名もなき花によせて

 ル・サーリア。
 名もなき花。

 パイオニア2がラグオルに到着する前、メンテナンスのために立ち寄った惑星に咲いていた、白い小さな花。
 星は大地をこの花に覆われてて白く輝き、しかし他には何一つなかった。
 誰一人として住まうもののない惑星に咲く花は、誰にも名付けられることもなく咲き続けていた。
 だから、「名もなき花」、「ル・サーリア」と売れない詩人が呼んだ。
 この小さな花を気に入ったらしい物好きな奴が、勝手に種を船内に持ち込み、温室で栽培した。

「カスミソウに似ている」
 と、その物好きな俺の友人が言った。

 俺は花の名前なんて知らない。
 花なんて、テラにはもう咲かなくなっていた。
 俺はそいつからル・サーリアを束で分けてもらって、小型偵察船で虚空に出た。
 探査用の出入口に花束を置いて戻り、内部ハッチを閉める。それから、外部ハッチを開けた。
 二つのドアに隔てられた空間の、ほんの僅かな空気が真空に吸い出され、それにさらわれた花はばらばらになりながら宇宙に飛び散った。
 白い花束は真っ白な霞になって、暗黒の海を漂い離れていった。

 俺はテラがどの方向にあるのかも知らない。
 あんな彼方まで流れていくわけもないだろう。
 それでも。
 名もない告別の花。
 枯れ逝く星への手向け。
 そして、俺が置き去りしてきた、償いきれない罪への言い訳。

 もし辿り着いたなら、星に降り、星に混じれ。
 あの人の眠る土に、せめて、楽園の夢を見せるために。


(Fin)

独白しているのはベータ。
基本的に彼は、ものすごくシリアスなキャラのはずなのに……。