真っ向からタイラントに喧嘩を売ったも同然である。 「親父。やめてくれよ」 この「親父」は両方だ。なにもタイラントを挑発することはないし、ラッシュを相手に大喧嘩することもない。 発端は他愛ない我が侭一つ。それで家庭崩壊の危機は困る。責任が重過ぎる。 「殺気立つな、タイラント。私はおまえの生き方を否定したつもりはないよ」 一人動じていないのはラッシュくらいのもので、彼は相変わらず悠然と、ソファに腰掛けている。 そうして、 「おまえの言うことにも一理ある。実際におまえはそうして生きてきて、今の力を手に入れた。ただ、それはおまえ自身が望んでしてきたことだろう? 他に面白いと思うものもなくて、バイクのライセンスだって、とったのは移動の利便性ゆえだ。だからおまえは私と違って、モービルのライセンスは持っていない」 どうやらラッシュには、それでもまだ、自分の意見を通す自信がある様子だった。
聞かせてもらおう、という態度で、タイラントもまた背中を沈める。アズールは立ったまま、どうなることかと双方をうかがった。 「私がこの子をヒューキャストとして作ったのは、そうでなければ今のラグオルで充分な物資を集めることができなかったからだ。だから、どうしても戦闘を生活の一部として生きていくしかない。だが、もしなにか他のことに興味が持てれば、ハンターズは自分が存在するための義務として、副業的な位置でいいと思っている。おまえのように、趣味イコール戦闘になるかどうかは、まだ分からないだろう」 「………………」 「もしそうなっても、それはこの子が選んだ生き方だ。それこそ私には、もう少し他の生き方をしてほしいという思いもあるが、なにも言わないよ。ただ、今は別のことに興味を持って……」 「レーサーになりたいというわけでもないだろうが」 「タイラント。自分を基準にするな。趣味イコール仕事でなければならないのか? 仕事とは別に趣味を持つのが普通だし、仕事をちゃんとこなして生活できるなら、趣味にいくら使おうが問題ないだろう。それに、とりあえずでも実際に触れてみないと、そのことにどこまで真剣になれるかは分からない。もしかすると、バイクに乗ってそれが癖になって、ハンターズをやめてレーサーとして生きるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。今の段階じゃなにも分からない。もしあくまでも趣味、娯楽としてとどまるとしても、どうしてそれを咎められる。だったら今の私はなんだ? 何一つ本業はないんだぞ。なにもかもが娯楽だ」 「おまえは、相応のことを今までしてきただろうが。だから今、これまでに稼いだものを消費して、なんでもできる。―――俺も、こいつがなにに興味を持とうと、それは分かった。もう問わん。バイクがほしいというなら、好きにさせればいい。ただ、買ってやる理由はないだろう」
どうやら、ラッシュが一手、大きく詰めたようだ。しかしこの問題については、タイラントもまだ譲る気はないらしい。 「稼ぐ能力があるんだ。それに、金はあくまでも貸してやるだけだというのは、最初の約束でこいつも了解してる。人に金を借りたままで、その返済を先送りにしてまで遊びに使わせるのはおかしいだろう。全額返済した後で、自分で買わせろ。それなら俺もなにも言わん」 「甘やかすな、と?」 「そうだ」 なんとなく、そろそろ自分がここにいるのはお邪魔なような、と思いはじめたアズールだが、立ち去るきっかけがなかった。下手に出て行くと、逃げたと思われそうである。仕方がないのでおとなしくしているが、あまり居心地は良くない。 形は違っていようと、二人がそれぞれに自分のことを考えてくれているのは、ありがたい。ただ、それを本人が聞いてしまうのは、どうだろうという気がするのである。 そんないたたまれなさを読んだのか、 「アズール。ここに座りなさい」 と、ラッシュが自分の隣を示した。
「一つだけ、誤解している」 アズールが言うとおりにすると、ラッシュは声のトーンを変えて、あらためてそう言った。 「私もアズールを甘やかす気はない」 「甘やかしているのでないなら、なんなんだ」 「だから、おまえも、たいがいの人……マンの親も、時々、誤解しているんだよ。甘やかすのと、甘えさせるのは、違うんだ」 一言一言、区切るようにゆっくりと、ラッシュは言った。
「言葉にすると胡散臭いが、甘えるというのは、とても大事なんだ。要するにそれは、許されるということだろう? 立場や関係の違う誰かなら許されないことを、許してもらえるということ。それは、誰かの特別だということだ。貴方だからOKしてあげる、というね」 親子、友達、恋人、兄弟、師弟、関係は様々あるが、どういう関係であれど、とラッシュは続けた。そして、 「それは、はっきり言えば、愛されているということだと私は思うんだよ。程度の差はあってもね」 他の人ならば駄目だけれど、貴方だから仕方ないか。そんな感情を持ってくれる相手に、甘える。それはたしかに、その人に好意を持たれているということだ。さもないと、跳ね除けられて終わりになる。
甘えが通って、甘えさせてもらえた、と感じることは、愛されているという実感になる、と更にラッシュは続けた。 「たとえば仕事の忙しい父親が、たまの休みで家にいるとする。父親はごろごろしていたいけれど、子供は遊びたがる。そういう時に、疲れているけれどおまえに言われては仕方ないな、と機嫌良く遊んでもらえたとしよう。そのことをちゃんと実感した子供、お父さんは疲れているけれど遊んでくれた、ということを理解した子供は、ちゃんと甘えることができたことになる。父親を大切に思うし、父親に大切に思われていることも知るんだ。―――逆に考えると、疲れているから、と跳ね除けられた子供は、愛された実感も持てないし、父親のこともその瞬間には、好きだと思わないだろう。時々ね、甘やかしてはいけない、と思って、こういう時に理屈だけ言い聞かせる親がいるんだよ。子供にそんな理屈、通じるはずがない。子供が思うのは、遊んでもらえなかった、なにかよく分からないことを言われた、自分が悪いらしいけどよく分からない、寂しい―――ただそれだけだよ。そこからどんな『いい関係』が生まれる?」 知らす知らずにそれを繰り返して積み重ねると、信頼も愛情もない親子の出来上がりだ―――とラッシュは、珍しく辛辣なことを口にした。
「……甘えさせることも大切なのは、分かった。だが甘やかすとはどう違う。今の話も、いつもそれで遊び相手になっていれば、父親が体を壊すだけだろう。そんなものを許すのはおかしいだろう」 「愛されているという実感をコンスタントにあげることが大事なんだ。その中でなら、親の言うことだって一心に聞いてくれる。父親を大切に思っていれば、今日はお父さんを休ませてあげようと母親から言われれば、そのとおりだと思うんじゃないか? 甘やかすというのは、いつも、どんな我が侭も聞き入れてしまうことじゃないかと思うが」 「………………」 どうやら、勝敗だけはもう決したらしい。タイラントには言い返す様子がなかった。
「だからタイラント。アズール。約束をしてほしいし、させようと思う」 土台、ラッシュに口論で勝とうというのが無茶なのだろう。 「ライセンスデータは買ってあげるよ。テストの費用も出そう。バイク本体も、私が出してもいい。ただ、それではかえって後ろめたいというなら、半額でも三分の一でもいいし、あるいは最初に1万と決めてもいい。自分で出してもいい。ただ、その代わり約束しなさい」 「なにを」 「まず、メンテナンスについては、自分でタブを買うなりして基本的な処置は身に付けること。それでどうしようもない時には私が見てあげられるが、いきなり私を頼るようではね。それから、今までは貸してあげたお金については無利子無催促、ある時払いでいいということにしてきたが、これからは特に大きな事故などがない限り、毎月一定金額返してもらうことにしよう。その額は、あまり甘くないよ。週に二日は充分に休んで、一日は好きなように遊んでいいとして、残る四日のうち二日はトレーニングしたほうがいいだろう。すると、毎週二日は、必ず仕事に出ることになるな? 二日、特に掘り出し物もなく、運が悪いこともなく稼いで、必需品といくらかの小遣い分を差し引くと、今のおまえだと月に5000メセタくらいは払えるはずだ」 「ああ。もう少しいけるけど」 「普通に、今までと同じ生活をしていれば、確実に払える額でいいんだよ。それが5000。もし二日間の実入りが少なければ、好きにできる一日を仕事に割り当てるなり、トレーニングを一日減らすなりして、調整できるし、それでも仕事をしくじるなりして足りない時には、今残してある貯金から払えば問題ない。―――これは、ちゃんとした理由がないかぎり、破ることは許さない。いいね?」
これまでどおりの生活ペースを守るならば、という計算で出てきた金額。つまり、バイクを手に入れたからといって遊び回れば、時間も費やされ、ガス代もかさみ、すぐに払えなくなるということだ。 やるべきことはしっかりやった上でならば、好きなように遊びなさい、ということ。 タイラントもようやく納得がいったのか、ようやくリラックスして足を組んだ。もう話はする気も聞く気もないらしく、テーブル上のPCを膝の上に引き寄せる。 「と、いうことだ。次の日曜に見に行こう。いくらか出すかい?」 「……怪我もなにも、自分のせいだ。それで払えないってのも、できるなら言いたくないからな。保険にしておく。で、親父が後ろに乗れるヤツ? 1800cc以上の超大型になるだろ。燃費食うよ」 「大型でも燃費のいいのはある。まずは根気良く探さないとな。カタログ探そうか」 と、さっそくCCに向かう親子二人。 後ろでギルドレポートを見ていたタイラントだが、そんな話をしたものだから自分のバイクも買い換えたくなり、こっそりとバイクメーカーのHPを開いていたりするのだが、まあ、知られないほうがいいだろう。
それから数日後、 「ねぇ、ちょっと!」 街角のカフェテラスで、大型なヒューキャストが二人と、ヒューマンの少女が一人、仲良く顔を突き合わせているようだが……。 「もうっ」 サスがどうの、エアダクターがどうの、とカタログを見て細かい話題に入ってしまっている二人から、少女は取り残されているようである。これがかっこいい、あれがいい、というくらいならば対等に話せても、パーツの名前が飛び交うようになると、わけが分からなくなる。そして、こういう時にはどれほどささやかでも、一対多。盛り上がっている話には入れもしないし、別の話題に変えてくれる気配もない。 (こうなったら、買った暁には一日中後ろに乗っけて、あっちこっち連れていってもらうんだから!) と、少女が決意を固めて睨むのは―――案の定というか、恰幅もいいヒューキャストのほうであったとさ。
(終) |