Never Known

 

 遺棄された巨大なデパートの地下には、彼等が身を隠すのに丁度いい地下駐車場があった。
 手が足りない上に資材もない現状では、まともな防衛設備は築きようがない。できるだけそのまま使える場所を利用するしかなかった。
 ここには大型種族の者が出入りできる広い開口部があり、4層構造の地下をぶち抜けば、彼等がロボットモードに戻れるだけの高さも確保できる。それでいて、地下であることから探知もされにくいのは大きな利点だ。
 人間の街の一隅だというのは気掛かりだが、幸いここはまるごと見捨てられた郊外地区で、ゴーストタウンのような様相を呈している。あと10マイルも行けばにぎやかな都市があるとは思えないほどだ。

 バリケードはその地下最下層で、ブラックアウトが偵察から帰って来るのを待っていた。街中ならば乗用車サイズのバリケードのほうが動きやすいが、遠方や海上を探るには、ブラックアウトが適任である。
 やがて低いローター音が近づいてきた。人間には到底不可能な緻密な制動で地表1階の駐車場入り口をくぐり、抜けた床からゆっくりと下降してくる。そして着陸と前後してロボットモードにトランスフォームした。
 ペイブロウの姿のときからまる分かりだったが、ずいぶんと剣呑な様子である。
「どうした。なにか厄介ごとでも起こったか」
 問うと、むっつりとした声で
「いや。なにも」
 と答えられる。
「それならなんでそんな不機嫌なツラしてる」
「……スタースクリームから通信があった」
 唸るような低い声で言われた言葉に、バリケードは「またか」と思った。犬猿の仲を承知で、スタースクリームは時折、あえてブラックアウトに通信する。目的は、ブラックアウトを苛立たせ隙を作ることだ。
「で、なんだって?」
「オールスパークは探しているのか、メガトロン様の居所は少しは検討がついたのか、預けたルーキーはどうしているか……」
「で、どう答えた」
「知らんと言って切ってやった」
「上出来だ」
 売り言葉に買い言葉で喧嘩して、重要な情報を洩らされるよりは、はるかにいい。

 バリケードが頼んでおいた状況探査は、特に問題なし、変化もないとのことだった。
 それにしてもブラックアウトはいつまでもイライラと、険しい顔をしている。
「スタースクリームが不愉快なのはいつものことだろう。いちいち目くじら立ててどうする。いい加減慣れろ」
 バリケードは左足に体重をかけ、腕を組む。そして軽く首を傾げた。
 ブラックアウトは
「しかし」
 と反論する。
「スタースクリームの奴だけならまだしも、あのガキ、いったいいつまで使うつもりだ。この間も調査を命じたのとは別の場所で見かけたぞ。スタースクリームの息がかかった奴など、とっとと……」
 言いかける口元をなにかが強く弾く。バリケードの指先だけが、腕の上からブラックアウトの顔に向いていた。その指先にあった小さな穴がシュリンクして消える。
「撃つな」
「だったら感情に任せてくだらんことを言うな。まあ、あの小僧のことは俺に任せおけ。悪いようにはせん」
「ふん。手を噛まれて後悔しなければいいがな」
「なんだ、えらく突っかかるじゃないか」
 バリケードの言葉に、ブラックアウトはしかめた顔を横へ背けた。

 分かりやすい奴だ、とバリケードは小さく笑う。
「見られてた、か」
「……見せつけたんだろう」
「いいや。おまえがいるとは気付いてなかった」
 三日ほど前、言いつけた仕事を片付けて戻ってきたルーキーに、ちょっとした褒美をやった。ずいぶん手際が良く、感心したのだ。
 たまには褒美でもやるかと言って、どう反応するか悪戯半分に顔を近づけたら、逃げなかった。目を明滅させて慌てはしたが、おとなしくしていた。嫌悪を我慢している様子ではなかったので、面白くなって少し接続し遊んでやったら、最後には立っていらなくなり座り込んでいた。

 あのルーキーは、バリケードにとっては「一所懸命ついてくる犬」だ。スタースクリームの部下だとしても、その上司に信頼や忠義を感じているわけでもない。
「そう怒るな。少し遊んでやっただけだ。それに、手懐けておいて損はない」
 ブラックアウトは答えない。しかし、「手懐けるのが目的なら他に方法があるだろう」と言いたいらしいことはよく分かった。
「ブラックアウト」
「うるさい」
「拗ねるな。おまえとはもっといろいろとしてるだろうが」
「そういう問題じゃない」
 やれやれ、とバリケードは首を振った。

「今は"やるべきこと"にフォーカスしろ。メガトロン様の居所を突き止めるのが最優先事項だ」
「……了解」
 メガトロンの名は、ブラックアウトにとっては劇薬だ。その名を出せば、彼はどんな反論もしなくなる。しかし、伝家の宝刀は切れ味の分、不快な痛みを残すのも事実。
 もっとも、今の場合は「"やるべきこと"などと言うなら、あいつに手を出すのも余計なことだ」と言いたいのもあるだろう。
(スタースクリームのペットで、俺のお気に入り、か。だとしたら、相当気に食わんだろうな)
 バリケードは思わず笑ってしまった。
「なんだ」
 ブラックアウトが不機嫌に睨む。
「いや。おまえにとっちゃ、あのルーキーはますます気に入らん相手になったんだろうと思ってな」
「………………」
「だがあれはいい犬だ。スタースクリームはいずれボロを出す。そのときにすぐ引き込めるよう関係を維持する必要がある。気に入らんとしても、トラブルは起こすな」
「分かってる。何度も言うな」
 吐き捨てて、ブラックアウトは大股に歩き出した。

 駐車場の奥、仮設ドックへとその背が消えて、バリケードは小さく溜め息をついた。
 ブラックアウトの執着は心地好い。だが時に煩わしいことがないわけでもない。それでも鬱陶しさに勝る心地良さのために、少しばかり手間をかけてでも維持したいと思ってきた。それは今も変わらない。
 だから、もう少し待て、と思う。
 バリケードにとって現状は、ブラックアウトやブロウルたちが見ているよりももう少し複雑だった。ルーキーに手を出したのも、半分は気まぐれ、単なる好奇心だが、半分は計算、今後の布石だった。

 ブラックアウトらに言えば無駄に感情をヒートアップさせるだけだと隠しているが、ショックウェーブに探りを入れたところ、スタースクリームは本星のほうにもあれこれ手を回し、独自に配下を組織しているらしい。
 オールスパークが失われ、メガトロンがそれを追って消息を絶って以来、スタースクリームは何度も、メガトロンを廃して自分がトップに立とうとしてきた。だがこれまでのものはすべて、隙をつき、合間を縫うようなやり方だった。メガトロンはもう死亡している、見つかる見込みはないとして、皆を諦めさせようとするだけだった。
 この太陽系に接近したときにも、そういった誤魔化しは試みている。
 だがメガトロンがこの地球という星にいると判明して以来、スタースクリームはいかにしてメガトロンを殺し、オールスパークを手に入れるかを考えているようだ。セイバートロン本星にまで手を伸ばしている以上、眼前の目的を達成した後のことまで考慮していると見ていい。つまり、本気なのだ。
 セイバートロンのほうはショックウェーブに任せておけば問題ないとして、この地球で起こるのは、小競り合いでは済まない可能性もある。
 スタースクリームが真っ向から敵に回るのであれば、戦力差は大きいほうがいい。ルーキーを引き入れることには、スタースクリームの手を減らしこちらの手を増やす、一石二鳥の利があった。

 更に言えば、もう一つ懸念があった。
 メガトロンを解放することは目下の最優先事項として異論はない。ただし、それを「どう」行うかもまた問題なのだ。

 バリケードはメガトロンの復活そのものを目指しているわけではない。
 必要なのは、適度な庇護者だ。オートボットの敵に回った以上、奴等からどうやって身を守るかを考えねばならない。そのためには強力な支配者のもとで、目的を共有し戦力を結集させておく必要があるのである。
 その「取りまとめ役」というポジションにメガトロンがいるに過ぎない。
 だがメガトロンは諸刃の刃だった。くだらない戒律に隷属した世界を、その守護者を自認する輩ごと破壊しうる強大な存在ではあるが、同時に、ほんの小さなことで、消されるのが自分にならないとは限らない。
 庇護者と呼ぶには危険すぎるのである。

 メガトロンが良き庇護者であるのは、己の有用性を証明できる場合のみ。有能な者には挽回のチャンスも与え、威圧しつつも寛大に使うが、ゴミだと判断されればその瞬間にどうなるかは分からない。捨て駒として使われるか、虫の居所が悪ければその場で殺されることもある。
 ブラックアウトのように、私心のない「道具」としての価値によって認められている者はいい。だがバリケードはそうではない。メガトロンもそれを承知でいる。私心を持って自分の意志で動くのであれば、相応の成果を献上しなければならない。
 スタースクリームが敵対し、周囲には「道具」として生きる者しかいない以上、メガトロン解放とオールスパーク確保の作戦を立て、実行し、達成しなければならないのは自分なのだ。
 人間ごとき低級な下等生物に囚われていたとあっては、目覚めたときのメガトロンの不機嫌は相当なものだろう。そのときに不手際など知られようものならば、わざわざ殺されるために解放するようなものだ。
 もしスタースクリームがもう少しマシな存在であれば、奴と組んだだろうとバリケードは考えている。それくらいメガトロンは危険であるし、それよりわけが悪いと思うほどスタースクリームは最低の相手だった。

 バリケードは今、スタースクリームの牽制と、メガトロンへの証明を同時に行わなければならなくなっている。それは一つのことで達成されるが、そのためにやるべきことは二倍以上だ。
(……おまえが思ってるより、俺は必死なんだよ)
 バリケードはドックから漏れる光を見やり、肩を竦めた。

(続く)


 SSという体裁にするため、相当な量の記述を削りました…… orz
 ただでさえ後半は説明部分が多いのに、この上更に説明事項になっちゃどうしようもなかろうと。
 今後書くかどうか分からないので、メモも兼ねてここでその「削除部分」について語っておきます。

◆ なんでそこまでスタースクリームが嫌いなのか
 ブラックアウトは単に「気に食わない」「不愉快だ」という感情がメインで、なにがどうだからとかあまり考えてません。
 バリケードがスタスクを最低の相手だと思っているのは、ゲーム中でバリケードが言う「弱い奴は自分の味方を敵に変える。だからディセプティコンは弱さを認めない」という台詞がらみです。
 過去設定として、バリケードはスタスクに裏切られて死にかけたことがあることになってます。作戦の完遂目前で、スタスクが味方の被害を承知で強行策をとり、そのために甚大な被害が出た、と。このあたりは、公式設定にある「手柄をとられたことを恨んでいる」に引っ掛けています。
 スタスクは、「待つくらいなら、今すぐ手に入る確実な結果を得る」ためにそうしたのですが、これをバリケードは奴の弱さゆえだと見ています。不安に耐えられず、失敗を受け止めた上で次の手を打って挽回する度量がない、と。だから完成度を上げたり、より大きな成果を得るためのプレッシャーやストレスに耐えることができない。プラス、他人に手柄を立てさせると自分の立場が相対的に弱くなるので、有能な奴ほど潰しておきたがる。
 とてもじゃないけれど、指揮官として仰ぐのも、仲間としてシビアな作戦に関わるのも耐えられない相手です。
 公式設定のように、自分の手柄にこだわるバリケードではありませんが、「道具」程度の頭の持ち主から見たらそう見えるのでしょう。面倒なのでいちいち訂正していません。
 というわけでスタスクのことは1ミリも信用しておらず、大嫌いですが、バリケードは現実的で冷静なので、利があるなら組みもするし、上っ面だけなら協力も利用もします。そのあたり、感情任せでいつも嫌い、一緒に動きたくないと思ってるブラックアウトとは大違いです。

◆ バリケードはルーキーをどう思ってるのか
 手を出したのはあくまでも遊びですし、もし作戦のために誰かを犠牲にしなければならないなら、それはこのルーキーだとも思っています。
 ルーキーが「大義」に従うタイプであることは分かっていて、懐かれると可愛いので、できれば生かしてこのまま部下にしたいとは思っています。しかし、既にある程度の実力が証明されているブラックアウトたちに比べれば、ルーキーは可能性は大きくてもまだまだ下位の存在。「有用性」というキーワードで語るならば、まだ十分には証明されていないのです。
 トカゲの尻尾として切れる場所に、できるだけインパクトのない存在を置いておきたい、というものすごく冷徹な計算も働いているのです。
 生き残れるかどうかは自分の実力次第。そういう位置に置かれても生き延びる力がなければ、ディセプティコンではやっていけないし。悪いなとは思いつつ、それが気に入らないなら実力で這い上がればいいだろう、とも。

◆ ルーキーはバリケードをどう思っているのか
 スタースクリームよりは圧倒的に信用できそうな、頼れる兄貴分。
 そろそろスタスクの胡散臭さに気づき始めていて、でもどっちが本当か、まだ分からなくておろおろ。それぞれの言うことを聞きながら、真実を見極めようとしている段階。
 「スタースクリームのペット」として一方的に嫌ってるブラックアウトと違い、バリケードはもっと冷静に接しているので、その分だけ近づきやすい、話しやすいとは感じていました。
 ブロウルらもそこそこ面倒は見てくれますけど、「道具」が「道具」に接してるので、育てるとかどう使うとかいう計算がなく、「やれと言われたから」「こうすりゃいいだろうから」程度の表面的なもの。その点バリケードは、後々の戦力として使うことも考えているため、もう少し面倒の見方がこまかいと思われます。有能で使える奴だな、という評価もありますし。
 それでちょっと可愛がられている分、わんわん、と。
 ちなみに本人も「遊ばれただけ」と分かってます。でも、遊んでもらえる程度には見られてるんだなぁと。自分から近寄ると軽くはね除けられそうなことは察しているので、そのあたりはちゃんと距離と節度を保ちそうです。

 こういう部分をごそっと削ってます。
 ともあれ、DS版アレンジのバリケードは、こんな感じです。
 現実的で計算高い人。忠義とか忠誠で動いているわけではなく、自分の利害で動いているだけです。
 オートボットの「正義」だ「秩序」だはムカつくし鬱陶しいし不愉快で嫌い。奴等の理念に従えない奴=悪党って、これじゃ思想の奴隷同然。そう思ってたところにメガトロンが現れて反旗を翻し、それならこっちについたほうがいい、とディセプティコンに加わっています。(ゲーム中の台詞で、「メガトロンがいなければおまえはオプティマスに盲従する惰弱なオートボットに過ぎなかった」というものがあります。ディセプティコンから見たオートボット=正義の狂信者集団、という認識・設定です)
 でも、メガトロンも暴君。おいおい勘弁してくれよ、みたいな。ただその中でどうやって生き残っていくかは考えて動けるし、動きやすいので満足してました。ハンターとして、狩りの計画立てて実行するのとかは単純に楽しくて好きで、それで我が身を守って楽しく生きていけるならいいやーと。
 メガトロンがいなくなってスタースクリームが上に立ち、実害がないなら、一応のまとめ役として従うこと自体を嫌だとは言わないけれど、いつ害をもたらされるかは分からないので、そのあたりの見極めは冷徹。感情だけで動いてしまうブラックアウトとは違います。
 前日譚小説にもそれなりに合致するような、ある種「スタンダード」なバリケード像になったのかもしれませんが、まあ、裏じゃどうしようもないか(笑