Alone in the night

 夢を見た。
 嫌な夢だ。
 生涯で最高の悪夢。
 かつての出来事。
「リーナ……」
 呟いた名が、暗い部屋に消え残る。
 永遠に許されない罪のように、漂っている。
 リーナ。
 俺のただ一人、本気で愛した女……。

 リーナは俺より五つ年上だった。
 ヒューマンの女にしては珍しく、ハンターとしてギルドに登録していた。
 明るくて激しい気性に似合った、真っ赤な衣装を身にまとって駆ける姿は、命そのものの躍動のようだった。
 俺は訓練所を卒業して間もないガキ、駆け出しのレイマーで、リーナは俺の最初の相棒で、先輩だった。
 リーナと二人、あちこちのクリーチャーを狩った。
 時々は別のメンバーが加わることもあったが、俺たちが別のチームになることはなかった。
 俺にはリーナの言葉が全てだった。どんな獲物をしとめたとろで、たとえ政府から感謝されようと、リーナが満足してくれなければ喜べなかった。逆に仕事は失敗しても、よくやったとリーナが言ってくれれば、それが何より嬉しかった。
 俺は本当にただのガキで、自分の感情を隠すこともできないガキで……。

 本当の意味で初めて知った女も、リーナだった。
 幸せだった。
 半分は弟のような扱いでも、対等な男にはなれなくても、俺は「いつか」を目指してリーナと行動を共にし、どんな仕事でもこなした。
 「いつか」リーナに堂々とプロポーズできるような一人前のレンジャーになって、男になって、彼女を守ってやれるくらいに強くなる。
 そう夢に描き、それに向かって全力で進んでいたあの頃の俺は、たぶん今よりも強かったのかもしれない。
 リーナのためなら、恐いものもなかったし、つらいこともなかった。

 リーナと組むようになって四年目。
 俺はようやく、相棒として彼女と対等な腕になれた。
 リーナは俺の援護を信じてどんどん前に出、クリーチャーのただなかで剣を振るう。
 俺は彼女を守るためにテクニックを放ち、ライフルを撃った。
 それから一年ほどする頃には、プロポーズできるだけの男になれたと自信も持てるようになった。
 古くさいとは思ったが、リーナは昔ながらの伝統というやつが好きだったから、指輪を用意した。
 これまでの稼ぎのほとんどを注ぎ込んだものだ。
 もっとも、指にはめては邪魔になるから、リングにチェーンを通して、ペンダントのように誂えておいた。

 その日、俺たちは二人で草原のクリーチャーを狩りに出かけた。
 寒くはあったがよく晴れた日で、空は澄み渡っていた。
 この仕事が片付いたら、指輪を渡そうと思っていた。
 浮かれていたつもりはない。
 だが、俺は……。
 熊に似たクリーチャーに囲まれたリーナを助けようと、続け様に何発か撃った。
 狙いは間違っていなかった。
 はずだった。
 だが……。

 大型クリーチャー用にカスタムアップした銃の威力は途方もなかった。
 リーナは首から上を失って、血でぬかるんだ泥の中に横たわっていた。
 俺は……どれくらいそこに立っていたのか、覚えていない。
 別件で訪れたチームに発見されて、連れて帰られた。

 風当たりは強かった。
 自分が周囲からどんな目で見られていたのか、はっきりと分かった。
 単なる自惚れ屋だ。
 女に気に入られたいためだけに格好つけてる、自信過剰の自惚れ屋。
 リーナという一流の女ハンターに対する憧れが、そのまま俺への悪意に変わってぶつけられた。
 俺の前にある道は二つだった。
 銃を捨てライセンスを返却するのが一つ目。

 だが俺はそうはしなかった。
 俺は、あれが俺のミスだと認めたくなかった。
 不幸な事故にしたかった。
 だから俺はそのままギルドに所属し、仕事を受け続けた。
 一人で。
 俺と組もうという奴はいなかっただけだ。それをそうと知りたくないから、俺も相棒を求めなかった。

 いろいろあった。
 その中で俺はやがて、一流と人から認められるほどの腕にもなった。
 リーナのことも、仕方のない事故だったんだろうと言われるようになっていった。

 だが。
 リーナ。
 許す言葉も恨みの言葉もなく、俺の前から消えた。
 俺は永遠に裁かれず、許されず、責められもしなければ、償うこともできない。
 俺の呟く名前に呼ばれて現れた顔のない幻が、紡ぐ言葉もなく闇に浮かんでいる。
 口がなくては言葉一つ、言えやしない。
 目がなくては思い一つ、表せやしない。
 ただ沈黙を守り、空白の表情のまま、光に溶ける時までこうしてたたずんでいる。
「リーナ」
 闇の中の幻は、今もそこにいる。


(終)