take it easy


 「その髪、どうして毎日立てるの? 邪魔だし時間かかるし、やめたらどう兄さん」
 生活だって楽じゃないんだし、と続く妹の説教を後ろに置き去りにして、レイジは表へ出た。
 親のないニューマン兄妹の生活は、たしかに楽ではない。ハンターズとして稼いではいるが、養成所の奨学金を返せば、今のところ毎月ほんの2000メセタほどの貯金ができる程度だ。
 無論、必死になって稼ぎまくれば、もっと楽な生活ができることは承知していた。
 見かけは大して頼りがいがあるようでもないし、特に目立ったところもないレイジだが、これでもSランクである。つまり、封鎖領域の地下洞窟程度ならば進入を許されている。
 強くなろうと思うでもなく、本人いわくの「ただなんとなく」でそのレベルになるのだから、フォースとしての才能には恵まれているのだろう。
 本気で稼ぐ気になれば、今のこの危険なラグオルならば、一財産築くことも夢ではない。
 妹のクレハにしてみれば、どうしてその能力をろくに活かさず、ふらふらと他愛のない仕事ばかりしているのか、理解できないに違いない。彼女は一所懸命にがんばって、この間やっとBランクになったばかりである。できるのにしないというのは、したくてもできない人間から見れば罪悪の一つだとまで、この間は言っていた。
(そんなことでマジんなんなくてもなぁ)
 とレイジは思うのである。
 できるのにしないでいるだけのことなど、山ほどある。人間、死ぬ気になってトライすればたいていのことはできるだろうからだ。
 要するにクレハは、ひがんでいるだけだろう。もっと楽がしたいだけだろう。それを、なにか大層な言葉でもっともらしくいかめしく、粉飾しているだけに過ぎない。
 だが、そういう妹を嫌いなわけでもないし軽蔑もしていない。
 そんな大げさに言わなくったって、という程度だ。
 レイジにとって肝心なのは、今生きていて、明日生きていくあてがあって、まあ一ヶ月先くらいまでならば生活は保証されていること。それで充分、あとは、自分の時間をどれくらいのんきに楽しく過ごせるかである。
 だから必死に仕事をしないのだ。
 お気楽に生きている。他人にもそう見えるし、本人もあまり物事を深刻に考えない。
 たまに、同じニューマンから尋ねられる。「おまえに不安はないのか」と。
 ニューマンの寿命は安定せず、いつ死ぬか分からない。だが、レイジにはそれも、大したことには思えなかった。少なくとも、それを理由にしてせっせと仕事をしようという気にはなれないし、また、自棄になろうとも思わなかった。
 そのことについても、さして考えたことがない。考えて答えが出ても、またその先に考えることが増えるだけだということは、直観で分かっている。だからそんな、無駄に疲れる連鎖の中には踏み込まないのが利口なのだ。
 妹がいるのだし、彼女があまり強くないなら、せめて奨学金は全て返済して、いくらかのたくわえはつくっておいたらどうだ、と忠告した知り合いもいた。
 それはなるほどと思った。少なくとも、自分の分の奨学金くらいは返済してやらなければ可哀想だし、兄に生まれたことを宿命とでも思って、いくらかは損得抜きで妹のために働いてやるのもいいだろう。
(でもオレ、嫌いなんだよね〜)
 せっせと働いてお金をつくれば、賢いクレハは気付くだろう。レイジが自分の死後のことを想定している、と。
 だがそうなれば?
 つまらないのだ。
 これで私は安心、とほっとされれば腹が立つし、そんな未来が来るかもしれないことを考えて暗くなられたら居心地が悪い。
 だから、そんなお金をつくっていることは、クレハには絶対に覚らせる気はない。
 奨学金の返済すら、本当はもう全額返せるだけの貯金があるのだが、あえて少しずつ行っている。
 格好良くなるのは、死んでからたった一度だけでいい。レイジが唯一信念にしていることと言えば、それだ。
 適当に生きて、のらりくらりと過ごして、ただ、自分が苦しまなければならないようなことはしない。だから、妹のことが気にならないわけではないからお金は一応残せるようにしておくけれど、それは、自分の死後、そんなお金を貯めた口座があることがクレハに分かればそれでいい。
(まーでも、それはちょっとカッコつけすぎかな〜)
 ふふん、とレイジは一人で少し笑った。


 

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