未知とのそーぐー

「ねえ旦那。どうしようか」
「どうしようと言われてもな。なんとかテレポーターまで行くしかないだろう」
 相変わらず洞窟は落盤事故が多い。上から降ってくるのも災難だが、足元が割れるのもとんだ災難だ。
 どちらがより危険かと言えば、どちらもどちら。ただ、落ちた先で見かけたエネミーがおなじみのシャークでないとなると、これならいっそ上から降ってきたほうが良かったかもしれない。
 立ち上がった海洋生物といった様相のシャークとは大きく異なる、どちらかと言えば太ったブーマ。バルマーと呼ばれているものであることはボイドには分かったが、それだけである。

 戦えるわけがないのだ。
 ボイドは基本が対人戦闘なのだから、人間の使用する武器以上に強靭な爪に耐えられるような装甲はしていない。ヨネスのポテンシャル自体は高いが、彼女はこの間やっと危険指定区域の遺跡に降りられるようになったばかり。こんな二人が封鎖区域のエネミーを相手にできるはずもない。
 つまり、戦闘を行わずに戦線離脱するしかない。
 しかし厄介なことに、危険なエネミーを外に出さないためか、生体反応を感知して開閉するようにセットされたゲートがある。つまり、戦ってエネミーを殲滅しないと先に進めないのである。つまり? 進めないということだ。
 誰かに助けを求めたいところだが、封鎖領域にも難度というものがあった。Sランクにさえなれば入れるところもあれば、SSランクの認定を受け、更に一定の戦績を持たないと入れないような場所もある。このあたりは、どう考えても後者だった。
 なにせ、通信ができないのだ。

 さすがにヨネスも不安げで、どうしたものかと途方に暮れている。
 修羅場をくぐってきた数だけは多いボイドはもう少し落ち着いていたが、
(最悪、死ぬだけだしな)
 という一番どうしようもない落ち着き方だった。
 しかし生を諦めることで冷静になれるなら、それは悪くない。
「行ける範囲で誰か探そう。ヨネス。レーダーに反応はないのか?」
「駄目だよ。あたしのは妨害されててノイズだらけさ。旦那は?」
「俺のほうもまともに受信できていない。少し歩いてみよう。誰か来れば、面倒は見てもらえなくても、そいつらの来たほうへ引き返せばいい」
「なるほどね!」
 それならばゲートは開いているはずだった。森や洞窟のエネミーは地中を移動して新たに現れることが多いが、その数次第ではこんな二人でもなんとかなるかもしれない。

 敵に遭遇しないことを祈りながら、慎重に移動する。
 部屋と呼べそうな小さな区画に入るのは命がけだ。エネミーの出現に反応してゲートが閉まるということは、来た道まで塞がれて、倒さないことには出られなくなる可能性があるのである。
 ボイドが先に立って入ったのは、自己犠牲などという胡散臭いものではなく、小柄でスピードのある自分ならば、閉じかけたゲートに飛び込むことができるだろうという現実的な判断からだ。いくら諦めがつくといっても、惜しいものは惜しいのである。
 ヨネスはゲートのすぐ前に立ち、様子をうかがっている。こうすれば、エネミーが現れないかぎりにはゲートは閉まらない。ボイドが様子をうかがい、大丈夫そうだとなったら大急ぎで突っ切る。この繰り返しである。
 あまり格好のいいものではない。ボイドはこの有り様をどうとも思っていないのか、さして緊迫もしていないくせに軽口も叩かない。ヨネスとしては、
(ちょっとこれは、みっともないよねぇ)
 と情けない気分なのだ。彼女は、ボイドがこういった、戦闘を回避して目的の場所に近づくといったことを専門にしていたことを、まだ知らなかった。

 そうしていくつか部屋を渡り歩いて、最初に見つけたレイマールとフォニュームには、足手まといなど連れて歩きたくないときっぱりと見捨てられた。自分自身の面倒を見るのが精一杯という二人組のようだから、無理は言えなかった。
 二番目に見つけたのは―――声をかけようとしてやめた。盗品の分け前について話していることに気付いたからである。腕は確かでも、こんなのに関わっては無事に地上に戻れるかどうかが分からない。
 三番目に出会った三人は、それは大変だと快く同行を許してくれたが、これはボイドとヨネスのほうから途中で辞退させてもらった。やはりギリギリ過ぎて、足手まといの面倒を見ながら進めるような熟練者はいなかったのである。
 それぞれに、彼等の来たほうへと歩いてみたが、どこも新たに現れたエネミーのせいで先には進めなくなっていた。

「旦那、大丈夫かい? あたしのをあげようか?」
「ああ。これだけ動くと消費も早い。すまんな」
 規格以下の小柄な体で規格限界近いパワーを出せるという長所のかわりに、ボイドにはエネルギー消費が莫大だという短所がある。長時間の活動には完全に向いていないのだ。
 ヨネスは逆で、ヒューキャシールとしては最大の2メートル近い体でありながら、一度の補給(この量は当然多いが)で長時間活動できる。燃費も非常にいい。
 ヨネスの予備エネルギーパックを分けてもらったものの、このままこんな移動が一日も続けば、そのエネルギーすら使いきりかねない。
「いざとなったら維持モードに入るしかないか」
「あたしはあと二日くらいはもつよ。その間ならなんとか助けも待てるけど……」
 その後については、ヨネスは考えないことにして頭を振った。

 その時、ガコンとどこか近くでゲートの開いた音がした。
 ボイドとヨネスは顔を見合わせ、ついでその音の方向を見やる。
 また誰か来たのだ。頼りになるなら、こんな陰気な先行きとはおさらばできる。
「行ってみよう」
「あいよ」
 行きかけていた道を戻る。
 三つの通路が集まる部屋、先に通った時には閉まっていたゲートが開き、その奥に遠ざかっていく大柄な背中が見えた。
 ゲートが閉まらないようにと、二人は大急ぎで後を追った。
「ヒューキャストみたいだね」
「ああ。くそっ、ずいぶん急ぎ足だな。急ぎの仕事中なら送り返してはくれんか」
「ともかく追いついてみようよ」
「ああ」
 ヨネスの言葉に頷いて、ボイドはもう少し走る速度を上げた。

 やがて、戦闘の音が聞こえてきた。一足先に部屋に入った彼が戦いはじめたのだろう。
 一段落したら声をかけるほうがいい。それまでは邪魔にならないところで待とう。そう思って部屋の入り口付近にまで辿り着き―――二人は、呆気にとられた。
 部屋の中にいるのは黒いヒューキャスト一人。
 しかも、手に武器はない。いや、あるにはあるが、珍しいグラブ系の武器だ。ボイドはひそかに愛用しているが、これは組み付いて戦うことが多いためで、なにも殴り倒すためではない。
 だが彼は、バルマーを殴り倒していた。
 しかも格闘技術といったものには無縁で、力任せに殴り倒し蹴り飛ばし振り回している。
 これを見ている二人の心境は、
「(○□○)」
 と、
「( ̄д ̄;)」
 な感じだった。

(ありか、あんなのもありなのか? ありなのか?)
(なんてパワーだい、あれ……)
 戦闘というより、ウサ晴らし、八つ当たりのようにしか見えなかった。
 後ろからあの巨大な爪で薙がれようとも平然とし、振り返った彼の目……どこにあるかはっきりしないバードタイプの頭部だが、その前で気のせいか、ゴバルマがぎくりとしたようにも見えた。
 仕上げにはクリムゾンアサシンの太い鎌(腕)を掴み取って引きちぎり、その鎌で本来の持ち主の腹を裂くという凄惨な有り様。
(ど、どうしよう……?)
(あれはやめようか)
 思わず目で会話する二人である。

「まったく」
 とその惨状の主の声が聞こえて、二人は思わず岩陰に小さくなった。
「そんなに文句言うなら自分で配合すればいいのに! なんにもしないくせに文句だけは人一倍なんですからっ。あーっ、もうっ」
 びしゃっと音がしたのは、あの鎌を地面にでも叩きつけたに違いない。
 どうやら、八つ当たりのようである。八つ当たりにこんなSS特クラスの場所を選ぶということ自体、甚だしく問題があるような気もするが、今の言葉からして、エネルギー配合に毎度文句をつけられるのだろう。キーラに何度か注文をつけたことのあるボイドとしては、いささかひやりとする台詞だ。
(いや、俺はそんなにうるさく言ってないし)
 ともあれ、外見とここでしていることはともかく、そういった家事を担当もしているなら、たぶんやることは極悪でも本人はさして悪い人ではないのかもしれない。たぶん。
 それとも、悪党集団の大所帯かもしれない、と考えて、
(だったらむしろそいつらを殺していそうなものだな)
 と結論し、ボイドはヨネスに向かって頷いた。彼に頼んでみよう、ということである。

 まだ決心のつかなかったヨネスは、岩陰から出たボイドを呼び止めようとして、反射的にとりやめた。どうしようか迷ったが、ボイドが出て行ってしまった以上、自分だけ隠れていても仕方がない。思いきって追いかける。
「すまんが」
 とボイドが黒いヒューキャストに声をかけた時には、真後ろに追いついていた。
「はい?」
 と惨殺の主は予想外に穏やかな声で振り返った。返り血まみれでなければ、まあ信用しても良さそうな声だった。返り血で緑色に滴っていなければ。
「私になにか?」
 もう少し自分の有り様を考えて喋ってほしいものだと思わないでもないが、ヒューキャストには珍しい温和そうなタイプである。やることはともかく。
「実は俺たちは落盤に巻き込まれてな。Bライセンスしかないのにここに落とされたんだ。もし良かったら、テレポーターまで連れて行ってほしいんだが、駄目か?」
「それは大変ですね。私で良ければご一緒しますよ」
 と、黒いヒューキャストは、顔のない顔にも関わらず、にっこりと笑っていることが分かるような雰囲気になった。あたりがこうでなければ、もう少し素直にほっとできたかもしれない。
「すまんな。助かる」
 おまえなら俺たちがいても足手まといということもなさそうだ、とは、あえて言わないでおいた。

 第三者がまぎれこんできて八つ当たりが中止になると、彼はようやくグラブをデータバッグに戻してグングニルを取り出した。
 拳使用でさえ平気で叩き殺していた相手に武器を使えば、後のことはあえて書くまでもない。
「それにしても珍しいですね。なにか特殊なオーダーですか、お二人とも? へえ。そうなんですか。私ですか? 私は、そうですね、新型と言えば新型ですよ。……え? そう! そうなんですよ。聞いてくれますか。私には兄が二人いるんですけどね(以下省略)」
 世間話をしながら戦わないでくれと言いたくなる程度に、楽な道のりだったということだ。話をしているんだから邪魔をしないでくれ、と言わんばかりの造作なさで斬り伏せられたメルクィークに、思わず同情してしまう二人だった。

 ポートに戻ったところで、どうやら彼の言う「兄」の一人らしいのに出くわした。見分けがつかないほどよく似ている上に、彼も性格は温和なほうらしい。
「頼むから戻ってくれ。あいつも悪かったとは思ってるようだし、聞き流しておけばいいだろう? なんだかんだ言ってもちゃんと摂っていくんだから」
 そんなことを言っているあたり、「戦うこと以外なにもしようとしない次兄」ではなく「肝心な時に逃げ腰の長兄」のほうだろう。
「悪かったと思ってくれるなら、自分で作るなり文句を言うのをやめるなり、してくれればいいんですよ。私だってこれが二度目や三度目なら喧嘩もしませんよ。いったい何度目だと思うんですか。三日に一度は必ずなにか言うじゃないですか」
「俺に怒られても……」
「だいたい兄さんがはっきり私に味方してくれればいいんです。それを、そんなことを言いながら目の前にしているとどっちつかずで」
「いや、それはだから」
 どうやら、兄弟喧嘩の決着はまだつかないらしい。むしろ飛び火して戦火は広まりそうな気配だ。

「それじゃあ、その、取り込んでいるようだから、俺たちはこれで。護衛料には少し安いもしれんが。本当に助かった」
「あ、ああああああ、あたしもねっ。ありがとうよっ」
 巻き込まれたくはない。ボイドがマネーカードを無理やり押し付けると、ヨネスも大急ぎで一枚刷り出した。
「あ、ちょっと! こんなもの別に!」
「それじゃあ、またどこかでな」
(俺は覚えて……いなくても、あれ自体はそうそう忘れられそうにないな)
 名前を名乗り忘れたし聞き忘れたことに気付いたが、そんなことよりは被災しないほうが重要だった。
 あんなアルティメット級の兄弟が引き起こす喧嘩が、万一武力闘争にまで発展すれば、なにが起こるか知れたものではない。
 ―――そんな彼等の判断は、極めて正しい。なにせ彼等は、かつて家を破壊したことのある前科者だったのであった……。

 

(ちゃんちゃん)

 

「拳で洞窟!」をやってて生まれました。
「匠の魂」でHつきのゴッドハンドをもらったことがあるので、
それを装備させて、あとはRデビルとかさしこんでトコトコと。
全て拳で倒せるだろうか、とか死ぬほどアホなことを……。
確かに時間こそかかりますが、別に苦戦することもありませんでした。