こんな馬鹿な話があるか―――。 頭がハングしそうだ。 俺は自分が短気で怒りっぽいことは自覚しているが、ここまで頭に来たことはなかったかもしれない。
敵、敵、敵、敵。 聞いていた五倍どころじゃない。数十倍だ。 念のためにと積んできたレーダーユニットが、エネミーを示す光点で真っ赤になっている。 その中に埋もれるようにして、味方の青い光が二つ。 だが一方は、戦力外だ。
地下研究施設跡の深部に発見された、独立CPUの調査のため、ラッシュ=スラッシュが共にいる。 その名は俺がハンターズとして登録してすぐに聞いた。 ノースユーロ最強と謳われたヒューキャストだ。 戦闘能力のみならず、知力、判断力といったものにも秀で、死角がない。 だが俺がこうして会った時には、かつて見かけた姿とはだいぶ違っていた。現役でハンターズとして活動していた頃には、背丈は並ながら幅も厚みもある体で、スレイヤーどもと比べても決して小柄には見えなかった。 それが今は、なんでも、ハンターズはやめて科学者として登録しているという。相応に体はダウンサイズされて、少し大柄なマン程度にしか見えない。
ラッシュに戦闘能力は期待できない。 俺とレイヴンとで、奴を守りながら活路を開く他ない。 文句を百万言垂れるより、生きて帰ってやれば勝ちだ。その後で正確さの欠片もない情報に、ケチでもなんでもつければいい。 「レイヴン!!」 俺が名を呼ぶと、 「はい!」 とだけ聞こえて、レイヴンはラッシュの傍にぴたりとついた。そのまま、俺と合流するべく動き始める。
ここは俺が、なんとかしなければならない。 レイヴンのパワーには、俺でさえ恐ろしいと思うほどのなにかがあるが、それは、解放すればまたあの暴走に到りかねない。 俺が一度陥ったように、敵も味方もなく、全てを破壊しようと動き出す。 それも、桁が違う。 手当たり次第に破壊だけを求めた俺とは違う、奇妙な的確さがあった。そして、今の俺と比べても比較にならないほどの出力。 ケインにも手が出せないと言う、俺たち「兄弟」に押し付けられたクロウ=アラニスの遺産だ。
だが俺は、それを多少でもコントロールするすべを身につけた。 まだ完全とはいかないが、黒い暴れ馬をなんとか御せる自信がある。 レイヴンにフル出力させるのは危険すぎる。 俺が―――守ってやらなければ……。 俺が戦い、レイヴンにはラッシュの護衛に専念させたほうがいい。
黒い遺産へと通じる回路を、そっと開く。 流れ込むエネルギーに、目覚める唸りを感じる。 四肢へと力が流れ込む。 右手にキャリバー。 左手に、グングニル。 俺のパワーならば、双方を片手で扱える。 俺にしかできないこと。 俺に、できること。
「オオオオオッ!!」 キャリバーの重みをいかして体を回転させる。フォトン刃に触れた鉄屑が吹き飛んで、後方のものと団子になってからまり、やがて弾ける。 腰を据えて回転の勢いを殺す。目の前の床に影がある。シノワビートだ。降下を待たず斬り上げた。刃先に触れた金色のボディが縦に切り裂かれて爆発する。シノワゴールド、とかいうヤツのほうだったか。まあ、どちらでも「敵」には違いない。 振り上げたグングニルの流れに逆らわず、体を反転させて後方へと振り返る。停止している赤い光点は、レーザー発射準備の証だ。灼紅がのびるのを避けて床に二転。壁を蹴って止まり、体勢を整える。
危険なのは、力を使わずにいることだ。 バイオチューブが膨張しているような錯覚さえ覚える、この力。 使わずに溜め込めば、逆流して俺に食らいつく。 使わなければならない。 だから、もっと敵が必要だ。 味方はいらない。 敵しかいなければ、全てを破壊すればいい。
「Tyrant!」 突然、呼ばれた。 レイヴンの声ではない。 加熱していた頭が一度にクールダウン……いや、リセットされたようだった。 「それでは狂犬だ。飲まれるな」 姿はレイヴンと共にエネミーに囲まれ広間の隅にあるが、声だけは小さく、しかし確かに届いてくる。 人があれこれと噂する、神の声、とやらだ。 神がなにかは理解できんが、なにか不気味なものには違いない。この声のように。だからだろう。言いつけられても、腹が立たない。事実を指摘されたせいもあるだろうか。 紙一重のコントロールでは、確かに危険すぎる。
だが、今の一動で俺の周囲は開けた。レイヴンの援護に向かう。 レイヴンが内側から切り崩すのに合わせ、俺が外側から崩す。 いったい何処から現れているのか確かめる余裕もないが、倒せば倒しただけ、また補充されてでもいるのか、数の減った気がしない。 だが、脆い。 最初に相手をしたものはともかく、今戦っているギルチックはやけに脆い。これまでに破壊されたものの代わりに、急遽生み出したのだろうか。そんな印象を受ける。 エネミーの数はバカげて多く、しかし質は悪い。
なにか嫌な感じだ。 目的のCPUルームまではまだあるようだが、ここはいったん引き返し、正確な情報を寄越すよう、ギルドに要請したほうがいいかもしれない。 となると、相手が雑魚も雑魚なら、レイヴンに突進させたほうがいい。装甲は俺よりも格段に硬く、パワーもある。護衛しつつ戦うということには、まだしも俺のほうが慣れている。 「レイヴン、交代だ」 ようやく間にエネミーがいなくなり、俺はそう言いつけた。 「はい」 レイヴンはあれこれ問うこともなく、すぐさま応え、敵に向かった。
「いったん退いて帰還する。パイプを出せる位置まで……」 群がってくるエネミーを切り払いながら、俺が言いかけると、 「無理だな」 とラッシュに遮られた。 「このまま突っ込む気か。おまえも戦えるならばともかく」 「そうではないよ。君のレーダーには反応しないようだが、退路はシノワ系によって塞がれている。この広間から元の通路に引き返せば、あの狭い中で七体の相手をすることになる」 シノワ系のレーダーステルスを無効化する能力にも驚いたが、なにより、告げられた内容に俺は耳を疑った。
地下施設のエネミーはガードメカが改造されたものだ。その設置位置は当初のプログラムによったままで、通路にエネミーなど出たためしはない。 「嘘ではない。今は退却するほうが危険なんだよ。この場でパイプを開ける程度にエネミーを片付けるほうが賢明だ」 「……いったいどうなってるんだ」 ラッシュの言葉が事実とすれば、この数といい、やはり尋常ではない。 つい呟くのを聞き取ったのか、 「罠だね、これは」 美声に似合わない深刻な声で、ラッシュが答えた。
「罠だと?」 「たぶん、私たち三人をまとめて片付けるための、ね」 ラッシュの蒼い目が高速点滅し、光が揺れて見える。おそらくその言葉の確実性を計算しているのだろう。 だが、……こいつは、知っているのか? 俺とレイヴンが、クロウ=アラニスによって作られた違法な存在だと……。 いや、三人ということは、ラッシュ自身もだ。 こいつの並外れた万能性は、社会に認められたものではないということなのだろうか。
ラッシュは黙したまま、思考を続けている。 なるほど、さすがはあれだけ名が売れただけのことはある。思考しながらも、顔も向けずにエネミーの攻撃は全て避けている。 やがては、 「この施設はボル・オプトによって乗っ取られていたが、ハンターズの功績によって『彼』は破壊され、制御中枢は失われている」 導いた結論だろう。まだ思考するような風情で、淡々と語りだした。 「そこに今、調査のために入り込んでいるのは、いくつかのラボだ。全て政府の息がかかっている。他のデータも参照するに、この大量生産された杜撰なギルチックたちは、人間の手で作られた可能性が極めて高い。この依頼の筋を辿ればはっきりするだろうが、まあ、私を疎ましく思いながら、同時に君たちのことにも勘付いているとすれば―――、『敵』は明らかだな」
なんの感慨もないかのように言い切った最後の言葉に、俺はぞっとした。 「神」とやらがなにか、理解はできなくても、分かったような気がした。 神の声。 あながち、誇張とも言えないものらしい。 俺は背中にまとわりつく悪寒を振り払うため、戦闘に集中した。
結局、エネルギーの続くかぎりにおいては、俺たちが負けるはずはなかった。 手抜きのギルチックのために、必要充分なだけのパワーを出すことでエネルギー消費を抑え、斬り散らす。 そうしながら、奴等の侵入路と思われる通路を全て、ラッシュが閉じて回った。 ここが密室になれば、中に閉じ込められたものだけを片付ければ終わる。 散らばったパーツで足の踏み場もないほどになって、ようやく武器をしまう。 さすがに、エネルギー残量には不安がある。 予備のエネルギーパックは持ってきているが、やはりここは一度、帰還するべきだろう。
戻ってきたレイヴンを傍らに、パイプ取り出す。そのためにPPCのある自分の腕を見て、視界の端に火花が入った。 俺はどこも怪我はしていない。装甲に多少のダメージはあるが……、と見ると。 レイヴンの脇腹が大きく裂けて、内部構造が剥き出しになっていた。
「レイヴン!」 「は、はい?」 思わず怒鳴りつけると、レイヴンはひどく驚いて返事をする。 のんきにも程がある。何故言わない。エネルギーチューブに破損がある。熱の噴出が白い陽炎になって目に見える。機能に支障が出るほどの深手ではないが、コートスキンが破れれば、そこには痛覚センサーが密集している。こんな有り様になっていれば、激痛があるに違いないのに、なにを平然とした顔をして。 意味はないと思う前に、俺はレイヴンの脇腹を自分の手で押さえていた。 高温に手のひらが痛む。だがレイヴンの痛みはこの程度ではなく、早くこの傷を塞がないと、流出しきってダウンすれば、それはマンで言う失血死と同じだと見なされる。 「死」、すなわち廃棄だ。 ケインに頼めばなんとかしてもらえるだろうが、世間や社会を誤魔化すのは、そう簡単なことじゃない。 それにここは罠の内。 どんな監視が働いているかも知れないというのに……。
「あ……、だ、駄目ですよ兄さん、手が!」 「何故言わん!?」 「え、……それは……」 「死にたいのか!! とっととスリープしろ!」 機能の大半を眠らせれば、流出量は抑えられる。そうすれば、ケインの研究所に運ぶまで間に合うはずだ。間に合わないほどのことじゃない。間に合う。間に合うはずだ。間に合わないなんてことはない。 「兄……」 「とっととスリープしろ!!」 がたがた言うにもエネルギーは消費するんだ。怒鳴りつけるのに、レイヴンは何故か言うことを聞かない。 何故。
「そう心配するな」 俺が焦れてまた怒鳴りつけようとすると、ラッシュの手が肩に置かれた。 「この程度の破損なら、私でも直せるよ。さ、代わろう。……維持モードに入ってくれ。それから、タイラント。君は万一に備えて待機してくれ」 言いつけられると、沸き立っていた感情の波がすっと引いた。 ほっとはしたが、なにか許しがたい気がする。たぶん、この声にいいように操られているような気がするからだろう。
レイヴンが横になって維持モードに入ると、ラッシュは自分のデータバッグからケースを取り出し、レイヴンの脇に座り込んだ。 ケース自体が発電装置を兼ねているらしく、そこにコードを接続し、処置に入る。 悔しいも悔しくないもなく、これでは確かに、認めるしかない。 ハンターズ時代から、こういうことができたのだろう。 同じだけの戦績を残したのでは、絶対に勝つことはできない。 まさに最強だ。
俺はレーダーに引っかからないエネミーの出現を警戒し、キャリバーを脇に突いたまま、四方へと意識を配っていた。 そこに、 「タイラント」 呼ぶ声がする。否応なく耳に入り、頭を突き抜けて、なにかを生み出そうとする強制的な声。 今は―――まるで染みとおるような。 「……なんだ」 「責めても仕方がないんだよ」 ラッシュが言う。その声は微かに笑っているが、そこに分析される感情は、……不明だ。 「なにが」 「怪我をしているのに、何故言わないと怒ったところでね。この子には、痛覚がない」 だが言葉は、間違いなく俺に届いた。
「……なんだと?」 「君の前では普通に扱ってあげたほうがいいと思ったから、維持モードに入ってくれと頼んだが、この子はあのまま、意識があるまま、私が体の中を引っ掻き回したところで、痛いと感じることはないよ」 そんな馬鹿なことがあるものか。 そう思うのとは裏腹に、疑うことを許さずに言葉は押し入ってくる。 ラッシュが顔を上げて俺を見た。 「鈍い、というレベルではなくね。最初はそうかと思ったが、こうして見てみれば分かる。痛覚センサーそのものが存在しない」
痛覚がないから、なんだと。 ただそれだけのこと、俺たちは元から特殊なのだと、ただそれだけのこと。 ……ただそれだけとは何故か思えず、感じるのは、なにか……。 「そんなことが、あるわけが……」 「認めなさい、この事実は。認めて、だから、君がちゃんと見ていてあげないといけない。さもないと、自分がどれくらいの怪我をしているかも知らないまま、戦いつづけて死んでしまうよ。……可哀想に」 「可哀想」……。 イカれた男に、こんなふうに作られたことがか。 だが何故。 痛覚がないということは、痛みを覚えないということだ。破損すれば、その感覚はあるのだろうか。あるとしても、……理解できない。痛覚がない、とはどんな感覚なのか。
一つだけ分かるのは、レイヴンは、自分の怪我に気付いていなかったのではないか、ということだった。 痛覚がない、ということは、自分の怪我にも気付かないまま、それを放置しかねないということだ。 つまり、危険だと気付けない。 それはあまりにもおかしい。 怪我をすることを前提にしているようなヒューキャストに、何故痛覚を与えなかったのか。まさか、忘れるというものでもないだろう。 クロウ=アラニスは、いったいなんのためにレイヴンを作ろうとしていたのか……。 カルマのデータ。俺のデータ。それを下敷きにして、いったいどんなアンドロイドを作るつもりでいたのか。 痛覚がないことが、自分の危険に気付けないことが、いったいなんの役に立つと―――。
「よし、これでいい」 ラッシュの声がして、俺は我に返った。 最悪だ。 思考に没頭して警戒を忘れていた。 何事もなかったからいいようなものの、もし襲撃されていれば、どうなったことか。 だが、大したことはないと後回しになど、とてもできない。 「起こしても問題はないが、このまま君が背負っていくといい」 「……ああ」 痛覚が存在しないことのメリット。 このラッシュに聞けば、答えが得られるだろうか。
「どうした?」 だが、こいつは他人だ。 問題は俺たち「兄弟」のことだ。 たとえなにがどうなっていようと、首を突っ込まれたくはない。 「なんでもない」 「そうか。ともかく、まずはこの依頼の出所と詳細を確認しよう。ギルドに渡されているデータが改竄されているとして、その痕跡が残っていれば追及はできる。期日は今日一杯だが、そこは私がなんとでもする。もし事実として調査が必要であると分かれば、ともするとその時に、今度は私からの依頼として護衛を頼むかもしれない。そうなった時には、よろしく頼むよ」
「ああ」 と答えたが、そんなことにはならない気がしていた。 ラッシュが「罠」と見極めたところに間違いがないなら、追及を受けると同時に末端を切り離し、うやむやにしてしまうだろう。 俺はそういったことにはあまり詳しくないが、まるで知らずにいられたわげでもない。 表だって弾劾することはなく、人に知られることのないように俺を消そうとした動きを、いくつかは掻い潜ってきた。 この世の中は、見えないところになにか鬱陶しいものが渦巻いている。 人の思惑、とかいうヤツが。
そんなものに振り回されて、踊らされて、それだけで終わるなんてことには、したくない。 この体に、「俺」というものの中になにが詰まっていようと、俺は俺だ。 生きたいように生きる。 他のアンドロイドと違っていようと、……なにか、わけの分からないものを背負わされていようと。 レイヴンは「俺」の完成品として、俺よりもはっきりしたモノを背負わされているんだろう。 痛覚がないのも、そのためなのか。 だがそれでも。 「………………」 「ん? なにか言ったかい?」 「いや。……とっとと帰るぞ」
必ず俺が、守ってやるから―――。
(end) |