よう、あんた、そこのクロバット。あんた、この町ははじめてだな? オレ? オレはヤミカラスのカース。 名前があるからって勘違いしないでほしいが、オレはフリー、つまり野生のポケモンだ。あそこに見える山をねぐらにして、この町にはエサを探しに来てる。ま、ここはオレの狩場、庭みたいなもんだな。 ところであんた、なにか探しものだろ? 分かるって。そんなにキョロキョロしてりゃあな。 だから声をかけたのさ。タダとはいかないが、手伝ってやってもいいぜ。なにせオレは、この町のことならスミからスミまでよく知ってるからな。 そうだな。簡単に分かることなら、飯一回分でいい。何日か調べまわらなきゃいけないことなら、相応のメシと引き換えだ。それとも、なんかキレイなものでもいいぜ。キラキラしててキレイな石とかな。
ふむふむ。あんたの、トレーナーね。そいつを探してるのか? なんではぐれて……って、これは聞いちゃいけないことか。いろいろと事情があったり……え? しないって? 別に捨てられたわけじゃない? じゃあなんではぐれてるんだよ。あんたらみたいにトレーナーに飼われてるポケモンは、基本的にはいつもあのボールの中だろ? ……ふむ。荷物の中から落ちちまった、ねぇ。あんた……これもやっぱり言っちゃいけないことかもしれないが、探しに来てくれないならやっぱり……、これも違う? そんな人じゃないって? じゃあなんであんた一匹ではぐれてんだよ。 わけがある? 悪い奴等に他のモンスターボールを奪われて、それを追いかけてた最中だったってのか。で、おまえのボールと、外に出してたヤツだけが無事だったと。なるほどな。 で、あんたはそのご主人様探してここまで来たわけか。
まあ、このだだっ広い町、勝手を知らないヤツじゃ探し物も人探しもままならんだろ。トレーナーが見つかればオレの飯くらい分けてくれそうだし、どうだ? オレを雇わないか? ……よし、商談成立だな。 で、あんたのトレーナーの特徴はどんなんだ? ふむふむ。色が黒くて、目が細い。年は十五、六歳くらいで、男か。名前は「タケシ」ね。ロコンを連れてる? ああ、一匹だけ外に出てたヤツってのがロコンなのか。ふぅん……。
っつーかさ、オレそいつ、知ってるぜ。 うわっ、ホントだって! そんなに興奮すんなよ! つか興奮すんのはいいけど超音波出すんじゃねえ!! ったく……。 たぶんあいつで間違いない。ま、案内してやるよ。ポケモンセンターってんだろ? あそこにいるはずだからな。 ただまあ……あれだな。たしかにこの町に来た時は、連れてたのもたしかにロコンだったけど、今はもう違うぜ。 違うってのは……そうだな。あんた、離れてた間のトレーナーのこと、知りたいだろ? どうしてたか心配なんだろ? だったらオレの話を聞きな。感謝もしてもらわなきゃいけないしな。 意味がよく分からない? 要するにだ。これはあんたのトレーナー、その「タケシ」ってヤツのドラマでもあるけど、オレだってそのドラマに一役かってるってことさ。つかオレのおかげであいつら無事だったんだぜ? そのへんよーく理解して、しっかりきっちり報酬、よろしくな。
あれは十日ほど前だ。 オレがいつものエサ場で朝飯を探してると、朝っぱらからバタバタと走っていくヤツらがいた。朝飯くらい静かに食わせろよと思ったが、人間相手にそんなこと言っても通じやしないからな。オレは仕方なく、騒々しいのはがまんしてエサ探しを再開した。 けど、すぐにパトカーは来るし人も増えるしで、こういう時のオレらは惨めなもんで、邪魔だと追っ払われちまうのがオチだ。ムカつくが、突付いたりすればなにされるか分からないからな。オレはやっぱり仕方なく、腹が減ったのはもう少しがまんして、もう一つのエサ場に向かうことにした。 どうやらその、バタバタと騒がしい連中のうち、最初に通っていったのがポケモン泥棒で、後から来たのがケイサツだったらしい。 ま、オレらには関係のない話さ。ボールになんか入ってるから盗まれるんだしな。どうぞご勝手に、せいぜいオレのエサ場を荒らすなよと、オレはさっさと飛び去った。
あんたのご主人様を見たのは、その日の昼間だ。ロコンを連れて丁度この真下の広場に座り込んでた。ほら、あそこのベンチさ。 普通ならオレの目になんか止まらない下界の出来事だ。なのになんでオレがそいつのことを覚えてるかっていうと、連れのロコンに話し掛けられたからさ。 オレはたまたま、すぐそこのゴミ箱に、ほとんど手もつけられてないハンバーガーが捨てられたのを見て、こいつはラッキーと頂戴しに舞い降りてたんだ。そこへロコンが話し掛けてきた。モンスターボールを泥棒した悪者がこの町に逃げ込んだんだが、それを見なかったかってな。 オレは知らないって答えたね。たしかに、それっぽいヤツが走っていくのは聞いたけど、姿は見てないしな。 そこでオレは、あんたにしたのと同じように話を持ちかけた。手伝ってやってもいいが、そのかわりに報酬をくれってな。
けど人間はバカだな。オレたちの言葉がちっとも分からない。ロコンがそいつに話し掛けても、なに言ってるかちっとも分からないんだ。 そこのヤミカラスの昼飯、夕飯を用意すれば悪人探しを手伝ってくれるから、モンスターフードを分けてやってくれ。ロコンはそう言ってるんだが、人間には通じない。心配しなくても必ず見つけるとか、そんなこと言い返してたっけ。 まあしかし、カノジョ健気だねぇ。通じないなら仕方ないから、自分の分のエサをオレに回すから、それでなんとか手伝ってくれって言うんだ。あんなきれい子ちゃんにそこまで言われたら、オレとしても割引価格で商談成立しないわけにはいかないね。 そんなわけでオレは、この町のシャテーどもに軽くつなぎをつけて、泥棒らしいヤツの居所を探させることにした。あん? ああ。シャテーってのは、そうだな、簡単に言えば子分のことだ。オレは一匹狼……カラスのくせにオオカミってのもなんだが、基本的に群れるのは嫌いなんだが、押しかけ子分がけっこういるんだよ。こういう時には便利だな。
さて。 仕事はきっちりやるのがオレの主義だ。シャテーどもをうまくまとめて捜査網を展開し、次の日にはあやしい場所を二ヶ所ほど、しっかり見つけておいた。そこを半日見張らせてると、片方の工場に今まで見たことのないトラックがやってきて、荷物を運び出そうとする。 こういう時に役立つのが、オレのシャテーのひとりで、どんだけ食っても太らない、そのせいでガリガリのみすぼらしいヤミカラスさ。こいつは人間の前に出たって絶対に捕まらないからな。 そいつをトラックのすぐ傍まで行かせてみると、荷物はたしかにモンスターボールだった。 オレは、例のほら、ポケモンセンターってとこにいるロコンのところへ行って、窓から「見つかった」って教えてやった。 ロコンはトレーナーのズボンの裾を噛んで引っ張り出して、まあオレはジェントルマンだから、一応ケイサツにも知らせてやることにした。あのきれい子ちゃんにもしものことがあったら約束の報酬ももらえないしな。 そんなわけで、一足早くロコンたちが行き、少し遅れてオレが先導する……って、実は派手にイタズラして追っかけさせただけなんだが、ともかくケイサツの奴等もその工場に辿り着いたのさ。
ところがだ。 その時の大騒ぎで、盗まれたボールがいくつか、開いちまうっていうアクシデントが起こった。 しかも困ったことに、えーと、なんつーんだ? あるだろ。どんなポケモンも無理やり捕まえちまうイヤなボール。そう、それだ、マスターボール! 開いちまったボールの中に、そいつで捕まってたフリーザーがいたのさ。 捕まったことなんかないし、捕まってやろうと思ったこともないオレにはよく分からないが、あれだろ。このトレーナーなら仲間になってもいいかって思えば、捕まってやるもんだろ? それとも、もう抵抗するどんな力も残ってないか。 捕まりたくなんか絶対にないのに無理やりマスターボールに閉じ込められてたフリーザーの怒り狂ってることったら、そりゃあひどいもんだったぜ。ボールの中にいても外のことは分かるっていうから、中から見てても認めるとこなんかなにもないトレーナーだったんだろうな。
ほら、もう少し高く飛んでみろよ。あそこになんにもない場所があるだろ。あれがフリーザーの暴れた、工場の跡地さ。もう跡形もない。さすがは調律者だよなぁ。 ……え? チョウリツシャってなんだって? あんたらはそんなことも知らないのか。 いいか? オレたちみたいな木端ポケモンは、自由気侭に生きていられる。腹が減ったら飯を食って、眠くなったら寝る。勝手になわばりに入ってきたヤツは追い出して、かわい子ちゃんを見つけたらナンパする。 けどああいう、自然から大きな力を授かって生まれたポケモンには、自然界のバランスを守るっていう役目、使命みたいなものがあるのさ。そういう使命があるから大きな力があるんだっても言えるな。 フリーザーやファイアー、サンダーは、調律者としちゃ下のほうだが、それでも、自然のバランスを守るってのは大仕事で、半端なポケモンや人間なんか相手にならない。 それが怒りに我を忘れて暴れてるんだ。あんたらのご主人様たちの好きなバトルってヤツとは次元が違う。勝った負けたじゃなくて、気に入らないものを破壊し、殺すために全力で攻撃するんだからな。
オレとシャテーどもはさっさと逃げ出した。人間たちもあらかた逃げ出したみたいだった。 けど、オレの雇い主はその中にいなかった。 オレはしがないヤミカラスで、エサだってそのへんのゴミをあさってるが、それでも、仕事を請け負ったからにはやり遂げるぜ。。 ビビらなかったって言や完璧ウソになるが、思い切って吹雪の中に突っ込んでみると、逃げ遅れたトレーナーとあのロコンは、ブリザードの真っ只中に取り残されていた。トレーナーのほうは、瓦礫かなにかが頭に当たったんだろうな。地面に倒れて意識がないみたいだった。 助けようにも、オレなんかの力じゃ吹き飛ばされて近づけもしない。幸い、フリーザーの真下にいるあいつらに直接攻撃が当たることはなさそうだったが、放っておいたら凍え死ぬのは目に見えていた。 その前にフリーザーが我に返ってくれればいいが、無関係なオレにまで攻撃してくる有り様だ。とてもそんなこと期待できなかった。
いったいどうすりゃいいんだって、しばらくはブリザードの周りを飛んでるしかなかった。 ほんの少しの切れ間から時々中が見えた。ロコンが一所懸命トレーナーをあたためようとしてたが、とても追いつくものじゃない。なんとか吹雪の壁を破ろうと火炎放射したりもしてたが、破るどころか、抵抗されてるって気付かれもしなかったな。 無駄だって分かると、ロコンは自分の体でできるだけトレーナーを庇って、必死にあたためはじめた。 炎のポケモンに氷の技はあんまり効かないが、それにしたって力の差がありすぎるし、体温が下がればロコンも死んじまう。 無様だよな。なんとかしてやれないかって、ただ飛び回るしかないってのは。 すると、そんなオレにロコンが言うんだ。 自分は最後の最後に怨念の力でフリーザーの吹雪を封じるから、やんだ隙にこの人を助け出してくれって。
おいおいおい、ってとこだぜ。 怨念は自分が力尽きる時に敵の技を封じる。バトルなら倒れるだけでいいかもしれないが、今やるそれは文字どおりの命がけだ。 そこまでその人間を助けたいのかってね。自分の命をなくしてまで。 自分にとってだけじゃなく、大切な人なんだって言ったっけなぁ。 ポケモンのことを真剣に考えてくれる人だから、この人がいると幸せになれるポケモンがたくさんいるって。
オレはふと思った。 人間を認めず、ただ自分の怒りのままに暴れてるフリーザーと。 人間を心から信じて、命をかけてでもその人を助けたいと願うロコンと。 もしかしたら、と思った。 だからオレは急いでねぐらに引き返した。 オレが集めたキレイなものの中に、「それ」があるのを覚えてたからだ。 ただの石ころみたいなんだが、光の加減で赤くぼんやり、なにかが灯るようにも見える石だ。 オレがそれを手に入れたのは、バカでかい火山でだった。その話は省略するが、オレはちょっとしたことからその火山の主、調律者のひとりと知り合って、そいつからその石を分けてもらったんだ。 オレは単に、不思議でキレイだからほしかっただけだが、炎の力を封じ込めた石だってそいつは言っていた。なにかの役に立つこともあるだろうってな。
じつは、そんな石については少し聞いた覚えがあった。 特定のポケモンの進化をうながす「炎の石」ってヤツのことを。 そして、ロコンは「炎の石」で進化できるってことを、オレはいつだったか聞いた覚えがあったのさ。 オレは「炎の石」をくわえて工場に戻った。 吹雪の向こうに届くかどうか分からなかったが、オレは「炎の石」の持つ、大きな自然の力を信じることにした。 思い切って放り投げると、それは吹雪なんかないかのように飛んでいって、狙ったとおり、ロコンの傍に落ちた。 知識なんかなくても、理屈なんか知らなくても、炎のポケモンなら感じたはずだと思うぜ。その石に触れれば進化ができるってな。 さすがに、ためらいはあったみたいだな。姿がすっかり変わっちまうし、トレーナーの許可もなく勝手に進化していいのかどうか。 けど、そんなこと言ってたら自分もトレーナーも死んじまうかもしれないんだ。 ロコンは、「炎の石」に触れたよ。
あとはいちいち語るまでもないだろ? ロコンはキュウコンになった。 今までどれだけの力をつけていたかが、進化の時には大きく影響する。 よっぽどしっかり育てられて、大事にされてたんだろうな。 今度の火炎放射は一発で吹雪のオリを破って、冷凍ビームと正面から撃ち合っても負けなかった。 フリーザーは調律者、圧倒的な力を持つポケモンで、オレたちとは格が違う。けど、どうしても助けたい、なんとしても守りたい、なくしたくないっていう思いがある分、ロコン……キュウコンのほうが強かったのさ。 いやあ、あの時のキュウコンの台詞にはしびれたね。「あなたにどんな事情があったとしても、この人を傷つけるならわたしは絶対に許さない」ってね。さしものフリーザーも気圧されて、おとなしく元いた住処に帰っていったみたいだった。
そんなわけで、かつのてロコンは今はキュウコンになり、トレーナーも無事で、一緒にポケモンセンターにいるってこと。 ほら、ついたぜ。あいつらの部屋は三階の右端だ。丁度ここから見えるな。あいつだろ? まさか違うなんて言わないよな? よし、と。案内するだけの簡単な仕事だったから、報酬は飯一回分だ。あのトレーナーにうまく伝えて分けてもらうなりして、確保しておいてくれよ。今日の夕方に行くからな。 お、あっちもあんたに気付いたみたいだな。んじゃ、それじゃあな。
……ん? ああ、使っちまった「炎の石」か。 「炎の石」は、きれい子ちゃんの純情と情熱に捧げたことにしたんだから、気にするな。代価をもらおうなんて言わないさ。 たしかにオレのコレクションの中では珍しいものだったが、二度と手に入らないってものでもないしな。第一、食えないものより食えるもののほうが実際にはありがたい。あんたら人間といるポケモンと違って、オレたち野生のポケモンにはそれが一番深刻で大事な問題だ。 それに、オレは明日になったらまた旅に出る。いい風が吹いたのさ。オレの気まぐれを揺り起こす風が。 この町は居心地もなかなかだし、シャテーどももかわいくないわけじゃないが、オレは基本的に一匹狼の旅ガラスなんだ。「炎の石」、もう一度もらいに行くのもいいな、ってな。思ったらもうじっとしていられない。
こんなちっぽけな翼じゃ、一日に何百キロも飛ぶなんてできやしないが、だったらゆっくり、少しずつ、のんびり行くだけさ。旅することを楽しみながら。 旅の空、どこかで会うこともあるかもしれないな。―――なんて気取った別れは、飯をもらってからだ。それじゃ、また後でな!
(おしまい)
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