In our mechanical bodies

 アルはヒューキャストにしては小さい。
 規格ぎりぎりまで背を高くされた俺やタイラント、レイヴンに比べると、大人と子供だ。
 体格もそうだが、性格もだ。

 俺たちヒューキャストは、最前線で体を張って戦うことを前提に作られる。
 だから、相手を威嚇する必要もあるし、打たれ強くなければならない。リーチも問題になるから、平均身長200cmという数字が生じる。
 敵に接近し、向かい合って戦わなければならないため、好戦的な自信家が多いのも、無理はない。
 ある意味、タイラントやヴァンガードは、ヒューキャストの典型と言える。

 寂しがり屋で甘えんぼうの小柄なヒューキャスト、なんていうのは、矛盾だ。
 何故こんな無駄な設定になっているのか、納得のいく理由は見つからない。
 もちろん、矛盾したものが存在してはおかしい、なんて言うつもりはないが、それがトラブルのタネになるなら、別だ。
 俺はいつもどおりの、そして、いつもとは緊迫感の違う光景を眺めながら、いつ止めるべきかと考えていた。
 怒るとなると容赦ない三男に睨みつけられて、いつもの暴君ぶりのカケラもない次男。
 言い訳を待たれて、もう五分は過ぎただろうか。

 事の起こりは、三日前。
 アルが帰ってこなかった。
 遊びに出かけて翌日になることはこれまでにも何度かあったから、俺もレイヴンも、またか、としか思っていなかった。
 だが、一日たってもまだ帰ってこないとなると、今までにないことだ。

 そして今日。
 まさか何かあったのかと心配になって、腰を上げかけた時、イードゥーとジオから、怪我をしたアルをメディカルセンターに運んだと連絡が入った。
 一人で洞窟に降りていたらしい。
 こんなことは今までになかった。
 連れていこうとしても嫌がって、ついてくるとしても渋々だったアルが、一人で危険な場所に行くなど、考えもしなかったことだ。
 いったいどうしてかと困惑する俺とレイヴンに、ジオが怒ったような顔をして近づいてくると、
「アイツになんか言ったの、あんたたちか?」
 と聞いた。
「これを使えるようになるまで、兄ちゃんに家に入れてもらえないって、泣いてたんだぞ」
 ジオがブレイカーを突き出して見せた。

 俺にもレイヴンにも、そんなことを言った覚えはなかった。
 武器くらい使えるようになったほうがいい、とは言ってきたが、使えないからといって、家に入れないなんてことを言うはずもない。
「私や兄さんが、そんなこと言うはずがないでしょう」
「そりゃあ、そうだな。言いそうな奴っていうと・・・」
 ついヴァンが勢いで、とか、スケアがいつもどおりの嫌味のついでに、と考えられる。
 が、あれでもヴァンはアルをよく可愛がっていて、何かあれば庇ってやったりすることもあるし、スケアは、アル相手に嫌味を言っても通じないと分かっているのか、面倒を見ることはあっても辛辣なことは言わない。
 となると、残りは一人だ。
 困ったものだ、と俺が思っているそばから、俺と同じ思考回路で見当をつけたらしいレイヴンは、「犯人」を呼び出しにかかっていた。

 静かに、しかし本気で怒っているレイヴンと、置物のように動かないタイラント。
 だが、どうやらタイラントは、言い訳が思いつかないのではないようだ。
 黙りこくっているが、焦っている様子もなければ、腹を立て返している様子もない。
 どこか諦めたような、だが詫びようともしない。
 俺が記憶している最後の言葉は、レイヴンの
「アルが本気にするとは思わなかったんですか。ジオくんたちが見つけてくれるのが遅かったら、どうなっていたと思うんです」
 だ。
 それから延々と、沈黙が続いている。
 このままでは一日が過ぎかねないが、かと言って俺にも、どう割って入っていいのかは分からない。
 たしかに、タイラントの発言は軽率だったかもしれないが、まさか本気にして戻ってこないとも、思わなかったのだろう。
 よしんば本気にしたとして、やっぱり無理、と帰ってくることなら予想できる。
 そういえば、何故アルはタイラントの言葉を真に受けて、三日も戻ってこなかったのだろうか。
 ともすると、タイラントがアルに言ったのは、「使えるようになるまで入れてやらない」ということだけでは、ないのかもしれない。
 だがそれも、怒り頂点状態のレイヴンの前では、言わせるわけにもいくまい。

「睨んでいても仕方ないだろう。おまえはアルの傍についていてやれ」
「話をはっきりさせるまでは、行きません」
「レイヴン。それはおまえの感情だ。アルが気がついた時、傍に誰かいるのといないのと、どっちがいいか考えてみろ」
「だったら兄さんがついていてあげてください」
「俺は、話をするのも聞くのも得意じゃない。おまえのほうがうまく慰めてやれるだろう。いいから、行ってこい。いつまでもこんなところで睨みあってたって、なんにもならんだろう」
「……分かりました」
 タイラントに答える意思がないことを悟ったのか、レイヴンはようやく出て行った。

 あとには、相変わらず黙りこくったタイラントが残される。
 解放された、という様子もない。
 俺は、今あらためて俺が尋ねれば何か話してくれるのか、それとも無駄かを考えた。
 結局、俺とタイラントの間にも長い沈黙が居座る。
 俺はどう言えばいいか、それはつまり、話を聞けるかどうかじゃなく、どうすればこの場をおさめることができるか、真剣に考えた。
 だが、いい案は思いつかない。
 だから、思ったことを言うしかなかった。
 それが適当かどうかは分からないが、それは俺が本当に言いたいことだ。間違っていたとしても、少なくとも、俺にとっての「本当」ではある。
 そこからどういう展開になろうと、諦めがつく。
「話せとは言わんが、おまえ、言ったのは“入れてやらない”ってだけじゃないんじゃないのか? まあ、アルが真に受けるとは思わなかったってのもあるだろうから、それでどうこうとは……」

「出来損ない」

「……え?」
「出来損ないって言ったんだ」
 今、俺に、じゃなく……
「……アルに、か?」
「ああ」
 さすがに、俺も言葉を失った。
 しかし、いったいどうしてそんなひどいことを言ったのか、それが分からなかった。
 タイラントはアルを可愛がりこそしなかったが、あえて邪険にするようなこともなかった。
 こんなひどい言葉を投げつけるとは、信じられなかった。
 何かわけがあるのだろう。
 俺はそう信じたし、その理由を、だからタイラントの口から聞きたかった。
「どうしてそんなことを。冗談にでも、言っていいことじゃないだろう」
「冗談? 本当のことだろう。データもろくに入っていない、出来損ないなのは」
「タイラント!」
 俺は、思わず怒鳴っていた。
 喧嘩はしたくないし、誰かを責めるのも嫌いだ。そんなことをしても、俺も気分が悪くなるだけだから。

 だが、限度があった。
「兄貴ぶるなよ。あんたも俺も、あいつらもみんな、兄弟ごっこしてるだけだろう。本当に思ってるのか? そう言われて巻き込まれただけだろう。偉そうに、兄貴ぶるな」
 思わず、口より先に手が出ていた。
 殴り飛ばしたあとで、拳の痛みを逆の手でおさえる。
「……兄弟に、なりたいと思ったっていいだろう。俺は、たくさん弟ができて、一緒に暮らして、……嬉しかったんだ」
 泣きたい気分だ。
 だが、どう頑張っても、実現はしない。
「おまえだって、一人でいるよりは良かっただろう。帰ってきて、そこにいてもいい場所があって、誰かが自分のことを待っていてくれて。初めて兄さんと呼ばれた時、俺は……」
 なくしたものを見つけたような気がした。
 いや。
 手に入れたことさえなかったのに、何故かなくしてしまっていたものを、取り戻したような気がした。
 だが、言葉にならない。
 誰かに、それも「弟」に否定されることが、こんなにつらいとは思わなかった。

 俺はかき集めた理性を頼りに、尋ねる。
「……本当に、煩わしいと思ってたのか?」
 答えはまた長い沈黙だった。

 やがて、タイラントは小さく首を横に振った。
「だったらなんで、アルに出来損ないなんて言ったんだ。おまえだって、あいつを傷つけたいわけじゃないだろう」
「あんたに分かるのか?」
「なに?」
「あんたに、俺のことが分かるのか? 俺も」
 気のせいだろうか。
 タイラントの声が、震えたような気がした。

「出来損ないなんだ」
 小さく、囁くように、タイラントはそう付け加えた。

「あんたに分かるのか? あんただけじゃない。誰だって。出来損ないで、まともに戦うのに苦労して、俺はそれでも必死になってやってきたんだ。馬鹿みたいじゃないか。俺があれだけ必死になってやってきて、それで今ここにいるのに、なんにもしないで許されてるヤツがいて。戦いたくないなら戦わなくていい? 何もできないままでいい? だったら俺がやってきたことはなんなんだ」
 堰をきったように、タイラントから言葉が溢れてくる。
 噛み付くような声は、初めて聞かせる、弱音だった。
 プライドの塊みたいなタイラントからは、絶対に聞けないだろうと思っていた、自虐の言葉だった。

 そう言えば昔、……あれは、ラッシュからか。
「笑っているからといって、本当に心から笑っているとはかぎらないだろう? 哀しくても笑わざるを得ないこともあるし、哀しいから笑うしかないこともある。……強く見えるからといって、弱さがないわけじゃない」
 聞いた言葉を思い出した。

「タイ……」
「いいさ。俺は出来損ないの自分が嫌で、そう言わせないために勝手にやってきただけだ。なんて言われても構わないなら、俺の知ったことじゃない。……知ったことじゃない、のに……」
「タイラント?」
「ギルドで」
 タイラントが急に顔を上げた。
 苦しいような顔をして、俺を睨むくらい強く見据える。
「“あんな出来損ない、解体しちまったらどうだ”って、言われたんだよ」

 絶句した俺に構わず、タイラントは続ける。
「また言われるんだ。今も、俺たちに聞こえないところで言われてるんだ。あいつが強くならないかぎり、この先もずっと言われ続けるんだ」
「タイラント……」
「あんたには分からないだろう。あんたは、たとえ性能で劣ってたって、ちゃんとしてるからな。俺は……俺も、レイヴンも、アルも、いつ何がおかしくなるかも分からない出来損ないなんだ。忘れてたいのに、考えたくないのに、言われたくないのに、そんなこと、……言わせたく、ないのに……」
 アルのせいで、聞くはめになる。
 ゆっくりと、タイラントは区切りをつけて、呟いた。
「……何もできないままでもいいなんて、誰も思ってくれない。それを、甘やかされて、甘えて……。腹の一つくらい、立てて悪いか」
 俺はまた言葉をなくして、俯いた弟の頭を見下ろしていた。

 静かだった。
 静かで、小さな機械音が、自分の体、タイラントの体の中から聞こえてくるようだった。
 俺は、あまりに静かすぎて、眩暈がしそうだった。
 分かっているつもりで、見ているつもりで、俺は何一つ、分かってはいなかった。
 俺だけじゃない。
 たぶん、他の誰も、弟たちだけじゃなく、他の誰だって、タイラントの中にも鬱屈した思いがあるなんてことは、考えもしなかっただろう。
 それを押し殺して、強く、一人で立ち続ける姿があまりにも様になって、自然に見えて。
 痛いほどの静けさの中、カツン、と小さな音が背後から聞こえた。
 規則正しい足跡が遠ざかる。
 俺はドアを開けて、レイヴンの背中が、角を曲がって消えるのを見た。
 あいつ、まだそこにいたのか。
 それで何も言わずに行くレイヴンの、心の中も俺には分からない。
 だが……

「悪かった。言いたくないこと、言わせたな」
 分かりたいと思うこと。
 共に生きていきたいと思うこと。
 そして
「……いい」
 許されたいと願うこと。
 タイラントが俺の手をとって、椅子から立ち上がる。
 そういった思いが、機械のカラダの俺たちの中に、何かつながりあうものを作ってくれるんだと信じている。

 だから、こう信じてもいる。
 こんな揉め事も、それを糧にして乗り越えていける、と。


END