Memories

 

 時々、いろんなことに疲れていろんなことが嫌になることがある。
 もちろんあなたにも、そんなことはある。
 それがよくあることなのか、めったにないことなのかはともかく、あなたはその日、やけに疲れていた。
 誰かから一方的に怒鳴られるのは、それが自分の落ち度だったときもつらいし、自分の落ち度ではないと思えるときも腹立たしい。どちらにせよ不愉快な気分になる。その日のあなたはまさにそれで、なかなか寝付けずにいた。
 そういうときには、今までずっと我慢していた小さな不満や鬱憤が次々と溢れ出してくる。あれもこれもと、我慢していたたくさんの小さな不満が思い浮かんでは合体し、―――つまりあなたは、こう言いたくなる。「悪いのは私じゃない」と。
 だがあなたは、それをそのまま自分に言い聞かせられるほど子どもではない。誰かを一方的に悪者にすることができるほど、厚かましくも図々しくもない。
 だからなおのこと苛立ちや悔しさは薄れず、不安や哀しさまで混じり合って、出口もなく、あなたの中でぐるぐると渦を巻く。

 何度目かの寝返りの後、あなたは枕元に置いた時計を見た。本体脇の小さなボタンを押すと、青緑色のライトが灯る。その光の中に浮かんだ時刻は、ベッドに入ってから2時間も過ぎていることを示していた。
 無駄だ、とあなたは思う。早く寝よう。それとも、眠くなるまでは起きていよう。
 どちらにしようか少し考えて、あなたは外に出ることにした。
 キャンプカーは密閉されあたたかかったが、外に出た途端に砂漠の寒気が肌をさす。昼間の暑さがまるで嘘のようだった。崩れそうな、それでいて案外に丈夫な石造りの小さな家々の上には、今しも落ちてきそうなほどに大量の星が瞬いている。その一角には、磨き上げた鏡が日差しを跳ね返すように、煌々と月が輝いていた。白い砂漠は月光のもとますます白く、足元の影はくっきりと黒かった。
 あなたは、月の光がこれほど強いものであることに少し驚き、楽しくなった。
 足を踏み出すと、つられて黒い影が動く。ゆるやかな起伏のある砂の上で、その起伏にそって影が歪む。少し上げた手の影は、黒い蛇のようにゆるやかにうねった。そして、月の光を浴びた腕は、そこから瑞々しく新鮮な、月の呼気を吸収するように思えた。
 少しだけ、あなたの気分も軽くなる。もう少し散歩をすれば、気持ちよく、今日の嫌なことは今日の中へ置き去りにして眠ることができそうだった。

 あなたは少し集落を離れ、砂漠を歩くことにした。
 キャンプの位置だけは見失わないよう、時折振り返っては先に進む。もっとも、見失うことはそう簡単ではない。なにせそこには、「彼等」のために作られた巨大なガレージがあるのだ。
 この場所にはキャンプカー以上に不似合いな、急ごしらえのガレージが3つ。その中で彼等はたぶん、それぞれに車や飛行機の姿で休んでいるのだろう。
 あなたがこの大掛かりな撮影のクルーに選ばれたのは、彼等のおかげだった。
 撮影スタッフとしての技術よりもはるかに重要なのは、秘密を守れるかどうかということだった。彼等のことを誰にも話さないと信用のできる者だけが、クルーになれた。
 あなたは自分自身で認めるように、こんな国際的な映画プロジェクトに関われるほど優れた技術者ではない。しかし、約束は守るべきものだし、自分のうかつなおしゃべりで誰かに迷惑をかけるのは嫌だと強く思っていた。その正直で律儀な性格と、それなりに信頼のできるスキルゆえに、あなたはこの撮影のスタッフとなったのである。

 それにしても、衝撃的な出会いだった。
 守秘義務についてさんざん聞かされた後、連れて行かれた広大な格納庫の中で、目の前に並んでいた戦闘機やヘリ、トレーラーやスポーツカーが次々に形を変えていき、やがて二足歩行のロボットになった。日本人だからロボットものには慣れ親しんでいるが、テレビ画面の中のセル画で動く、大きくても小さいロボットと、目の前に立ち上がったビルのような金属の塊とは、まったく違っていた。(後に思うことだが、もしこの撮影がお台場の例のアレの後だったら、見に行って予習しておけばもう少しは驚かなくてもすんだかもしれない)
 あなたが最初に思ったのは、踏まれたら死ぬ、ということだった。彼等が一歩足を踏み出して自分の上に乗せてきたら、確実に死ぬ。
 少なくとも初対面のとき、彼等に対して恐怖を感じなかった者は誰もいない。彼等がなにであれ、金属でできていると見えるその巨大な体は、自分たちのちっぽけな体を一瞬で押しつぶすことができる。そんな本能的な恐怖にすくみ上がった。
 しかし、その中でもとりわけ体の大きな、赤と青のトレーラーから姿を変えた者は、巨大な体を屈め、膝をつき、できるだけ小さくしてから、低く太いが実に穏やかな声で自己紹介をはじめた。
 あなたがもっとも驚いたのは、彼等が異星人だということより、何百万年も生きているということだった。最初は途方もなさすぎて突拍子もなさすぎて実感ができなかったが、地球の歴史を振り返り、まだ原始人すらいなかった時代から、彼等がずっと生きている―――彼等の種族が存続しているとしても大したことだが、彼等個人がその時代からずっと生きているというのだ。想像すると気が遠くなりそうな長い時間だった。
 ともあれ、彼等はこの映画の「俳優」として契約しているのだった。
 はじめは怖がっていたあなただが、しばらく行動を共にし、彼等をまったく恐れていない監督を見ているうちに、少しずつ彼等自身への恐れは消えていった。今では恐ろしいとは思わない。しかし、あの巨大な体に対する本能的な、圧死を予感する恐怖だけは拭えていない。それを克服するのは、なかなかに難しいだろう。

 その夜も、あなたはそんなことを考えて、また砂漠の散歩に戻った。
 後ろを振り返っては自分の居場所を確かめながら歩く。砂の斜面はさらさらと崩れて登りにくいが、それほど急勾配でもない。少しだけ苦労しながら登りきると、丘の斜面に遮られて見えなかったオアシス、集落にとっての大切な水場が目に飛び込んできた。細い樹木のシルエットの中、かすかに、光の水面が揺らいでいる。そしてその傍に、特徴的なシルエットの巨大な影が一つ座っていた。
 逆三角形になるボディは、おおよそ人型をしていてもかなり特異だ。
 彼、スタースクリームは、ディセプティコンと呼ばれる軍人集団の副官だという話だ。あなたは軍隊に馴染みなどないからピンとこないし、むしろ日本のアニメやゲーム、コミックに馴染んでいるので尚更、「彼がどれくらい偉いのか」は分からない。リーダーであるメガトロンの右腕、あるいは秘書のようなものだとイメージしているが、そう違ってもいないだろう。どちらにせよあなたが持っている実際の彼の印象は、早口でよくしゃべる、というものだった。
 それから、人間に話しかけてくる頻度は、ディセプティコンたちの中ではかなり高いほうだ。政治を主とするサイバトロンのひとたちはけっこう気安く話しかけてくるが、軍人だからなのか、ディセプティコンたちはあまり自分からは人間に関わってこない。その中で、ちょっと聞きたいことがあるとか、監督はどこだとか、小さなことで話しかけてくるのが彼だった。

 あなたは、月の砂漠で一人、彼がなにをしてるいのかが気になった。
 砂丘を半ば滑るようにして降りると、オアシスはすぐそこだ。
 スタースクリームはあなたの接近にはとっくに気付いていて、しかも一小道具係に過ぎないあなたの名前も記憶しており、あなたの名を呼んで
「水の補給か?」
 と尋ねてきた。なるほど、ここは貴重な水源で、集落も撮影隊も、このオアシスの恩恵に預かっている。こんな夜中に人間がここに来る合理的な理由は、水をくむというものなのだろう。
 あなたが「ただの散歩です」と答えると、彼は「ふむ」と小さく唸って、少し考えるようにした。それから
「夜の散歩は昼に比べて危険だよな。何故こんな時間に散歩してるんだ?」
 と次の質問をぶつけてきた。
 あなたは、彼等が人間にかなり近い感情や思考を持っていると知っているのと同じように、彼等は人間よりもはるかに合理的であることも知っている。しかし今の自分の気分を論理的に説明するのは億劫で、少し試してみたい気もして、
「なんとなく。分かります? なんとなくって気分」
 と逆に尋ねてみた。
「つまり、論理的に説明はできないが、そうしたいという欲求や衝動は存在し、しかもそれらは強くはない、という状態だな」
 スタースクリームはいかにも合理的で論理性の高い知性体らしい答え方をした後で、
「もっとも、俺の答えを違うと言ったら、ではどういう気分のことだと説明を要求することになるけどな」
 とあきらかに笑った声で付け加えた。あなたはその声音、彼の顔は笑ったように変化はしていないが、その声から、自分の意地悪な意図が見抜かれていたことをさとった。あなたは少し恥ずかしくなって、顔を俯けた。
「気にするなよ。たしかに俺たちは人間よりは合理的で論理的に物事を考えるが、そういう曖昧な情緒がないわけじゃないんだ。俺がここにいるのも、なんとなくだしな」
 上から声が降ってくる。
 なんとなく?とあなたは疑問に思う。なんとなく、月の砂漠で、オアシスの水辺に座っている。それはあまり、「普通」のことではない気がする。
 あなたは少し躊躇ったが、思いきって尋ねてみることにした。

「夜中になんとなくって、少なくとも人間感覚だと、センチメンタルだったりメランコリックだったり、それともリリカルだったりするんですけど……」
「君の場合は?」
「昼間、監督に怒られたんです。私のミスじゃないんですけど、あ、いや、私がちゃんと確認しとけば良かったってことなら、ぜんぜん責任ないわけでもないんですけど、頭ごなしに私がやったミスみたいに言われて、怒鳴られて。モヤモヤして、眠れなくて。それで外に出たら、けっこう気持ちよくて、散歩したら、モヤモヤ晴れるかなぁって」
「なるほど。彼ならやりそうだ。事実確認もなしに決め付けて怒られれば、誰だって反発を覚えるな。……俺も何度かやったことがあるから、カッとなる気持ちは分かるが、まあ、良くないよな。実際、いい結果は何一つ生まれなかった」
「そうなんですか? あの、考えませんか? 私だと、腹が立ったりしても、怒鳴ったりしたら後が怖いっていうか。それでギスギスして後がやりにくくなるくらいなら、我慢したほうがいいって思うんですけど」
「まあ……考えないなぁ。そういうブレーキがきくなら、怒鳴らなくていいときには怒鳴らずに済むんだろうが」
「怒鳴る必要があるときって、あるんですか? 私は人の上に立って仕事したこととかないし、あっても小さなチームのリーダーとかなんで、そういうのってよく分かんないんですけど」
 むしろ、怒鳴られていい気分になる人はいないのだから、怒鳴る必要などないのではないかとあなたは思う。けれどそれをこの巨人に言うほどの勇気はない。機嫌を損ねたら、監督を怒らせるよりも怖いだろう。
「必要、か。本当にその必要があったのかって言われると、疑問の余地はあるな。けど、考えた結果、優しく言ってたんじゃ通じないと思えば、怒鳴りつけるしかないこともある。ただまあ……怒鳴らないと動かないってのは、それだけ俺に力がないからなんだが。これがメガトロン様なら、怒鳴らなくてもみんな動く」
「へえ〜」
 メガトロンは、体が大きく顔が怖いからという理由で悪の親玉役を押し付けられた、一番背の高い銀色のオートボットだ。見たことのないような大型の車(?)やジェット機に変形する。しかし雰囲気はオプティマス・プライムと同じで、体の巨大さにしては親しみやすい。彼が、ディセプティコンというエリート軍人集団のボスだという。なるほど、彼に怒鳴られたら、それはかなり恐ろしいだろう。しかしディセプティコンたちは、それが怖くてきちんとやるというのではないようだ。
 あなたはメガトロンと話したことはないが、少しだけ話してみたいような気もした。もちろん、なんの理由もなく話しかけるのは、とてもできそうになかったが。

 ところで、スタースクリームというのは、メガトロンの話になると、長い。
 あなたは今夜初めてそれを知ることになる。
 しかし聞いていて、面白くはあるが嫌ではなかった。
 誰かが誰かを褒める話は、聞いていてとても気持ちがいい。この長命な巨人相手に「微笑ましい」と思うのはどうかとも思うのだが、メガトロンはすごいのだと熱心に語るスタースクリームを見、その話を聞いていると、どうしてもあなたはそう思ってしまう。
 そしてようやく、この巨人たちの中身、特に気持ちや感情といったものは、人間となにも違わないのだと分かった。今までよりもはるかにはっきりと、同じだと感じた。
 だから「なんとなく」な気分も分かるし、誰かから反発されれば悲しくも思う。言うことを聞いてもらえないと悔しくもなる。誰かを好きにもなるし尊敬もし、そうすればその人のためになにかをしてあげたいとも思う。
 そう分かって、あなたは彼等に対する恐れをほとんどなくすことができた。
 そして、もっと話をしたいと思い、尋ねることにした。

「スタースクリームさんは、なんでここにいたんですか?」
「俺は……考え事かな」
「考え事って? あ、言いにくいなら言わなくてもいいですけど」
「言いにくいかって言われると、そうだな、あいつらには零せない愚痴だなぁ」
 楽しい話じゃないが、聞くか。そう言われたのであなたは、好奇心を押し殺すのはやめて素直に頷いた。
「最近な」
 と彼は話し出した。
「これからどうするかって話になるんだよ」
「これから?」
「そう。これから。えーっと、知ってるんだよな? 俺たちがなんで地球にいるのか」
「はい。セイバートロン星が戦争のせいで住めなくなって、それで、移住できる星と、オールスパークを探して旅してたんですよね」
「で、俺たちはまだ、地球に定住していいとは言われてないし、オールスパークも見つかってない。俺たちにとってオールスパークってのは、映画よりももっとシビアな存在でな。俺たちはオールスパークによって生み出される、つまり、俺たち全員の母親ってのがオールスパークなわけだ。だから、それがないと新しい仲間が増えない。ってことは、俺たちがどんなに頑丈で長生きでも、いつかは劣化して死ぬ以上、数は減る一方で増えないことになる。となると、このままじゃ種としての絶滅が待ってる」
 あなたは、重大なことを言われているとは分かったが、その危機感はピンとこなかった。それでもできるだけ真面目な顔をして耳を傾ける。
「オールスパークを探さないとならないのは間違いないんだが、それが危険だってことは、これまでの旅でよく分かってる。下手するとその場で全滅することだってありうるくらいだ。だから、そんなくらいならもう探すのはやめて、住める星だけ探したほうがいいんじゃないかって話になったりするんだよ」
「でも、地球じゃまだ、秘密扱いですよね」
「ああ。いつかは、とは思うけどな。それが何百年先でも、人間にとっては長い時間も、俺たちにとれば待っていられる時間だ。だからいつかは、定住を認めてもらえるときが来るのかもしれないと思う反面、そんなときは何千年待ってもこないんじゃないかと思うこともある。だからさ。どうするかって話をする。で、そういう話をした後だと、ついな。昔はこの宇宙の先にセイバートロン星があったのに、今はもうどこにもないんだよなって思うんだな」

 自分の故郷が、どこにもなくなる。あなたはそれを想像してみる。生まれた国、日本が消えてしまって、どこにも帰るところがなく、こうして異国で暮らしていくしかなくなるのと同じようなことだろうかと想像する。
 ピンとこなかったが、もう少し考えてみる。たとえば、小さい頃に遊んだ公園、よく行ったおもちゃ屋や小さな商店、通った学校、お気に入りの飲食店。そういったものがすべて消えてしまい、もう一度行きたいと思っても、どこにもない。その面影が残った街並みすらない。なにもない。思い出すことはできても、二度と見ることはできないし、その思い出があった場所に立つことも、そこを眺めることすらできない。
 そしてともすると、家族や友人といったものも。
 たった今あなたは、スタースクリームから、自分たちは全員、オールスパークという母親から生まれたと聞かされた。ならば、全員が兄弟のようなものである。しかしその中でも本当に、地球人にとっての「家族」のように親しく近しい者というのは限られていたのではないかと考える。そういう特に大切だった仲間たちも、今まできっと、何人も喪ってきたのだろうか。
 あなたがスタースクリームを見上げると、彼もその大きな顔を下に向け、人間のように、幅の広い肩を少し竦めて見せた。
 あなたは俯いて、滲んできた涙を膝がしらに押し付けて拭う。
 その頭に、少しだけなにかが触れる感触があった。
 思わず頭を上げた途端、ゴンと硬いものにぶつかって痛みを覚えた。
「あっ、すまん」
 頭を押さえたあなたの上から、スタースクリームの少し慌てた声が降ってきた。

 それからあなたたちはもう少しだけ話をした。
 本当はあなたのほうから、セイバートロン星のことをいろいろと聞きたかったのだが、二度と戻ることのできない場所の思い出を聞くと、つらいのではないかと思って我慢した。
 そういうあなたの気持ちをスタースクリームが分かっていたかどうかは分からない。どういう意図かはともかく、彼はあなたのことを聞いてきた。
 俺たちに会ったときには驚いただろうとか、なんでこの仕事をしているんだとかいったことだ。
 他にも話せること、話してみたいことはいろいろある。しかし今は、時刻もだいぶ遅かった。
 少し話して、その話が途切れたとき、さて、俺はそろそろ戻るがとスタースクリームが言ったので、あなたも一緒に引き上げることにした。
 胸の中のモヤモヤはもうきれいに晴れていた。もちろん、まだいくらかの不安、明日になって監督に会うのが少し億劫だという気持ちはあるが、まあそんなものは大したことはないと思えるようになった。そんなことより、大きな友人ができたことのほうが嬉しかった。
 送っていこうかと彼は申し出たが、あなたは遠慮した。送ってもらえるのは嬉しいし、乗ってみたくはあったのだが、彼は戦闘機に変形するのである。それがどんなふうに飛ぶのかを思ったとき、体の中に入ることになるのも考え合わせると、あなたは日本人らしく慎み深く、「ぶらぶら歩いて戻ります」と答えるしかなかったのだ。
 そうかと言ってスタースクリームはなめらかに戦闘機へと変形し、
「先に行ったほうがいい。俺が動くと、砂が巻き上げられるからな」
 と、その形状のままで話しかけてきた。あなたは映画の撮影を見ているものの、人型ではないものから話しかけられることには少し違和感を覚え、また、面白くも思う。そして彼の助言に従って、先に行くことにした。
 ―――しかし。
 なだらかな斜面と思っていたが、オアシスへの道はその実、けっこう急な斜面だったらしい。
 あなたは流れ落ちる砂に阻まれて、なかなか進めなかった。
 迂回するしかない。そう思って見回せば、月明かりの下、丘陵をぐるりと回り込む道は分かる。だがそれは、けっこうな道のりだった。
 あなたが溜め息をついたのと、後ろからスタースクリームの笑い声がしたのは一緒だった。もしかすると彼は、こうなることが分かっていて、先に行けと言って眺めていたのではないだろうか。だとしたら、まったく、人が悪い。
「乗っていくか?」
 問われて、今度は断らなかった。

 自動的に降りてきたタラップを踏んで操縦席に座る。かなり狭いし、いろいろな機器がずらりと並んでいる。しかしそのどれを触らずとも、フードは自動的に閉まって計器は勝手に動き、そして、思っていたよりもずっと震動も騒音もなく、F-22は動きだした。
 本物はこうじゃない。ろくな加速もなく飛び立つことなどできない。それができるのは、外見こそF-22戦闘機でも、実際の動力や推進装置などはまったく別だからだろう。
 飛行すればキャンプはすぐそこで、大した高さに上がることもなく、まるで砂原を滑るように移動して、スタースクリームはガレージとキャンプカーの傍へ戻った。
 また明日と別れたあと、自分のベッドに戻って布団にもぐりこんで、あなたはふと考える。
 この撮影所の人には、昨日こんなことがあったと話すのが、何故だか少しだけ惜しい。秘密にしておきたい気がする。けれど日本に帰ったとき、友達にはこんなことがあったと話したい。
 しかしそれはできないのだ。この撮影で見たもの聞いたものについては、一切秘密にしなければならない。大きな友人のことは、本当に親しい友達には話すことができない。
 だからあなたは「いつか」を思う。
 いつか、そう遠くないうちに、彼等が地球に住むことを許されて、その存在も秘密でなくなり、人間たちにも受け入れられて、いつか。
 いつか、「スタースクリームさんに乗せてもらったことがあるんだよ」と話せる日が来ることを夢見ながら、あなたはようやく、心地好い眠りについたのだった。

 

 

(終)


 

 募集して、ご応募いただいてからはだいぶたってしまいました。
 挙げ句に、教えていただいたものとは異なる部分のほうが多いのですが、とりあえず第一弾です。

 教えていただいた「夢」を壊すようなものにはしたくないなという思いと、あそこにスタスクを当てはめるのは少しリリカルすぎると感じたのもあって、「星空の下で語り合う」という部分だけ拝借しました。
 なんとなく、彼等に「歌」はない気がしたのもあります。「音」のハーモニーはあっても、その音階を操作した「歌」を作るより、ハーモニーだけで「葬送の音」とかありそうだなぁと。
 リズムってものがどこから生まれたのかを考えるとき、ふと、人間には鼓動のリズムがあって、それがなかったら、たとえ自然界には音の変化があったとしても、それを「音楽」や「リズム」としてとらえて曲や歌を創造することはなかったような気もします。
 なんてのは私の勝手な感覚なのですが!

 ともあれ。
 そのかわりというのもナンですが、このコーナーにある物語と切り離した別世界の話にはせず、ストーリー中の一部として組み込めるものにしてあります。
 撮影所の人たちが彼等にどうやって出会い、どう思っているか。
 それから、スタースクリームの語りの中に、実はIF話本編にも重大な関わりのある部分が混じっています。「これからどうするか」です。彼等がそれについて話しあっているのは当然ですし、そして、それがこの後、ちょっとした重大事……表現が矛盾してますが、大事な問題を生み出すのです。ウフ。
 そしてまた、もうお一方、ご応募くださったかたの物語ともリンクするようにしてあります。「人間との共存に向けて努力する」人のお話です。

 というわけで。
 ご応募いただいたものそのままにはなりませんでしたし、「あなた」の設定を勝手に作っているので「私」のこととは思えないかもしれませんが、TF世界のお話の一つとして、少しでもお楽しみいただければと思います。