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 撫でられるのが気持ちいい―――と思っているのを、認めたくはないが、認めないでいるのも最早馬鹿馬鹿しい気がしてきた。
 ゆるやかな不定のリズムで発生する接触信号が妙に心地好い。
 俺自身のものよりも圧倒的な大きさを感じるスパークの波動が、眠気を誘う。
 こんなことをしていていいのか、と思うのも眠気に負けてどうでもよくなってくる。

 そういうとき何故か、接続しているわけでもないのにメガトロン様の中に走る信号を感知してしまうことがあった。
 今も急になにか、小さいが重い揺らぎのようなものを感じた。
 なにかと思って見上げると、小さな溜め息が降ってくる。
「どうしました」
「起こしてしまったか。すまんな」
「いえ。寝ていたわけでは」
「半分は寝ていたようだがな」
「それは、否定しません。……それで、他愛ないことなら、いいんですが」
「ああ。少しな。センチネルに会いたいなどと思ってしまっただけだ」
 メガトロン様は苦笑する。
「それは……難しいというより、無理、ですね」
「ああ。難しいだけならなんとでもなるが、こればかりはな」

 偉大なるプライム。メガトロン様の、「困ったクソジジイ」。
「どんな人だったのか。俺も実際に、会ってみたかった。俺ではそもそも、無理なことでしょうが」
 なにせ相手はプライムだ。よく知らないが、普通の民間人や軍人では、会うことなどできないんじゃないかと思う。(そう考えると、オプティマスがなんでもないように隣に立ってるのはなかなかすごいことだ)
「……いや、私としては、あのじいさんにげんなりするのは、私だけで良かった気がするぞ」
「貴方にそんなことを言わせる。どれだけとんでもないじいさんなんですか」
 俺がそう言うと(いくらメガトロン様にとってはそういう相手でも、プライムをじいさん呼ばわりしていいのかと思わないでもないが、俺が不敬なのは今更か)、メガトロン様はまた、センチネルのプライムらしからぬエピソードを話してくれた。

 メガトロン様が、少し悲しいが、何故か少しあたたかい気持ちであるのは、スパークから分かった。
 どうにも共鳴しやすくなっているらしい。
 悪いことじゃないが、俺にはまるで馴染みのない感覚で、妙に回路がざわつく。悪くはないが、落ち着かない。
 ただ俺はその落ち着かなさの中で、会えない人にほんの少しでも会うのに近いのは、こんなふうに誰かに、懐かしい思い出を語ることなのかもしれないと思った。
 それが時々、あたたかいより悲しいことになって、言葉が途切れるとしても。
「……すまんな」
「いいえ」
 スパークを絞めつけられるような、けれどあたたかい悲しみ。
 俺の中にはまったくなかったもの。
 会いたい。けれど会えない。
 思い返される、救えなかった悲しみと苦しみ。これはかなりヘビーだ。共振している俺でも苦しい。こんな後悔や痛みなんて、知らないことで俺はどれほど楽に生きてるんだろう。
 俺は、できればメガトロン様が俺にしているように、してあげられればいいんだろうと思うが、……なにせ俺に比べてこの人はデカすぎる。たぶん間抜けなことになるんだろうなと思いながら試してみたが、案の定、胴に腕が回りきらなかった。
 そのことに気付いたメガトロン様が思わず笑う。
「貴方がデカすぎるんです」
 俺が言うと、悲しさや痛みを追いやって、急速に膨らんだのは、……嬉しい、という気持ちなんだろうか。俺にはよく分からない、けれど悲しみのように強く、スパークを締め付ける感覚。乱暴に頭を撫でられた。

 

 結局、センチネルというプライムはものすごく悪戯好きだった、と俺は結論した。
 それからたぶん、なんとなくだが、そんなふうに困らせたりする相手はメガトロン様だけだったんじゃないかという気もした。もしもっとあちこちでなにかやらかしていたら、そう言われていたはずだ。寛容で慈愛に満ちた素晴らしいプライムだが、同時に悪戯好きで面白い気さくな人だ、と。
 理想が必要な世界で、その理想ばかり先走ったにしても、もう少しなにか「真実」について残っていたはずだと思う。それがきれいさっぱり消えてしまったのは、唯一それを知るメガトロン様が、その一面を語ることを封印したからじゃないだろうか。
 だか、それはそれで、別にいい気がする。
 センチネルを実際に知っていたメガトロン様さえ、本当のことを思い出せるようになったのなら、それで。

 心地好い(と言うのは良くないのだろうが)重みを伴った、あたたかな悲しみはまだ続いている。
 メガトロン様はそれを、自分から味わっているようだった。
 悲しいなんて気持ちは、続かないほうがいいものだろうが、こういう、嫌じゃない悲しさみたいなものもあるらしい。
 「外」ではこんな思いを持っていることもできない。だから今、こうしてそれの中で過ごすことが、メガトロン様にとって良いことならいい。
 たぶん、そうだと思う。
 本来の強度で感じていたらどうかは分からないが、俺は、馴染まず落ち着かないのは別にすると、こんな感覚も嫌じゃない。
 俺自身が持たない、ともすると持てない感覚を、こんな形で知れたというのもきっと、悪いことじゃない。

 メガトロン様は俺の手をとって、繰り返し、指で指を撫でるようにしている。
 不思議な行動だ。こうしているとなにか「良い」んだろうか。
 俺は、嫌じゃない……悪くない……不思議と。
 こうして抱えられていることも。
 子供扱いでもペット扱いでも、もうなんでもいい。
 繰り返される継続的軽度の接触。要するに「撫でられる」のは、俺にとっては、何故だか心地好い。理屈は、知らない。
 その上メガトロン様にとってもなにか「良い」ことなら、妙なことをしているんだとしても、妙だってことを気にしても仕方ない。
 俺はとりあえず、80%程度は開き直った。(残り20%はまだ落ち着かない)

 メガトロン様がそんなことを聞いてきたのは、直前の話からすると、不自然なことではなかった。
「おまえは誰か、会いたいと思うような相手はいるか? 多くはないと思うが、昔の知り合いや、……今ここにいる誰かに、もし会えなくなったらと仮定して」
 問われて考える。
 会えなくなった後で、どうしても会いたい、と思う相手。
 セイバートロンには誰もいない。名前すら記録していないか、不要になったと削除したくらいだ。
 今ここにいる連中?
 難しいが、もしあいつらの中の誰かが死んだら、と考える。
 死んだと聞かされたら、昔の誰かには感じないような、ショックみたいなものは感じると思う。
 だが、……たぶんいない。
「いません。たぶん、これからも。あいつらも、……たぶん、いないならいないで、仕方ないと思いそうです。会いたい、と思うかどうか……」
 いないんだな、とわざわざ思うことはあるとしても、たぶん、仕方ないと俺は思う。不可能なことに無駄な努力をするような、メガトロン様がセンチネルに思うような、そんな思いは、たぶん、俺にはない。

 あいつらには悪いが、そしてあくまで「たぶん」だが、たぶんそれは外れてはいない。
 それでも悪いとは思う。それくらいのものはある。
 こんな答えしか言えなくて悪いと思っていると、
「私は?」
 と問われた。
「え?」
 不意に言われて顔を上げる。
「私も、そう思ってはもらえないのか?」
 曖昧な表情。悪戯げな、案外、真面目な問いのような。

 もし……メガトロン様がいなくなって、会うことが不可能になったら……?

 どこにいるんだろうと思って探しても、どこにもいないこと。
 死んでしまって、この世にいないこと……?

「それはありません」
 ない。
 俺が答えるとメガトロン様は大きな溜め息をついてうなだれた。
 何故?
「貴方が俺より先に死ぬことは絶対にない。俺が生きている限り、それを止めるのが俺です。絶対にそんなことはさせない」
 誰より先に危険に接近し、それを引き裂く。
 俺はそのためにここにいる。

 だから、俺が貴方に会えなくなるのは、俺が死んだ場合だけだ。
 だから俺は、貴方がどこかにいてくれて、俺に会ってもいいと思ってくれていれば、いつでも会うことができる。
 ああ、それに……
「それに、たとえ寿命でも、貴方が俺より先に死ぬことはないはずだ」
 よく知らないが、俺たちは早く死ぬ。それは自分のこととして知っている。そしてメガトロン様やあいつらは、俺よりずっと長く生きる。だから俺が死んでも、ほとんどみんなこの世に生きている。
 だからメガトロン様の質問は間違ってる。
 俺が、会いたい誰かに会えなくなるなんてことは、ありえない。
 あいつらのことも、会えなくなってからどうしても会いたいとは思わないような気がするが、そもそも俺より先に死ぬのはなにか嫌だ。順番が違う気がする。だったら俺は、そうならないようにすればいい。敵を排除する。それが俺の存在意義でもあるのだし、簡単なことだ。

「そうか……」
 そう。
 と思った。
 だが、
「おまえも、私より先にいなくなるんだな」
 言われてはっとした。
 顔を上げようとしたが、その前に強く抱えられて動けなくなった。

 さっきのあたたかさのない、もっと重く強い痛みと悲しみの波に飲まれる。
 俺は馬鹿だ。
 俺だけじゃない。もしかすると他にも、どうしようもない寿命の差で、メガトロン様より先に死ぬ奴もいるんだろう。
 特大の地雷を踏んだ。
 だが、それはどうしようもないことだ。センチネルに会いたいと思っても会えないのと同じくらいに、どうしようもない。
 敵なら粉砕して生きて帰ると約束できても、その努力ができても、命の期限だけは、どうにもならない。それは俺だけじゃなく、他の奴等も。

「すみません」
 俺は相変わらず無神経で馬鹿でどうしようもない。(思ったことを言えばいいと言われているにしても、これはやりすぎだ)
 だが間もなく、スパークの波は変質する。
 俺はそれに驚き、そして理解した。
 これがこの人の強さだ。
 言われなくても、伝わってくる。
 いつまでも共にいられるわけじゃない、だから、生きているときにできるだけのことをして、命を存分に謳歌させてやらねばならないと、強い思いが。

 俺は急に思いつく。
 もしかするとメガトロン様はセンチネルに……いや、センチネルはメガトロン様によく似ていたんじゃないだろうか。
 悪戯で困ったところもあるけれど、誰かのためにと思う強さと優しさは揺ぎない。タイプは少し違ったかもしれないが、冗談や悪戯や困ったことの裏側で、センチネルもいつも、こんなふうに考えていたんじゃないだろうか。
 案外、あと何十万年かして、メガトロン様が「ジジイ」になったら、センチネルと同じようなことをしているかもしれない。
 ただ、……そのときに振り回されてうんざりするのは俺じゃない。俺はもう、そこにはいない。

 ―――そうですね、メガトロン様。
 死んだ後のことなんて、どうしようもない。去る側にも残る側にも、できることなどなにもない。
 だから今、生きているときがすべてだ。
 貴方がこうして俺を傍に置いてくれる、これもまたいつまで続くのかは、本当は分からない。これだって命と同じで、本当はいつ終わるとも知れないものだ。
 いつか貴方が、もう必要ないと(あるいはおまえはもういいと)やめてしまうことだってあるし、もしかすると、こんな時間はとりたいと思ってさえとれないときが来るのかもしれない。
 だが今こうしていることは間違いない。
 だから今この時間は、とても希少で、かけがえのないもの。俺にとっても。

 メガトロン様がなにをどう考えたのか、そんなことまでは分からないが、俺は胸元を探る感触にそのまま応えることにした。
 細いケーブル。
 外部端子。
 メガトロン様の首に腕を回して、装甲に少し隙間を作る。
 俺のものは外へ出るようにはなっていないから、そうして装甲の下のインターフェイスへと通すと、融けるようにして接続が行われた。
 俺の中の電流がメガトロン様に流れ込み、メガトロン様のものが俺の中へと入ってくる。
 メガトロン様と俺とでは出力が違いすぎて、俺はなにも加減せずとも問題ないが、メガトロン様はたぶん、相当絞っているだろう。一瞬は痛みを覚えるほど強かった出力が、間もなく弱まって心地よくなる。
 こんな電気交換に具体的な効用はない。(むしろ回路の過剰負荷は害になる)
 ただ、自分の中で生まれたものとは異質な流れが、回路に寄越す抵抗は感じる。その抵抗が、こうして誰か他の人とつながっている実感になる。その実感がほしくて、することだ。
 ……まさか俺は、自分が、しかもこの人とこんなことをするなんて、思ったこともなかったが……。
 今は、そんなことは考えないでおこう。今、このときには。

「バリケード」
 メガトロン様が俺の耳元に囁く。
「寿命だけは、どうにもならん。だが、それ以外では勝手に死なんと約束してくれ」
 スパークと電子を通して感じるのは、メガトロン様が抱く危険と喪失の予感。そう遠からず宇宙に出れば、危機は再び隣に戻ってくるだろう。
 それなら俺は、貴方のために。
「はい、メガトロン様。なにと戦っても、必ず戻ってきます。貴方がそう言うのであれば、絶対に」
 貴方を傷つけるものが俺の敵なら、貴方の大切なものを傷つけるものも、俺を死に近づける俺自身の弱さも、すべて。
 敵を滅ぼし、貴方を守る。
 そして必ず帰ってきます。貴方の傍に。

 

(わんわん)


 わんこ覚醒。
 敵の破壊と殲滅を存在意義として生まれてきて、「守る」なんて発想はなかったわんわが、「守る」ことを自分の戦う理由にしたメガ様編です。

 スタスク編のアルティメット軍用犬も強いと思いますが、こっちもなかなか最強クラスかもしれません。
 捨て身の強さと、自分自身も生かそうとする強さ。
 たぶん、どっちも強いんだろうなと思います。
 他のことも考えて、生きて帰ろうとするから、踏みとどまってできないことがある。
 死んでもいい、死ぬことをどうとも思っていないから、果たせないこともある。
 もしこのW軍用犬が戦ったらどうなるのか……。
 たぶん、メガ様のわんわは逃げるかも。勝てないように思います。相手が悪すぎる。でも、そうすることでメガ様に危害が及ぶと考えたら、やっぱりそこは、命がけになってでも止めるんだろうなぁ。最後の最後まで帰ることは諦めないけど、たぶんそれは、叶わない。相手もスタスクを守るために文字通り必死だから。
 ……まあ、ありえない話で、悲しい妄想はよしておきましょう。ぐっすん。

 とりあえず、メガ様の膝上室内犬、最終的には90%くらい開き直ったのではないでしょうか。
 で、この世界のラブはこんな感じに設定されました。
 相手の存在そのものを回路(神経)に感じること。これがメガ様編の世界で、セイバートロン星にもあった特別な親愛の行為、ということで。
 この辺の理屈は音波編と同じで、摩擦抵抗の適度な強弱が快感になります。今はまだ、外装じゃなく内部をなでこなでこしている程度。人間感覚だとちゅーくらいですかね。(一話目の口移しは人間の行為とのオーバーラップではわはわしてるだけです)