空圧の変化する微かな音と共にドアが開く。 途端、耳障りなノイズが流れこんでくる。 (またか) グラインダーは不機嫌に顔をしかめる。うんざりするが、仕事は仕事だ。 通路を歩けば、その分だけノイズは明確になっていく。金属が触れ合いこすれ合う音、荒々しい排気音、ディストーションのかかったいくつもの声。 最後の角を曲がったと同時に、明らかに打撃音と分かるものが聞こえ、 「まだ自分の立場ってものが分からねぇのか?」 追ってサイドウェイズのうっすらと笑った声がした。
この牢獄につながれる罪状は謀反。その首謀者。 だがたぶん、そんなことはどうでもいい。 弱って満足に抵抗もできない相手、かつては自分よりも上位だった相手を、貶めることが楽しいのだろう。 グラインダーにそんな趣味はない。 通路にあふれた傍観者、観客、順番待ちを、後ろから乱暴に押しのける。気色ばんで振り返った小柄な兵士は、振り返ったところにいた巨躯の幹部に気付き、慌てて飛び退いた。 名前も持たないような雑魚を一睨みで追い払う。だが、まさにお楽しみの最中であるサイドウェイズは横目にグラインダーを見、 「もう少し待てよ」 と言って行為に戻った。
抵抗を封じるため、頭上で一纏めにした手には金属の杭が打ち込まれていた。 既に何人かに……何人もにこの行為を強要された後らしく、床はおびただしい粘液や廃油にまみれ、外装の上には乾いた液体が斑の模様を描いている。 顎は破壊されたらしい。普段は口腔を閉ざしているフィルターが割られ、下顎は半分砕けてしまっている。ほとんど身動きできないながらも抵抗は試みるらしく、目元や胸などあちこちに、陥没痕も残っていた。 ひどい有り様だ。 グラインダーは不愉快を露にする。 そしてサイドウェイズの頭の横へ、右手を変形させたバルカン砲を突きつけた。 「おいおい」 「作戦行動に支障が出るならば放置するわけにはいかん」 退け、と言う代わりに顎を横へと振った。 しぶしぶとサイドウェイズが体を起こす。乱暴に接続を解除したために、接触部位から僅かに液体と火花が散った。
サイドウェイズとその取り巻きが去ったのを確かめて、グラインダーは粘液や廃油まみれの床に顔をしかめる。こんなもので自分の体を汚したくはない。しかし、もう一歩は近付く必要があった。渋々と汚れた床に踏み込んで背を屈め、突き刺さった杭を掴む。少し斜めに刺さったそれを、できるだけ角度を変えないよう慎重かつ素早く引き抜いた。 下から短い呻きが聞こえる。杭にはまだ、重ねられた手がついたままだった。 グラインダーはその手を指で押さえ、そこからも杭を抜き取る。 落ちそうになった手をとって一瞥し、この傷ではまともな戦闘は無理だと判断した。 この不始末の責任は、サイドウェイズにとらせるべきだろう。 それはそれとして、と床に視線を落とす。 「……見苦しい」 グライダーは言い捨てて、そこに転がっている者の膝を自分の脚で軽く押しやる。しかし、閉じようとして耳に届いた軋みに、溜め息をついた。どれだけこのままの状態でいたのか。少なくとも一巡以上はしたということだろう。
のろのろと体を起こした反逆者―――バリケードは、グラインダーなどいないかのように顔も向けず、床に座り込んでじっと動かない。 グラインダーにしても、このザマでは仕事を命じたところで役に立つとは思えず、ならばここにはもう用がない。 去ろうとして背を向けたとき、後ろで液体を吐き戻す音がした。早々に去りたい。しかしそれが自分の脚にはねたとなると、その不愉快は晴らして行きたくなった。 だが、新しく床にぶちまけられたものが悪臭を放つ廃油であることに気付き、引きかけた脚を止める。 「……そんなもの、飲んでやる必要はないだろう」 口が閉じれず注がれるのをどうしようもないとしても、飲み込まずその場で吐き出せばいい。 問いはしたが、顎も口も壊され、喉もこういった汚染物質でやられているとすれば、声は出せまい。答えられないどころか、そのまま床にうずくまるようにして動かなくなったのを見てグラインダーは怪訝に思う。軽くバリケードの体をスキャンし、一つ仮説を見つけた。 エネルギーレベルが限界まで低くなっている。このところなにも与えられていなかったのではないか。だから、たとえ廃油だろうと取り込めばゼロではないと飲み込むことにした。だが体は受け付けなかった……。 それでも間もなく、バリケードは自力で起きようとする。 左側の眼はフレームごと潰されているが、残っている右の二眼は、暗く霞んではいても以前と変わりない冷静な敵意を秘め、淡々としている。
(なにもできないと思っているとしたら、サイドウェイズにはもう先がないな) グラインダーは現状を分析しなおす。 バリケードを助けてやる理由は何一つとしてない。貸しを作ったところで、そんなものが「貸し」として機能するのはオートボットの馬鹿どもだけだ。だが、害をもたらしたか否かによって報復の相手に設定されるかどうか、それは変化するだろう。敵対してなかろうとその場にいれば容赦なく巻き込まれるが、敵対していないかぎりわざわざ襲撃されることはあるまい。 ならば、多少手を貸してやることに、利がないわけではない。 少し待っていろと言い置いて、グラインダーはラボに向かった。
エネルゴンを寄越せと言うと利用先を聞かれた。おまえ自身の支給分は既に渡している以上、用途不明で融通することはできないと言う。バリケードが最近なにも与えられてないらしいと告げると、 「だとしても、奴の分は配送されている。届いているかどうかは、私の管轄外だ」 と突っぱねられた。 「仕事を一つ任せたい。今の状態ではまともに動くこともできん」 配給担当官は少し考え、しかしやはり首を横に振った。 「仕事前の臨時補給なら、先に手続きしろ。その分は出してやる。だが、ここしばらく食ってないとしたら、その程度で使い物になるか? グラインダー。余計なことはするな。明日は我が身だ。おまえがどうなろうと私の知ったことではないが、巻き込まれるのは御免だ」 それは道理だった。 賢しい者は嫌いではない。これ以上の交渉はやめて、グラインダーはラボを出た。
かすめ取っている奴については後で対処するとして、ではどうするか。 このまま放っておいて死ぬのは勝手である。しかしそれは間違いなく戦力の損失だ。現状、この地球にいるディセプティコンの中で、前線での情報処理に最適なのはバリケードである。小柄で、機動力があり、冷静かつ、収集と分析の選択眼も持っている。 サイドウェイズに代わりは務まらない。いい加減な情報収集と憶測だらけの報告で、トラブルが起これば想定外。失敗したのは実行部隊の無能。戦闘は自分の領分ではないと真っ先に退避する。これでは満足に物事が進むはずもない。 サウンドウェーブがバリケードを処分せず、「首輪」つきでそのまま作戦に投入しているのは、だからだろう。 しかし―――。
ともかく、「首輪」を通じてサウンドウェーブは、ある程度の状況はモニターしているはずだ。どの程度把握しているのかは分からない。だが詳細を知っていれば放置はしないだろう。それとも、死ぬなら死ぬでいいと考えているのか。 あの情報参謀の考えることは分からない。 ならば俺は俺だと、グラインダーは船底の牢獄に戻った。少なくとも自分は、無能な輩と組んで我が身を危険にさらす趣味はないし、果たすと決めたことが果たせないのは気に食わない。仕事において信頼のできる斥候は、確保しておいたほうがいい。 「起きろ」 壁にもたれたバリケードに言う。機能レベルを下げ、体力の維持と回復に努めているようだ。呼びかけると右眼に光が入り、僅かに動く。 グラインダーは自分の背からスコルポノック型ドローンを排出する。ケーブルは切り離さない。このドローンは、切り離して独自頭脳で行動させることもできるが、根本的には自分の体の一部である。バリケードの傍にまで這わせ、時には武器となる尾を、ゆっくりと彼の胸元に近づけた。 「なにも食ってないんだろう。残念ながら余剰はない。俺のもので良ければ分けてやるが、どうする」 ちらりと眼が動く。そしてなにも問わず、バリケードは胸部の装甲を緩めた。
グラインダーはドローンを通して接続し、自分の体内にあるエネルギーを送り込む。バリケードが自身でマテリアルを取り込み生み出すよりも高温・高密度だが、少量であれば問題はないはずだ。 数日間の機能維持に支障がない量を流してやり、ドローンを戻した。 だが戻ってきたのは、このためだけではない。 こうまでされて、しかし虎視眈々と反撃の機会をうかがうくらいならば、何故最初から弁明しなかったのか。 「おまえ、なにを考えている」 それを聞きたくなったのだ。
オールスパークの争奪と、メガトロンの解放、そして破壊と死亡。 スタースクリームの話では、バリケードやブラックアウトが結託し、オールスパークを私物化しようとしていたとのことだった。 その所有を巡って彼等は仲間割れを起こし、バリケードがブラックアウトを始末した。そのバリケードはスタークリームが粛清するつもりだったが、自身の負傷もあって遂行は叶わなかった。 なんにせよオールスパークは、スタースクリームの部下の手でメガトロンのもとへ届けられようとしていた。それをオートボットに邪魔され、その後の戦闘で人間によってオールスパークは破壊され、メガトロンもその崩壊の巻き添えを食って死亡した―――。
馬鹿な話だ。ブラックアウトがメガトロンを裏切るわけがない。あれはメガトロンの忠犬だった。ただ、スタースクリームもバリケードも信用せず、自分自身の手でメガトロンに届けるため、なにか考えていたのではないかと言われると、その可能性はゼロではない。 バリケードにしても、冷静で機転がきくため実働部隊をまとめることも多く、なにかしようと思えばできる立場ではある。しかし彼には野心などないはずだった。そんな面倒なことは人に任せて、自分は狩りができればいい。そういう性格なのだ。 しかし、バリケードはスタースクリームの弁明に対して一言も申し開きをしなかった。 口下手で頭の悪い者ならばともかく、バリケードならばどうとでも反駁できたはずである。しかし何一つ説明することはなく、その黙秘ゆえに、サウンドウェーブは有罪と判断した。
その結果がこれだ。 サウンドウェーブの信号一つで全回路を焼き切る電磁波の発生装置を首につけられ、仕事のあるとき以外は重罪人として牢獄に閉じ込められている。あまつさえ、仕事の直前まではエネルギーレベルをぎりぎり下位に維持できる程度のエネルゴンしか与えられず、調子に乗った馬鹿が陵辱に来るのにも満足に応戦できない。 「誰一人として、スタースクリームの話など信じてはいない。おまえが反論すればもう少しマシな判決になっただろう。何故なにも言わん」 グラインダーもまた、スタースクリームの話など微塵にも信じてはいない。ただ、バリケードを消しそこねたにも関わらず堂々と馬鹿げた主張をした奴の、腹が読めないことが不気味なだけだ。バリケードが沈黙するのも、ともするとなにか事情があるからだろうかと思う。 問うと、 「……誰も、信じテ、ナ……ノニ……」 ノイズだらけだが、なんとか発声はできるようになったらしい。これまでずっと黙り続けていたが、今は答える気があるようだ。 「こうナル、のカ……?」 呟いて薄く笑う。 そして、 「俺が、反論すれば……あいツの、ほうが、あからさまに、怪しい……。その場で、処分……されタだろう。そうなれば、俺に、チャンスは……ない。……あイつは必ず、俺ガ、殺―――」 右眼が覗かせた暗い輝きに、グラインダーは確かに悪寒を覚えた。
スタースクリームを自分の手で始末するために、ありとあらゆる不遇と屈辱、侮辱に耐えているというのか。 「何故……」 思わずそう呟くと、片側だけ二つの眼はますます暗く強く不穏な輝きを放ち、ただじっとグラインダーを見上げた。 ただじっと、いつまでも、逸らされることなく、グラインダーが去るときも、その背にはずっと抉るような視線がとどまっていた。
(続く)
ブラックアウトに瓜二つのグラインダー。 性格は、ブラックアウトが感情豊かでどこかお人好し……間抜けとも言いますが、ツッコミどころが多いのに対して、グラインダーは非常に冷静で冷淡で有能です。……そこまで言ったらブラックアウトの立場は
orz なお、サイドウェイズが相当にイヤな奴と化しますが、ご勘弁を。
この後どう転ぶかは作者も知りません。まだ決まってません。 たぶんまあ、サイドウェイズとスタスクは死亡フラグ立ってるんじゃないかと。ただ、スタスクはもしゲームが作られるとすれば3作目にも出るでしょうし、フラグは立ってもまだ回避可能、回避してしまうと思われます。 映画ではなくゲームのストーリーを中心にしているので、おそらく「1作目主人公」にあたるキャラクターも、過去編の中に今後出てくるのではないでしょうか。「リベンジの主人公」は……性格的にバリケードに殺されて終わりそうな気がするので、絡ませません(笑
たぶん次は、1作目の時間軸でのブラックアウトとバリケードではないかなと思います。 ゲーム由来の、口数が多く飄々とした、冷静なリーダー格のバリケードと、メガトロン様第一の、ちょっと抜けてるかもしれないけどディセプティコンらしくないほど真面目なブラックアウト。 こういう二人の関係も、面白そうで書く前からワクワクしています。 |