こいぶみ


 あるじ様からのメールが、全てのはじまりでございました。
「お前も少し鍛えんと、昨今はやってゆけぬご時世じゃ。ちょいとハンターズ・ロビーに来なさい」
 あるじ様の仰せとあれば、行かない訳には参りません。……くすん。
 ハンターズに登録したのは、ラグオルにお出かけになるご家族への連絡が取りやすいから、と判断しての事だけでしたのに。
 あるじ様、本気でわたくしもハンターズになさるおつもりなのでしょうか。そんな怖いこと、このカリョウビンガにできるとお思いなのでしょうか。
 機体寿命が尽きるまで、お料理やお掃除、お洗濯をして、時々は搭載されているオルゴールを皆様に聞いて頂いて、日々変わらず過ごせればそれが幸せというもの、と思っておりましたのに……
 あるじ様に指定されたロビーに赴くと、おいでになったのは、お美しいフォマール様と、黄色のレイキャシール様でしたわ。
 レイキャシールのクウィン様(正しい発音ではないそうですわ。言語野を同期させて頂ければ正確にお呼びできるのですけれど)……スリムかつ優美なボディラインが、ちょっぴり羨ましいですわ。
 わたくしのボディ、ちょっと丸みに欠けておりますもの……
 そして、……は? フォマール様、女性ではないと? え?
 なにやらフォマール(仮定)様も、わたくしを見て戸惑っておいでのようでした。
 わたくしの機体が、ヒューキャストだからでしょうか?
 でもでも、わたくしのAIは、れっきとしたメイド仕様のレイキャシールですのよ。
 ちょっとボディの凹凸が乏しいのですけど、可愛らしいピンクの塗装のパフスリーブや、紺色のヘッドドレスもちゃんとついてますのよ?……くすん。
 フォマール(仮定)様が、ご自分の代わりにと紹介していらっしゃったのは、金髪をつんつんと逆立てた、わたくしよりも背の高い、黒衣のフォニューム様……
 と、殿方!
 嗚呼ッ。
 恥ずかしいッ。
 わたくし、とっさに物陰に隠れてしまいました。
 不躾なメイドとお笑いになっちゃいや。
 だって、あるじ様のお身内以外の殿方と、面と向かってお会いするのは、これが初めてなのですもの!
 それに、殿方って怖いものだという印象もございました。
 わたくしのことをからかったり、笑ったりするのは、おおむね殿方でしたもの。
 ヒューキャストのくせに気持ちが悪いとか、AIが狂っているとか。……くすん。
 けれど、フォニューム様だったのが、わたくしの緊張を少し解消致しました。
 あるじ様のお孫様もフォニュームですもの。同じ同じ、と言い聞かせて、わたくしはおそるおそる、フォニューム様へと歩み寄りました。……クウィン様の影に隠れてしまいましたけど。
 そんな非礼なわたくしですのに、その方は気にもせず笑顔で名乗られました。
「俺、レイジね。よろしくね」
 レイジ様。……素敵なお名前。
「カリョウ殿、そんな様子ではこの先ハンターズはやっていけぬぞ?」
 クウィン様、笑いながらそうおっしゃります。
 ……エ、エネミーは殿方の区別などつきませんもの。ですから大丈夫ですわ。大丈夫……
「ハンターズには、いきなり男の尻を揉む男も居るのだぞー?」
 な、なんとハレンチな!
 ふうっと、わたくし、気が遠くなりました。……嗚呼、カリョウはそのような話を聞いただけでも、こう、AIが……
「うわあ、大丈夫?!」
 わたくし、それなりに重量はありますのに、レイジ様は倒れるわたくしを軽々と支えてくださったのです。……逞しいお方……。
 しかもその後、レイジ様は「あ、指紋ついちゃったね」と、そっと袖口でわたくしのパフスリーブ(ショルダーガードなどと呼ばないで下さいまし)を拭ってくださったのです!
 嗚呼、こんなにも細やかに気を使って下さる殿方が今までおいでだったでしょうか!
 その時、わたくしのAIの感情レンジが、小さくショートしたような感覚がございました。
 わたくしはアイ様(あるじ様とは血の繋がらぬお孫様でございます)をご幼少の頃からお育て申し上げております故、マンの皮膚表面の脂肪酸はもとより、汗も涙もおよだれもノープロブレムでございますわ。
 でも、このような心遣いをして下さる方にお会いしたのは、本当に初めてでしたの……
「も、申し訳ありません、AIが処理落ちしてしまって……」
 信じられない殿方の生態を聞いたショックとはいえ、このようなお優しい殿方の前で、わたくしったらなんてあれらもない姿を……恥ずかしい……ッ。

 お二人に連れられて、わたくしはシティの専用ゲートにおそるおそる足を踏み入れました。
 ラグオルに降りるのは、これが3回目……いえ、2回目でしたかしら?
 だって……だって、怖いんですもの!
 握りしめているのは、使い慣れた包丁ではなくて、セイバーと呼ばれる武器ですが、わたくしは、必死でこれは包丁、これは包丁!と、おのれのAIの認識分野を言語的に書き換えようと試みておりました。
 さもなければ、もう怖くて怖くて、戦略的撤退と称してワープゲートに逃げ込んでいたことでしょう。
 それでも必死に踏みとどまれたのは、レイジ様の,
「そうだよ、ここは広ーい台所だよ」
 という台詞のたまものでございます。わたくしの怯える様子を見かねたのでしょう、そっとフォローして下さったのです。
 そう、そうですわねレイジ様!
 地面から現れるアレは新鮮なお肉!これはお料理中なのですわ、ちょっぴり豪快でほんのり野趣あふれる野外調理実習なのですわ!
 その後は無我夢中でございました。
 素早い狼さん(本星で昔世話していたペスを思い出しましたわ……)、可愛らしいけれど痛い鳥さん、こわい顔のもぐらさん、そして大きくて凶暴なゴリラさん!
 わたくしのふるう包丁は、そうそう当たってはくれません。……動くお肉の調理なんて初めてなんですもの。くすん。
 けれどレイジ様の補助テクニックや、クウィン様のEXを駆使した射撃に支えられ、わたくし、ついに森を踏破いたしましたのよ!セントラルドームのあの大きな蜥蜴も調理できましたの!
(あるじ様、カリョウはやりましたわ!)
 感激でいっぱいのわたくしを、お二人は温かく見守って下さいました。
 世の中には、こんなに紳士な殿方もちゃんとおられるのですね。嗚呼、もっと早く、あるじ様の家の外にも、興味をもっておくのでしたわ……
「カリョーちゃん、料理得意なんだ? いいねー。料理は大変だよね、鍋なんて重くてさー」
 笑顔で、そんなことをおっしゃるレイジ様。

 ……わたくしでよければ、いつでもお料理を作りにおうかがいいたしますわ……

 そんな言葉をAI内で組み立てたものの、ついにわたくしは音声化することはできませんでした。
 今日初めてお会いしたばかりの殿方の家にうかがう、だなんて!
 わたくしったら、なんてふしだらな!
 ありえません、ありえませんわ。わたくしのAIは、本当にどうかしてしまったのかしらん。
 でも……

 レ・イ・ジ・さ・ま。

 ……きゃっ。い、いやん……。

 声にしなくても、そのお名前をそっとAI内でなぞるだけで、感情野がヒートアップしてしまうのは何故なのかしら。

 わたくしったら、あれほど怖いラグオルに、また降りてみようなどと思っております。
 レイジ様は、最も危険の多い区域にも降下できるお方。
 わたくしなどとてもとてもご一緒できる方ではないのですけれど。
 レイジ様が華麗にテクニックを操り、凛々しく雄々しく戦われているお姿を、そっと遠くからでも拝見したいなどと思ってしまいますの……
 いえ、外見だけとはいえヒューキャストであるなら、わたくしがレイジ様のもっとお側にいても、きっと可笑しいと指さされることだけはない、ですわよ、ね?
 わたくし、頑張ってみようと思っておりますの。
 新しいお肉を調理しないといけないのは、とっても怖いのですけれど。
 わたくし、参りますわ。ラグオルに。
 ほんのちょっぴり、あの方の見ている世界に、近づきたいんですもの。
 ほんのちょっぴりだけでも。

 この気持ちのことをなんと呼ぶのか、カリョウは存じません。
 レイジ様なら、教えてくださるのかしら?