TF擬人化・ぷち

 

      「A Fatal Bite」

 

 殴り合いというより殺し合いみたいだったと、後で人から言われた。
 少なくともアイアンハイドはそれを否定しない。自分にそんなつもりはなかったが、相手には「そうなる」ことを考慮する気配などまったくなかった。
 もし、最初の一噛みを腕で庇わなかったら、食いちぎられていたのは腕の肉ではなく、首の肉だったのかもしれない。だとしたら、命に関わることもあっただろう。
 体格の不利を、なんの躊躇も容赦もない暴力で補う狂犬。
 しかし終わってみると、怒りや恐れより、何故か可哀想だと感じた。
 あんなふうに生きたその先に、いったいなにがあるのだろう。
 我ながら馬鹿なお人好しだとは思うが、どこかでこの暗い道から外に出られればいいがと思わずにいられなかった。

 


 

      「忍ぶれど」

 

(サイアク)
 ジャズは誰にも知られないように顔を歪める。
 デリカシーのないがさつな声で、スタースクリームの横に陣取って笑っているのは、ボーンクラッシャーだ。今の今まで仕事だったらしく、ペンキやコンクリ、粉塵まみれの作業服。それで平気でスタースクリームのすぐ傍に座り、肩を叩く。
 汚れるからあっちへ行け、とスタースクリームは言うが、少しも本気じゃない。
「おい、今日飯作りに来てくれよ。な?」
「ついでに掃除もってか?」
「当たり〜!」
「俺はおまえの家政夫じゃないぞ」
「頼むよ〜。ブロウルが研修でいなくってよ、ビミョーに暇なんだよ。な?」
「仕方ないな……」

 知ってるんだ。
 この二人が付き合ってることは。
 ボーンクラッシャーはがさつでいつもこんな調子で、あからさま過ぎるからかえって誰も疑わないが、スタースクリームにカマをかけたら、そのとおりだった。
 隠すつもりもないが、わざわざ言うことでもないからと、少し困った顔をして、あまり知られたくないから黙っていてくれと頼まれた。
 もしそのとき、言っていたらどうなっていただろう。
「俺だっておまえが好きなのに」
 と。

 袖を小さく引っ張られる。バンブルビーが少し心配そうな顔をしていた。

 


 

      「宣言してなくたって恋人には違いない」

 

(あれって暗黙の了解っていうのか?)
 ふとランペイジが思う。
 ブラックアウトとバリケードが付き合っていることは、「暗黙の了解」というヤツだ。誰一人としてはっきりと「付き合ってるよ」とか「彼氏だ」と聞いたことはない。しかし昼休み、ブラックアウトは手製のクッキーをみんなに配って喜ばせた後、自分のデスクに腰掛けて、目の前にいるバリケードのことしか見ていない。それに、どう見ても一番出来のいいのを渡してないか? というか、他の連中に配ったのは、失敗とまではいかないが、試作品じゃないのか? という気配。
「ついてる」
 と言って、ブラックアウトは自分の右の口元を指さす。バリケードがそのあたりを手でこすったのは、逆側。
「違う。ここだって」
 ブラックアウトは椅子から腰を浮かせてデスクに手をつき、間を仕切るファイル越しに逆の手を伸ばすと、バリケードの口元に触れた。クッキーの小さな粒が膝に落ちたのを、バリケードは手で払う。
(宣言したことがないってだけで、全っ然「暗黙」じゃなよな)
 むしろ部署内では完璧に「公認」。
 時々、ブラックアウトに憧れる誰かの話を聞いたり聞かされたりすると、必ずみんな言うではないか。「あいつにはもう付き合っている奴がいるし、見込みはまったくないからやめておけ」と。
「……なんだ」
 バリケードに睨まれて、ランペイジは「なーんでも」と言って、自分の分のクッキーを摘んだ。

 


 

      「倦怠期ってナンですか?」

 

「ブラックアウト」
 バリケードに呼ばれて、ブラックアウトはボウルを抱えたまま振り返る。
 そして、
「俺といるのに飽きてないか?」
 突然言われたことに、とりあえずボウルは中身ごと放り出した。流しでガッチャンとなにか割れた音がするが、そんなことはどうでもいい。
「なに馬鹿なことを言ってる。なにかあったのか?」
 ブラックアウトはダイニングに飛んでいってバリケードを抱え上げる。
「いや……、別に、ただ……」
「ただ?」
「結婚すると、ケンタイキってのがあるんだろう?」
 ああ、とブラックアウトは理解した。

 昼間バリケードは、珍しくスタースクリームに呼び出されて出かけていたのだ。
「スタースクリームに聞いたのか?」
 尋ねると、「ああ」と頷かれる。
 そして、
「あいつらは、そうらしい。よく分からん話を聞かされた」
 困ったような、うんざりしたような顔になる。
 いくら平日の昼間、ブラックアウトを呼び出すことができないからといって、バリケードに愚痴を聞いてもらおうとは、スタースクリームもなかなか度胸がある。
 しかし、わけの分からん話だと思いながらも最後までちゃんと聞いてやったのだから、バリケードもだいぶ変わったのだろう。

「じゃあ、おまえは俺といるのに飽きたと思ったことがあるのか?」
 ブラックアウトは逆に問う。あっさりと「ある」と言われそうな気もして怖いが、バリケードは少し考え、……更に考えて、
「飽きるとか、飽きないとか……よく分からんな」
 と答えた。
「寝るのに飽きたりはしないだろう。それと同じだ」

 意味はよく分からなかった。
 だが、飽きるとかどうとかいうものではない、ということは確かなようだ。
 いつもいつも寝ていることはなくても、一日の終わりには自然とやってくる。当たり前のように迎え入れて、それに身を委ねる。そして朝には、そこから離れる。
 たぶん、当たり前に傍にある、必要なもの。そういう認識に近いのだろうとブラックアウトは考えることにした。

「おまえは?」
 と尋ねられるが、答えは決まっている。
「スタースクリームがどう言ったか知らないし、他がどうかは知らないが、おまえといるのに倦怠なんて、感じたことはない。いつだってこうしていたいのに」
 結婚して3年。たしかにそれくらいで倦怠期が訪れると聞く。刺激がなくなって、代わり映えのない日常が続き、恋愛の熱も冷めきって、伴侶として相手の嫌なところも見えてきて……。
 だとすれば自分は、未だに恋の続きにいるのだろう。
 未だに、恋は盲目と言われても反論できないくらい、なにもかもが好きでたまらない。ちょっと困ったなということさえ、苦笑いだけでいくらでも飲み込んでいける。

「おい、ブラックアウト、飯……」
「後にしよう」
「だが……」
「後」
「ん……っ」
「嫌か?」
「……いや、じゃ、ない」

 テーブルの上に体を乗せて、小さな唇から首筋、胸元へと口付けで辿る。まだ柔らかい胸の先を強く吸うと、微かな声が零れた。
 ブラックアウトに言わせれば、どうして飽きたりするのかがさっぱり分からない。体中、知らないところはないくらいに目と指と唇で味わって、それでもまだこうして、ほしくてたまらなくなる。
 飽きる、などという言葉にはまだまだ無縁だし、一生無縁でいたいと思うブラックアウトだった。

 

(末尾)