アンドロイドに口を作ることはできなかったのだろうか。 ボイドはそんな益体もないことを考えていた。 自分の場合、エネルギー源を取り込むとすればブレストパーツの下からだ。キーラの場合は、今こうして眺めているように、マンの女性を模して膨らんだ胸部を、思い切りよくすっぱりと持ち上げ開いてしまう。 今ひとつ納得がいかない。 租借したり嚥下したりする真似事までさせなくてもいいから、せめて口の部分から、飲み物でも飲むようにして取り込む仕組みにはできなかったのだろうか。 こんなふうに摂取するのでは、そう、デートは台無しだ。
キーラは性格も優しいしスタイルもいいので、それなりにマンの男にも人気がある。いかにも女日照りの軍人たちがオーダーしたらしく、戦闘能力よりは見た目重視になっていて、詳しいことは知らないが、どのデザインにするかではかなりもめたらしい。 にっこり笑ってくれたらなどというのは制限があって無理な相談だが、つまり、マンの男にもなかなかモテるということだ。 なのに、だ。 デートに行って二人で食事でもと思ったら、目の前でよっこいせと胸を持ち上げてメカニック丸出しにされては、あまりにも色消しではないだろうか。 こんなことを考える、変なところでマン的なアンドロイドはあまりいないかもしれないが、きっと世の中のマン男性の多くは、そう思っているに違いない。
「なに、お兄ちゃん。どうかした?」 「いや、なんでもない。それは?」 「これ? エリックにもらったの。分かる? エリック一等軍曹。別名バクさん」 「えーっと……」 思い出そうとしたが、漠然としか出てこなかった。なにか変な渾名をつけられた知り合いの中に、そんな妙な名前で呼ばれていたのがいるような気がする、というくらいだ。 こんなことは日常茶飯事なので、キーラは気にもせず続けた。 「軍の押収品の中に、いくつか管理洩れしてたのがあったんだって。今更報告してもうるさくなるだけだから、みんなで分けようってことになったみたいよ。で、わたしにくれたの」 キーラが胸の穴に放り込んでいるのは、ドロップのような固形エネルギーに見える。だが実際はナノマシンの一種であり、身体を巡って自律神経系の調整を手伝うという。難しいことはともかく、一種の永続的ドーピング品だ。 ボイドは軍属時代に限界まで機能拡張されているため、これ以上の追加は効果がなく、むしろ危険だと言われている。だから気にしたこともなかったが、世のハンターズは通称マテリアルと呼ばれるこれの入手に、それなりに苦心しているらしい。
「正規品だろうな?」 軍が押収したものということは、少なくとも正規ルートで流通したものではないのだろう。それだけならいいが、粗悪なコピー品だった場合は命にも関わる。ボイドが問うと、キーラは頷いて、 「私もちょっと心配だったからエリックに確認したわ」 「それならいい」 それならいいが、それにしても。 やはり胸へ放り込むというのは、あまり美しくない。 だが文句を言ったところでどうなるでもないことだ。 「何系だ?」 「代謝・反応系。わたし、あんまり戦わないから、促進系もらっても仕方ないじゃない」 エリックという男も、そのつもりで流したのだろう。そもそもキーラ自体、防御能力に優れた性能で作られている。ハンターズとして登録する以上、最低限の仕事はこなさなければならないが、まかり間違ってもあっさり死んでしまったりしないように、という配慮らしい。
(それにしても……) とボイドはまた同じことを考える。 ドロップのような形をしているのだから、これをマンたちと同じように経口で摂取できればいいのだ。エリックがキーラをどう思ってこんな高価なプレゼントをしたのかは知らないが、せっかく女の子にあげるのだから、ガラスの瓶に詰めてリボンでもかけて渡せばいい。そしてそれを、ありがとうと言って目の前で食べてくれるという光景は、きっとしあわせだろう。 (これは、いささか俺の想像力が過ぎるかな) Gが床で小さな溜め息をついたが、その溜め息の理由は、ボイドには分からなかった。
「おっしまい、と」 キーラかパタンと胸を閉じる。 「……その胸だけ硬くなっていそうだな」 ついボイドはそんなことを言った。 「あはは。もとから硬いのに?」 「そこだけ更に頑丈になってるんだ」 「でも反応系も摂ったから……動いちゃったりして?」 「胸だけがか?」 「そう。さっ、てね」 「痴漢避けにいいな」 「触ろうとしたらそこにないのね」 「しかもある日起きたらマナ板で」 「えーっ!? どっか行っちゃうの!?」 「一人で散歩だ。それで迷子」 「私の胸知りませんか、って探して歩くのね」 (こいつら……) 床でGがまた溜め息をついた。
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その翌朝。 「なにーッ!?」 というボイドの悲鳴と、 「私の胸がなーいッ!?」 というキーラの悲鳴が、同時に響いた。
「ウソ、やだ、冗談でしょそんなの」 とキーラはツルリとぺったんな胸に片手を当てたまま、ベッドの下を覗きデスクの下を覗き、棚の上から隙間から掻き回すが、そんなところからなくなった胸が見つかるはずもなかった。 あえて言うまでもないがあえて言うならば、その胸は今―――ボイドの胸部に、くっついていた。
しかも体格の問題で、キーラよりも小さい体にくっついてしまったものだから、なかなかの巨乳である。 「ちょっと待て、こんなものどうしろと……」 見下ろすと、見慣れないものが視界を遮る。 触ってみれば無論硬いが、どうも落ち着かない気分になるあたり、AIはいささか高性能すぎるかもしれない。
「おい、キーラ!」 とボイドが部屋から出たのと、 「ねえお兄ちゃん!」 とキーラが部屋から出たのが重なり、向かい合わせの部屋で、二人は顔を突き合わせた。 そして、その騒ぎに眠い目をこすりこすり出てきたGが、隣の部屋から不機嫌そうな顔を見せる。 「プーッ」 と、キーラが吹き出し(たようなノイズを立て)て、ドアの内側へとUターンした。 「くっ」 とこらえきれないものを零したきりで、Gも引っ込んでしまった。 唖然とし、たしかに異様な姿なんだろうなとは考えたが、鏡を見る勇気はないボイドだった。
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ひどい倦怠感と重い気分をそのまま引きずって、目が覚めた。 (なんて夢だ) と、思わずボイドは自分の胸に手をやった。 幸いそこはいつもどおり平らである。思わずほっとした。 (昨日あんな話をしたからか) それにしても、キーラの胸が行方知れずになるまではともかく、何故自分の胸に張り付かなければならないのか。意識にのぼらない頭の片隅でそんなことを考えただろうか? 考えたつもりはないが、こればかりはさすがにSメモリーを読むようにはいかない。
ともあれ、サイズ的にさして違和感がなかったのが、いささかショックではある。これが並みのヒューキャストであれば、彼等の胸板は広大だから、キーラの胸がぴったりマッチするはずないのだ。 (やれやれ) 起き上がり、ベッドから降りる。 まさかと思うが、キーラの胸がいつもどおり所定の位置にあることを確かめたくなった。 時計を見ると7時。もうそろそろ起きてくる頃だろうから、ボイドは一足先にリビングでニュースでも見て待つことにした。
「レディ、チャンネル18」 『かしこまりました』 モニターに光が溢れる。人が少なく、しかも管理側の都合に合致した人間ばかり乗せてきたものだから、事件といったものはほとんどない。ニュースの内容は、新しい施策、政策や事業、開発のことばかりである。 面白くはないが、一応知っておいたほうはいいだろう。それくらいの気分で眺めていると、 「ぼいど〜」 と、Gの声がした。珍しくヨレているので、いったいどうしたのかと思って振り返ると。
キーラの胸は、Gのほっぺにそれぞれ一つずつ、くっついていた。
……と思ったのは悪夢のせい、気の迷いで、一瞬の錯覚と驚愕が過ぎ去った後には、頬をぱんっぱんに膨らませたGがいるだけだ。 「いったいなんだ、これは」 「しるか。いたい」 「レスタは?」 そっと触ろうとすると、手を叩き払われた。 「つかのましかきかない」 もぐもぐと声が篭もるのは、この腫れ上がった頬のせいらしい。 「おはよう、お兄ちゃん。早いのね」 起きたキーラがそこに現れて、これがおたふく風邪だと判明したのだった。
(おちまい) |