言 葉 〜貴方の〜

「悪かった。……なんにせよ、俺の言いすぎだった」
 聞きたいときには聞けなかった言葉。
 けれど、これは、違う。

 兄さんは、謝らないひとだ。
 謝らなければならないようなことは、しない。
 そして、思いがけず悪い結果を出してしまった時にも、謝らない。
 それは、謝ることで許してもらおうとしないから。
 謝っても許されないと思い、許されようとすることを卑怯だと思う、そして、何もかも文句も言わずに背負っていこうとする、そんな、真っ直ぐな、強いひと。
 だからこの言葉は、私のための言葉。
 謝罪の形をした、私を慰めるための言葉……。

 覚えていますか?
 初めて会った時のことを。
 セントラルドーム近くの高台で、思いがけずに出会うことができて。
 けれど、私には確信はなかったし、貴方には私が何かすら、分からなかった。
 それから、洞窟のワーム退治の時。
 一緒に組むことになって、あらためて再会した時、私が「兄さん」と呼んだら、困った顔をしたでしょう。
 それからずっと、貴方は怒ってばかりで、「兄さん」と言うたびに怒鳴られて、無視されて、私は貴方に嫌われているんだと思っていました。
 貴方が私を庇ってくれた、あの時までは。
 私のことを弟とは思えなくても、勝手に「兄」と呼ぶ私を迷惑だとは思っていても、それほど嫌われているわけではないんだと、とても嬉しかった。
 それだけで良かった。
 私が勝手に貴方を「兄」と思い込んでいるだけで、貴方にとって私は、ただの風変わりなアンドロイドでしかないとしても、近くにいることさえできればそれで良かった。
 ほんの少し気にかけてもらえるだけでも。
 いろいろあったけれど、貴方が少しずつ私といることを嫌がらなくなって、むしろ喜んでくれているように見えてきて、幸せでした。

 そして、あの時。
 私に記憶はなく、残ったのは行動記録だけ。
 自分が何をしたのか、自分が、どういうモノなのか。
 頭では分かっていたけれど、自覚している以上のモノなんだという気もしていて、この目で見て確かめようと、記録を再生して……。
 最低の記録。
 記録を見て生まれた、最低の記憶。
 けれど、見なければ知ることができなかった。
 あの時あの場所で、初めて、貴方が言ってくれていた。
 「あれは俺の弟だ」と、あんな時に、あんな私に。
 それからも、いつもいつも、そうだった。
 貴方は何も言わない。
 何も言わず、優しいそぶりなんか一つも見せない。
 でも、いつも、いつだって、言葉にしないだけで、態度にしないだけで、思いはかけてくれている。
 私は、そのことを誰よりもよく分かっていたはずなのに。

 許されないのは、私のほうだ。
 貴方を疑った。
 何かわけがあるんだろうと、それを聞きたくて問い詰めながら、答えない貴方を見て、本当にただ苛立ち半分で何も考えずに言ったんじゃないかと、思ってしまった。
 そんなことをするようなひとでは、決してないのに。
 貴方が何も答えなかったのは、言いたくないことだった、というだけでなく、きっと私のためでもあったのでしょう。
 私がいなくなった後でカルマ兄さんに聞かせた言葉。
 言う気がないのなら、と一発くらい殴ってやらないと気が済まなくて戻ってきて、思いがけずに聞いてしまった、貴方の心。
 あれをあの時、あの場で、私の前で言えば、私はもう何も言わなかった。
 何も言えなくなった。
 だから、悪者になってくれたんでしょう。
 私を怒らせてくれるために。
 それなのに私は、自分の感情だけに流されて、そんな貴方を疑った……。

「また暗いこと考えてやがるな」
「………」
「あのな。……説教できる立場にない時に、説教させるような真似はするな」
「………」
「自分のことを、棚に上げて言えば」
「………」
「許してやるって言ってるんだ。おまえが怒るのは当然だった。怒るのは、アルをそれだけ心配しているからだろう。俺も、それくらいのことは分かってる。……おまえが、らしくもなくかっとなるくらい、心配なんだってことだろう。それくらい、可愛がってるってことだ。おまえがそういう奴で、俺は嬉しいんだ」
「兄さん……」
「で、分かってるんだろうな? 俺がこんな甘ったるいことを言うのが、どれくらい嫌かってことくらいは」
 それでも口にしてくれるほど、私を、心配してくれている、と……。
「……はい」
 もっと、強くなりたい。
 つらくても何も言わないひとを、支えられるくらいに強く。
 何かを破壊する力ではなくて、何かを守る力がほしい。
 貴方を、みんなを、守るための強さがほしい。
 こんな、破壊の力ではなく。

 出来損ないのアンドロイド。
 暴走する力より、ままならない感情。
 少し、複雑に作られすぎたのかもしれない。
 もっと単純に、戦うことだけを喜びとするように作られていれば、こんな迷いも痛みも覚えずに済んだのかもしれない。
 けれど……。
「兄さん」
「ん」
 共にいたいと願う気持ちも、ありふれた日常に感じる幸せも、私には捨てられない。
 AIをXQJプログラムに委ねてしまえば、世界は透明なくらいに綺麗で、曖昧なものや分からないことは何一つなく、静かで、穏やかだった。私の中にも何一つとして不明なものや矛盾するものはなく、楽だった。
 けれど、その果てには何もない。
 私は、
「なんだいったい」
 私は、たった一人で虚無の平安に微睡むよりは。
 迷いながらでも、貴方といたい。

「アルが起きたら、ちゃんと謝ってください」
「む……」
「好きな人に怒られるから、哀しいんです。一番つらい思いしたのは、やっぱりアルでしょうから」
「………」
「返事は?」
「謝ればいいんだろう」
「いいんだろう、って、そういう問題じゃないでしょう。さっき私に言ったみたいに、ちゃんと謝ってください。いいですね?」
「……努力は、してやる」
 努力、って。
 でも、貴方のことですから、小さいアルに弱みを見せるなんてできないんでしょうね。
 優しい兄、なんて思われたくもないでしょう。
 努力しよう、というだけでも、許してあげるとしましょうか。
 貴方の本心を話すことなく、アルを慰めてあげること。
 これは、私にしかできそうにありませんしね。
 たぶん、難しくはないと思います。

「何処行くんですか」
「仕事だ。今日が期日なんでな」
「そうですか。それなら、気をつけて」
「ああ」
「無理しないでくださいね」
「ふん、誰にものを言っている」
「そうですね」

 私はこれからも、貴方といたい。
 貴方と、カルマ兄さんと、三人の弟たちと。
 ただ一人生きていくほうがきっと楽なのでしょうけれど、それでも。
 時にぶつかり、疲れても。
 果てしない冷温の平安よりは、私は、貴方たちと生きていきたい。
 貴方はきっと、あれこれと考えたり迷ったりするのは煩わしくて嫌いでしょうけれど、貴方のことですから、甘えさせてくれるんでしょう?
 ね、タイラント兄さん?


(End)