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(うわっ、困ったじーさん引いちゃったなー……) そう思いながら、 「えーっ!? これまでに9千匹も倒してんの? すっげー!」 と言う。目の前の老人は、得意げににんまりと笑った。
ますます困ったじいさんだと、レイジは思う。 エネミー狩のサポートをしてほしい、という依頼があったから相棒申告したのだが、まさか1万匹斬りの手伝いだとは思わなかったのだ。知っていたら絶対に回避した。 ただのエネミー狩ならばともかく、何匹倒すなどとこだわっている人間は、要するに自己陶酔型だ。 しかも封鎖領域の遺跡がいいと言う。 SSランク。 老人。 どうしようもないほど頑固で自尊心が強いとしか思えない。 適当に合わせて付き合うことはできるが、こういうのはレイジが一番苦手なタイプだった。
付き合えるが、こういうタイプの人間を好きだと思ったことは一度もないのだ。好きでもない相手に愛想良く接しつづけるのは、決して楽ではない。 それでも、今ここで「そんなんだったら降りる」と言えばいざこざが起きることもよく分かった。何故ならドノフと名乗った老人は、 「この前の若い奴なぞ、怖気づいたのか急にやめるなどと言い出しおった。まったく近頃のハンターズは根性が座っておらん! その点君は見所があるぞ!」 と言い始めたのだ。 好きでもない相手に嫌われてもどう言われても構いはしないが、それは自分のいないところでやってほしい。目の前で説教に移行されてはたまらない。
見たところもう60は過ぎている。70近いか、過ぎているかもしれない。それでなお遺跡に降りようというのだから、よほど腕には自信があるのだろう。だとすれば、ハンターズとしてなにか学べることもあるかもしれない。 レイジはそう思って、ドノフについていくことを自分に納得させた。せっせと勉強したいとは思わないが、強くなるということは楽になるということだ。経験者を見て覚えたことは、少なくない。 それに、老人の夢に付き合うこと自体は、悪くなかった。 きっと一度は引退したものの、ラグオル・クライシスでのハンターズの活躍を見て、血が騒ぎ出したのだろう。 (枯れないじーさんは好きだけどさ。あー。そーいやミツクニじーちゃんどーしてるかな) 達観はしているが、枯れてはいない。そういう老人と過ごすのは面白い。いい感じに力が抜けて、細かいことは気にもせず、それでいて面白いことには目がない。若い人間のこだわりとか自負とかに付き合うのが好きではないレイジには、何故か気の若い老人の友達が多くもある。 (ドノフじーさんも、案外面白い人かもしんないしな) 「よっし、じっちゃん、GO!」 「おー、よしよし、やる気じゃな」 さあ行くぞ、とドノフは大股に歩き出した。
が。 一区画目で後悔した。 弱いのである。 たしかに並のハンターズよりは強いが、この遺跡で戦うには弱いのである。 (絶対、定期的にランク修正の試験受けさせるべきだってこれ) レイジは腹の底からそう思った。 かつて一度SSランクになれば、それ以後はいつでも、どんなブランクがあっても同じレベルのところに入れるというのは、間違っている。今のドノフはどう見てもせいぜいでSランクとAランクの中間くらいだった。 マグが開発される前にハンターズを引退したとかで、マグを持っていない。貸してあげると言ってもそんな軟弱なものは必要ないといって聞かない。 大鉈のような独特の大剣を使っていて、それはおそらく、ザンバと呼ばれる特殊武器なのだが、それを存分に振るっているとも思えない。だいたいこんな巨大な金属の塊を、ヒューマンの老人が振り回しこなせるはずもない。こんなものは、怪力自慢のヒューキャスト向きだ。 若い頃は、この武器を軽々と扱うに相応しい筋力と技術とがあったのかもしれない。 だが今はどう見ても、武器のほうに振り回されている。 素直に別の武器に替えればいいのに、使いつづける。身の丈に合わない矜持にこだわりつづけるのなど、いい迷惑だ。
言っても聞き入れそうにないので、レイジは黙って、フルスピードで矢継ぎ早にテクニックを使いつづけた。 「ちょ、ちょっと! ダメだってじーちゃん! ベルラ避けないと……ああああっ!!」 メランに構っているところにインディベルラの高速ロケットパンチを食らって吹っ飛ばされる。無事なのは、ひとえに昔とった杵づか的高性能防具のおかげでしかない。 「俺がギゾで弱らせるまで待……って突っ込まないでよ!!」 自分が倒してしまってもいいならまだしも楽なのに、とレイジはこっそり深々と溜め息をついた。しかし1万匹斬りは、本人が達成しないと意味がない。 だが、これだけ相棒が必死に補佐してカバーして、それで倒してもカウントするのだろうか。 (やっぱこういうのって、どっちかってーと自分一人でとか、もっと並程度のフォローでちゃんと倒せての話だよなぁ) だいたい1万匹斬りなど、ラグオル・クライシスをくぐり抜け、現役でこの遺跡に降りているハンター・レンジャーなら、誰でもとっくに達成している数だ。
「ちょ、ちょっとタンマ、じーちゃん待って……」 50匹ほどなんとか倒してもらった時点で、レイジの精神力と体力は限界だった。少し休まないと歩くのも億劫でたまらない。 それはたぶん、ドノフも大差ないだろう。最初はあれこれと張り上げていた声も、めっきり聞こえなくなっている。 二人して、通路のそれぞれの壁に背中を預けて座り込む。 レイジがディフルイドを出すと、 「トリフルなら持ってきとるぞ」 とドノフが言った。 「あ、ありがと。でも、トリフル使うと後でクるから。あんがとね」 トリフルイドで無理やりハイになると、必ず後でダウンする。それより、ディフルイドで少し落ち着いて、あとは瞑想でもしたほうがいい。それで自然に回復するのを待ったほうが体にいいのだ。 ニューマンという種族は、精神面を強化されて生まれてきただけあって、そのあたりには恵まれていることが多い。レイジは幸い恵まれているほうだった。あまり感情的にならず、意識的に神経を落ち着かせることができる。健康面を考えてもこれが一番いい。
なんとなく会話がなかった。 (じーちゃんも気付いてんだろうな) とレイジは思う。だから最初のようにのんきに話し掛けてこないのだ。 若い頃と少しも変わらないで戦えるつもりだったのだろう。だが年齢は思いのほか心身を弱らせていたに違いない。 レイジも、なにを言えばいいのか分からなかった。 適当な慰めも、もっともらしい道理も、言われたい人はまずいない。そんなものは自分自身でまず口に出し、目の前の相手に「うん、そうかもしれないね」くらいで同意されて初めて納得できるものだ。 かといって、今ここでなんでもないような世間話を持ちかけるのもどうだろうか。 世間話でいいなら、レイジにも聞きたいことはあった。 家族はいないのか、ここに来ることは承知しているのか、止められなかったのか。もし女の子の孫がいるとでも言ってくれれば、「可愛いの?」と冗談めかして身を乗り出すこともできる。そこから話も弾むだろう。だが、どうやって切り出せばいいのか、それが難しい。
「のうレイジくん」 「え?」 「もう半分は来たし、今日は一度引き上げようか。わしも腰が痛くなってきたわい」 不意に呼びかけられての提案に、レイジが反対する理由はなかった。
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