わたくしを見つけると、甘えたかわいらしい声を出して、シスター・マリーが駆け寄ってきました。 彼女がわたくしを「神父」と呼ぶために、近頃は他のかたがたもわたくしをそう呼ぶことがあります。それは決してわたくしの立場や存在に相応しい呼称ではありません。ですが、そう呼ばれることでそう思わせることができるのであれば、むしろ好都合かもしれません。 「どうしました、シスター・マリー」 「え? なんでもないのネ。神父様見かけたから……」 それで、遠くから息を切らせて走ってきたというのでしょうか。 この少女がこうまでわたくしの傍にいようとするのはきっと、意に染まぬ偽りの教えに長年押さえつけられ傷つけられてきた反動でしょう。ようやく見つけた庇護の袖、偽らず語り合える同胞。今までの彼女は、いかに多くの人間に囲まれていたとしても、無理解と疎外、そして違和感に包まれた孤独の中にあったに違いありません。わたくしは、ようやく出会えた、そしてこのラグオルにいる同志の中では、唯一つながりのある仲間。 いずれ、他の同志にも会わせてあげなければなりますまい。 しかしそう考えながらも、いくつかの障害がありました。 しかも間の悪いことに、避ける間も隠れる間もなく、わたくしの目の前にその最たるものが現れたのです。 人波の間にやすやすと隠れる、非常に小さな体。 気付いた時にはそこにいたのですから、たまりません。 何故彼がこの星に。 このような存在、てっきりこの星には来ることはないと思っていたのに! これもまた、我等が神の与えたもうた試練でしょうか。きっと乗り越えられようと、我等が心と力を高めるための糧でしょうか。 それとも、わたくしに償いの機会をくださったのでしょうか。 どちらにせよ、いと尊きおかたの恩寵と慈愛。お望みのままに、今度こそきっと、屠ってご覧に入れましょう。 ああ、ですが何故ここにという驚きは、彼も同じかもしれません。そう、わたくしも本来、ここに立てる身ではないはず。ですが貴方がここにいるように、わたくしもここにいるのです。貴方がここにいる以上、わたくしがここにいても不思議はないでしょう。 この小さな体。ですが以前とはずいぶん異なる姿になられましたね。貴方はヒューキャストにおなりですか。貴方自身が望んだことなのかもしれませんが、可哀想に。あの美しい八眼は失ってしまわれたのですね。あの、いかに効率良く敵を滅するか、それだけのために存在していたあの頃の貴方に比べ、今の姿はあまりにも憐れです。 このような有り様になる前に、あの時わたくしが殺してさしあげられたなら良かったのに! わたくしには、最愛の敵。わたくしは貴方を憎いとは思いません。このわたくしを追い詰めた、四百……いえ、五百年ぶりの敵です。あの力、そしてあの鋼の眼差しは、五年たった今もよく覚えています。 ですが彼にとってわたくしは、最も嫌悪すべき敵でしかないのでしょう。 彼が発する気配は、彼という個人からわたくしという個人への怒りのようです。 たとえお仕事は変わられても、わたくしは許せませんか? 構いません。 どちらにせよ、わたくしたちは隣に並ぶことはないのです。 ……わたくしも、シスター・マリーのことは言えませんね。 本来わたくしたちのなすべきは、ただこの世に跋扈する過ちたる者どもを消し去ること。憎いから殺す、可哀想だから殺すというのは、余計な感情というものです。愛しいものをこそこの穢れた世から解き放ってあげたい、救ってあげたいというシスター・マリーの思いは、それもまたこの世の歪みに生じた錯覚に過ぎないのです。 ですが、わたくしもシスター・マリーも人間でしかありません。わたくしもまだ、そういった不純物を排することは叶いません。あえて彼を殺したいなどと思うとは。 わたくしたちの間に生まれた気配に気付いたシスター・マリーが、わたくしと彼との間に立ちました。 彼がわたくしの味方どころか隣人ですらないことは、もう感じ取っているようです。 「お下がりなさい、シスター・マリー」 わたくしはできるだけ優しく言い聞かせ、彼女の細い肩に手を置き、後ろへ下がらせました。 このようなところではなにもできません。わたくしたちも、彼も。なにも案ずることはないのです。 長々と立ち止まって向かい合っていても仕方がありません。人々も不審に思うでしょう。 わたくしはシスター・マリーを促して歩き出しました。 彼の隣を通り過ぎる間際に囁きます。 「貴方の魂に、いずれ安息のあらんことを」 貴方の寿命はあと何年でしょうか。 急がなければならないかもしれませんね。 他の誰かの手にかけさせたくはありません。 そしてなにより、彼が再び多くの同志を奪い去るようなことになってはなりません。確実に、そしてできるかぎりすみやかに、排除しなければなりますまい……。 (終) |