ぷちっとアウト

 

 B級ドローンに「心」などないと人は言う。
 だがブラックアウトは、そんなことはないと思っている。
 こうしてスコルポノックのメンテナンスをしていると、嬉しそうであるし、気持ちよさそうだったり、あるいは少し嫌がることもあるように感じるのだ。心がなく、感情もなく、ただ知能があるだけであれば、重火器の手入れをしているときのように、なにも感じないのではないだろうか。
 スコルポノックは今、ブラックアウトの膝の上に寝そべって、気持ちよさそうな様子でじっとしている。
 こういった作業をシステムに代行させる持ち主もいるが、ブラックアウトは極力、自分の手ですることにしていた。それも、少なくとも自分のスコルポノックには、心のようなものがあると思うからだ。ならば、自分でできることであれば、してやったほうが嬉しいのではないだろうか。

 物好きな、という目で見られることは知っている。だからいつもは与えられた自室で行うのだが、あいにく今は同室のサイドウェイズが不調で、医師がついている状態だ。先日の小競り合いで受けた傷から悪質な粘菌が入り込み、少し厄介な感染症を引き起こしてしまったらしい。ブラックアウトの免疫機構にとっては問題がなかったが、スコルポノックは別であるし、巨体のブラックアウトがそこにいると、なにかと邪魔にもなる。
 そこで仕方なく、共有フロアのベンチに腰掛けて、その上にスコルポノックを置いていた。
 この甲殻虫型ドローンも、今朝になって不調を訴えてきた。スキャンすると、特に粘菌に感染しているということはなかったが、腹側に小さいがはっきりとした陥没痕があった。そこで破損した外装が一部、内部に刺さってしまったようだった。

 これもおそらくは、先日の戦闘の傷だ。動いている間に破片が食い込んできたに違いない。
 ドローンはそれが機能に影響するまでなにも報告しないようにできている。
「痛かったら、これからはちゃんと言うんだぞ」
 そう言い聞かせても、スコルポノックはなにも答えない。
 ブラックアウトにも分かっている。彼等は「痛み」など持たないのだ。機能に問題が生じる破損であると判断するだけである。
 だが、違和感や異常は感知していたはずだ。それを「支障がない」というだけで黙っているのは、きっと平気ではあるまい。
 気づいてやれなかったことが悔やまれた。

 困ったのは、破損から日数が過ぎたがために、腹の傷がふさがってしまったことだった。今は外装の修復に入ってしまっており、傷のような開いた部分がない。
 技術部に修理を頼めば、腹を開いて取り除いてくれるのだろうが、ブラックアウトにはできるだけそうしたくない理由があった。
 そのため、装甲をはずしやすい背中側から取れないかと試みている。
 腹から入った破片は斜め横に移動し、脚の動きを司る駆動回路を圧迫している。位置的には、腹からでも背中からでも、同じような距離になる。
 しかしいかんせん、ブラックアウトの手は大きかったし、彼の持つ補助マニュピレーターは、高性能とは言えなかった。

「メンテナンスか。何故こんなところで」
 悪戦苦闘していると、声をかけられた。顔を上げたところに立っていたのはバリケードだった。
 普段はメガトロンの護衛ということで、プライマリーエリアに常駐するようになった仲間だ。だが大規模な戦闘や、少し厄介な相手に遭遇すれば、―――それでは「護衛」の意味がないような気もするのだが、前線に出てくる。しかし、戦況が落ち着いた時点で本来の職務に戻ったはずである。
「バリケード。おまえこそどうした。なにか用事でも言いつけられたのか?」
 そう問うと、
「ちょっとした遣いだ。で?」
「ああ」
 俺は、とブラックアウトは簡単に事情を説明した。
「また油断したんだろう」
 バリケードは呆れたように溜め息をつく。ブラックアウトは明言を避ける。サイドウェイズが油断から怪我をするのはいつものことで、今回もどうやらそのとおりのようだからだ。

「そんな奴のために、こんなところでメンテナンスか。破損が深刻なら、技師に見せたほうがよくないか」
「アラートレベルは低いから問題ない。ただ、駆動系の回路に食い込んで、左の6、7節目が動かないらしくてな」
 ブラックアウトはスコルポノックの"脚"の一本に軽く触れた。
 多脚型のドローンなので、脚が一本や二本動かなくても移動はできる。ただ、少し困っているのは事実だ。
「やっぱり、ラボに連れていったほうがいいのか……」
 そうするしかないのだろうか。
 しかしラボに連れて行くと、彼等は簡単に解体しようとする。解体して組み直すのだ。たしかに、そうすれば他の不備も見つかるし、最もベストな状態に修理はしてくれる。だが、スコルポノックを"生きている"ように思うブラックアウトにしてみると、それがどうしても苦手だった。

「なあ、バリケード。すぐ戻らないといけないんだろうが、少し頼まれてくれないか?」
 ラボに連れて行くのは、本当にどうしようもない破損や、あるいは緊急時だけにしたい。ブラックアウトはバリケードに、破片を摘み出してくれないかと頼んだ。
 バリケードは小型種族だから、そもそも手の大きさがブラックアウトの指ほどしかない。彼ならば、スコルポノックの外装さえ浮かせば、そこから腕を入れて届く可能性すらある。
「俺は構わんが、……内部を傷つける可能性もあるぞ」
「大丈夫だ。そんなに難しい場所じゃない。破片の位置はここだ」
 ブラックアウトはスコルポノックの躯体データを送信し、そこにマーキングを加えた。

 ブラックアウトが命令すると、スコルポノックは背中の外装を一部緩め、持ち上げる。
 しかし、そこに手を触れたのがブラックアウトではないと知ると、急に不安そうになった。
 大丈夫だ。ブラックアウトが言おうとすると、
「傷つけたりはしない。たぶん。だから、安心しろ」
 バリケードがそう言って、あいている手で軽くスコルポノックの頭に触れた。

 緻密な作業はバリケードの得意とするところである。彼は難なくスコルポノックの中から小さな破片を掴み出した。
 異物がなくなったスコルポノックは、確かめるように脚を動かす。回路の修復は始まったばかりだが、ほとんど引きずるだけだった最前までとは違い、脚を曲げることができるようになっていた。
 そして、バリケードを見る。見ろと命令はしていない。ただの状況探査だと言う者もいるだろう。だが、じっとバリケードを見るのは、感謝を伝えたいのではないだろうか。
「気にするな。できるからやっただけだ」
 視線に気付いたバリケードが言うと、スコルポノックは納得したのかなんなのか、頭部を自然な位置に戻して、再びブラックアウトの膝の上でじっと動かなくなった。

「……こいつに、話しかけてくれるんだな」
 言おうかどうしようか迷って、ブラックアウトはそう呟いた。
「あ?」
「いや、だって、話しかけない奴のほうが多いだろ?」
「ああ」
「少し、意外だった」
「……そうか。そうかもな」
「嬉しいよ。その……こいつを"生きている"と思うのとは、違うのかもしれないが」

 たとえ生物のような形をしていても、命令に従って動くだけの道具だと思う者がほとんどだ。そして壊れればすぐに取り替えたり、性能が気に食わなければ廃棄したりする。ドローンは道具なのだから、それが本来の使い方だ。ブラックアウトにも、それはよく分かっている。
 だがブラックアウトにとってスコルポノックは、パートナーだ。A級ドローンと同じように、どんなにささやかでも意志や感情を持っているように思えてならない。ほんの少しだとしても、B級ドローンたちも生きている。生きているんじゃないかと、ブラックアウトは思う。
 バリケードがスコルポノックに言葉をかけたのは、そういう感覚とは違うのだろう。だがそれでも、不安になったり安心したりするモノだと思ってくれるだけでも、なにか嬉しいのだ。

 だがバリケードの答えは、
「なに言ってる。……こいつ、生きてるんだろう?」
 あっさりと、更に意外だった。

「え?」
「スパークがなく、自己主張しなくても、おまえに声をかけられれば喜ぶし、俺が触ろうとすれば怖がる。生きてるんじゃないのか?」
「それは、そうだが……」
 それを人は、警戒解除、防衛反射だと言うのだ。喜びや恐れといった"感情"だとは決して言わない。ましてや"生きている"などとは。
 ブラックアウトは、そんな言葉をバリケードの口から聞いたことに驚いた。
「俺にはよく分からんが、道具として使えば、道具にしかならないんじゃないか。だがこいつはおまえに可愛がられて、大事にされて、"命"と同じように扱われて、だから―――それに応えて、生きてるんだろう」
 そしてバリケードは、今まで見たこともない、優しいような悲しいような顔をして、スコルポノックの背を撫でた。

 

「ブラックアウト。ここにいたか、すまんが少し手伝ってほし……ん? なんだ?」
 スタースクリームに呼びかけられ、ブラックアウトは顔を向けると、その口元で指を一本立てた。静かに、というこのジェスチャーは、人間たちから学び、今ではすっかり浸透している。
 ベンチのあるオブジェを回りこんできたスタースクリームは、ブラックアウトの傍を見て、半ば呆れたような吐息、ともすると溜め息を零した。
 膝の上にスコルポノック。そして、脇ではバリケードが寄りかかって眠っている。
「これはまた、珍しい光景だな。とりあえず記録しておこう」
「よせよ。きっと疲れてるんだろう。メガトロン様の傍にいるとなると、始終気を張りっぱなしだろうし」
「ん……、まあ、うん、そう……かも、な」
「だが、良かった。いろいろといい影響もあるみたいだし」
 スタースクリームは妙なノイズのようなものを零したが、
「仕方ない。急ぎでもないし、他を当たるか」
 と言って去っていった。

 

(善良すぎですブラットさん)


 メガ様編ぷち、その1はブラックアウトさん。
 脳内に最初からあったのは、一番最後の部分だけです。

 ぷちは、ホントに短いぷちいろいろと、少し長いぷちと、思いつくままに増殖するかと思います。