Pick up off the debris

 

 そこは実験場だった。
 「"生まれながらのディセプティコン"を生み出す」。
 メガトロンに依頼されたショックウェーブが指揮し、進めていた。
 サウンドウェーブは情報面のサポートを命じられていた。
 計画は百数十年の間、何事もなく進捗していた。
 オールスパークの力を、地下のエネルギー脈を利用してかすめとり、磁場の中に弱々しい生命の"種"を生み出す。その種を特殊な培養カプセル、"卵"に包んで育てるのだが、その際、メガトロンのスパークが持つ独特の波形を振動波として浴びせておく。こうすることで、メガトロンの思考、感性に近い者が生まれる確率が高まるのではないか。
 サウンドウェーブはその仮定について懐疑的だった。なにより、メガトロンに独裁的な性質がある以上、同じタイプの存在は敵や障害になるだけである。良き戦力が増える可能性よりも、トラブルの種を増やす可能性のほうが高いと考えていた。
 メガトロンは、もしそれが叶うなら都合がいいという程度に考えていたようだ。もしコピーが反逆したとしても、オリジナルである自分に敵うはずがないとでも思っているのだろう。
 そしてショックウェーブにとっては、単なる実験だった。結果がどうなろうと、そういう結果になったという事実だけが、彼の知りたいことだった。

 第一グループは育成の過程で半数が自己崩壊し、残った半数もほぼ使い物にならなかった。
 だが修正を加えた第二ブループの兵は無事に成長し、すべて回収された。彼等はディセプティコンに対する高い忠誠心を持ち、オートボットの提唱する社会と世界を否定した。だが、それがどの程度までは卵の段階からの英才教育の結果で、どこからはその後の徹底した洗脳教育のためなのかは判然としない。また、思想面では問題がなくとも、能力的には平凡で、優秀と言える者がいなかった。
 そこで第三グループでは、まずはメガトロンのスパーク波を受けた者と受けない者をマーキングし、人格形成の経過を観察することにした。

 しかし実験はそこで中止になった。
 実験場の存在がオートボットに露見し、施設は破壊された。
 完全なる破壊と殲滅だった。
 メガトロンのコピー戦士など、たとえ可能性の問題だとしても誕生させるわけにはいかなかったのだろう。施設は、そこに保管されていた卵、卵から出て育成されつつあった第三グループの弱々しい兵士、養育係、従業員、一つの例外もなく破壊された。
 メガトロンは報告を受け、「そうか」としか言わなかったという。そのとき既に彼は、定期的に自分のスパーク波を浴びせること、そのために必要な調整に自分の自由を提供し時間を割くことに、うんざりしていた様子だった。
 ショックウェーブは成果がはっきりしないままに中断されたことが不快そうだったが、それ以上の感慨はなさそうだった。
 どちらにせよ、雑兵とはいえ忠実なコマを一定数確保できたことは確かで、実験に費やした時間と労力、物資と比較しても、結果としてはそれで悪くなかったのである。

 

 最初の襲撃と破壊から、セイバートロン標準時で16日め、最後の破壊からは10日が過ぎた。病的なほど執拗に"浄化"を行ったオートボットたちも、さすがにもう現れなくなった。
 サウンドウェーブが実験・養殖施設の跡地へ向かっているのは、データ回収のためだった。
 破壊されずに残っているデータがあれば検出してほしいとショックウェーブは言った。それを阻むためにオートボットたちは徹底した破壊を繰り返したのだが、にも関わらずショックウェーブは平然とそう要求した。それが唯一可能だとすれば、サウンドウェーブの他にない。
 瓦礫の山と化したその地に降り立ったサウンドウェーブは、己の持つ能力を最大限に出力し、周辺を探査した。
 特に電子兵器が使われた形跡はなかったが、呆れるほど徹底した物理的破壊は、ほとんどすべてのデータを消し去っていた。

 サウンドウェーブは考える。彼等は最初からただ破壊したのだろうか。それとも、破壊する前になんらかの情報を盗みとっていっただろうか。こうまで破壊されてしまうと、その痕跡も残らない。
 見事だと思う。自分の力をもってしても、ろくなデータは得られないからだ。空を見上げる。地下、その下に隠した地下。そこまで破壊し尽くして、ここは深く巨大なクレーターと化している。これを、大型の隕石ではなくオートボットたちが作り出した。これほどの破壊を行うのには、どれほどの悪意が必要だろうか。憎悪と、嫌悪。自分たちではとてもここまで根気が続かない。
 この地は、ほとんどの者にはカオス、あるいは無にしか見えまい。あるものはすべて瓦礫。死体すら細切れの断片。そこまで、破壊されていた。

 しかし、圧倒的なデータ処理能力を持つサウンドウェーブは、その中から意味のある形を分別することができる。彼には、二世代前の旧型ハブのインターフェイスらしきものや、"雛"を養育していたポッドの残骸、そして、指先に摘めるほど小さな手や、風で転がる粒のような眼球、熱で溶けて融合し、そのまま冷え固まった3体の小さなディセプティコンの存在まで、すべて見分けることができた。
 無残だとは思う。だが憐憫や同情はない。むしろ、正義の名のもとにこれだけのことができるオートボットへの称賛と嫌悪を覚える。自分たちも同じことをしてきたしこれからもしていくだろう。だがそれは破壊に対する歓喜や、生命に対する冷血、相容れない者に対する無関心や不愉快のためだ。だから残酷に破壊し、心は痛まない。だが彼等は、同じことをしながらディセプティコンを否定する。生まれて間もない小さな命を、自分たちとその信奉者の保身のために虐殺した、それを平和のために必要だだの仕方がなかっただのと、そうしなければ危険なのだと言い訳し洗脳しあるいは心底思い込み、なんともご立派な自己陶酔、あるいは正当化、そして社会に堂々と君臨し聖者面するのだから、唾棄すると同時に惜しみなく拍手を送ってやりたい気分になる。
 彼等こそがまさに、"欺瞞の民"だ。

 そんなふうに思うのは、自分もまた少しこの舞台に酔っているせいだと、サウンドウェーブは小さく笑い、仕事に戻ることにした。
 手ぶらで戻るのも、そうする他なければやむをえないが、もしなにかあるのであれば持ち帰る。そのためにわざわざ出向いてきた。
 地中生物のように掘り進み、深く包み隠したすべての設備を暴きだして破壊している。その有り様からは、探索が徒労に終わりそうな予感もするが、ふと、逆に地表に近い部分にこそ見落としがあるのではないかと気がついた。
 心理の問題だ。大切なもの、知られたくないものほど深く隠す。ゆえに深部にあるものほど重要であることになる。それは実際に、事実としてそうだ。その点は今後の建設に反映するとして、地表近く、価値の低いものの中には、無事に拾えるものがあるかもしれない。その価値はたとえ低くても、無ではない。

 アフターバーナーに点火し、ゆるりと穴を出る。そうして、焼け野原にしか見えない地表に立った。
 入り口は単なるエネルギー施設のように偽装していたし、そのものとして機能もしていた。労働者の住居、事務員の勤務ビル、送電設備、ゲート。サウンドウェーブは地上部分の見取り図を確認する。
 それからゆっくりと、東の倉庫に足を向けた。
 この倉庫は単なる資材置き場だが、養殖場の建設初期には搬入口を兼ねていた。このすぐ下にチェンバーがあったのだ。そこからは出来損ないの生命もどきしか生まれず、次の実験の際には封鎖されている。しかし最新の第三次テストでは、新たに補助ポッドを設置した。生育過程でなんらかの異常―――必ずしも悪しきものとは限らない、特殊な要素を持ったものを隔離し、観察するために。
 データでは、そこに送られた個体はすべて死亡している。だがデータは残っているのではないか。思いがけず地表近く、単なる倉庫でしかなかった場所の一階層下。深く深く掘り進む際におざなりにされている可能性はある。

 だがそろそろ、時間になる。
 オートボットは今もこの地の監視を続けている。それらのセンサーはすべて欺いているが、相手も馬鹿ではない。そこまで馬鹿ならばとうに決着はついているはずなのだから。
 侵入したことが知れれば、いや、知れずともその疑いが持たれればもう一度、破壊の嵐が吹き荒れるだろう。サウンドウェーブが判断し己に課した探索可能時間は、終わりに近づいていた。
 これを最後と決めて倉庫跡地に近づく。爆発によって地面が抉られ、建物は粉々になり、棚や荷はすべて消し炭、あるいは金属塊と化している。そして、真ん中に大きく開いた穴からは、破壊されたチェンバーが見えた。
 焦げた床が僅かに青黒く見えるのは、漏れだした培養液が熱で焼け付いたためだろう。大気中にも僅かに臭気成分が残っている。
 案の定、深部ほど徹底しては破壊されなかったこの場所には、半壊程度で瓦礫に埋もれたハブや、一般労働者の頭部が転がっていた。ここはエネルギー施設という名目だったし、作業員も募集していた。そのすべてがディセプティコンではなかった。その事実もいつか、オートボットに対する武器になるだろう。サウンドウェーブは、哀れな巻き添えの脳から取れるだけのデータを吸い出し、薄く笑う。

 手に入ったのは実に他愛もない情報ばかりで、実験に関するものは一つもないと言っていい。ショックウェーブにとっては、残念な報せになる。
 しかしサウンドウェーブにとっては、パズルのピースと言えるだけのものはあった。それ一つでは大した意味も持たずとも、いつかそのピースが重要な絵画の一部を担うかもしれない。それはたとえば、哀れな作業員の命乞いを一顧だにせず撃ち殺す、オートボットのとある有名人の映像だ。ディセプティコンめ。そう言って"彼"は一切の躊躇もしなかったが、同じ頭脳のデータにあるのは、貧苦、ささやかな家族、不和と別離、そして、やっと見つけた働き口と、同僚との他愛無い日常。
 放り投げたせいで瓦礫にまぎれて今はもう見えないその頭部に、もし意識が残っていてこう尋ねれば、きっとイエスと答えただろう。「奴等に復讐したいか」と。
 もっとも、一般の、民間の従業員を雇いつつそんな者などいないように偽装したのは、サウンドウェーブの提案なのだが。

 薄く口角を吊り上げて、サウンドウェーブは飛び立とうとした。
 そのときだった。
 今までなんの変哲もなかった地面の一部が、突然ロストした。
 点火しかけていたバーナーは緊急停止のために咳き込み、僅かに痛む。だがそれを無視してサウンドウェーブは"消えた"地面のほんの小さな一部に近づくと、そこに片手を突き刺した。
 瓦礫の中に突っ込んだ手に触れた、冷たい金属塊。
 それは手の中で動いていた。
 片手に掴めるような、青黒く焼け焦げた、小さな命だった。

 驚嘆した。
 この絶望的な破壊の中で、いくらこの場所が比較的軽く見過ごされたとはいえ、他のすべてのものは死に絶えた場所で、生きていたこと。
 そしてなにより、自分の探査の目を今の今まで誤魔化し続けていたことに、驚く他なかった。
 おそらくは、未熟な生命ゆえのかえって加減のないやり方で必死に身を隠し、守ろうとしたに違いない。
 しかし、なんのエネルギーも得られないままあの破壊から時が過ぎ、生命維持にも能力の維持にも限界が来たに違いない。それとも、間近に現れた脅威が去ろうとしたことで、緊張の糸が切れてしまったのか。
 今はもうぐったりとして、スパークも弱り果てている。しかしサウンドウェーブを見上げる目が、挑むようにまっすぐで、揺るぎなく―――美しいと思った。
 乱暴に掴んでいたのをそっと持ち替えて手の上に乗せると、起こしておけなくなった頭が垂れて、そのとき、小さな声で鳴いたのがまるで毒づくように聞こえた。

 広域センサーに現れた複数の生命反応。
 少しもたもたしすぎたと思ったサウンドウェーブは、自分の胸部にある格納室に小さな命を放り込む。そして、万一に備えて確保してある液化エネルゴンに、関節部を保護するための衝撃吸収剤を混ぜて成分調整し、そこに流し込んだ。
 同時に戦闘機の姿へとトランスフォームする。
 そのときにはもう、敵の攻撃部隊は目視できる距離に迫り、放たれたミサイルが白い尾をたなびかせていた。
 空へと舞い上がり、パルス砲を打ちながら大きく縦旋回してミサイルを地面に誤爆させる。振りきれなかった一発が横から尾翼をかすめてバランスが崩れきりもみ状態になるのを、素早く人型に変形し着地、地面を蹴ると同時に再びトランスフォームした。
 激しく動くたび、腹の中、隔壁にぶつかる自分でないものの感触がある。
「小僧」
 とサウンドウェーブは自分の体の中に向けて言う。
「私にできることはした。あとは、おまえ次第だ。死にたくないならば、今までどおり自力で生き延びろ」
 答えはないし、気にもかけない。
 だがもし基地に帰り着いたときにまだこの子が生きていたら、大切に育ててやろう。そう決めていた。

 

(おしまい?)


 おしまいにするかどうかは分かりませんが、かなり前から書きかけてあったお話です。

 1作目のバリケードはフレンジーを連れています。これは、バリケードの位置にキャスティングされていたのが最初はサウンドウェーブだったからだとのこと。その名残で、バリケードの胸からフレンジーが出てくるシーンもあるのだそうな。
 その裏事情はさておき、「バリケードが、本来はサウンドウェーブの相棒であるフレンジーを連れている」ということから、二人の間にもなにかつながりがあってもいいよなと。
 そんな妄想から出てきた設定です。

 バリケードはサウンドウェーブが育てた、という設定。
 公式に優秀な突撃兵であると同時に、斥候が務まるだけの判断力や機動性も持っていたなら、情報を扱う手腕もあるだろう、というのもあります。
 それから、バリケードがフレンジーより年下でも面白いかなと。

 この後のパターンが一つに決まらないのも、続きを書くかどうか分からない理由。
 腐向けなネタもあるし、サウンドウェーブかバリケードか、あるいは双方が互いにきちんと愛情を持っていたりするというのもアリだろうし(でも二人とも素直じゃない)、そういうのがないいかにもディセプっぽいのも面白そうだし(でもこの場合、なかなか"物語"にならない)。

 ちなみに、初稿ではちびケードたんはもっと弱々しかったのですが、アップのために調整、修正していたら、なんかそういうのよりちびの内から気が強いほうが可愛いなと思えて、こうなりました。
 ボッツ側が危険な描写になってるのは、ザレゴトとかでうだうだほざいてるネタも入ってるからです。プライム=神、だけど神は、己の正義に含まれないものを悪と見做したとき、容赦なく否定し切り捨てる存在でもある、というあたりの。
 ただ、オプティマスがそういう神なのか、むしろ彼はそのことに疑問を覚えて迷うのかといったところは、不明……まだ設定していません。だから、"ボッツ側の有名人"が誰かも名指ししていないのです。