High Tensed

 

「相変わらず無茶をしおる」
 責める調子でもなく、心配するようでもない。揶揄を含んだ楽しげな声でメガトロンが言う。彼の前には、片腕、片足を失い、右目のあたりもごっそりと抉り取られた無残な姿の部下が一人横たわっていた。これでも致命傷ではなく、治療台には3人の医者がとりついて、新たな手足と目の再生を急いでいた。基本的に反論を認めない彼等の主は、これだけの大掛かりな治療を明日の朝までに終わらせることをお望みである。無駄口を叩く暇はない。電磁メスが破損部位を切り取る音や、再接着する音だけが響く。
 治療台に載せられた者は、自分の顔からメスが離れたのを確認すると、
「次のご命令は」
 それだけ発声してまたじっと動かなくなった。

 この修理が明日の朝までという期限で切られていることは、彼も知っている。それはつまり、明日の朝にはまた新たな指示が下されるということだろう。本当の意味で傷が癒えるには不十分な時間だが、彼はそれを気にしない。行けといわれる場所に行き、敵を葬るだけである。寝ているよりは、はるかにいい。
 メガトロンも部下のそういった性分をよく承知しているが、この有り様で次の指示を受けようという性根には、思わず苦笑した。
「今は余計なことは考えずに休め。話は明日だ」
 明日、どんな話があるのか。医師たちも気にならないわけではなかったが、誰も問おうとはしない。前線に出ない分だけ長く生き、主との付き合いも長い彼等は、主の性分を嫌というほど知っている。くだらない質問がもたらす結果も、よく知っていた。必死に修理を急ぐのみである。

 

 医師たちはかろうじて主の命令に背くことはなく、翌日の昼には、バリケードは治療室を出ることができた。
 新しいパーツが身体に馴染むにはもう少し時間がかかるようだ。右足、右腕、右目と、右半身全体の感覚が鈍く、バランスがとりにくい。特に視界は、右目の見ているものにノイズが混じるため、非常に不鮮明だった。かといって右目を閉じると、ただでさ危ういバランスがますますとりにくくなる。
 どちらのほうがマシか。そう考えながら、できるだけ右側にスペースを作らないよう壁に沿って歩く。
 できるだけ注意はしていたが、急に角を曲がってきた者を避けることはできなかった。

 ぶつかって、反射的に引いた右足はそれ一本で体重を支えることができず、膝が折れて体が傾く。しかし転倒する前に、ぶつかった相手が手をのばし、とっさにバリケードの腕を掴んだ。
 ブラックアウト。そう確認して、バリケードは予想される展開に苛立つ。なにが気に入らないのか、やたらと突っかかって来る彼とはまともに会話できたためしがない。
 今も、掴んだ手をそのままに、引っ張りあげるようにされたせいで爪先が浮きそうになる。
「貴様、生きていたのか」
「離せ」
「ほらよ」
 離せとは言ったが、突き飛ばしてくれとは言っていない。もちろん、放り投げてくれとも。
 そして、こういうときに黙って我慢できるバリケードでもない。手元に出したディスクをブラックアウトの顔面めがけて投げつける。ブラックアウトは巨体に似合わぬ素早さでそれを避けた。標的を失ったディスクは耳障りな音を立てて壁に突き刺さる。
「相変わらず遠慮というものを知らん野郎だな。いつまでも大目に見てもらえると思うなよ」
「なんのことだ」
 これまでに二度、バリケードはトラブルを起こした相手を再起不能にしている。避けるなり応戦するなりして事無きを得た者ならばもう三人いる。ブラックアウトもその一人だ。だがどのケースでもメガトロンは彼を咎めず、負けた者を無能だといって切り捨てた。
 しかしバリケードは、今回も見逃してもらえるだろうなどと思って実行しているわけではない。気に入らない奴は目の前から消す。ただそれだけのことである。それは相手がオートボットだろうとディセプティコンだろうと関係はないし、自分の戦闘力が落ちているという問題も、ブレーキにはならない。
 割って入る声がなければ、広いとは言い難い通路での戦闘が始まっていただろう。だが幸い今は、
「なに一人で力んでるのかと思えば、ブラックアウト、またそいつとか。よく飽きんな」
 ブラックアウトの後ろから、嘲笑うような声がした。

 いくらブラックアウトが大柄でも、本当にその陰に隠れてバリケードが見えなかったのかどうかはあやしいものだ。だがこれはスタースクリームの常で、彼が誰の気にも障らない発言をすることのほうが珍しい。
 そしてバリケードには、他人の戯言を脳内にとどめる趣味はない。面白がったのはブラックアウトだった。
「スタースクリーム、そこで見てろ。このチビをもっと小さくしてやる」
 加勢を得たというわけでは決してないのに、ブラックアウトは一対一で対峙していたときの緊張を失った。
 スタースクリームが小さく笑ったのは、ブラックアウトの提案を楽しんだからではなく、彼のそういった愚かさに呆れたからだ。案の定、無策に一歩踏み出した途端に慌てて身をひねることになる。スタースクリームには充分予想できたことだったので、彼は少しだけ首を横に傾けて、飛んできたディスクを避けた。
「やめておけ。俺はそいつを呼びに来たんだ。メガトロン様に言われてな」
「なんだと? メガトロン様がこいつを呼んでいると? 何故? どこへ?」
「わざわざ何故かなんて説明してくれると思うのか? どこへかと言うなら、指令室へだと答えられるが」

 それはスタースクリームにとっても意外なことだった。
 呼んだ理由に興味がないわけでもない。だが今は連れてこいと命じられている。その命令に対して質問をするなど、愚行以外のなにものでもない。メガトロンは「何故」などと言った愚昧な言葉は許さない。それは自ら察するものであるし、それができないのであればただ「イエス」と答えるべきである。
 スタースクリームに分かっているのは、最近彼等のボスが、やけにこの斥候を気に入っているということである。その理由ならば分かる。メガトロンは役に立つ者が好きなのだ。偵察、諜報、情報分析といった斥候に必要な能力とともに、体格に見合わない戦闘力を持ち、しかも自分の倍ほどもある相手に真っ向から―――馬鹿正直に正面からという意味ではないが―――戦うだけの技量もある。しかも命令に忠実となれば、気に入られないわけはない。ゆくゆくは幹部に取り立てるつもりでいるのだろう。
 だがスタースクリームにとって、それはどうでもよい問題だった。戦闘記録やこういった日々の出来事、噂、他人の評価から察するに、バリケードが自分の邪魔になることはなさそうである。ならば、どうでもいい相手、相手にするまでもない相手だ。
「というわけでな、バリケード、俺と来い。連れてこいと言われている。一人で行かせれば、辿り着くまでに二度や三度は同じことが起こりそうだからだろう。ブラックアウト。おまえもどこかへ向かう途中だったんだろう。とっとと自分の用を済ませたらどうだ。それとも、遅いと言われたときにメガトロン様に説明してほしいか? おまえがバリケードに絡んでいたせいですと」
 一触即発の気配のまま、ブラックアウトはバリケードの脇を抜けてどこかへと歩いて行った。

 さぞかし面白くあるまいなとその背中を見送って、スタースクリームはバリケードを自分の後ろへと促す。小柄な上に歩行機能が完全に回復してないらしい相手に合わせてゆっくり歩いてやりながら、苛立たないのはブラックアウトの今後の反応を推測するのが面白いからだ。
 馬鹿げた感情に支配されているブラックアウトにとっては、メガトロンの気に入るものは、同じように気に入るか、さもなければまったく気に入らないかのどちらかだ。ことにそれが「何か」ではなく「誰か」である場合、確実に、気に入らないほうになる。
 そして残念なことに、メガトロンによるブラックアウトの評価はあまり高くない。忠実に命令どおり動くところは便利だが、満足な結果を伴わないことが多いためである。そしてそれを本人もなんとなく感じている。認めているかどうかはともかく、また、理解しているとも思えないが、高く評価されてはいないと感じてはいるようだ。
 バリケードにやたらと絡むのは、この、小さいながらも凶器そのもののような存在の出現によって、己の価値が低下することを恐れているからだろう。それを本人が自覚してはいなくとも。
 もしバリケードと戦うなら、自分ならば、卑怯だろうとなんだろうと、徹底した空中戦を展開して接近しないことを選ぶ。それくらい危険な相手だ。だがブラックアウトはそう思っていない。それが彼の最大の欠点である。くだらない自尊心は、大抵の敵よりも厄介だ。
(悪いことをしたな、ブラックアウト。おまえがこのチビとまともに戦える数少ないチャンスだったのに)
 もちろん、スタースクリームは少しも悪いとは思っていない。

 

(おわり……?)


 比較的原作に近い、ディセプたちが全員ギスギスと仲悪いバージョンです。
 原作(映画・ノベライズの設定)により忠実になるなら、バリケードはもっと軽い感じですね。淡々としてるときも多いけれど、なにかあるとすぐに剣呑になる。あるいは面白いことがあると、どうやって弄んでやろうか、といった薄笑い。

 このOSS(One Shot Story)は、烏屋型の設定を使いつつ、映画世界の二次創作的なものになっています。
 全員性格悪くて仲間意識なんてカケラもなくて、互いが互いに全員が「死ねばいいのに」と本気で思ってる。

 他のところでも書いていますが、スタスクはとにかく狡猾で残忍、悪趣味。戦闘能力もめちゃくちゃ高い上に頭もいい。そして本当に頭がよくて狡猾だからこそ、ナンバー1なんてしんどい地位につこうなんて考えていません。それが原作(アニメG1とか)との最も大きな違いです。ただ、映画本編では胡散臭くはあるもののメガトロンをフォローしていたりするので、メガトロンが存在している限りには、裏切りは考えてないのかもしれません。いない間は「俺がリーダーだろう」と思うとしても。なんにせよ、本当に本物の有能な副官です。しかし「油断大敵」を常に地でいくのが欠点かも(笑
 ブラックアウトは、「残念な人」です。なんというか……リアルにいそうなタイプ。メガトロンに心酔し、忠義を尽くしているのは確かなのですが、残念ながら自意識、自負、自尊心と、自己嫌悪や焦燥、臆病さ。それから見栄や虚栄。そういうもののせいで実力を完全に発揮できず、評価も今一つになってしまっている感。損得勘定とか、保身とか、とにかくリアルに、そういうものを計算して……というほど計算高くもなく、動いています。ヒーローやヒール的なかっこよさはないキャラクターですが、「ああ、分かるそれ」というのが多いのは彼ではないかな。そういう意味では、私にとってはとても可愛い人★(鬼
 バリケードは戦闘にしか興味がない人。で、気に入らない=殺す、で、喧嘩するとか口論するといった選択肢は基本的に存在しません。いかに戦うか、いかに殺すかにしか興味がないので、他のことはだいたい投げやり、あまりこだわりもなく。戦闘時も狂喜するというより、淡々と作業をこなして結果を作り、それがすべて予定どおりに進むと、「まあこんなものか」と少し満足するような感じ。たぶん、自分より圧倒的に強い相手と戦って、殺されるかもしれない、でも戦いたい、面白い、というときには笑うかも。怖。面倒くさいことはイライラして大嫌いなので、そのために論理的・現実的な選択肢を選びます。

 まあ、思いついたら彼等のギスギスした日常を、ぼちぼち追加していきたいと思います。