Birth defect 2

 

 倒れて担ぎ込まれるのと、自分から訪ねるのと、どっちがマシか。
 それを考える程度の余力はあって、バリケードは自分の意志で、ラチェットのいる医療ガレージを訪れた。
『今度はいったいなんだね』
 溜め息混じりの通信に、毎回すまないとは思うが
「頭が痛い。それに、時々記憶が欠損する」
 正直に答えると、シャッターが開いた。
「自分から来たことは評価しよう。入りなさい」
 少し薄暗くひんやりとしたガレージ内は、相変わらず整然としている。
 そして、正直なところほっとした。
 少なくともここならば、彼等ものこのこと現れたりはしないだろう。
 
「そこに掛けなさい。それで、頭が痛いだって?」
「ああ。考え慣れないことばかり考えているからだとは思うが」
「機能負荷、それとも回路の物理的な摩耗か……。まずはスキャンしてみよう。じっとして」
 ラチェットの手のスリットが開くと、組み込まれたスキャナが働く。うっすらと青い光で全身をざっとスキャンした後、濃い赤の透過性ポイントスキャナに変わる。
「たしかに、頭脳部がオーバーロード気味だな。そちらにメモリを費やしているために、自律神経の調整にも不具合が見られる。熱変換の効率も落ちているし……。調律用のデータで元には戻せるが」
 ラチェットはじっとバリケードを見ると、
「間違いなく考えすぎ、思考回路の酷使が原因だ。それをなんとかしないかぎり、また発症する。いったいなにをそんなにあれこれと考えているんだね?」
 言いたくないのであれば言う必要はないが、と付け加えて、ラチェットもまた椅子に腰掛けた。
 
 なにを考えているかと言われれば、あの二人のことだ。
 理解ができない。
 意味がよく分からない。
 どうしていいのかも分からない。
 どう接すればいいのかも分からなくなっている。
 二人とも、バリケードの困惑を察したのか最近はあまり寄ってこないのだが、それもそれで気になってしまうし、広くもない撮影所に仮寓していれば、つい鉢合わせてしまう。そういったとき、あの二人も困っているのが分かって、それもまたどうすればいいのかが分からない。
 そういった諸々のことをつい考えてしまい、頭は痛くなるし、負荷がかかりすぎるせいか、時々意識のない時間が発生するようになっている。
 しかし、それをどう言えと?
 
 バリケードが黙っていると、「言いたくない」と判断したのか、ラチェットは
「唯一の対処は、なにも考えずに済むように"寝る"ことだ。しかし根本的に解決したいのであれば、そうだな、一人で考えていて答えが出ないのであれば、誰かに相談してみるという選択肢もある。ブラックアウトあたりならば、要領のいい解決策を出してくれるかどうかはさておき、真剣に耳を傾けてくれるのではなないのかね。答えが欲しいのであれば、スタースクリームもいい相談相手だろう」
 よりにもよって。
 バリケードは出てきた二つの名前に硬直する。
 問題の核心がその二人なのだから、相談できるわけがないではないか。
 たぶん、それは態度に出ていたのだろう。ラチェットは少し考えて、
「それ以外となると……」
 と顎のあたりに手をやり、視線を宙に向けた。
「メガトロン殿では、解決はしてくれるとしても相談がしにくいか。サウンドウェーブの答えは微妙に見当違いになりそうな気もするし……」
 次から次と思い浮かべて、誰ならいいか考えているらしい。
「オプティマス……は、やめておいたほうがいいな。全力で取り組んでくれるのはいいが、たいてい空回りする」
 プライムにまで×をつけて、ラチェットは難しい顔で腕を組んだ。
 
 相談という手段なら、バリケードも考えはした。
 うまく話せるかどうかは分からないが、とにかく誰か、それでも話を聞いて、答えを探してくれそうな相手。
 この問題があの二人に絡んでいないなら、とりあえずブラックアウトに聞いてだけでももらうか、スタースクリームに知恵を借りる。そう、それは間違いない。他のメンバーはすべてなんらかの理由で却下した。メガトロンを些事で煩わせられるかとか、フレンジーは面白がりかねないとか。
 ディセプティコンの中に誰も見つからなかったので、あまり馴染みはないがサイバトロンサイドの者まで考えた。しかし、そもそも彼等との接点がない。これまでほとんど話したこともないような相手ばかりだ。それに突然話しかけて言うなど、そもそもが無理である。しかも内容は、あまり人に言いたいことでもない。
 唯一の頼みはジェットファイアだった。あの老人は政府関係者でも軍人でもないが、特にこだわりなくそのどちらとも親交がある。なにより年の功で知恵もあるだろう。他愛なく話題にしていいことかどうかの判断をいい加減にするようにも思えない。
 しかし、今は資源採掘場を探して宇宙に出ているのだ。それを呼び戻すのは、バリケード単独では不可能だった。よしんば可能であったとしても、こんなことで呼び戻していいとも思えないし、たとえ通信だろうと煩わせていいわけがない。
 消去法で全員にNGを出して、だから一人で考えるしかなかったのである。
 そしてもう機能に問題が出るようなになったから、ラチェットに相談に来たのだ。
 
 ―――ラチェット。
 相談しに来たのは不調についてだが……。
 この鹿爪らしい医師ならば、呆れはしても話はきちんと聞いてくれるのではないだろうか。
 
「それなら、あんたが聞いてくれ」
 そう言うと、ラチェットは驚いたように目のフレームを開いた。
「無理にとは言わない。なにかと忙しいのは分かってる」
「いや……私は構わないが、しかし、少し前に話したとおりだ。私はカウンセラー向きの性格はしていない。話を聞けばその内容、事実は理解できるだろう。しかし君の気持ちや感覚に同期するようなことは起こらない。正論だとしても、受け入れがたい提案をしかねないと思うが」
「それなら、聞いてくれるだけでもいい。俺には、まったく分からん。どうしていいのか」
「ふむ……。君よりは私のほうが思考の幅は広いか。分かった。私で良ければ話を聞こう」
「すまん。助かる」
 
 さて、どう言ったものか。
 そう迷ったが、どうせ上手い説明などできないのだ。分かっていること、思いついたことから一つずつ話すしかない。ラチェットならば、それを自分で整理して組み立てくれるだろう。
「困っているのは、あんたがさっき挙げた二人、ブラックアウトとスタースクリームのことだ」
「ふむ。あの二人が関わっているのだな」
「ああ」
 どうしようか。
 いきなり次の手が見つからなくなる。
 他に分かっていること。
「………………」
「話そうとしても考えざるをえない、か。たしかに私は忙しいが、締め切りに追われているわけではない。明日でも構わないことを、性分として、できるだけ早く片付けたいと思うだけだ。だから時間はある。早くなにか言おうとして、無理をすることはない。とりあえず、そうだな。少しリラックスしたほうがいいだろう」
 しばらく待っていなさい、と言ってラチェットはガレージを出ていった。
 
 戻ってきたときには、青いブルーの結晶が入った透明な器を持っていた。
「経口摂取型の安定剤だ。医薬品ではない。効果は高くない代わりに、体への負担も少ない。気休めと言えばそれまでだが、薬や外部措置で無理やり負荷を消すよりはいいだろう」
 一つつまみ上げて、ほとんど習性でスキャンする。成分はデータとして取得できるが、それをいちいち解析するのはやめた。ただでさえ頭が痛いのに、そんなことはしていられない。
「口に入れて、そのまましばらく置いておけばいい。温度で液化するから、少しずつ飲み込むようにな」
「分かった。……こんなもの、初めて見た」
 天井の明かりに透かすと、僅かに紫がかる。
 ラチェットは気軽に一つつまんで自分の口へと放り込んだ。
「当然だ。これは私が、つい千年ほど前に作ったものだ。バンブルビーのためにね」
「あいつの?」
「そうだ。あの子が喋れないのは知っているだろう」
「ああ」
「あれは機能的な損傷ではなく、心理的な問題なんだ。あまり詳しくは言わないでおくが」
「守秘義務があるんだろう。構わん」
「そんなに大袈裟なものではないがね。ともかく、そんなわけだから、これについてはアーク号にいた者しか知らないんだよ」
 そう聞いてやっと、バリケードはこれを取り込んでみる気になった。
 
 甘いのは、バンブルビーの好みだろうか。
 ラチェットは、無理に聞き出すよりは、適当な話題の中から切り口でも探そうと考えたのだろう。他愛ない近況を尋ねる。
 医師らしく、健康上のレポートを聞きとってまとめた後は、自由な時間の使い方。撮影にも関わらないし、負荷の高い運動は禁止している現在、それをちゃんと守っているのだとしたら、普段なにをして過ごしているのか。
 これまではサウンドウェーブの資料整理を手伝っていた。しかし最近は集中できず効率が落ちたため、「結構です。フレンジーに依頼します」とお払い箱になった。おかげでなにもすることがない。
「なるほど。それで、つい考えることにもなるということだな」
「なにかしていれば気が紛れるとは思うが……あの二人と、できるなら顔を合わせたくない」
「喧嘩でもしたのかね?」
 だったらはるかに簡単だろう。
「……逆だ」
 だから、困っている。
 
「逆?」
 非常に言いにくい。
 だが聞いてもらうなら今しかない。どんなに言いがたいことでも。
「―――ス……」
「す?」
「……と言われたんだ」
「? なんと言われたって?」
「……ス……」
「す?」
「………………、……好き……だと」
 言われた。
 どうにか言い切るとラチェットの目は光は普段の2倍くらいに大きくなり、見ていられなくてバリケードは顔を背けた。
 
「あー……」
 思わず零れる無意味な音。
「その"好き"というのは、同一組織に所属する者としての親愛表現ではなく、もう少し個人的、かつ限定的な意味だと受け取っていいのかね?」
「たぶん……」
 ブン、と唸るような音がラチェットの喉元から零れる。
「私に恋愛相談とは、ますます向かないと思うのだが」
「レン、アイ……?」
「その反応はどういう意味だ。まさか"恋愛"という言葉を知らないのか、言葉は知っているが縁遠すぎて認識しがたいだけなのか」
「……今ひとつ、よく分からん。言葉……言葉は、たぶん、知ってる。……たぶん」
「難儀な特殊仕様だな。だがなるほど。それでは分からないことばかりなのも無理はない」
 真顔を少し渋くして、ラチェットは腕を組み直した。
 
 そして急に。
「ちょっと待ちなさい」
「なんだ?」
「ブラックアウトと、スタースクリーム? 好きだと言われたというのは、二人からということか?」
「う……、ん……そう……そう、だ」
 スタースクリームに崖の洞窟に連れていかれたその翌日、ブラックアウトはわざわざやってきて、宣言していった。
「昨日のことは、スタースクリームから聞いた。俺も、おまえのことが好きだ。ちゃんと伝えておく」
 と。
「相談されたからには、せめて理解の助けにくらいなりたいが……」
 まさか三角関係とはな、とラチェットは付け加えた。
 
「ラチェット。聞いてもいいか?」
 バリケードは、今までずっとちらちらと頭の片隅に隠れていたものを一つ捕まえた。
 疑問だ。
「なにかね?」
「俺には、その"スキ"だとかいう感覚が、分からん。なにがどういうのが"スキ"なんだ?」
「………………」
 たっぷりとした沈黙の後、ラチェットは大きな溜め息をつき、
「難儀な」
 と呟いた。

 しかし一度相談に乗ると決めた以上、どこまでも誠実に考えてくれるらしい。
 ラチェットは少しだけ考えると、「そうだな」と独り合点する。
「ではこうしよう。なにか好きなモノ、あるいは好きなコト。そこから考えようか。どんなモノでも、コトでもいい。好きだと言える対象はないかね」
 スキなモノ、あるいはコト。
 バリケードは自分がよく関わる事物をピックアップする。
 最もよく関わってきたのは戦闘だが、アレはスキなのか? 自問してみる。答えは、微妙だ。
「スキの反対は、キライでいいのか?」
「愛の反対は無関心と言うが、好きの反対なら、嫌いでいいだろう」
 たとえば戦うことは嫌いではない。何年か前まではそれがないとどうにも落ち着かなかった。だが今は違う。それは「する」こと。ただそれだけのことだ。戦うのがスキ、という文脈にすると、外れているとは感じないが、違和感もある。あれは、あればするし、なければ困る。自分が生きていくために必要なもの。そのために渇望するもの。そういうものだ。
 バリケードは、一番"スキ"に合うのではないかと思うものが、いきなり合わなかったことに軽く戸惑った。

 では、他になにか関わっていること。
 映画の撮影。できるなら関わりたくない。だが嫌いかというと、別にどうでもいい。1作目を撮影していた頃は間違いなく嫌い、無意味で腹立たしいだけのものだった。だが今は、どうでもいい。やれと言われれば、仕方ないがやる。やらなくていいなら、やるつもりはない。敬遠はしたいが、嫌いというのとは違う気がする。もちろんスキというのとは遠く離れている。それは分かる。
 情報整理。やれと言われればやる。スキか? やれと言われるから、あるいは必要だからやる。やらなくていいならやらない。必要も依頼もないのであれば、わざわざやろうとは思わない。
(……必要はなく、指示されたわけでもないのに、自発的にしたいと思うこと、関わりたいと思うもの、か)
 それがスキということのような気がする。少しだけ前進した。
 だが、宇宙、地球、母星、船、海、植物、動物、人間、建物、映画作品、他情報ソース、音楽、絵……。連想式に次から次へとスキかどうかを考えてみる。すべて、必要であったり命じられるのであれば関わるが、そうでなければ、どうでもいいものばかりだった。

 スキ、というのがどういうことかは少し見えたが、合致するものがない。
 他にどんなモノ・コトがあるだろうか。
「ラチェット。あんたは、なにがスキなんだ?」
「私か? 私は、そうだな、研究に没頭できる時間は実に好ましい。理由はともかく、難しい患者を救うこと、これが達成されたときの感覚は好きだ。最近では読書が趣味、好きなことと言えるし、生態系や資源の調査も面白い。好きなことだな」
 ラチェットが言ったスキなこと。それに似たものはどうか考える。
 なにかに没頭する時間。戦闘、作業。集中することはあるが没頭はしないし、そういう時間そのものがスキ、……というのは、意味がよく分からない。自分の果たすべきことが果たされたときの達成感。ただ終わったというだけだ。なにかの調査。しようと思ったこともないが、やれと言われればやるだけのこと。
「………………」
「………………」
 
「バンブルビーは人と過ごすのが好きだし、ジャズは話すのが、というより、知識や意見を披露するのが好きなんだろうな。アイアンハイドは戦闘の手応えのようなものが好きだと、昔聞いた覚えがある。サイドスワイプは、彼も淡々としたタイプだが、自己研鑽が好きなんじゃないだろうか」
 人と過ごすのは気詰まりで、できれば遠慮したい。しかし別に、嫌いかと言われると、そうしろ、そうすべきだと言うなら、好悪で語るとではない。話すこと、知識を披露することは、そもそも無理だし、必要であれば伝えるだけである。戦闘の手応え。……敵を殺す感触。有機生物の感触は、スキではない。だが別に嫌いでもない。ただ、組織で手や体が汚れると、クリーニングするのが大変だ。自分たちと同じような金属、あるいは鉱物、結晶体などは、そういった不快感はないが、だからと言ってそれが壊れる感触がスキかと言われると、別にどうでもいい。こんな感触で壊れる、というだけだ。自己研鑽。訓練とかいったもの。やれと言われればやるし、その必要があるならそうする。
「………………」
「………………。難儀だな」
 ぽつりと、ラチェットが呟いた。
 
「"好き"というのは、つまり―――持っていなければどうしても欲しいと思うもの。持っていてももっと欲しいと思うもの。できるだけ多くの時間そうしていたいと思うこと。していると充実感を味わうことができ、その感覚をもっと得たい、感じていたいと思うようなこと。他者ならば、近くにいたいと思うこと、同じ空間で過ごしたいと思うこと、喜ばせたい、喜んでもらいたいと思う相手。悲しんでほしくないとか、苦しんでほしくないと思う相手。相手が喜んでいたり悲しんでいたりすると、自分まで嬉しいと感じたり悲しくなったりするような、シンパシーの生じる相手でもある、か」
「……あんたは、スキなモノ、コトはあるんだったな。人は?」
「それは、私には生じない感覚だ。口先で好悪を語ることはあるが、それは会話にスパイスとして加え、弾ませるためのものだ。医師が好き嫌いで患者を選ぶようなことは僅かでもあってはならないし、その感情のために技能に狂いが生じてもならない。仲間としての帰属欲求のようなものはあるし、その範疇であれば好意も持っているが、それ以上の好意、恋愛感情などは、おそらく発生しないだろう」

 であれば。
「……それがアドバンサーの特性なら、その点は俺も同じか」
「君が戦闘技能に特化しているとすると、私よりもなお発生しにくいだろうな。多少ならばともかく、期待された機能に障害が出るような大きな変化は、起こるまい」
 少しは変わることができる。実際にバリケード自身、自分の変化を感じている。
 だが、大きく変わることはない。
 持って生まれた能力、そのために生まれてきた目的を果たせなくなるようなことがあれば、アドバンサーはやはり機能停止する。
 当然、そうなるような変化は極力起こらないようになっているのだろう。
「それでも、君は現に変化している。以前ならば他人の希望が叶うかどうかなど、気にかけることはなかっただろう」
 ラチェットが言っているのは、先日のことだ。
「そう、だな。たぶん、そうだろう」
 今までのバリケードであれば、報告すべきことであれば報告するが、そうでなければ本人の問題だとすぐに関わることをやめたはずだ。だがあれだけ自分を助けようとしてくれるブラックアウトの、望むことが叶うのかどうか、叶うといいがと思うと、どうしても気になったのだ。

 叶うといい、と思うこと。
 叶うと分かれば―――良かった、と思った。
 前途は多難で、ラチェットとは違うタイプでも、たしかに優しくて皆に慕われる医師になりそうだと思ったとき、他人のことだが、なにか嬉しかったのではないか?
 ラチェットが言うように。
 他人の喜びを、嬉しいと思うこと。
(じゃあ、俺はブラックアウトがスキなのか……?)
 手がかりを得たように思った。
 だが自問した途端、"スキ"という得体の知れないものの向こうになにもかもが霞んでしまった。

「なにか、分かったことはあるかね?」
「……ブラックアウトが、望むように、医師になれないことはない、なら、……それは、良かったと思う。あいつは……いい奴だし、俺のことを助けてくれるし……、スタースクリームも、俺を助けてくれる……。感謝しているし……俺になにか、できることがあるなら、したいと思う……。だが……それは、感謝と……依存……? "スキ"……、"スキ"、は、違う……、違う……?」
 考えると、眼の奥あたりが鈍く痛んできた。
 漠然と思考を走らせていると気が遠くなるし、集中するとどこかがこうして強く痛む。
 そこで止まってしまう。
 そして、なにを考えていたのか、考えているのか、分からなくなる。
  視界が暗くなる。低い反響音のようなものが聞こえて、―――我に返ったときにはラチェットが立ち上がって脇に来て、肩に手をかけていた。
 
「そこまでだ。これ以上はやめよう。すまない。私ではうまく答えに導いてやれないようだ」
「ラチェット……」
「思考負荷がリセットされるまで別の話でもするか、それとも、少し眠るのもいいだろう。必要なら休眠措置を施してもいいが、どうする?」
 ラチェットの話をもう少し聞きたい気はしたが、それ以上に、なにも考えたくないと強く思った。
 バリケードが希望すると、ラチェットはガレージの奥にある寝台へ促した。
 ベッドの端に掛け、首周りのアーマーと、その下の基礎外装を外す。フレームの間に露出した頸背部の大型端末に、集合ケーブルを接続する。
 外部からコントロールする睡眠は深く、継続運転する機能は一般的なシステムダウン時以下になる。必要最低限のエネルギーとシステムのみを機能させ、残りはすべてアジャスターが受け持つ。必要な処理が終わり、設定された時間が来れば再起動の信号が発信され、目覚めるようになっている。
 これは完璧な医療措置だ。

「……結局、子供騙しの気休めじゃ、役に立たなかったか」
 大ごとになってしまったことを自嘲してバリケードが呟くと、
「すまない。もう少しなにか、見つけてやれると思ったのだが」
 ラチェットが相槌とは思えない、沈んだ調子の言葉を返す。
「あんたのせいじゃない。俺が厄介なだけだ」
 普通のオートボットなら当たり前に持っているような、好きだの嫌いだのという感情すら満足に備えていない。だからラチェットが苦労する。
 この馬鹿げた欠損。
 自分の存在意義、持って生まれてきた果たすべき目的のために必要なものだとしても、
(……"こんなの"でも、オートボットって言うのか? 俺は……)
「もう考えるな。さあ」
 計器が異様な波形を示し、ラチェットはすかさず割り込んで来てそっと肩を捉えた。

 だが考えるなと言われてやめられるのであれば、今までも自分でそう命じれば良かっただけだ。
 言葉になりそうな思考をどうにか押しとどめる。
 そこで、ぶつんと意識が断たれた。

 

(あれ、おかしいな……)


 

 ラブい展開はいったいどこへ……?

 なんだか予想外、予想以上に前途多難になってきた気配です。
 いろんな設定を小出しにしつつ、がんばれラチェット先生。こんなメンドくさい子、先生じゃなきゃカバーできませんよ。
 気がつけばだんだんと保護者になりつつあります。助けを求められると弱いんでしょうね。相手の痛みを擬似体験するようなことはないけれど、自分の痛みは分かるから、これに似たもの、あるいはもっと強いものを感じているのではないかと思うと、それも一種の疾病・負傷として、治してやりたいと思う。そんな感じで、良き理解者です。
 それにしても我ながら意外です。こんなにラチェットが絡むとは思っていませんでした。

 ディセプサイドの医者が、リベンジに出てきただけでどうなったかも分からないし、セイバートロン人なのかドローンなのかも分からないスカルペルだというのが問題なんでしょう。だからどうしても「医師」としてはっきり存在しているラチェットに頼ることに。
 でも、ディセプサイドばっかりで話が進まず、サイバトロンサイドも出せるので、これで良かったかなと思います。
 まあ、実はショッキー(ショックウェーブ)を、実際には科学者兼医者だけどかなりマッドなのでみんなから敬遠されている、という設定で思いついていたりするのですが、あまりにも困った人なので、映画の撮影が終わったらネメシスに送り返されています(笑) おかげで今は向こうの作業員やサンクラたちが振り回され引っ掻き回され、えらい目に遭ってます。がんばれ。

 そんな話で軽く和ませつつ、……この後どうなるのかは、作者も知りません。閃くまま、思いつくままです。
 スタスク編があまりにもイレギュラーな設定・展開になってしまった以上、「本編の一番真っ当な続き」はこれかなと思うのもあります。
 なにやらダークな考えになりつつあるバリたん。
 とりあえず次は、ラチェットが二人にお説教に行くお話かなぁ……。悪いことをしているわけじゃないけど、特殊な機能バランスになっているんだから、処理の難しいことをやらせるんじゃない、と。
 それを通して、ラチェット先生にもなにか新しい知恵や思いをあげられたらなと思ってます。