The end of the river

 

 生命の果てた死の星で、瓦礫に埋もれて、まるで瓦礫の一つのように。

 重力と、酸の雨。
 めまぐるしく変化する気圧と気温。
 吹き荒れる磁気嵐。
 遮るものもなく降り注ぐ様々な宇宙線。
「スタースクリーム様」
「ああ」
 束の間こうしているだけでも心配されるようなこの星で、いったい何年戦って。
 そしていったいいつ死んで。
 いつからこうして野ざらしに転がっていたのか。

 屈んで破片を拾おうとすると、それは触れた指先で呆気なく崩れ、塵になった。
 せめてと思う抜け殻さえも、連れ帰ることは叶わないらしい。
 触れればただ壊れ、形すら失っていくだけだ。
 スタースクリームは足元の残骸と、そこに吹きつける風、それが少しずつ削っていくその形を見る。
「スタースクリーム様」
「ああ。分かってる」
 去らねばならない。
 分かっている。
 スタースクリームは思考を絶ち切って踵を返した。

 不意に吹きつけた突風が、大柄なスタースクリームさえ軽くよろめかせる。
 そして思わず振り返ると、そこにはもう、形の分かるなにかさえ残ってはいなかった。

 

 

 

 目が覚めてしばし。
 我に返ったスタースクリームは寝台を降りるや自室の窓を押し開けて飛び立った。

 莫大な量のレアメタルを埋蔵した星が見つかったのは、四日前だ。
 惑星自体の資源量が乏しく、採掘場を星系内に求めるしかないこのホームにとって、それはこの上もない朗報だった。
 だが
「まるで悪環境のデパートだな」
 と言ったのはボーンクラッシャーだった。
 考えうる悪条件の内、同時に発生しうるものがすべて揃っていると言っても過言ではないような過酷な星。
 もちろん、資源があったとしても採掘が不可能であるために見送ることは少しも珍しくない。
 ただ、思わず笑ってしまうくらいのひどい星だった。

 そして一昨日、第四ベースにいるブラックアウトから連絡があった。
 あちらに帰還したバリケードがひどい有り様で、
「命に別状はないが、……一応、言っておく」
 気掛かりだろうと、わざわざ教えて寄越したのだ。
 送られてきた医療データを見るかぎり、ほぼ全身の破損。被ダメージの総計は三回死ねるほどのものだった。避け得ないものをどれだけ巧みに受け止めて分散させたのか。だとしても、常人には耐えられない過損壊である。医務官は恐れているという。死者が自分の足で歩いてきたも同然だったからだ。

 レポートと、ブラックアウトの報告はそれくらいのものだった。
 無事だったならそれでいい。自分にできることはなにもない。スタースクリームは緊張と動揺を静かに宥め、平静を取り戻した。
 無事ならそれでいいんだと、一日過ごした。

 だが悪い夢を見た。
 スタースクリームは己に出せる最高速度で第四ベースへと向かっていた。

 まったく前触れもなく現れた司令官に、哨戒中の兵たちは急に落ち着かなくなる。
 視察や確認というわけではないから気にするなと言っても、無理な話だろう。
 彼等から報告を受けたのか、第四ベースではブラックアウトがポートにその巨体を現していた。
 スタースクリームはほとんど速度を殺さずに接近し、急激に機首を上げ上昇、そして空中でトランスフォーム、スラスターを使わずに落下し、着地する。
 その荒っぽい着陸にブラックアウトは少しばかり顔をしかめた。
「来ないと思ったが」
「そのつもりだった」
 そのつもりだった。
 いくら最古参の精兵と言えどたかが一兵卒。司令官が動いていいものではない。
 だが、そんな理屈や戒めに、今はもうどんな価値もなかった。

「もうたくさんだ」
 早足でポートを横切り通路を歩きながら、スタースクリームはただそれだけを言う。
「スタースクリーム。どうした突然」
「突然? いいや。4万年我慢した。これからもそのつもりでいた。だがそんなものすべて嘘だ。もういい。もうたくさんだ。あれは連れて帰る。これからは私の傍に置く」
 なにか言いかけて、ブラックアウトは盛大な溜め息とともに首を横に振った。
 なにを言っても無駄だと悟ったのだ。なにを、どんなことを、どれだけ言ったところで、スタースクリームは決してその思いを変えないだろう。
 それでも立場上、言っておかないわけにはいかないことはあった。
「私情で動ける立場だと思うのか?」
 だがやはり通じない。分かりきっている。スタースクリームは一瞬迷うこともなく、
「許せんならリコールしろ。言いたいならなんとでも言えばいい。そんなもの、もうどうでもいい」
 言い捨てて、更に歩く速度を上げた。

 ブラックアウトは大股について歩きながら、もう一度溜め息をつく。
 そして急にスタースクリームの肩を強く掴むと、
「数回死ねるほどの重傷者が普通の治療室にいるわけがないだろう。こっちだ」
 通りすぎようとしていた角を視線で示した。
「……すまん」
 他愛ないミスを知らされて少しはクールダウンしたのか、声のトーンが落ちる。
「突っ込んでいって飛びついて、トドメをさすんじゃ笑い話にもならないぞ。おまえの決意は分かった。止めはしないし、リコールする気もない。だから少し落ち着け」
「……そうだな。すまん」
 もう一度短く詫びて、スタースクリームは、前に立ったブラックアウトの後につき、ようやく歩く速度を落とした。

 案内されたのは特殊治療室の横、コントロールルームである。
 迂闊に触れれば破損が広がりかねないため、バリケードはエネルゴン・ゼリーに閉じ込められている。
 意識はない。
 ブラックアウトは医務官に、しばらく出ているように命じて立ち去らせた。
「運び込まれるならともかく、これで歩いてくるんだから恐れ入る」
「本当に回復するのか」
「心配ない。スパークは縮小しているが、その分剛性と安定性は増している。―――そのモニター」
「これか?」
「平常ならラインは画面中央あたりで安定している。深いリラックス状態や、あるいは精神崩壊していれば、ラインは下辺に近づく。こんな位置にあるのは、よほどの緊張状態にある場合だ。医務官はこれをどう理解していいか分からないらしいが、俺にはなんとなく分かる。戦闘継続中なんだろう。意識がなかろうが、相手が自分の命だろうが、一瞬たりとも油断はしないということか」

 衰弱へ向かわせるもの。
 死へと近づけるもの。
 それを許さず、叩きのめし、排除する。
 そして這い上がる。
 覚醒と、命のある場所へ。
 再び戦いに出るために。

 スタースクリームは強化ガラスの窓に手を触れる。
 もういい。
 もう戦わなくていい。
 だが、そんな言葉もまた、邪魔なものとして容赦無くはね除けられるのかもしれない。

「おまえがどうしたいかは分かった。俺にそれを止めるつもりはない。だが、本人に受け入られるかどうかは、また別の問題だ」
「………………」
「分かっていたんじゃないのか? だから止めなかった。なのに何故急にこんな我が儘を言い出した」
「……夢を見た」
「夢?」
 スタースクリームは目を細め、夢の記録、忌まわしい記憶、本当ならばすぐさま消し去って忘れたい映像をリロードする。
 現実の光景に、赤紫に燃え立つ空と吹き荒れる灰色の風が重なって蘇る。
 空の半分を覆い流れていく雲、残り半分から覗く宇宙。果てしなく続く岩ばかりの荒地、渦を巻くハリケーンとそれにまといつく稲妻。
 無数に転がる瓦礫と屍の中に一つ、足元に、見知った形。
 指が小さく震え、僅かにガラスを鳴らした。

「スタースクリーム?」
「……遠い、地獄のような星で、いつの間にか死んでるんだ。いつの間にか、私の知らない間に、知らないところで。探査に降りたのか、なにか報告でも受けたのか。たまたま降りた星で、たまたま見つける。だがもうどうしようもない。かろうじて誰かは分かるが、遺骸というより、残骸だ。劣化しすぎて、破片一つも摘めない。粉々になる。部下に呼ばれて、去ることにする。諦めるより他にない。だが、―――そこから先は、"永遠"だ」
「永遠?」
「もう永遠に、会うことはできない。待っていても帰って来ない。もう二度と……永遠に」
「スタースクリーム」
「夢は夢だ。分かっている。だが、いつかきっとそうなる。いつかきっと、本当にそうなるんだ。いつか、……帰って来ないときが来る」
 尖った指先がガラスを掻いて、固く握りしめられた。

 しかし、弱さも恐れも、垣間見せたのは一瞬。
 その手が強くガラスを叩く。ブラックアウトがその音に瞠目する。拳の下、強化ガラスは蜘蛛の巣のようにひび割れて、白く濁っていた。
「だから」
 言いながら、スタースクリームはブラックアウトを振り返った。
「その前に連れ戻す。ただそれだけだ」
 と。

「……分かった」
 ブラックアウトにはそれしか言えなかった。なにをどう言っても、どんなことを言ったとしても、そんなことで変わる思いなら、こうして噴き出すこともない。だからもう、なにを言っても無駄なのだ。
「正式に辞令として出せばいい。俺は承認する。おまえの護衛。それでいいだろう。百万の敵を退けてきた闘犬が番犬になるなら、これほど心強いこともない」
「ブラックアウト」
「ただし本人の説得は自分でしてくれ。それから、連れて歩くなら首輪とリードは用意しろ。言っておくがこいつの評判は最悪だ。こんなのがおまえにくっついて基地をうろうろするとなったら、皆気が気じゃない」
「そこまで言うか」
「事実だ。下手をすれば、おまえの正気まで疑われるぞ」
「ふむ。だが上手くすれば、最悪の闘犬を番犬にできるその事実が、私の力を裏付けることになる」
「あくどいな」
「かもしれん。だがいい。それでも」
 スタースクリームは首を巡らせて処置室を見やる。
 あとはもうなにも言わなかった。

 分かったともう一度言い、ブラックアウトはスタースクリームに、すぐに本部へ戻るよう進言した。
「バリケードのことは俺が見ておく。まったく、厄介ごとだけ増やしに来たな」
「すまん。だが、頼む。それから、意識が戻ったらちゃんと引き止めておいてくれよ」
「分かってる」
 ブラックアウトが請け負うと、スタースクリームは来たときよりは軽快な足取りで歩き去った。
 一人になったブラックアウトは横目にバリケードを見やる。
「……だ、そうだ。―――聞こえているんだろう?」
 蒼いゼリーのほんの一部が赤くほのかに光る。
「まったく、二人してとことん馬鹿ばかりやってくれる。だがそのおかげで、馬鹿の仲間入りは御免だと思えたのは幸いだったか。……いい。分からないならそれで。……鈍感なおまえはともかく、スタースクリームがさっぱり気付かんのには呆れたが、もう昔の話だ。せいぜい、守り通して生き延びて、―――幸せだと思える時間くらい、二人で作れ。もう十分だろう。おまえも、あいつも」
 理解不能を示すように瞬く光に苦笑して、ブラックアウトはコントロールルームを出た。

 

(The end, and start from here)


 当初は2話完結……1話完結の予定だったこのシリーズですが、結局3話目が出てきました。
 結局ブラットさんは理解者です。
 もうこりゃ駄目だと思って諦めた後、自分なりの生き方みたいなものを見つけて納得していると思います。案外、芯のしっかりした優しい女性でも見つけて結婚(みたいな関係性)してるような気も。(そもそも機械生命で生殖もないので、恋人や伴侶が異性か同性かにはあまり意味がないパラレル設定)

 鈍感ではないはずのスタースクリームは、気付いていて気付かないふりをしているとか、すまんと詫びてそれでも譲れないとかではなく、まったく気付かなかった設定です。それくらい盲目的に一人しか見ていないので……。
 なんかもう、ホントに馬鹿二人。

 4話目があるかどうかは、オールスパークのみぞ知るというところで……。