ある日の小話 EX

 その日は珍しく、タイラントとカルマの仕事が重なった。
 タイラントが引き受けたのが、あるエリアのエネミーの殲滅で、カルマが引き受けたのは、そのエリアの奥にある端末からのデータ採取だったのだ。
 たまたま現地に到着した時刻も同じ頃で、二人は思いがけず、同じ場所で仕事に当たることになった。

 タイラントが辺りのエネミーを駆除し終えた頃、カルマたちの仕事も終わった。
 来る時は別便で来た二人だが、帰る先はどうせ同じ家だ。タイラントが自家用のエアモーターできていたこともあり、カルマはその助手席に乗り、のんびりと家路を目指した。
 実はこの二人、互いに自分たちが「兄弟」だという実感はない。
 レイヴンがそれぞれを「兄」と認識してくるし、その彼を「弟」とは二人とも思っているのだが、三男がいなくなると、どうもただの「戦友」という気しかしないのである。
 とはいえ、短くはない間同じ家で暮らし同じ苦労をしてきた仲だ。
 あまり人付き合いの得意でないカルマも、無愛想なタイラントも、それはそれなりに、口をきく。

 その日の話題は、もっぱら三男の誕生日のことだった。
 明日がそうなのである。
 ということは、タイラントは今日が誕生日なのだが、彼はそういうイベントは苦手である。今朝枕もとにこっそり置いてあった箱だけで、イベントは充分に消化したつもりになっている。
「おまえはどうするんだ」
 カルマが問う。
「そういうおまえは」
 問い返されて、カルマは苦笑い気味の溜め息をついた。
「いろいろ考えたんだが、買い物にでも連れて行こうかと思ってな。必要なものでも欲しいものでも、予算の範囲内で選んでもらったほうがいい。俺にはうまく選べんしな」
「それもいいかもな」
「で?」
「『で?』?」
「おまえはどうするんだってことだ」
「まあ……なんとか誤魔化すさ」
 もらうのも苦手だが、あげるのも苦手らしいタイラントに、カルマは気付かれないように笑った。

 ともかく、なごやかな雰囲気をいっぱいに詰め込んで、ガレージに滑り込んできたエアモーター。
 降りた二人が、こんなことは一年に二度あるかどうかという奇妙な光景だが、肩を並べて帰宅する。
「帰ったぞ」
「ただいま」
「あ、はーい」
 家の奥へと飛ばした声に、いつもと変わりない弟の声が返ってきた。
 タイラントは毎度ながら、データバッグを外しにかかっている。カルマは、出かける時にはなかった箱が玄関先にあることに気付いて、それを見下ろしていた。
 腕を見ているタイラントと、箱を見ているカルマ。
 二人の耳に、足音が近づいてくる。
「お帰りなさい」
 あらためて言われた言葉に、二人は顔をあげ、それぞれに「ああ」くらいは言おうとした。

 が。

「疲れたでしょう? 先にご飯にしますか? それともお風呂にします?」
 そう言うレイヴンの装備品に、タイラントの目は皿のようになり、カルマは反射的に逃げ出そうとしていた。
 ひらひらと視界に泳ぐ、優雅なフリル。
 うっすらとピンクがかった、可愛らしいフリルエプロン。
 似合う似合わないとは別次元の問題だった。
 仕事の疲れなど吹っ飛び、凍りつく二人。

 一瞬早く我に返ったタイラントが、弟の首を捕まえて家の奥に引きずり込んだ。
「なんですか、もう、乱暴ですね」
「なんなんだその格好はッ!!!!!」
 リビングにまで引きずっていき、窓ガラスに罅が入るほどの大声で怒鳴る。
「なにって、もらったんです。一日早いけどって」
「誰からだっ」
「カティルさん」
 その名前に、タイラントはぎくりとした。
 レイヴンが無邪気にというか、分かっててあえてそう笑ってるならばこれこそ悪魔の作る天使の微笑みというヤツかもしれないが、にっこりと笑い、嫌な予感は爆発的に生まれて一瞬のうちに最高潮まで高まった。

「兄さんの分もあるんですよ。おそろいです♪」

「破り捨てろッ!!!!」
「え〜」
 怒鳴るタイラントと不服そうなレイヴン。そしてカルマは毎度のごとく、玄関先でショートしているのであった……。