TF擬人化・ぷち

 

      「HERO」

 

 悲しくない。
 悔しくない。
 ……たとえ悲しくても悔しくても、こいつらを調子に乗らせるのは嫌だと、ただそれだけで必死にこらえた。
 だがいつものように皮肉を言うこともできなかったし、普段どおりに「それで?」などと言うこともできず、歯を食いしばって俯いているだけでも、充分に相手を楽しませているようだった。
 それでも、逃げたくない。弱みを見せれば、ますます付け込まれる。つけ上がらせる。
 でも、どうしよう?
 そんなときだった。
 スタースクリームの横をすっと通り抜けた誰かがいて、突然目の前で鈍い音と悲鳴が聞こえた。
 はっとして顔を上げると、すぐ目の前にいかつい肩があって、その肩越しに、床に倒れた相手の姿が見えた。
「な……なにすんだよ!」
「てめえ、うぜぇ。ムカつく」
 床から叫ぶ相手に、闖入者はいかにも不機嫌な低い声でそう告げた。

 馬鹿で、乱暴者で、下品で、脳天気で、いい加減で、全然空気読まないし、無神経、大雑把、面の皮の厚さは天下一品で、心臓にも剛毛が密集しているに違いない。
 それでも。
「おい、行こうぜ。こんなクソ相手にすんな」
 そう言って最初に助けてくれたあのときからずっと、本当に苦しいときやつらいとき、「元気出せ」とか「気にすんな」とか馬鹿でも言えそうななんの役にも立たない慰めばかり口にしながら、いつも傍にいてくれる。

「……じいちゃん……倒れた……。どうしよう……」
 そう電話すれば、
『今行く。家か? 病院か? どこの病院だ?』
 真夜中、電話に出た瞬間はあれほど不機嫌そうだったのに、すぐさましゃきっとして駆けつけてくれる。
 そしてやっぱり、
「大丈夫だ。絶対大丈夫だって。おまえのじいちゃん、超強ェじゃねぇか。だから絶対大丈夫だって」
 どんなに気の利かない馬鹿でも言えそうな慰めしか言わないが、しっかりと肩を抱いてくれるごつい手と同じくらい、それは一途で、まっすぐ揺るぎない。

 ボーンクラッシャーは本当に馬鹿だから。
「……でも、もしものときには、俺がおまえの面倒みてやる。心配すんな」
 こんなときに言うには最低最悪の台詞と、どうしてそんな台詞を合体させるのか。
 悲しいし怒りたいのにそうもいかず、
「もしもなんか、ないだろうがっ。絶対大丈夫なんだろ!? この馬鹿! 最低だおまえ……!」
 シャツを掴んで胸元に顔を押し付けると、自分の言った言葉のNG度に気付いたらしく、
「う……す、すまん……」
 謝ったって、許してやるものか。
 少し前までは、明日も仕事だろうから、もう少ししたら「もう大丈夫だから」と帰ってもらおうと思っていたが、それは取り消すことにした。

「大丈夫って、言っててくれよ、ずっと……。大丈夫って……」
「あ、ああ。大丈夫だ。絶対。うん。絶対大丈夫。もしもなんて、ないよな」
「うん……」
「大丈夫。すぐケロッとして、出てくる。違いない。絶対だ」
「うん……」
 本当に大丈夫だと分かるまで、離してやるもんか。
 そしてボーンクラッシャーは、
「なあ。少しだけ、いいか。うちに電話してくる。仕事、少し休みもらうからよ。おまえのじいちゃん出てくるまで、一緒にいてやる。だからな、少しだけ」
 本当に、ずっといてくれるのだ。

 困ったとき、本当につらいとき、悲しいとき、不安なとき。
 いつも傍にいて、助けてくれる。
 You're my hero, indeed.

 


 

      「素直になれば?」

 

 ブラックアウトの携帯電話に、小さなアイスクリームのストラップがついていた。そのアイスはトリプルで、一番上になっているストロベリーの横には、こねこが一匹、しがみついている。
(……可愛い……)
 サイドスワイプはそれを見て、つい、俺もほしいと思ってしまう。
 しかし、
「新しいストラップだな」
 と言う声は淡々としているし、
「ああ。昨日ゲーセンで取ってもらったんだ。可愛いだろ?」
 ブラックアウトがなんのてらいもなく嬉しそうに笑うのに、
「そうだな」
 とまるで人事のように。
 挙げ句、
「そうだ。もう一個あるんだ。いらないか?」
 せっかくそう言ってくれたのに、条件反射のように、
「いや、いい」
 なんて。それで
「あ……悪い。こういうの、趣味じゃないか」
 そんなことを言われてしまったら、どうしようもないではないか。

 本当は、すごく好きなのだ。
 可愛いもの。
 パステルカラー。
 小さいもの。
 丸くて柔らかいもの。
 甘いお菓子。
 しかし、人がサイドスワイプに似合う、きっと好きだろうと思うものはいつも逆。
 結局、アイスとこねこのストラップは、2本ともブラックアウトの携帯電話につけられることになった。
 サイドスワイプは、時々こっそり、未練がましくそれを見ている。

 


 

      「よそはよそ、うちはうちです」

 

「バリケード。風呂沸いたぞ」
 ブラックアウトに呼ばれ、着替えをとってバスルームへ行く。
 先にシャツを脱いでいるブラックアウトを見上げて、バリケードは少し気になっていることを訊いた。
「なあ」
「なんだ?」
「一緒に入るのが普通なのか? 入らないのが普通なのか?」
「……なんでそんなこと?」
「スタースクリームが」
 ブラックアウトは溜め息をつく。
 人付き合いというのもそれなりにできるようになって、ちょっと遊べる友達が増えたのはいいことだ。(ただし実はあまり嬉しくない) しかし、おかげで余計なことまでいろいろと覚えてくるようになったのは、少し困る。
「あいつが?」
「ボーンクラッシャーが一緒に入りたがって、鬱陶しいとか言ってたから。だから、普通は入らないのかって」
「そんな『普通』はいりません。よそはよそ、うちはうち。おまえは俺と入るの嫌なのか?」
「いや……。ラクだし」
 もちろん、頭も体も洗ってやるし、自分が一人で入るのにも少し大きく感じるくらいの湯船にしたから、バリケード一人だと広すぎる。その点、自分が下にいれば丁度いい広さと深さになる。
 ラクだからという理由でも、一緒に入って、触れていることを許してくれるならそれでいい。
 ブラックアウトにしてみれば、どうして「入らないほうが普通」なのかが分からない。結婚して夫婦になったら、恋しいと思う気持ちは消えるのが「普通」? そんな「普通」は、熨斗付けて叩き返したい。
「俺にしてみれば、なんで一緒に入りたいと思わないのか、そっちのほうが不思議だよ」
「……あいつら二人だと狭いからじゃないのか?」
 ああ、それもある。たしかにそれもあるかもしれないが。
 見当違いな答えを言う大切な伴侶を抱え上げて、ブラックアウトはバスルームのドアを開けた。

 


 

      「よりにもよって」

 

 110番だか911番だかは知らないが、緊急コールがあってサイドウェイズは渋々と受話器を取り上げた。
 「強盗が人質をとって立てこもってるみたいだ」という切迫した通報に、だからってもう少し落ち着いて喋れよと思うが、かろうじてそう言葉にはしない。ただ、相手にはそのやる気のない応答がバレてしまったらしく、突然キレられた。
 外に漏れるほど大きくなった声を聞きつけて、サイドスワイプが拳一発と引き替えに受話器を奪い取る。
 謝罪と、状況の確認。
 しかしその途中に、
『あれ……?』
 と通報相手が頓狂な声を出した。
「どうしました」
 尋ねると、
『いや……捕まったみたい。すげぇな、店の人』
 と言う。
 だからと言って事件は事件だ。
「確認しに向かいますので、住所か、あるいはだいたいの町名と、近くにある目印など教えてもらえますか」
 尋ねると、相手は「ああ」と言って、強盗が押し込んだらしい店の名前を告げた。

「行く必要ないっしょ」
 と言うサイドウェイズにもう一発お見舞いして、サイドスワイプはいつまでも幼稚な相棒を一睨みする。
 しかし、行く必要がないというのには、確かに同意しないでもない。
 むしろ同情すべきは強盗のほうか。よりにもよって、なんであの喫茶店に押しこむのか。
 しかも土曜夜。
 平日の昼間ならば店主とアルバイトくらいしかいないが、平日でも夕方以降と、週末は……。

 辿り着いてみると、視線のもたらすストレスだけで人を殺しかねない男に睨まれて、犯人たちは真っ青になっていた。
 サイドスワイプ(とサイドウェイズ)は、犯人に心底同情する。同情する余地などまったくない馬鹿な犯罪者なのは分かっているが、よりにもよって……。
 この店、週末の夜には「顔見知り」がよく利用しているのだ。
「よう、お疲れさん。今日は夜勤か?」
 と言ったのはアイアンハイドだった。その隣には、スタースクリームとボーンクラッシャーまでいる。
 サイドスワイプは心底思った。
 他にもう少しやりやすそうなタイミング、あるいは店があったろうに、なんでよりにもよってこの店に、彼等がいるときに、と。

 


 

      「First Stepを君と」

 

 一人でいた彼に、
「一緒に食べないか?」
 と声をかけた。
 後でいろいろ言われた。なんであんな奴にとか、怖くなかったかとか。
 たしかに、怖い噂はいろいろと聞いていた。すぐ怒るし怒れば手が出るし、睨まれるのが嫌だとかなんだとか。けれど実際に声をかけてみたら、別に睨まれるでもなく追い払われるでもなく、ただなにも答えなかったので勝手に、
「じゃあ」
 とその場で弁当を広げて、パンの袋が2つだけ丸めてあるから、
「食べるか?」
 と自分が作って持ってきた弁当の中から、おかずを少し分けてあげた。
 怖そう、と思わないわけではなかった。だがそんなことより強く思っていたのは、いつも一人でつまらなくないのかなということだったし、寂しくないのかなということだった。
 それ以来一度も、殴られたことはないし怒鳴られたこともない。睨まれることはあるけれど、それはたぶんこういう目付きだというだけで、怒って睨みつけているわけではないらしい。
 必要もないのにあいつに話しかける奴なんて他にはいない、というなら、話しかけたのも一緒に弁当を食べたのも、自分が一番最初なんだろう。

 それからなんとなく一緒にいるようになった。
 一人暮らししていると聞いて差し入れを持って行ったり、それで上がらせてもらった部屋が、なにもなくて汚れてはいないけれどどこか埃っぽかったので掃除をして、この本読んでみるかと貸してやったら感想一つもなく戻ってきたけれど。
 いつの間にか一緒にいることが多くなった。
 ある日遊びに、というか掃除をしに行ったとき、自分の気持ちに気付いた。
 好きだということに気付いたのが、切実な欲求を感じてからだというのもどうかと思う。すぐ近くにいる彼にどうしても触りたいと思ったのだ。
 アダルドビデオやその手の情報誌は他の友人たちから回ってきて見たことはあった。しかしフィクションとノンフィクションが違うだろうことくらいは分かっていた。つまり、実際にはどうすればいいのかがさっぱり分からなかった。
 だから馬鹿正直にド・ストレートに、
「キスしてもいいか?」
 と尋ねたら、初めて驚いた顔を見た。それから、困ったような顔。
 嫌ならしない、と言うと、
「したことない」
 だから、どうすればいいのか分からない、と。
 俺だってしたことないから分からないよ、と言いながら、たぶんこれでいいのかなと、おそるおそる唇を触れさせた。
 硬そうに見えるのにびっくりするほど柔らかくて、触れて抱きしめてみれば子供のように小さい体に妙にドキドキして、なんとなく本で読んだようにそっと唇を舐めてみると、くすぐったかったのだろうか。彼も自分の唇を舐めようとして、舌と舌が触れ合った。心臓が止まりそうなほどドキッとして、慌てて離れてしまった。

 キスの仕方がなんとなく分かるようになった頃には、自分からせっせと「セックスの仕方」なんてものを調べていた。世の中にそれがなければ誰も生まれて来ないのだから、当たり前のことのはずなのに、学生時分にはイヤラシイことのように感じられてならなかった。
 どうしようもなく恥ずかしく、まずいことをしているような気もしたが、傷つけたりしたくなかったし、なにも知らないで変なことをしたくもなかった。
 もちろん、学校で時々そういう話に巻き込まれたりしたことはある。だがそれはちょっと違った。武勇伝には興味ないのだ。そんなことより、本当に好きな彼女・彼氏とどうしたか、それを聞きたかった。あいにく、そういう真面目な交際をしている同級生とはそんな話をする機会がなかった。
 結局、初めてキスしたときと同じように、気の利いた言葉もなく伝えた。キスしたときと同じように、困った様子ではあったが拒まれはしなかった。
 初めて同じベッドで、ほとんど真っ暗にした中で、手探りに、なにも身にまとわない素肌に触れた。
 頭の中は感情と情報とこんがらがった思考とでいっぱいいっぱいだった。
 けれど、相手の鼓動も心配になるほど速くなっていることに気付いて、緊張してるのは自分だけじゃないんだと分かった。呼吸が浅く、時々詰まったりして乱れがちなのも、興奮しているとかではなく、不安だからかもしれない。そう思ったら急に、手順とかどうとかはどうでも良くなった。
「無理するの、やめよう」
 そう言って、その日はそのまま一緒に眠るだけにした。それくらいがそのときの自分たちにとって、なんの無理もなくできることで、安心して心地好いと思えることだったし、同じベッドで肌を合わせて眠るのも、なんとも言えないほど幸せで、満たされた気分だったのだ。

 自分たちなりに、したいこととしてほしいことをすり合わせながら、少しずつ。
 だから今も自分たちなりに、一緒に、お互いの「初めて」を経験し、乗り越えている。
 そして今日は、人生にそう何度もない、これっきり最初で最後になってほしい、大事なイベントの日だった。

 どうせ相手は一般的な常識など通じない相手なのだし、背伸びしても届かないほど大きな存在なのだから、中身のない外側だけ、大きく取り繕っても仕方ない。
 比べたられたらどんなにちっぽけかもしれないけれど、どんなものにも絶対に負けない自信のあるものはある。それを、正面からはっきりとぶつけるだけだ。
 それでも……
「髪、切ったほうがいいかな」
「何故」
「いや、長髪の男が嫌いな人って、けっこう多いし」
「……本人が長くてもか?」
「あ、そういえば」
「いい。……俺が気に入ってるから、切るな」
 こまかいことを気にしたりもしながら、今日は一大決戦日。

 忙しい仕事の合間、わざわざ時間を作って帰国した彼の父親に、今日こそ言うのだ。

 

「お父さん。息子さんを僕にください。絶対に、一生、幸せにします!」

 

「やだ。あげない」

 

「えっ、ちょ……」
「やだ。絶対あげない」
 この展開も想定内とは言え、即断即決、問答無用だった。
「父さん……」
「イ・ヤ。絶対に嫌。バリケードはうちの子。なんで他人にくれてやらなきゃならないんだ。絶対にあげない。これはずっと前から決めてたんだ。絶対に、あ・げ・な・い!」
「父さん」
「どうしてもって言うなら、―――君がうちの子になりなさい」

 なるほど、くれてやりはしないけれど、一緒に生きていくことは許してくれるのか。

「はい。不束者ですが、これから末永く、よろしくお願いします、お父さん」

 ちゃんちゃん♪

 

(末尾)