A Real Face

 

 きっとメガトロン様は後悔しているに違いない。
 俺は勝手にそう思い込んでいた。
 何故なら、あれからずっと特に呼ばれることなどなかったからだ。
 その場の勢いのようなものでつい弱みのようなものを見せてしまったが、これではならないとでも自戒して、あるべき姿であろうと、そう決めたのではないかと。
 だとすれば俺は、見たもの、聞いたものはすべて俺一人の中に封印して、少しでもメガトロン様の役に立つことが自分のすべきことだと、そう思っていた。

 だから、
「そう言えば、ここのところは具合が悪くなることはないようだな。良かったら後で私のところに来てくれないか」
 と言われたときには、少し驚いた。
 しかし答えはもちろん、
「分かりました」
 それだけだ。

 

 訪れると手招かれた。
 近寄ると膝の上へ抱き上げられた。
 やはり「あれ」はなかったことではなかったんだなと、否応なく分かった。
 もちろん、それならそれで俺は、落ち着かない感じはするが、役に立てるならそれでいい。
 俺を抱えて、メガトロン様は溜め息をつく。
「どうしました」
 尋ねると、
「いや、まさか『センチネル』への風当たりがこれほど強くなるとは思ってもみなくてな」
 と答えられた。

 なるほど。映画の「センチネル・プライム」のことか。
 1作目から登場しているメインキャラクターの「アイアンハイド」を殺したせいで、一部の映画ファンからはかなり嫌われているらしい。俺は風聞など気にもしないが、「これではメガトロン様もいい気分はしないだろう」とスタースクリームたちが話していたのは耳にした。
「不思議だな。『私』も『ジャズ』を残酷に殺している。最初の映画でのことで、あの新しい『ジャズ』には皆特に馴染みがなかったとしても、今も『彼』の熱烈なファンはいる。それなら『私』ももっと嫌われてもいいはずなのだが」

「それは、認知度の差では」
 映画の前に「トランスフォーマー」は、何度もアニメーションになっている。地球に不時着したジェットファイアと、彼に助けられたメガトロン様が人間に出会い、そこから生まれてきた空想のお伽話だ。その中でメガトロン様は必ず敵として出てきたが、ただ嫌悪されるだけの悪党としては描かれなかった。
 「メガトロン」というキャラクターは、昔から知られていて、「彼」を好きだと言う者もいた。「ジャズ」もそうだ。昔から「彼等」を知っていた者たちにとっては、映画の中の存在は姿や性格が少し違っていたとしても、顔馴染みの存在だった。
 逆に、映画で初めて「トランスフォーマー」に触れた者にとっては、「メガトロン」も「ジャズ」も特別な存在ではない。認知度という観点で言えば、まったく同程度だった。
 だが、アニメの歴史を背負い、更に映画由来のファンも持つ高い認知度のあった「メガトロン」と「アイアンハイド」に対して、「センチネル」は初めて出てきた、しかもアニメでの認知度もほとんどない存在。
 だからもし、「アイアンハイド」を殺したのがもっと認知度の高いキャラクターであれば、ただ悲しんだり残念に思ったり、あるいは―――人間の想像力には本当に呆れる。個人が独自の背景や設定を考えて自己補完し、殺した者を特別に嫌ったりすることなく物語に満足したはずだ。
 と、これはスタースクリームの言うことであって、俺が考えたことじゃないが。

 メガトロン様はこんな解説などなくても(俺は誰に向けて解説してるんだ?)、認知度というキーワードだけですぐに理解した。ともすると、俺が言うまでもなくおおよそは分かっていたことなのかもしれない。
「仕方のないことだが、正直に言えば少しだけ、センチネルを悪役にするなら協力しないとゴネれば良かったと思わないでもない」
 メガトロン様はもう一度溜め息をついて、苦笑を俺に向けた。
 それで俺はようやく、自分がここにいる理由、求められた理由を実感として理解した。
 皆の前では必ず、「そう言うな」などと人間に対する批判を抑え、なにか理由をつけて和らげる側に回っているが、本心では一番こたえているのがメガトロン様のはずなのだ。
 だからと言って本心を出すべきでない理由も理解もできる。もしメガトロン様がそんなことを人前で言えば、それは「大義」になる。「個人的な感情の話」では済まない。メガトロン様がそう言うならこの苦情は正当なものだろう、といった空気になってしまうだろう。
 だから、決して言えない。
 だがそういった思いをなかったことにもできない。
 だからこうして他に誰もいないとき、俺にはそれを見せることができる……見せてもいいと自分に許した。
 そして俺は?
 そんなことを聞いたからと言って、別に人間に腹を立てたりもしない。スタースクリームたちは、メガトロン様に酔いすぎだ。
 ―――なるほど。だからここにいるのは、他の誰かではなく俺なのかもしれない。

「ゴネたところで、CGでも俺たちは作れます。あまり意味はなかったかもしれません」
 つい思ったことを言う。メガトロン様に酔ってないという点では話の聞き役として適任かもしれないが、「空気」を読めないのはコミュニケーションにおける俺の欠点だ。
「おまえはクールだな」
 メガトロン様の、また溜め息と苦笑。
「すみません。気に障りましたか」
 慰めにきて苛立たせては意味がない。ぎくりとする。だが、
「いや」
 とメガトロン様は今度こそゆったりと笑って、
「ここで建前の応酬はしたくない。おまえはおまえの思ったことを率直に言ってくれればいい」
 と、大きな手で俺の頬を撫でた。

 ……こういう接触は、馴染みがない。
 だから落ち着かないし、どうしたものか分からなくなる。
 そして俺はつい、
「センチネル様について尋ねてもいいですか」
 と口走った。動揺をどこかへやってしまいたかった。
「俺は名前を聞いたことがあるだけで、どんな人だったのかをまったく知らない」
 たぶんメガトロン様は、俺の落ち着かなさくらいはとうに感じているが、俺の質問には一つ頷いた。
「なにが知りたい? 人柄か。業績か。それともエピソードか」
 そして尋ねてくる。
 俺はなにを知りたいのかと考える。たぶん、すべてだ。いろんなことを少しずつ。(全部語っていたら、短縮言語を使用しても主要な情報だけで数百年かかるだろう)
 だが真っ先に浮かんだのは、
「貴方にとってどういう人だったのかを。貴方との間でどんなことがあったかや、貴方がどう思っていたか。それを聞いても構いませんか」
 ということだった。

 いいだろうと答えて、メガトロン様は少し俯き、目の光を絞る。記憶を読みだしているのだろう。
 そして俺を見ると、突然、面白そうに口角を上げた。そして言った。
「面白い、困ったクソジジイだったな」
 と。

 俺は予想外の答えに面食らう。
 俺の耳に漏れ聞こえていたセンチネルは、慈愛と寛容の人だった。メガトロン様にとってもそうだったはずだ。それが、「面白い」だけでなく「困った」、しかも「クソジジイ」?
 メガトロン様はいかにも楽しそうな顔だった。
 だが少しだけ、眼差しが別の思いを表す。俺にはよく分からないが、今言った言葉とは、少し裏腹なものなのは間違いない。
「私が軍の総司令官に着任して、そうだな、まだ何年もたっていない頃だ」
 とメガトロン様は話しだした。
「慣れないことばかりで、毎日毎日、一服する間もないほど引き継ぎや職務に追われていた。そんな中で急に呼びだされて、なにかと思って彼の屋敷の書斎に駆けつければ、言われたのは、一昔前の戦役の資料をどこに仕舞ったのだったか、ということだった。だいぶ前にこの書斎でその話を聞いたのは確かに私で、その資料をセンチネルがどこに仕舞ったかも記憶していたが、まさかそんなことのために呼び出すとはな。覚えていた場所から資料は引っ張り出したが、『私は貴方の備忘録じゃない』と言い捨てて、あまりにも腹が立ったんで窓からそのまま飛び立ったら、無線が入った。すまなかったとでも言うのかと思えば、『今度は玄関から帰れよ』ときた。思わず落ちそうになった」
「は、はあ……」
「後になって、もしかすると無理やりにでも一服させるために呼び出したのかと尋ねたら、『引き継ぎなぞとっくに終わってるもんだと思っておった。もたもたしているのはそっちが悪い。自分らの無能を棚に上げなさんな』と来た。たしかにおっしゃる通りですがと、一発殴ってやりたい気分になった覚えがある」
 今となっては、呆れはしたがいい思い出なのか、メガトロン様は少し声を立てて笑った。

 俺は、予想もしなかったエピソードに、思わず「本当なのか」と思っていた。
 そんな俺の感想を察するのは容易だったらしく、
「たしかに、センチネルには素晴らしい業績も多々あるし、事実として信じがたいほど寛容で、驚くほど深い慈愛の心を持っていた。だが同時に、そうだな、半分くらいはこういう困った爺さんだった」
「しかし、そんな話はまったく聞いたことがありませんが」
 エピソード以前に、そういう面をうかがわせる話は、ということだ。
「だろうな。私も話したことがない」
 メガトロン様は肯定する。そしてまた、ただ面白がっているだけではない顔になる。
「いつからこうなったのか……」
 そして急に俺を抱え込んだ。膝の上に座ったまま、俺は上体をかなりひねって、メガトロン様の胸に頭を押し付けるような格好になる。その頭を上から手で押さえられると、不自由な体勢だが動くことはできなくなった。メガトロン様の顔を見ることもできない。

「私も昔は、もっといい加減だったのだがな」
 声は胸の辺りから、いつもより深く響いてくる。
「腹を立てて部下を怒鳴りつけたり、勢いだけでろくに考えもせず動いてしまったり、無茶な命令を気合だけで無理やり乗り越えさせたり。滅茶苦茶だったが、それでも不思議とうまくいっていた。腹も立って、苛立ちもして、あれこれ思い悩みもしたが、楽しいことも多かった。今そうしないのは、老練になったというよりは、そんな余裕がなくなって久しいからか」
 フォールンの襲撃でなにもかもが変わった、とメガトロン様は言い、急激に、と付け加えた。

 フォールン。
 俺が生まれた理由。
 俺にとっては特別な思い入れもなにもない、ただの「敵」だ。一度だけ対峙し、圧倒的と言うこともできないほど絶大な力の差で一瞬にして弾き飛ばされたことだけを鮮明に覚えている。そして、それでも倒さねばならないと、起き上がって探したときにはもういなかったことだけ。
 俺にとってはそれだけの「敵」だ。

 だがメガトロン様にとってはそうではない。
 そして、それは俺が思う以上に重く厳しい変化だった。
「オプティマスを除くすべてのプライムが消え、古き指導者を失った星で、評議会は迷走し……。不遜かもしれないが、私は彼等の代わりにならねばならないと思った。オプティマスが若い間は、私がなんとかしなければと。我が儘もプライベートもなくして、『あるべき姿』と『目指す未来』を実現するために生きるようになったのは、それからだ」
 ……記憶を読み返す。
 この間、人生の100%を仕事に捧げる気はないなどと言っていたが、実際にはずっと、プライベートな時間でさえ、仕事のこと、星のこと、民のこと、俺たちのことだけ考えて生きてきたのだろう。想像するというなら、そのほうがよほど想像しやすい。
 そうして作り上げたのが、プライムに劣らないほど(と俺たちが思う)高潔な指導者の姿だ。

 この人は今まで、いったいどれほどの重荷を自らに課して生きてきたのか。
 俺にはなにもできないのが歯がゆい。
 だが、
「つまらない話をしているか?」
 少しだけ手が緩み、俺は上を向いてメガトロン様を見ると、「いいえ」と答えた。
「俺に話して構わないことなら、俺は……」
 貴方のことをもっと知りたい。そう言うのはどうしても躊躇われるが、他の言葉も思いつかない。
 どう受け取ったのか、メガトロン様はそうかと笑った。そして、それならあと少しだけ聞いてくれと言い、
「だがそれは、私が自ら選んだことだ。正しかったのかどうかはさておき、今更文句を言おうとは思わん。ただ、―――おまえに問われるまで、クソジジイでもあったセンチネルをずっと忘れていたことがな。まるで、そんな彼などいなかったかのように。私は、面倒くさくて我が儘な爺さんも、好きだったのに」
 ひどい話だ、とメガトロン様は呟いた。

 メガトロン様の見せるどこか悲しげな眼差しの理由が、俺にもやっと分かった。
 「偉大なるプライム」、その理想の姿とはまるで違っていても、メガトロン様にとっては間違いなく存在し、そして「好き」だった、困った爺さん。崇高でも偉大でもないとしても、メガトロン様にとっては、そんなセンチネルも大切だったのに、理想に追われ、ずっと忘れていたこと。
 ……俺たちは、ずいぶんとひどいことをしてきたんじゃないだろうか。こうあってくれと勝手に望んで、それに応える裏側で、大切なものを封じ込めさせて……。
「理想のセンチネルならば、映画の役のせいで嫌われていようと、何事でもないように笑って皆を宥めているだろうが、実際には、拗ねてガレージから出てこないのではないかな」
 そんなことを言いながら、メガトロン様はしきりに俺の頭や背中を撫でている。スパークの紡ぐ小さな漣が、ずっと俺のスパークを揺らしている。

 俺はろくに考えもせず、
「そんなに大切なものを殺してまで守る必要のある偶像なんてあるんですか」
 と言ってしまった。
 メガトロン様の手が止まる。
 俺はすぐに、その必要があるから守ってきたのではないかと思い直す。
「すみません。軽率でした」
 分かりきったことだ。それを否定したら、メガトロン様が今までしたきた努力まですべて否定することになってしまう。そのことに気付いて、俺は自分の発言の無神経さにぞっとした。
「……すみません……」
 だからと言って、いい謝罪の方法など知らない。俺が芸もなくその言葉を繰り返すと、メガトロン様は、
「気にするな。おまえは、思ったことをそのまま言えばいい」
 と言ったきり、あとは黙って手だけ、ゆっくりと動かした。

 

 ずいぶんとそうしていた。
 俺は、自分のスパークがメガトロン様のものに同調すると、どうやら眠くなるらしい。波長が俺よりも長いためだろうか。
 うとうととしかかって、もう少しで本当に寝てしまうというときに、俺宛ではない短信波で叩き起こされた。
 何故そんなものを感知したのかは分からないが、メガトロン様に入った通信だ。
 なにか受け答えた後で、
「まったく……。せっかく気持良くうとうとしていたのにな」
 仕方ない、と俺を床に下ろす。
「なにかあったのですか」
「サウンドウェーブからだ。スタースクリームと共に少しネメシスに戻る。不在の間は、オプティマスの指示に従え」
「はい、メガトロン様」
 ガレージから出ると、メガトロン様はジェットスタイルに変形して飛び立ち、瞬く間に見えなくなった。追うようにして西から青白い光が登っていったのが、スタースクリームだろう。

 ―――複雑な気分だ。
 なにかそれなりに重大なことがあったから、サウンドウェーブは通信してきて、スタースクリームもそのためについていった。
 それに比べて俺のしていることはいったいなんなんだ。
 たしかにこれはメガトロン様の希望で、無意味ではないことは分かっている。だが普通「仕事」とか「役目」と言えば、支払うものと支払われるものが存在するはずだ。抱えられて、話を聞いて、撫でられているだけでOKだなんてのは、あまりにも安楽すぎないか。
 少しだけシリアスになろうとした俺は、しかし、
『そうそう。いい子にしているんだぞ。おみやげを持って帰ってやるからな』
 悪戯げな声で通信が入って切れて、台無しになった。
 俺は子供か、それともペットか。
 ちょっと待てと思うが、この落ち着かなさと脱力感が「支払うもの」なのかもしれないと思って、なんとなく納得してしまった。

 急速に遠ざかるメガトロン様に、俺の通常交信波はもう届かない。
 届いたとしても、いったいなにが言えるというのか。
 そう遠くない場所にジャズのエンジン音を聞いて、俺は見つかる前にそこを離れることにした。

 

(まだつづくっぽいよ)


 なにしてるんだろうかこの人たちは。

 という感じで、ただだっこしてるだけのお話です。メインはどちらかと言わずともセン爺様ですね。
 前の話で「入れられなかったもの」は、この話にも入っていません。
 しかし、それは入れる必要があるものなのか、とも思っています。「それ」を見せたいがためだけに、しっくり来ないものを無理に入れるよりは、これはこれとしてこだわらずに進めてしまったほうがいいのではないかなと。
 このサイトにある管理人プロフィールの、「物書きさんへ100の質問」にも書いているのですが、「できあがったリフは素材になるまで寝かせておく。そうしないと、そのリフを聞かせたいだけの曲になってしまう」というエース長官(聖飢魔U)の言葉が浮かびます。
 どんなにおいしいネタでも、そのネタそのものを見せるためだけに、違和感のあるものになってはかえってもったいない。そのネタがもっとしっくり来て、物語の一部としてきちんと機能するようなものにしたほうが、よほど活きる、とも思います。
 そんなわけで、あれはあれ、これはこれとして、思いつくままに……。

 つづく理由は、実にフラチです。
 さいだいサイズのメガさまとえっちぃなことしたらタイヘンだろうなぁとおもうからです! さいていだこのひと!
 ただ、そうなるとしたらメガ様は引退後だろうなぁと。在任中は「公務に支障が出る」可能性が高いので、そこは自制すると思います。いくら公務とは切り離していても、部下にあたるポジションの人と特別な関係になるってのは、完全に私的なことには収まらないでしょう。
 なのでこの後は、いきなり数万年先に飛ぶ予定です。だってそこまでの間は、こんな感じでひたすらぴとぴとしてるだけだろうしねー。
 もし見てみたいエピソードなどあれば、……というか「こんなことあったりして」的なネタ・妄想があれば、お気軽にお寄せください。OSS(SSより短いワンショットストーリー)として書いてしまうかもしれません。