ヒトリゴト

「それじゃ率直すぎるし……」
 相変わらずこの子は、独り言を言ってしまうらしい。
 しばらくは黙って考えていたが、言葉がぽつぽつと洩れ始めた。

 これはなにも私がそう設定したというのではなくて、性格設定のデータ処理時、乱数攪拌の結果こうなってしまっただけだ。それも一つの個性だろうと思い、なんとかしてくれと言うのを私は断っている。
 ただ、時と場合、思考内容には、よるかもしれない。
 さっきからタイラントが私に、目で「うるさいから黙らせろ、そうでないなら部屋に行かせろ」と言っている。
 これくらいの雑音、無視すればいいしできるはずだと、私はタイラントの主張を無視している。第一、いったいなにを考え込んでいるのか興味はある。一応、父親として。

「ストレートは九割打ち返して来そうだし、でもなぁ……どう言えば……。しばらくでいいから付き合ってくれ? うーん……」
 それにしても、いったいなにを悩んでいるのやら。
「他を当たれとか言われそうだなぁ……。そういうことじゃないのに。一番相性いいと思うんだよな……。今フリーなら俺と一緒になってくれ? これも率直だよなぁ……」
 ……なにを悩んでいるのだろう。
「俺と付き合って……俺に付き合って……付き合わせてくれ? うーん……。やっぱり、相性いいだろってとこから攻めるか……。そうだよなぁ。俺もう、他の奴なんて考えてないし……。小細工するのは嫌いそうだよなぁ。正面からアタックするのが一番かな……」

「おい」
 さすがにこれは、タイラントも気になったらしい。
「え? あ……悪い、親父。また俺、独り言言ってたか」
「それもうるさいが……それよりその、できたのか、そういう相手が」
 放任主義もここに極まったかという放置っぷりながら、まるで無関心というわけでもない。父親として、息子のことを気にかけるのはいいが……。
「ああ」
 アズールは屈託もなく答える。
「まだ二度しか会ってないけど、その人しかいないと思うんだ」
「もう少しちゃんと付き合ってからにしたらどうだ」
「でも、本当に相性いいんだ。俺のしてほしいことしてくれるし、俺もその人に足りないことならしてやれるし」
 これはずいぶんと熱を上げているようだ。
 タイラントも小さく唸って黙り込んでしまう。
「ここのとこ、どうすれば付き合ってもらえるかばっかり考えてる。でもやっぱり、俺じゃ歯牙にもかけてもらえないような気がしてさ。なあ、親父。どうかな。俺みたいなのでも、頼んだらOKしてもらえると思うか?」
「そんなものは相手次第だ。俺に分かるか」
「そうだよなぁ……。やっぱ釣り合わないかなぁ。俺とあの人じゃ……」

 なんだかんだで、もしかすると私よりよほど普通に、「父親」をしているタイラント。
「諦めてどうする。釣り合わんなら釣り合うようになればいい」
「やっぱりそうか。それから頼むってのが一番だよな。せめてもう少し強くならないとな」
「そうだ」
 ただ―――私はもうとうに気付いているのだが、タイラントはたぶん、気付いていないに違いない。
「アズール」
 そろそろ確認しておこうか。頃合というものだ。
「なんだ?」
「おまえが熱を上げている相手。私の知ってる人物か?」
「ああ」
 せっかくここまでお膳立てされているのだから、壊さないように細心に。
「それなら、誰か教えてくれ。どうすれば承諾してもらいやすいか、教えてやれるかもしれないだろう?」
「ラ……」
「タイラント。根回しするより正面から男らしくいけ、と言いたいのだろうが、戦いは勝率を上げてからするものだ。玉砕覚悟で馬鹿正直に真正面から行くのは、勇気でもなんでもない。それで成功すれば英雄かもしれんが、玉砕すればただの愚か者だぞ」

 タイラントの反論を押し込めておいて、あらためて問う。できるだけ意外性のある答えが聞きたい、と思いつつ。
「と、いうわけで、誰だい?」
「ああ。ガッシュ」
「な゛ッ!?」
 腰を浮かせて身を少し乗り出したところで、タイラントは停止してしまった。

 笑うまいとしたが、どうしてもこらえきれない。
「な、なんだよ。ちょっと。なんなんだって。親父!」
 いくら私のデータを引き継いでいるとは言え、相手の誤解まで計算してこんなことをこんなふうに話していたわけでもあるまい。何故こうなったのか、アズールは本当に分からないようだ。
 その説明は、タイラントの名誉のためにやめておいてやろう。
 ともあれ、危険を承知で組みたいというならば、私が止めることもない。この子の言うとおり、能力という以外でも、相性は案外いいようにも思う。
 それに、私には切り札がある。
 彼が死ねる方法を知り、それを成しうる手段を持っている、という。
 これを盾にしておけば、そうそう短気も起こされまい。

 さて、それでは勝率を上げる策でも授けようか―――。

 

(おちまい)