーとおもう? さすがはせんとーあんどろいどだな」
「ちょっと待て。なにも武器だけやるつもりはないぞ? 花に添えて、実用品の一つくらいと思っただけだ」
「それにしても、ふつーおくるやついないぞ?」
 そしてGは、また溜め息をついた。

 ボイドが言ったのは、バレンタインデーにもらったチョコレート(を模したエネルギーパック)のお返しに、ヨネスに大剣を一本贈りたいということだった。
 ヨネスは大剣が気に入ったらしく、仕事に出るとなるといつも持ち込んでいる。状況に応じて長剣もよく使うが、彼女は
「やっぱりこういうのがあたしにはお似合いさね」
 と言うのである。
 そしてつい二週間ほど前だが、たまたま行き会ったヒューキャストの持っている真紅の大剣を見て、
「いいねえ。いつかはあたしも、ああいうのを持ってみたいよ」
 と言っていた。
 その時には特にどうとも思わなかった。計算高い女性ならともかく、ヨネスには催促のつもりもあるまい。単なる憧れを素直に口にしただけだろう。それでボイドも、ああいうのは売りに出るとしてもオークションで、そのために非常な高額になるし、素になるフォトンを手に入れるのも難しい、と極めて現実的な返答をしたものだ。
 このあたり、ボイドもやはり戦闘アンドロイドである。

 ともあれ、その時のことを思い出したボイドは、ホワイトデーにはチョコレートのお礼をするしきたりだというなら、ヨネスの喜びそうなものとして、大剣を贈れたらいいと思ったのだ。
 なかなか手に入れることのできないほどの実用品か、それとも珍しい大剣。どちらでもいい。
 そのためには封鎖領域の洞窟地帯がいいのだが、ボイド一人では絶対に戦えない場所になる。
 だから、Gに付き合ってほしいと言うのだ。
 その程度のことは造作もない。重危険区域程度では緊張感もない。封鎖領域、上等。
 しかし、お返しに武器をもらって嬉しい女性がいるのだろうか。
(いや、よねならよろこぶか)
 瑣末なことにはこだわらないヒューキャシールだ。なにかを返そうと思ってくれた、ということだけを喜ぶし、それが実用品ならありがたいと思うだけかもしれない。
 それにしても……色気のない話だ。
 三歳児に色気の有無について溜め息をつかれているとは露知らず、ボイドは怪訝な様子もしなかった。

 

 

 そうして取り決めた約束の日、ボイドはGを連れてポートに向かった。
 呆れていることとは別に、Gの機嫌はなかなかよろしい。久しぶりに戦い甲斐のあるところへ行くのが楽しみなのだ。
 ボイドは、あまりのんきでもない。自分の装甲では一撃が致命傷になりかねないことは自覚しているのである。回避しきる自信はあるし、Gの援護も信頼しているが、油断はできない。
 緊張と高揚、不安を制御可能なレベルにまで抑制する。マン的に言えば「心の準備が整った」頃合に、ボイドはGに行こうと促した。
 が、Gは
「もーちょっとまて」
 と言って引き止めた。
 いったいなにかと思っていると間もなく
「悪いな。遅れた」
 と、のしのしと接近してくる大型の赤いレイキャストがいた。

 なんとなく見覚えがあった。ならば間違いなく、五度や六度は組んだ相手のはずだ。
「えーっと……」
 誰であるかを思い出そうとボイドは記憶と記録を探る。
「また忘れてやがるのか。俺は」
「待て。思い出す。思い出させてくれ。そうしないといつまでも覚えられん」
「それなら待つが」
 赤いレイキャストは自分の名前を言うのをとりやめた。
 足元では、Gがいつもの仏頂面を珍しく、わくわくした意地の悪そうな顔に変えている。
(このガキ)
 とレイキャストは思う。
「あ」
 ぽんとボイドが手を打った。そして、
「ゼレだ」
「ゼレじゃねえオオトリだッ!!」
 間髪を入れずにオオトリが怒鳴るのに、足元のGはにやりと笑った。

 かつて共に海底プラントに行った時、ボイドがオオトリの姿をシノワゼレと見間違えて攻撃しそうになったことがある。たしかにどちらも赤いし、体格も似てはいるかもしれないが……。
 なんで余計なことは覚えてんだよと憤るオオトリに構わず、ボイドは
「G。オオトリを呼んだのか?」
 と足元のお子様に尋ねている。
「たて」
「縦? それとも、立て?」
「た・てっ。おまえのそーこーだと、Sくらすのばしょじゃ いちげきで たいはしかねん。そのてんおーとりは、ほじょさえしてやれば ちょーどいーたてになるだろ」
「ああ、盾か。って、おい。それは俺はありがたいが、そんな理由で」
「気にするな。こいつがそのことを隠して俺を誘ったと思うか? ハナっから『盾になれ』だ。おまえを心配してのことだろ。かわいいじゃねえか」
「うーさい。そんなんじゃない。ぼいどにしなれると おれひとりで きーらのめんどーみるはめになる。それがめんどーなだけだ」
「へえへえ」
「むー、こころこもってない」
「お互い様だ」
 背を屈め、オオトリはぐりぐりとGの頭を掻き回した。

 一般的に「かわいい」と言われる子供からは光年単位でかけ離れているGだが、それでも不思議と、かわいがってくれる者は存在する。
 オオトリもその一人で、ちょっかいを出しては睨みつけられる程度に仲がいい。ボイドとGならば大人と幼児だが、巨体のオオトリにいじられるGは、掌で押し潰されかねないほど小さく見える。
 実際、戦闘専門のアンドロイドは対人用の加減が苦手な者もいて、そういった不慮の事故もゼロではないのだが、オオトリはごくごく当たり前に、Gの頭を撫で回す。
 セットした髪がくしゃくしゃになったGに思い切り手を叩かれて、オオトリは
「睨むなよ」
 と、ようやく背をのばした。
 端から見ると異様な光景だろう。三歳程度の幼児の傍に、大型のレイキャストと、いくら小型とは言えヒューキャスト。微妙に三人の周囲が閑散としているのは、そのせいかもしれない。

 ともあれ行き先は封鎖領域の洞窟。
 しかし、チェッカーはボイドとオオトリの戦績から戦闘能力を計算し、不可と答えた。
 いきなり挫折である。
「おまえらなー」
 役立たず、と言う眼差しに、役立たずのくせに封鎖領域で武器探しをしようなんてふざけたことを言うな、という具体的な非難まで感じられる。
「まったく。おーとりがいればなんとかなるかとおもったら、おまえもくずてつか」
「無茶言うな。封鎖領域にいいとこAクラスのアンドロイド二人で、イエローサインになっただけマシだろうが。普通ならレッドだ」
 イエローサインは、CPUの判断では不可だが、どうしても行きたいというならばカウンターで直接手続きをし、許可をとりつけろという意味だ。これがレッドだと、カウンターで申請しても通ることはない。
 だがそうなるとあれこれと細かく詮索されるし、手続きだ書類だサインだと非常に面倒になる。それに、Gという幼児を連れていては却下されるに決まっている。この幼児が最大の戦力だなどと受付官は信じまいし、彼等に知られたくもない。

「重危の遺跡あたりにしておけ。そこなら俺らで充分通る。ほしい武器だってなんとか手に入るだろうぜ」
「そうだな……」
 言い出しっぺのボイドが諦めモードに入りつつあったが、
「あんなところで てにはいるてーどのもの、そのへんのおーくしょんで せりおとしたって たいしたがくじゃない。こーゆーときは」
 と、Gはチェッカーに手をのばし、再審査を要求した。
 スキャナの上にボイド、オオトリが手首をかざす。これではまたイエローだ。どうするのか分かっていたボイドは、Gを抱え上げた。
 オオトリはまだ知らないらしい。「なにしてやがんだ」という気配になる。
 生体フォトン、あるいはアンドロイドの識別信号を感知して個人の特定を行うチェッカーは、それ以外の要素は全て無視してしまう。よって、かざされた手が幼児サイズであることなど分からないのだ。
 登録メンバーを示すモニターの上に、アンドロイド二人の顔と並んで、険の強いヒューマンの男の顔が現れた。

「なんだこりゃあ」
 オオトリがこの男を見たのは初めてのようだった。おそらくGの親ではないかと思われるレイマーだ。Gと生体フォトンが完全一致してしまうため、こんなふうに照合データとして出てきてしまうのである。そしてGは、それを利用する。
 チェッカーは掌を返したようにブルーライトをつけてきた。グリーンの上をいくお墨付きである。
 理由は道々話すから、と先へ促すと、
「おまえ、ああいう手ェ使ってたのか」
 歩きながらオオトリはGを睨んだ。Gは無論、どこ吹く風である。
 すると視線はボイドに向く。
 ボイドの記憶構造は特殊だが、個体を無個性にしてエピソードは記銘している。子供に危ない真似をさせるな、と何度か抗議された記憶がオオトリとリンクした。

 ボイドよりもよほど真剣に、オオトリは子供の命と安全というものを考えている。しかしボイドには、どうしてもそれが理解できない。Gはたしかに幼児だが、戦闘能力はそのあたりのハンターズが束になろうと適わない。それが事実だ。ならば、体だけ大人でも戦闘能力のろくにない者より、はるかに安全でも安心でもあるのではないだろうか。
 オオトリには逆に、そういったボイドの考え方が納得いかないのである。そして、保護者なんだから危険なところに連れ込むなよ、という非難を浴びせる。
 Gも、こういう話になるとオオトリのことを鬱陶しく思うようで、ボイドの体を盾にして、オオトリとは逆側に隠れてしまった。それでますます、咎める視線がボイドに突き刺さるのだが、
「……べつにいいけどよ」
 やがてオオトリがぽつりと呟く。言っても聞かないし、Gも強制されて仕方なしに戦っているのでもない。たとえボイドが置いていこうとしても、勝手についてくるに決まっている。本人が望んでいるのではどうしようもないのだ。
「俺らから離れるなよ」
「うーさい」
「かわいくねえ」
 どちらかと言えば、離れてはならないのは「Gから」だと思ったが、ボイドはなにも言わないでおくことにした。

 

 

 封鎖領域の洞窟は、DFの影響が強いのか寒暖の差が激しい。
 上層は溶岩が剥き出しに流れ落ちる灼熱地帯、しかし下層に近付くと極端に気温は下がり零度に近くなる。
 アンドロイドは温度を知ることはできるが暑さ寒さは感じない。極端に温度が高い・低いと、危険信号として痛みを感じるだけである。
 マンであるGはというと、ハンターズのアンダースーツをキーラが仕立て直したものを着ているから、それである程度はしのぐことができる。それに加えて、幅の広いバンダナを額から耳を覆うように身につければ、防寒対策はまずOKである。
 寒くないのかと気遣ったオオトリは、そんな返事を聞いてまた不機嫌になった。

 キーラまでが、子供を戦場に送り出す手助けをしているというのが気に入らないのだ。
 オオトリは一度しかキーラに会ったことはないが、メイドロイドに近い家庭的なアンドロイドであることはその時に知っている。戦うことは好きではなくて、だから最低限、仕方なしに仕事に行く。その時には相棒、たいていはボイドのようだが、それを頼んで仕事に行き、自分は護身に努めている。敵を倒すのは相棒の仕事だ。それでも、チームとして戦績はきちんと記録される。
 そんな話を聞いた時、オオトリは自分が知っているメイド・アンドロイドを思い浮かべたのだ。
 「彼女」は野蛮な話を聞いてさえ青く(?)なるほどで、戦うだのなんだのには縁がない。最近は仕方なしにハンターズとしても働いているが、それすら嫌々……いや、仕事自体は嫌で仕方ないのだが、仕事に付き合ってくれる相棒たちのことは気に入ったらしく、それで渋々と行っている。
 だからキーラも、てっきりそういうタイプの、極めて平和的な子供に優しい存在かと思っていたら……。

 しかし、何故そんなにも「子供が戦場にいるのが嫌」なのかは、おいそれと語れることではなかった。
 おそらくボイドなら、話せば通じると思う。戦場を共有したことさえあるのかもしれない。
 だが、そんな過去の話は、オオトリにはできなかった。
 だから黙って不機嫌になり、さりとてそれを人にぶつけられるほど横柄でもなく、むっとしている。
 ボイドは、マン的なところもあるかと思えばそのあたりはえらくクールで、気付いてはいるようなのになにも言わない。
 戦いたがる上にそれだけの力を持つ子供も子供だが、それを戦わせて平気でいる大人も大人だ。オオトリは前を歩く二つの小柄な背中を睨んだ。

 幸い、オオトリの切り替えは早い。
 Gがその切り替えを感じて、しかし、それならいいかなどと変な遠慮をしたわけではない。ただたまたま、歩くのに疲れたのがそのタイミングだった。
「おい、のせろ」
 とオオトリの脚を叩いた。
 オオトリは片手でGをすくい上げて、ひょいと肩に座らせる。
「オオトリのほうがいいのか?」
「ひろいから すわりやすい。なまぬくいのが なんてんだけどな」
「ナマは余計だ」
「ま、このあたりは きおんもひくいし、ぼいどはつめたいし、がまんしてやる」
 言われて、ボイドはそんなに冷たいのかなと自分の手を見た。たしかに、体表温度は3度しかないが、アンドロイドにはそれが「冷たい」のかどうかは分からないのだ。

 オオトリに触れてみると、こちらはなんと34度。人の体温とほぼ同じである。
(何故)
 とは思ったが、どうでもいいことだ。世の中にはいろんなアンドロイドがいる。ボイドの小柄さが必要なものであったように、オオトリの体表温度も必要なものなのだろう。現に今、そのおかげでGは冷たい思いをせずに済んでいるのだ。
「……なんだよ」
「いや」
 それにともすると、この温度については触れられたくないことなのかもしれない。今の、ほんの僅かに硬度を増し抑揚を欠いた声に、ボイドはそう感じた。
「いいなと思ってな。この洞窟じゃ、俺はGを抱えられないわけだから」
「さわったら ころすぞ?」
「おいおい。気をつけるが、ついってこともあるだろう」
「ついでもさわるな」
「冷たいな」
 こういう冷たさは、分かるのだが。

 

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