《ごちゅうい》

 ここから先にあるのは、PS3版ゲーム「TRANSFORMERS THE GAME」からはみ出した、変な「アメちゃん」妄想から出てきたSSです。
 ゲーム中に出てくる収集アイテム、黄色い立方体の「エネルゴン・キューブ」が、どうしてもアメちゃんにしか見えなくなった私の脳内で繰り広げられた世にも奇妙な物語。

 ボッツ側もディセプ側も、主要キャラは何故か家族設定で、「基本的には体が大きいほど年上」です。
 そして小さい子たちは人間年齢6歳くらい、身長もまだ3m程度としてお考えください

 そんな奇妙な世界でよろしければ、どうぞご賞味くださいませ。

 


ほんじつ まことに あめちゃんびより

 

 突然船が制御を失って、大きく傾いた。
 もちろん彼は驚いたが、間もなくして通常航行に戻ったことにひと安心する。
 危険な宇宙の旅では、こうしたことは日常茶飯事だ。いちいち慌てても仕方がない。
 ここは地球の衛星軌道上であるから、流星群に遭遇するようなことはない。しかしこの辺りに散らばった宇宙デブリの数は尋常ではなく、大型のものが当たればこの程度の衝撃は発生する。傍迷惑だが、低レベルな宇宙開発技術しか持たない人間たちでは仕方のないことである。
 それに、今は彼等に多大な迷惑をかけているのだから、この程度のことは我慢しなければなるまい。
 なんにせよ、船体の破損がないかだけは確認したほうがいいだろうと、彼はコントロールルームに向かった。そこでは彼等の司令官ちちおやがこの船を監視し、この状況もモニタリングしているはずである。

 彼が中央制御室に足を踏み入れたのと、それはほぼ同時だった。
 地球からのコールが入り、それは直接サブモニターに表示される。途端に目がチカチカするような音量で、様々な騒音が船内にあふれた。
 いったい何事かと、彼は制御室のことよりまず、そのサブモニターに目をやった。
 映しだされたのは、現在の仮滞在許可区域の宇宙渉外担当官だった。
 彼はホットラインで叫ぶ。

「早く来てなんとかしてくれ! あんたたちのところの小さいのが三人、泣きわめいていて大変なんだ!」
 担当官の背後は火の海で、耳をつんざくような音は、たしかに子供たちの泣き声コーラスだった。
「いったいなにがあったんだ!?」
 彼はサブモニターに取り付くようにして担当官に問う。
 すると、

 

「そんなことを彼に聞いて分かると思うのかね、アイアンハイド」
 ほんのりと嫌味と怒りを混ぜた声で、メインコンソールの前から答えたのは何故かラチェットだった。
「それより、早く行かないとオプティマスが間もなく現地に到着するぞ」
「なんだと!?」
「いったいどういう仕組みで感知するのか、今度解剖させてもらいたいものだ」
「と、とにかく行ってくる!」
 なるほど、さっきの傾きはオプティマスが子供たちになにかあったと察知して、船のコントロールを放棄し出ていったからだったのか。
 急がねば、子供の泣き声と「涙」どころの被害では済まなくなる。アイアンハイドはビークルモードで艦内を駆け抜けて宇宙へ飛び出し、それからプロトフォームに変形して地球を目指した。
「くだらんこと気にしてないでとっとと行け、ブラックアウト!」
 いつもより更に癇に障る声でスタースクリームが怒鳴った。彼は本当ならばメガトロンが座っているはずのメインコンソールの前にいて、目を吊り上げている。
「スタースクリーム、なんでおまえが」
「いいから行けって! 親父が飛び出して行っちまったんだ! あの人のうちの子センサーは異常なんだから!」
 なるほどと理解するなり、ブラックアウトは踵を返してハッチへ向かった。
 さっきの大きな揺れは、いったいどういう仕組みか、「うちの子」になにかあったと感知したメガトロンが、船の制御をほったらかして飛び出したからなのだ。放っておけば確実に被害は拡大する。
 ブラックアウトは、彼にしては珍しいジェット形態に変形し、地球へ向かった。

 

 たぶん誰かがタバコのポイ捨てでもしたのか、それともなにか火花でも散ったのか。
 彼等の涙は地球の大気に反応すると可燃性を持ち、ガソリン以上によく燃える。
「はーい、どいてくださいねー、おじいちゃんが通りますよ〜」
 のんきなことを言いながら、しかし人間の消防車では絶対に不可能な速度と正確さで消火しているのはセンチネルである。彼はこういうときのために、この都市の消防署に仮住まいしているのだ。
 散布する消火液には、涙の可燃性を中和する薬剤も含まれているから、大雨でも降ったようなこの辺りにはこれ以上燃え広がることはないだろう。

 アイアンハイドとブラックアウトは、破壊された上に黒煙を上げて燻る一帯と、怯えて身を寄せ合う人々、そして、すぐ傍のスタジアムから聞こえてくる重金属同士のぶつかる音、そこから伝わってくる地響きを確認する。
 本能的な直感で子供の異変を感じ取り、一足先にここに辿り着いたオプティマスとメガトロンは、今回は街中で暴れないだけの理性はあったらしい。スタジアムの中はひどい有り様だろうが、人命に危険が及ぶのでないならばまだマシだ。
 ならば子供たちを宥めるのが先だと彼等は考えた。どうせ自分たちではあの親バカ二人は止められないし、それには適任がいる。そして適任と言うならば、子供の面倒を見るほうが自分にはまだしも向いていたし、この泣き声は人間にとって、立派な破壊兵器だろう。

 

「いったいどうした。なにがあった」
 アイアンハイドは泣いているジャズとバンブルビーに近づき、傍に膝を折る。しかし子供たちはいっこう泣きやむ気配がない。
 それに、これはどうしたことだろうか。ジャズの口元や肩、腹には、明らかに殴られた痕があった。
 バンブルビーがこんなことをするはずはないし、人間ではこんな傷をつけること自体無理なのだから、やったのはバリケードだろう。
 それはアイアンハイドにとって、にわかには信じられないことだった。
 たしかにブラックアウトのところのバリケードは乱暴で口も悪い。短気ですぐ怒るし、うちの子と変わらないほど我が儘だ。だが、不思議と今までに一度も、この子たちを殴ったり蹴ったりしたことはないのである。
 喧嘩になっても、手を出すのはむしろジャズのほうで、バリケードは押さえたり掴んだりしても、それ以上のことはしない。だからジャズの肩や腕に彼の爪痕がついていることは珍しくないが、こんな打撃痕は今まで一度も見たことがないのである。
「おいジャズ。そいつはどうしたんだ?」
「なぐられた……っ、あいつ……」
 そしてまたボリュームが上がった。それにつられて、少しおさまりつつあったバンブルビーまでがまた泣き出した。ここまでいくと、聴覚レベルをダウンしなければとても耐えられない。そんな機能のない人間にとっては、すさまじい迷惑だろう。
 そしてそのボリュームは、バリケードがパトカーの姿で走っていってしまうと、更に一段階上がったのだった。
 ブラックアウトは泣いているバリケードの傍に屈んで、いったいどうしたものかと狼狽する。
 バリケードが泣くなんてことは、千年に一度あるかどうかだ。生まれながらにやたらと短気で凶暴なこの子は、悲しいことがあっても、基本的には怒って大暴れする常なのである。
 そして、こんなふうに泣くのは、それ以上に悲しいときやつらいときだけなのだ。事例が少ないので「たぶん」としか言いようがないが、一度だけあのメガトロンが「おまえなんかうちの子じゃない、出て行け!」と怒鳴ったときに、こんなふうに大泣きしたことがある。
 それに匹敵するようなことでもあったというのだろうか。
 分からない。分からないからとりあえずブラックアウトは、スコルポノックのおやつにと思ってとっておいたエネルゴン・キャンディを胸から取り出し、差し出した。
「ほら。これやるから、な? もう泣くな」
 子供たちの魔法のおかし、エネルゴン・キャンディ。たいがいのことはこれでどうにかなる。しかし今回は、まったく逆効果だった。
 ボリュームを更に2摘み分ほど大きくして、泣くというより吠えたバリケードは、ブラックアウトの手ごとキャンディを叩き払った。そしてビークルモードに変形すると、ものすごいスピードで走って行ってしまったのだ。
 あとには唖然としたブラックアウトが取り残される。叩かれた手を押さえ、姿の見えなくなった道路を見やる。
(どうしたんだ、いったい……)

 

 一方その頃、スタジアムには火の玉が一つ落ち、ほぼ直角に降りてきたジェット機が華麗な曲線を描いて機首を上げ、それぞれがロボットの姿に変わった。
 船を自動制御モードにし(あの汚い衛星軌道上ではできるだけやりたくないのだが)、駆けつけたラチェットとスタースクリームである。
 彼等の前では、それぞれの司令官ちちおやが拳と拳のガチバトルを展開していた。

「うちの子を殴ったのは間違いないだろうが!」
「あの子はあれでめったに手は出さんのだ! それこそ貴様のところの小坊主がなにかしたんだろうが!」
「されるようなことをしたに決まってる! その上バンブルビーまで泣かせて!」
「すぐ泣く泣き虫が泣くのはいつものことだ!」

 グラウンドはめくれ上がり陥没し、客席は半壊。
 重火器や刃物といった武器を持ち出さないだけまだ理性があるのか、それともただ単に「そんなものを使っては手応えがない」というだけの理由なのか。
 ラチェットとスタースクリームはうなずき合うと、まずはラチェットが両手と両肩から電磁ネットを展開し、大暴れするバカ二人をからめとる。動けなくなったオプティマスとメガトロンの前には、全身の武器をフル装填してスタンバイしたスタースクリームがいた。
「いい加減にしていただきましょうか、お二人とも」
「今日は本気で撃ちますよ」
「「……はーい」」
 ラチェットの電磁ネットも、出力を上げれば回路が丸焦げになる。さすがの二人も、己の身の危険は察したようだった。

 

 バリケードを探してくると言ってブラックアウトがヘリに変形し飛び立つ。
 迷惑極まりない厄介な親父どもはとっとと船に追い返し、後にはラチェットとアイアンハイド、スタースクリームが残った。
 アイアンハイドはジャズの体に見つけた打撃痕について伝える。こんなことは今までに一度もなかった、と。それに関しては、冷静な彼等の間では、たしかに不思議だと意見が一致する。
「ラチェット。心理学的になにか分からんのか? こういうケースはどうだとか」
 アイアンハイドに問われ、ラチェットは腕を組む。
「私は精神科ではないのでな。しかし、あのバリケードが泣いていたことも合わせると、なにかしたのはジャズのほうではないかと思うのだが」
「だとしても、そう簡単に泣く奴じゃないぞ。いったいなにをしたっていうんだ?」
「ブラックアウトがなにか聞き出してくれるといいんだがな」
「どうだか。少しは懐いてるんだかないんだか」
「少なくとも君よりは仲がいいと聞いているがね」
「俺はあんなガキに付き合ってられんだけだ。バカデカい子供をもう一人抱えて、そいつの面倒見るだけで手一杯だ」
「ああ、それを言えば、私もか」
「おいおい、二人ともよせ」
 アイアンハイドは苦笑いになる。
「ともかく、こちらはバンブルビーに事情を聞いてみよう。あの子はたぶん、なにかされたというより、二人が泣き出したせいで自分まで悲しくなっただけではないかと思うのでね。少し落ち着けばなにがあったか話してくれるはずだ」
「たしかに。じゃあ、すまんがそっちはそれで頼む。こっちは……あいつがなんとかしてくれれば一番ラクなんだが」
 スタースクリームはブラックアウトの飛んでいった空を見て大きな溜め息をついた。
「俺たちはあいつらを連れて船に戻る。なにか分かったら連絡する。そっも頼む」
「ああ」
 センチネルに宥められてようやく泣き止んだジャズとバンブルビーを連れて、ラチェットたちは船に戻っていった。

 一人にしておくと不安だからと、ブラックアウトは他の三人にことわって、バリケードを探しに行くことにした。
 GPSのおかげで居場所を特定するのは簡単なはずだが、バリケードは変なところだけやたらと賢い。ジャミングだハッキングだといったことだけさっさと覚えて、使いこなすようになってしまっている。
 サーチできるのかと思えば、案の定ノーサイン。しかし、しょせんは子供の技術だ。センサー出力を上げ、ある程度接近すればノイズだらけのレーダーに反応が現れた。
 工事中の高架下、巨大な柱の根元に膝を抱えている。
 ブラックアウトが滑りこむようにして傍に飛んでいくと、まだ泣いている顔を背けた。
 もう声を上げていたりはしないが、目元からはひっきりなしに淡い水色の雫がこぼれ落ちている。
 ブラックアウトは、出て行けと言われて泣いたバリケードを思い出し胸が痛くなった。
「探したぞ。……なあ。いったいどうしたんだ? 俺にも教えてくれないのか?」
 優しく声をかける。しかし思ったとおり、通用しない。
「兄ちゃんと帰ろう? な? 後でまた、アメちゃん……」
 探してきてやるからと言おうとした。しかし突然、
「いらない! そんなものいらない! もういらない! いらないっ!」
 ヒステリックにわめかれてぎょっとする。
 ブラックアウトは、これはなにかエネルゴン・キャンディが関係しているのではないか、と察した。
 いつもの取り合いだろうか? 彼等はよくキャンディの取り合いで喧嘩になる。地球に落としてしまったキャンディを探していて、どっちが先に見つけたとか、どっちの船から落としたものだとか。
 しかし、それだけでバリケードが泣くことはなかった。本当に、いったいどうしたのだろうか。
 ともかく、なんとか宥めて船にくらいは連れて帰らないと、バリケードが泣いているかぎり、地球には非常に燃えやすい特殊な液体がばらまかれることになるのである。
 案の定、通ってきたらしい道路では火の手が上がっていた。

 

 親バカと言ったら、真っ当な親バカが一緒にするなと本気で嘆きそうな親バカぶりだが、子供を慰めるときには、これくらい圧倒的な愛情のほうがいいのだろう。
「おまえたちは悪くない。なーんにも悪くないぞ」
 そんなわけはないだろうと思う冷静なラチェットも、今はなにも言わないでおく。
 オプティマスは膝の上にジャズとバンブルビーを抱えて、頭を撫でたりキャンディをあげたり。
「悪いのは……」
 言いかけたところで、ラチェットが鋭く咳払いした。
 いくら親バカ、もといバカ親でも、言っていいことと悪いこと、子供に聞かせていいことと悪いことがある。恨みがましい目で見られるが、知ったことではない。

 そのとき、船に突然来客があった。
 こんな辺境の銀河で、知り合い以外に訪ねてくる相手はいない。誰かと思えば、ハッチの外に浮かんでいるのはスタースクリームだった。
 ラチェットはオプティマスの監視に残り、アイアンハイドが応対に出る。
「スタースクリーム。どうした。なにかあったのか」
 情報は交換しようと約束したが、わざわざ来るほどのことはないはずである。

 スタースクリームは大きな溜め息をついて、ずいぶん複雑そうな顔をし、アイアンハイドの前に手を出した。
 その手には、銀色の金属でできた小さな箱が二つあった。
「それは……?」
「あー……その、どうしても気になってな。ブラックアウトに通信したら、キャンディ・キューブがなにか関わってるんじゃないかと言うから、あの辺りを少し調べてみたんだ」
 調査スキルの高いスタースクリームにとって、それを見つけるのは簡単なことだった。
 炎上する道路、悠々と消火して回るセンチネル、その脇で燃えている茂み、炎の中にこれが転がっていた。

「たしか……今日は、誕生日なかったか、ジャズの」
 アイアンハイドはあっと言って固まって、脳内でカレンダーを確認した。

 セイバートロンの周期とはあまりに異なるため、今がいったいいつなのか、よく分からなくなる。地球にいる以上は地球のサイクルに合わせようとオプティマスが言うものだから、尚更だ。
 だがたしかに、セイバートロンの暦を照合すると、スタースクリームの言葉に間違いはなかった。
 アイアンハイドは彼の手の小さな箱に目を落とす。ジャズの分。そして、彼にだけだと可哀想だから、バンブルビーの分。
「たぶんこれが……」
 それ以上言葉が出なかった。

 なにがあったのか詳しいことは分からないが、たぶん、バリケードはこれをやろうと思ってやってきて、そこでなにか、すれ違いか、衝突かが起こってしまった。
 それで喧嘩になったに違いない。いつもとは違う、本当に許せない、悲しい喧嘩に。

 スタースクリームはアイアンハイドの手を取ると、その手に二つの箱を乗せた。
「どうしろとは言わん。俺には分からん。ただ、俺たちだけでも知っていたほうがいいと思ってな」
 じゃあなとスタースクリームは身をひるがえし、音もなく飛び去った。

 そっと開けてみると、銀色の箱の中にはたくさんのキャンディ・キューブが入っていた。
 あげようと思って持ってきて、いったいなにがあったのだろう。
(……こいつを見せれば、なにか分かるのか)
 アイアンハイドは小さな箱を手に、レクリエーションルームに引き返した。

 

 

 天岩戸だ。
 しかし天鈿女命はここにはいない。
 部屋に閉じこもってしまったバリケードの前で、メガトロンはあの手この手で慰め、出てきてもらおうとするが、ことごとく失敗に終わっている。
 それを少し離れてたころから見ていて、親バカぶりに若干の頭痛を覚えるブラックアウトである。
「バリケード〜。お父さんと遊ぼう。お父さん、このままでは寂しくて死んでしまうぞ」
『……かってにしね』
 相変わらず口の悪い子供だが、語尾が鼻声ではいつもの生意気さはない。

 スタースクリームもまた相変わらず我関せずの態度である。しかし今は彼が船の制御をしてくれているのだから、文句は言うまい。
 やがてその彼から
『客だぞ』
 と通信が入った。
 誰かと思って(と言っても相手は限られるのだが)出てみると、そこにはアイアンハイドに連れられて、ジャズが立っていた。涙目で、アイアンハイドとつないでいる手とは逆の手で、しきりに目をこすっている。

『どうしたんだ? なにか分かったのか?』
 ブラックアウトは通信で問う。アイアンハイドは、
『さっき、スタースクリームが来てな。あいつは?』
『スタースクリームが……? あいつなら、船を見てるが』
『そうか。じゃあ、後でありがとうって伝えておいてくれ。さっき言いそこねたからな』
 いったいなんなのだろうか。事情は分からないが、知らん顔のスタースクリームが、少し前にアイアンハイドを訪ねていたとは驚きだ。

「……バリケードは?」
 しかしそのことは後でいい。涙声のジャズに言われて、ブラックアウトは案内に立った。
 気になるのは、ジャズが涙を拭く手に持っている、銀色の箱。涙を拭き終わると、大事そうにぎゅっと胸の前に抱える。
 それを問うのもまた、後でいいだろう。
 バリケードの部屋の前に案内すると、メガトロンは「よその子」に非難がましい目を向けたが、ブラックアウトはさりげなく視線の間に入り、ジャズに気付かれないようにする。
 ジャズの手が……高い位置にあるインターホンパネルには届かないので、アイアンハイドに抱えてもらって、ようやくそこに触れる。そして小さな銀色の子は、
「……ごめん。……アメちゃん……、オレがわるかったから、だから、ゆるして」
 と小さな声で呟いた。そしてもう一度「ごめん」と言って、しくしくと泣き出してしまう。

 返事はない。
 ジャズは泣いている。
 アイアンハイドはジャズを抱えたままじっとしている。
 ブラックアウトはどうしたものかと困り果て、メガトロンは訝る顔だ。

 どれくらいたっただろうか。実際には1分もなかったのかもしれない。
『……もういい。またこんどな』
 と、部屋の中から回路を通して、返事があった。
 ジャズが涙を拭いて、大きく頷く。それは中のバリケードには見えないが、高性能なマイクは、ほんの小さな「うん」という声も拾ったことだろう。
 アイアンハイドとブラックアウトは大きく胸をなでおろした。

 

 

 船では相変わらず父親たちが通信相手にうちの子自慢を繰り広げ、公共電波で自分のバカを宣伝するんじゃないと、息子の一人に罵られている。
 もう一人の息子たちは別の回線を使って、結局なにがどうなったのかを話していた。

『発端はいつもの、キャンディの取り合いだったようだな』
 アイアンハイドがバンブルビーから聞いたところによると、最初は本当にいつもどおりだったそうだ。
 おまえは独り占めしてるんだから少し分けろとか、そんなことは関係ないとか。
 ただ、前後から察するに、バリケードはどこかでそんな話はやめにして、ジャズとバンブルビーにキャンディをプレゼントするつもりでいたに違いない。
 しかし、たまたま虫の居所が悪かったジャズが(直前にラチェットに悪戯を叱られたからだ)、普段は言わないような、それでも本人は特別ひどいことを言っているつもりのない、他愛ない雑言を返した。
「おまえのもってるモンなんかいるもんか。ケチがうつる。せーかくワルいのまでうつったらサイアクだし。どっかいけよ。ムカつくんだよ、おまえみてると」

 もしこれが普段のことなら、いつもより少しだけ過激な口喧嘩だ。ジャズの口の悪さも大したものなのである。だから、いつもより少しだけ乱暴に衝突して終わったかもしれない。だがキャンディをあげるつもりで来ていたバリケードにとって、それは決して「いつもの」悪口ではなかった。
 「あっちへ行け」と言うように軽く突き飛ばしたジャズをバリケードが反射的に殴りつけて、取っ組み合いの喧嘩になった。
 最初に泣きだしたのはバンブルビーだった。二人はいつもよりずっとひどい言葉を相手に投げつけているし、誰かを「殴る」という暴力を見たのは初めてだった。二人が暴れるものだから建物は破壊され、人間たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。それで怖くて悲しくてたまらなくなってしまったのだ。そして気がつけば三人とも泣いていた。

 

「それは聞き捨てならんぞ。人間の理解を得られないのはおまえのところのバリケードが街を壊すからだろうが」
 どっちもどっちだと思ったラチェットは、
「ああ何度でも言ってやる!」
 とコンソールを殴りつけて椅子から立ち上がったオプティマスの背後にすっと立ち、
「そのコンソール、自分で修理してもらいますよ。今月何回目ですか?」
 淡々と言い放った。オプティマスはうっと言って沈黙する。
「え、ええい、ここでは話にならん!」
 外でやるならどうぞご勝手に。そう言わんばかりの冷たい目で、ラチェットは出ていくオプティマスを見送った。

『それじゃあ、またな』
『ああ、また』
 アイアンハイドは溜め息とともにブラックアウトとの通信を終える。
「なに、またケンカしにいったの? よくあきないなぁ」
 いつの間にかそこに来ていたジャズがつぶやいて、抱えた箱の中からキャンディを一つに口に放り込んだ。
「キャンディは一日に3つまで。ちゃんと守っているのか?」
 ラチェットに睨まれて、肩を竦める。そして、
「うるさいよ、ラチェットは。いこ、バンブルビー」
 弟分を引っ張って、制御室から逃げていった。
 溜め息をつくラチェットに、アイアンハイドは思わず笑ってしまう。
 睨まれて、
「俺は別に、おまえに迷惑かけちゃいないと思うが」
 と答えると、
「だからと言って、艦内の平和と秩序、あの子たちの健康維持に勧んで貢献してくれているとも思えないがね」
 チクリと言われた。
「おまえが厳しい分、俺が少し甘くて丁度いいだろうよ」
「我が儘に育った責任を全部とってくれるなら、どうぞご自由に」
 くるりと椅子を回してコンソールに向かうラチェットの後ろで、アイアンハイドはやれやれと首を振った。

「なんだと!? もう一度言ってみろ!」
 ガン、とコンソールを叩いてメガトロンが立ち上がる。どうせ向こうでも同じようなことが起こっているのだろう。ブラックアウトの耳に、アイアンハイドの溜め息が聞こえる。
「船の中で暴れないでください。撃ちますよ」
 それを横からスタースクリームが冷たい声で制する。たぶん向こうはラチェットが。
「よし、じゃあ表に出ろ!」
 もう好きにしてくれといった風情で、スタースクリームが手の中に顔を埋めた。

『それじゃあ、またな』
『ああ、また』
 騒々しいが、いつもの光景だ。
 通信を終えたブラックアウトは、大股に出ていくメガトロンを見送って苦笑する。
 その足を軽くつつかれて見下ろすと、そこにバリケードがいた。
「どうした?」
「アメ、もうないのか?」
「なんだ、全部食べたのか?」
 そう言えば、ジャズとバンブルビーにけっこうな数分けてやったようだから、それでだいぶ減らしてしまったのかもしれない。
「俺はもう持ってないな。すまん。また今度探してきてやるから」
 つまらなそうな顔をして、バリケードがぷいと背を向ける。探してやりたいのは山々だが、そう簡単に見つからないのだ。
 落とした肩に後ろから、コンとなにかがぶつかった。ブラックアウトは振り返り、丁度目の前に落ちてきた黄色い光を慌ててキャッチする。
(自分で渡せばいいのに)
 ブラックアウトの手からキューブを受け取って、バリケードは大きな椅子の背もたれをじっと見やった。
「……ありがとっていっといて」
 小さな声で言い残して、バリケードはすたすたと制御室を出ていった。
(自分で言えばいいのに)
 喧嘩ばかりして、仲良くは見えない二人だが、ひねくれ者同士、案外相性は悪くないのかもしれない。
「だ、そうだ」
 聞こえていたんだろうと思って言うと、椅子の背もたれの横でひらひらと、スタースクリームの手が踊った。

 

(おしまい★)


 本気で出てきたアメちゃん妄想大・爆・裂!です。

 ボッツ側はお父さん=オプティマス、長男=ラチェット、次男=アイアンハイド、三男=ジャズ、末っ子=バンブルビー。
 ディセプ側はお父さん=メガトロン、長男=ブラックアウト、次男=スタースクリーム、末っ子=バリケード。ゲームが元ネタなので、プレイキャラになってない上に存在意義のさっぱり不明なただ助けられるだけの二人は出てきません! 悔しかったらプレイキャラとして使わせてくれるか、映画本編ででももう少し目立ってみろッT皿T
 そういう理由(映画ではそこそこ目立つメインキャラ)で、ゲームでは敵として出てくることもなく、プレイキャラでもないラチェットは組み込まれています。

 あと、年をとると大きくなるとしたら、やがては8メートルとか10メートルのビーとかになるわけか……。
 諸々とツッコミどころはありますが、ま、ふぁんたじーですので気にしないでください。
 今なんとなく、ゲームのムービー字幕をすべてアメちゃん妄想に差し替えたらどうなるかとか危険なことも考えてます★

 ちなみに皆さん、分かってらっしゃいますか?
 可愛いなぁとか言ってる場合じゃなくて、街は大惨事ですよ?