ふと嫌になった。 いつもいつも同じ顔を見て、いつもいつも同じような馬鹿話をすることに。 ここずっと、特定の仲間としか遊んでいない自分が嫌になった。 仲間を気遣うのが嫌になった。 嫌われたくないと思えば言いたいことも言えず、「そりゃ違うだろ、おまえよ」と思っても「そうだね」なんて答えておいて、なんだかんだとご立派、お綺麗すぎる発想に付き合うのが、その夜は本当に嫌になった。 嫌いになんかなっちゃいないさ。 たまたまその夜、そんなふうにしているのが嫌になっただけさ。 いい人を演じ続けるのに疲れただけさ……。 そして俺は旅に出た。 チームを見ればどこもパスつき。みんな保身と安全を求めて、イケスの中に泳ぐ魚だ。 大海原を自由に進む大魚の少ないこと。 いいさ。 悪いことじゃない。 安心していたいというのは、多くの人間の素直な欲求だ。 俺だって、毎日がスリルの連続じゃ死んじまう。 そんな中で見つける「誰でもどうぞ」系のチームは、既にどこも4人揃っている。 ああ、俺と同じ旅人が、出会いとちょっとしたスリルを求めて一足早く楽園に辿り着いているのか。 「ロスト助けて」系のチームには、悪いが今夜は入る気はない。 助けてほしいのは分かるが、安易に人に頼ろうとする態度、今夜の俺には物乞いにしか見えないんだ。 昨日の俺なら、助けにいったかもしれないがな……。今夜はそんな気分じゃない。 俺が探しているのは、自由な魚。 それとも、そ知らぬ顔の鳥。 たまたま行く方向が同じだからと隣に並ぶ、行きずりの旅人だ。 そして俺が見つけたのは、小さな明かりを掲げた、心細げなフォニュエールだった。 初めてのオンで右も左も分からず、仲間も誘えず、パスがなにかも知らず、一人ぼっちで夜の森を彷徨っていた。 最初に彼女を訪れた訪問者は、初めてなのだと彼女が告げると「いまさら?」と言って笑い、「嘘でしょ」と吐いたという。 そして彼女を、まだオフで入ったこともない暗い遺跡へと連れ込み、まともに戦えず倒れまくる彼女を生き返らせるだけ生き返らせて、しまいには、「あんたじゃまだ無理だから俺一人で行く」と一人でDFへ。 そして出て行ったという。 旅人失格だよ、おまえ。 誰もがただ強くなりたいわけじゃない。経験値さえ入ればそれでいいわけじゃない。 俺はこの、可愛い赤フォニュエールと共に行くことを決めた。 「パスを設定すれば、勝手に誰か入ってくることはなくなるけど、そのかわり、新しい人と知り合うチャンスもなくなる。このままパスなしでやるか、パス設定するか、どっちがいい?」 俺が問うと、彼女は「パス設定してください」と答えた。 馬鹿な放浪者がいなければ、こんな答えは言わなかったんじゃないかと思うと改めて腹が立つ。けれどそんなことで文句を言ったって、彼女を楽しませることなんかできやしない。 まずはロビーに出よう、と彼女を誘い、外に出る。 それから、パスをメールで送った。 「どうして? 言えばいいのに」 と彼女が不思議がった。 「口で言ったら、ここにいる人みんなが知ってしまうだろ? パスつきの部屋に勝手に入ってくる人は普通はいないけど、もしタチの悪いヤツがいれば、嫌がらせに来るかもしれないからね」 と俺がこれもやはりメールで言うと、彼女はなるほどと納得した。 なんにもしらない、小さな女の子。 彼女がこれからこの世界で生きていくためには、今日という日が大事なのは言うまでもない。 彼女が初めてなら、俺も初心に返ろう。 俺は彼女に部屋を作ってもらう間に、姿をかえることにした。 同じレベルのヒューキャストになり、マグも育て中のヴァルナをつけ、荷物はモノメイトと、彼女のためのモノフルイド。守ってやるには堅くなくちゃいけないから、ユニットはレグスとボディ、HPをバランス良く。 武器は、俺がオンで初めて人からもらった、なんの変哲もないハルベルト。 そうさ。 誰しもまだ右も左も分からなかったあの頃、+9というハルベルトを手に入れただけで珍しく、それをもらえば嬉しかったものだ。 俺は彼女にマインドオートガンとアームを一つだけあげた。黄色い文字のユニットに、彼女は「本当にいいの?」と何度も聞き返し、喜んでくれた。 「いずれ君がもっと大人になったら、こんなものは珍しくなくなるよ。でも、もっと珍しいものとの出会いもある。俺は、そんな出会いを奪う気はない。だから、今はこれだけあげる」 小さなフォニュエールは、まだ連続攻撃もろくにできなかった。 ゲームという世界を旅するのですら初めてだった。 俺は彼女に、チームでの戦い方、基本的な役割というもの、旅の知識を教えながら進み、ドラゴン、そしてデ・ロル・レ、ボルオプトを倒した。 可愛いこの子ともっと一緒に旅をしたい気もするが、今日の俺は風。 足跡も残さず通り過ぎていくだけだ。 楽しかったと告げ、俺は自分がよくいるお気に入りの場所だけを教えた。 カードはあえて交換せず、ロビーで別れた。 そして次に入った熟練チームでは、三人のロボたちを援護しまくるレイマーとして戦った。 会話も少なく、問答無用でVH遺跡を突き進んでいく俺たち。 しかし別れ際、一番口数の少なかった赤ヒューキャストが言った。 「久々に楽しかった。安心して敵に突っ込めたよ」 黒ヒューキャストと青レイキャシールも、また会いたいということを話し始めた。 しかし俺は風。 運んできた花の香を記憶に残そうとも、とどまりはしない。 俺はまた、居場所を告げて去った。 次はロボ限定のVH。 レイキャスト、レイキャシールばかりなら、当然俺はレベル・ステータスともに最強まで鍛え上げたヒューキャストでいく。 俺は当然だと思っていたスターアトマイザーによる回復に、三人は驚いていた。 そして、三人ともこれがファーストキャラなのだと俺に言った。 俺は、俺にもかつて、ロボには仲間を回復させる手段はないと思い込んでいた時期があったのを思い出した。 旅はいい。 俺がすっかり忘れていた、あの頃の新鮮な感動を思い出させてくれることがある。 まるで、故郷に似た風景に出会うように。 俺はまたいつか風になり、世界中を気侭に吹き抜けよう。 俺が運んだ花の香、食卓の匂い、それとも血生臭い戦場の気配か、それだけが、俺がそこを通り抜けた証。 さよなら、俺の夜。 さよなら、一晩だけの俺の恋人たち。 いつかまた、世界のどこかで君に会おう。約束などかわすこともなく、偶然の神が、導くままに。 (終) |