こっちに来い、と言えば来る。 ここにいろ、と言えばとどまる。 だがそれだけだ。 そして間もなく、用がなければ行く、と告げられる。
機械兵と同じだ。 感情などない。他者のそれを受け止めて感じる能力もない。 だが感情を動かさないことで確保できたメモリを、バリケードはすべて戦闘能力に回して圧倒的な力を手に入れた。 "敵を排除する"。 しかしそれがなんのためかは、もう本人にも分かっていないのかもしれない。
それでもゼロではないのだとスタースクリームは思う。 本当に一切の感情を消し去ったなら、ただここにいろと命じる意味のないコマンドには、とっくに逆らっているはずだ。それが、たとえ機械的であれ待てと言うたびに待つのは、そこになんらかの意味を感じているからだろう。 きっとそうだと、思いたいだけなのかもしれないが……。
「まだだ。ここにいろ」 何度同じことを問われただろう。 そして何度同じ答えを返しただろう。 そしてまた束の間だけ、バリケードは沈黙する。 と思ったが、おそらく、「まだ」という言葉に反応したに違いない。 いつまでと期間を尋ねてきた。 「私がいいと言うまでだ。それまでは、ずっとだ」 了解の答えがない。 やがて、それは了承できない、と返答された。
制止命令を置き去りにしてバリケードが歩き出す。 スタータクリームは腕を掴んだ。つもりだったが、ほとんどなんの感触もなく解かれていた。 体ごと捕まえる。 やはり離脱しようとするのを一瞬早く制してやっと、自分の傍にとどめ置く。 離せと告げるのを無視して、答えもせず、ただ腕に力を込めた。 そして思い知る。 恐れたのはこれだった。 永遠にこうすることができなくなる予感。 その未来に負けたのだ。 そしてその瞬間、なにを捨ててもいいから取り戻したかったのが、これだった。
なによりも大切なもの。なによりも欲しかったもの。他のなにを失っても、失いたくはなかったもの。
「俺といてくれ。頼む。……行かないでくれ」 まるで泣き言だ。 我ながら情けないにも程がある。 こんな声は誰にも聞かせられないし、誰にも見せられない。
だが。
《スター……スクリーム……》
返った言葉は、なんの意味もない、ただの名前。 だが何万年もの間ずっと聞いたことのなかった言葉だった。
「バリケード!?」 腕を緩め肩をとり振り向かせる。 赤い四眼を覗き込むと、 《………………》 "それは値する"。 いつもどおり、機械的な電子言語ではあったが、認証の返事があった。 そして抵抗が消えた。
スタースクリームは痛みを与えない程度に、しかしぎりぎりまで強く、その体を抱きしめた。 「おまえがいてくれたら、それでいいんだ、俺は」 ずっと封じ込めてきた。 立場のために、そして、己の中に残る迷いのために。 だがそれが彼をこんな存在にしてしまったのならば、本当はもっと早く伝えるべきだったのかもしれない。 「もし……おまえが戦い続けたのが、ほんの僅かでも、俺のためだったなら……、これからは、もうここにいてくれ。おまえがいないのは、他のどんな嫌なことがないより、嫌なんだ。―――バリケード……」
《―――Understood》 了解したと、短い返事。 抱き返してくれることもないが、その返事だけで、今は、満足だった。
(The End)
短い上に相当時間があきましたが、4話目です。 TFバリバリ更新していたとき、熱烈にラブコールくださった○さん。プライベートが大変になってしまい、なかなかお時間もとれなくなる、とのことでしたが……。 いつか見ていただければ、それより嬉しいことはないと思ってます。 そして見ていただけることがなかったとしても、大変な日常の中、楽しみや喜びが潰えてしまってはいないことを心よりお祈り申し上げます。 貴方のくれたとても楽しい時間へのお礼です。 |