スタースぷちーム

 

 メガトロンの護衛、すなわち軍部顧問の護衛というのは、実は仕事がない。
 本人は相談役でしかないから実に気儘に過ごしているし、請け負うのは主に助言である。部屋から出ることもほとんどない。それで普段なにをしているかと言えば、セイバートロン星末期の混乱で、散り散りになってしまった記録の整理なのだから、ますます隠居じみている。
 冷静に考えれば、そんな存在に護衛など必要などない。もちろん、有事の際に盾となって守る者はあったほうがいいだろうが、正直なところ、メガトロンは戦闘能力においても圧倒的で、戦って勝てる者など数人いるかどうかだ。
 よって、バリケードもまた、どうしようもないほど暇だった。
 暇ですることと言ったら、結局はちょっとしたお遣いと、その際に聞き出す雑用くらいのものである。(さもなければメガトロンに構われているくらいのものだ)

 しかし、とバリケードは考える。
 今もってあまり協調性のない自分は、まさに「有事」の際以外には、どんな部署でも使いづらいタイプである。上に立って部下を持つのはもちろん、誰かの下についても、うまく使える者は限られている。それに今は、少ない人数でできるだけ効率的に動き、いかなる危機にも対応できるようにしなければならない。とすると、より相応しい者がいるのであれば、その者がそのポジションにつくべきだ。
 つまり、「使えない」か「使いづらい」自分は、組織の中にいるよりも、少し抜けた位置のほうが扱いやすいのだろう。だとすると、プライマリー・エリアに常駐し、普段は人前に出ないというのは、悪くはない。もちろん、メガトロンの護衛の任についても、本当のその任務だけであれば、もっと相応しい者はいるのだろうが。

 ともあれ、その日バリケードは、まさにお遣いをしていた。
 スタークリームに資料を届けてくれと言われて、データメモリを渡されたのである。送信して送るには機密性が高く、容量も大きいらしい。
 そんな重要なものを簡単に放り投げて、「スタースクリームに届けてやってくれ」。それでいいのかと思うが、言っても仕方ない。
 運ぶ身としては、紛失したらどうしようかと、落ち着かないこと極まりなかった。

 スタースクリームは昔とほとんど変わらない。昔馴染の面々に"スタースクリーム様"と呼ばれるなど御免だと言って、これまでどおりに振る舞っている。
 機密性の高いデータを、部下の手で運ばせるのとデータ送信するのと、どっちがより安全かは分かっているだろうに。そう頭を抱えたスタースクリームは、
「おまえが退屈だろうと思って、わざわざ外に出る口実を作ったんだろうが」
 と理解は示したものの、いささか困った顔になる。
「どうも最近、メガトロン様も我が儘だからな。バリケード。もしメガトロン様のことでなにか困るようなことがあったら、俺に言えよ。一応これでも、命令権は持ってるんだからな」
 たぶん、そうやって我が儘に振り回されて困るのは、スタースクリームくらいのものだろうとバリケードは思う。
(俺は、その我が儘を聞くためにいるんだしな……)
 だから自分に関しては、今のところ問題はない。

 しかし、あまりにもエスカレートして本当に困ることがないとは言えないと思った。……ないとは、絶対に言えない。たしかにそのときには、スタースクリームになにか「命令」してもらうのがいいのだろう。
 スタースクリームがメガトロンに命令し、それに従わざるをえないというのは、少し面白い光景だ。
「ああ。そのときは頼む」
「任せておけ。で、この後の予定は? すぐに戻って、それきりすることがないのであれば、俺からのデータも"わざわざ"持っていってもらうんだが」
「"わざわざ"持っていく必要がないなら、少し仕事でも探して回るつもりだ。案外、手が足りていないところはあるし、手伝いくらいなら俺でもできる」
「そうか。それなら、サウンドウェーブのところへ行ってやってくれないか? この間の接触事故で進路のアーカイヴがクラッシュして、復元に手間取ってるらしい」

 サウンドウェーブ。
 ここしばらく会ってない。最後に姿を見かけたのは、祝典の前だったような気がする。あまり会いたい相手ではないが、困っているなら手は貸してやりたいし、それに一応、また借りができた相手なのも間違いない。
 いつまでも顔を合わせないというのもありえない。
「分かった。覗いてくる。が、その前に、本当に人手がほしいのか確認してくれないか。不要だと追い出されるのも虚しい」
「ん? そうか。分かった。少し待て」
 スタースクリームはデスク上のパネルに触れて、サウンドウェーブをコールする。バリケードの手があいているそうだから手伝ってもらったらどうだ、という問いに、少しだけ間があって、
『寄越してください』
 と返事があった。
 やはり行くことになるらしい。本当は少し、必要ないという返事を期待していたのだが。

 執務室を出ると、まっすぐな長い通路を、前からブロウルが歩いてきた。
 彼は相変わらずボーンクラッシャーの傍らで、補佐、というか雑用に徹している。
 ブロウルは生まれて間もなく完全に外界からシャットアウトされ、そのために発達が進まず、むしろ退化してしまったという話である。柔軟な生まれであるネイティブが、10万年を経ても愚鈍なままとは。初期の数百年が一生に及ぼす影響というのは、たとえネイティブであれ小さくはないのだろう。
 だが、ブロウルはそれで特に不幸そうではない。悲しいことがあれば悲しそうになるし、むっとしたような様子を見せることもある。それなら、楽しそうにしているのは、楽しいからなのだろう。
「よう、バリケード。げんきか?」
 ボーンクラッシャーによく似た口調で(ただしボーンクラッシャーは決して、バリケードに愛想良く話しかけることはない)、すれ違いざまに言われる。
「ああ、元気だ」
 答えると、
「そうかぁ。よかったぁ」
 これは誰にも似ない、少し間延びした声で言われ、にっこりと笑った。

 ところで、この通路は長い。防衛上の必要性で、こうなっている。
 バリケードがエレベーターに辿り着いたとき、ブロウルは用事を済ませすぐ後ろにまで来ていた。
 乗るのだろうと思ってドアを開けて待っていると、どたばたと駆け込んでくる。
 希望の階層は下層の技術部なので、このままボーンクラッシャーのところへ戻るのだろう。バリケードは1階層下ってすぐに降りなければならない。
 ワンフロアだけ降りたエレベーターが停止し、
「じゃあな」
 バリケードが静まり返ったフロアに出ると、
「あぁ、そうだ。バリケード」
 後ろからブロウルに呼び止められた。なにかと思って振り返る。すると、
「ここ、よごれてるぞ。メガトロンさまのおそばにいるのに、だらしないのはダメだ。きれいにし」
 ドアを開けておく、という知能のないブロウルの言葉は、途中でドアに遮られて消えた。

 ここ、と言ってブロウルは、自分の腿の横、少し後ろあたりに触れていた。
 どこだろうと思って体をひねり、バリケードは一瞬、ハングしそうになった。ネメシスの艦内マップを思い出し、すぐ傍の資料室に飛び込む。
 立っていられなくて、座り込んだ。それくらい、平静ではいられなかった。
 理由は、そこに残っていたのが、白く乾いた冷却液の痕だったからだった。

 他に誰かとすれ違わなかったかと思い返す。
 大丈夫だ。プライマリー・エリアは艦の後方最上部で、よほどの用がないかぎり誰も来ない。そして、メガトロンの居室から司令官の執務室までは、直通の連絡路がある。
 ブロウルの他に会ったとなると、……スタータクリーム。
(ちょっと待て。ブロウルがこまかいことに気付くのは珍しいし、スタースクリームが気付かないのも珍しいとしたら……)
 これは、ブロウルが見つけたのではないのではないか? もしその推測が当たっていると仮定して考えた場合、このことについてその場で言わなかったということは……。
(―――もしかしてあいつ……気付いてるのか?)
 メガトロンが何故、事実上は不要であるはずの護衛など必要とし、誰を置くか指定した理由。何故、なんのために、どういう目的で。

 どうしようとたっぷり30秒は迷い、バリケードは思い切って、スタースクリームに通信した。
『どうした?』
「いや……」
 沈黙。
 沈黙の沈黙。
『―――もう少し身仕舞いには気をつけろ』
(やっぱり……っ)
 バリケードは座ったまま頭を抱え込んだ。

「い……いつから……」
『地球にいたときからだ』
「どうして」
『なんとなくだな。そう思って見ていれば、確信するに足る要素はいくつもあった。心配するな。気付いていたとしたら、俺とサウンドウェーブくらいのものだろう。それから、今からでも遅くない。感謝してくれていいぞ。これでもけっこう、隠蔽には協力してたんだ』
「う……」
『それでおまえもメガトロン様も幸せなら口を出すつもりはないし、誰に言うつもりもない。ただ、……そういうのを見つけると、さすがに俺でもな。あんまりリアルな想像をさせるな』
「リ……っ!?」
 なにをどう想像したというのか。
「……ス、すマ、ん……」
『いいから、もう少し後始末には気を使え。それから、……正直、あの部屋に入ると甘ったるい匂いが鼻についてたまらん。もう少ししっかりと換気するようにしてくれ。俺くらいしか行かないにしてもな』
 もう言葉も出ない。まともに顔を見られない相手がまた一人増えた気がした。

 しかしスタースクリームにとっては、もうだいぶ前から勘付いて、いろいろと心配もしてきたことらしい。彼はむしろ厳しい口調になる。
『いいか、バリケード。あんまり無茶なことを要求されたら、ちゃんと拒むんだぞ。あの人の我が儘に全部付き合っていたら、それこそ体がもたんだろう。駄目なことは駄目、嫌なことは嫌、無理なことは無理。言っても聞いてもらえないなら、俺がなんとかしてやる』
 もしかして、さっきの「困ったことがあれば言え」は、こういうことを示していたのだろうか。
 穴があったら入りたい気分で、バリケードはスタースクリームが更になにか言いかけるのを、
「分かった感謝するだがたぶん大丈夫だからちょっとほっといてくれすまんじゃあ」
 早口に遮って、通信を切った。

 

(やっぱりスタスクは苦労性)


 メガ様編ぷち、その2はスタースクリームさん。
 いやー、服がないって大変ですね!

 最初は、ブロウルに「よごれてる」と言われてうろたえるだけでした。
 しかし気がつけばこうなりました。