『これより帰還……』 言葉の途中で通信が途絶え、凄まじいノイズに変わった。
『アンブッシュ』 直後、サウンドウェーブから通信が入り、モニターが支配される。そこには、急速に距離を離して遠ざかる大地と吹き上がる爆炎、飛び交う機械兵が映しだされていた。 『招集!』 プラックアウトは幹部に一斉指令を送る。 サウンドウェーブは自分を狙う小型兵を迎撃しながら宇宙空間に退避したようだ。モニターの映像はジャミングされ確認できない。 基地内にいた幹部は全員、オープン回線で既に検討を開始している。
救援に向かうべきだ、とブラックアウトは譲らない。 急襲されたのは雑兵―――悪いが、雑兵ではない。新任の総司令官なのだ。 『言いたくないが、通信は戻ってないんだぞ。助けに行く必要自体が、なくなっている可能性もある。そんなところへ』 『そうと決まったわけじゃない!』 ボーンクラッシャーの意見をブラックアウトは怒声で遮る。そしてつい、それなら俺がと言いかけると、 『副司令が簡単に動けるとは思うな。落ち着け、ブラックアウト』 アイアンハイドの太い声がした。 『しかし!』 『すまんが、俺の独断で駐屯地から斥候を出した。まずは状況を確認する。ラムジェットたちの二の舞は御免だ』 アイアンハイドは正しい。かつてこれとよく似た事態で、救援に出たジェットロン部隊が罠にかけられ全滅した。 だが、悠長に確認などしている間に、状況はより危険になることもあるのだ。ブラックアウトは強く拳を握る。
もし今も自分が一介の兵士であれば、上層部の命令など無視して飛び出すことができる。成功すればそれで良し、命令違反を咎められ罰されればいい。失敗しても他愛ない兵士が一人減るだけだ。 だが現実は違う。メガトロンの辞任、スタースクリームの新任に伴って、ブラックアウトは副司令という立場に置かれた。スタースクリームが補佐として指名したのだ。自分に務まるかとは思ったが、スタースクリームは最初から決めていたようだった。 その誉れある立場と肩書きが、枷となり錘となる。
『交戦中。戦況は極めて不利。斥候部隊壊滅。敵増援確認。―――戦闘圏外に退避します』 サウンドウェーブの声がする。 ブラックアウトは歩いて行く脇の壁を殴りつけた。 普段は温厚な副司令の見せた振る舞いに、追いかけていた部下たちが一斉に立ち止まる。 こんなことならば、前線の視察など、どれほど安全が確保されたと言われても行かせるべきではなかったのだ。 後悔しても、もう遅い。
軍部総司令官の確実な排除に、敵は加減のない戦力を投入してきた。 抗うことは困難だろう。 ならば今は一刻も早く臨時の指揮系統を確立させ、次の攻撃に備えることだ。 だが、誰がいるというのか。 考えて、ブラックアウトは気付いた。 メガトロンは、辞任したとはいえ、健在なのだと。
彼ならばどう判断するのか。 そう考えた自分をブラックアウトは恥じる。 いったいいつまで頼る気だと。彼がいなければなにもできないのだろうか。 そうではない。だが、後任はスタースクリーム以外にありえなかった。 その彼がいなくなったら、いったい誰が? ―――こんなことを考えている間にも、被害は増しているに違いない。彼は今も無事なのだろうか。
ブラックアウトは通信を遮断し、踵を返す。 誰がなんと言おうと。 だがそこには、必死の様子で通路を塞ぐ部下たちがいた。 「退け」 言うが、 「聞けません」 答えられる。 「おまえたちは自分が誰を見殺しにしようとしているのか分かっているのか!?」 「分かってます! でも貴方だって死なせるわけにいかないんです!」 「ブラックアウト様。アイアンハイド様からの伝言です。今から2惑星時以内にクロスポイントへ3大隊を展開します。貴方には、すぐにネメシスに乗るようにと」 真っ当な采配。 目の前の小さな被害には取り合わず、結集している敵部隊の今後の動きに備え、必要とあらば総力戦をかける。 彼とても、痛みを切り捨てて決断したのだろう。 だが、その痛みは俺のものと同じほどのものなのかと、ブラックアウトは体内に沸く怒りを抑える。 そして、自分のすべきことはなにかと問う。 「……分かった」 言える言葉は、それしかなかった。
機械兵との戦いはもう四百年も続いている。 彼等は自分たちによく似た種族だった。 形状、構造、思考パターンは非常に似通っている。ほとんど同種ではないかというほどに。しかし彼等のほうが圧倒的に機械的だ。あえて言うならば、彼等は皆、おそろしく高性能で高機能なドローンのような存在である。彼等は死を恐れない。必要とあらばその場で他の個体のパーツを己に組み込んで復活する。複数の個体が一つの機能を果たすために融合することもある。 そんな、ただの戦闘マシンのような存在が、何故自分たちの星を襲うのかは分からない。彼等は突然現れて突然攻撃を開始し、ようやく形になってきた都市をいくつも破壊した。 今は、彼等に理由もなにもないことが幸いだ。 殲滅を躊躇わずに済む。
通信の途絶からは現惑星基準で20分が経過していた。 ネメシスの離陸準備も整った。 ネメシスは旗艦である。攻撃よりも防御に特化した機能を備えている。 戦わせない気なのだとブラックアウトは察している。 アイアンハイドの判断はやはり正しい。 今の自分が戦っても、ろくな戦力にはならないだろう。なりふり構わず何体か破壊したところで、自分も撃破されるのがオチだ。 分かっている。 分かってはいるが、憤りは消せないし、隠せもしない。 離陸命令が下る。 軽量の攻撃艦が次々と空へ飛び立つ中、ネメシスはゆっくりと巨体を持ち上げる。 ネメシスはそういう存在なのだ。そしてそれは、今の自分の立場でもある。感情に囚われて一人で最前線に飛び出すなど、もうできない。
そのときだった。 突然モニターにサウンドウェーブのサインが現れた。 そして彼は言う。 『救援部隊の出動を要請。戦闘、終了しました』 と。
混乱した。 艦内がざわめく。 「どういうことだ? 戦闘終了? それは……」 ブラックアウトはコンソールに手をつき、モニターに向けて尋ねた。 自軍が全滅して終わったのであれば、救援など出しても意味はない。 では、敵が撤退したのか。肝心なターゲットだけ撃破したら、あとはどうでもいいと去ったということか。だから、生き残った護衛を助けに行けと。 それならば助ける必要はある。生きているなら。 ……もし彼はもう、生きていないのだとしても。
「俺が行く。戦闘が終了しているなら、駄目だとは言わせんぞ」 ブラックアウトの言葉にサウンドウェーブは答えない。 ハッチへ向かい、ブラックアウトは高速航行機スタイルに変形して飛び立った。 『生存者は。……スタースクリームは、生きているのか』 念のためにと前線に向かう攻撃艦を追い抜いて飛びながら問う。 サウンドウェーブは答えた 『現在は生存しています。ただし、そう長くはもちません。スタースクリームも、―――バリケードも』 と。
ブラックアウトは思わず機首を上げバランスを失った。 その制御を取り戻し、思わず叫ぶ。 『バリケードだと!?』 『急いでください』 『待て。何故バリケードが。あいつは、確かに昨日、基地に戻っては来ていたが……』 古くからの友の中でたった一人、誰にも理解できない道へ進み、ここ数万年もの間ずっと、口をきくことすらなくなった仲間。この星だろうと他の星だろうと、戦いのある場所にのみ現れる。資源確保のための惑星制圧や、障害となる原生生物の排除。敵種族の殲滅。この機械種族との戦争の間も、最も戦況の厳しい場所を転々としていた。 損傷が大きくなるとたまに帰って来るが、やはり誰とも一言も口すらきかず、リペアだけしてまた出ていく。 前線での戦いぶりは、味方が怯えて帰還したがるほどだ。残虐で、一方的、圧倒的、ともすると病的。時々は、捕虜にした相手を拘束し、反応を見ながらゆっくりと分解していることもあるという。相手が生きていようと構わずに、顔色一つ変えず、淡々と。 頭がおかしくなったのだ、と誰かが言った。 本物の戦闘狂。 口を聞いたりものを考えたりする機能すら捨てて、ただ戦うこと、なにかを殺すことだけを求めていると。 そんなまことしやかな噂を、誰も否定できなくなった。
だがたしかに、その彼ならば敵陣突破も可能だろう。 だが、何故。 そこが最も楽しい戦場だと思ったからか。
『ご覧になりますか』 サウンドウェーブに言われ、わけがわからないままブラックアウトは頷いた。 内部モニターに、サウンドウェーブの見たものが映しだされる。 戦闘圏外に退避しようとしたサウンドウェーブは、自分を狙っていた敵が急に地上へ向かい始めたことに気付いた。 彼等の向かう先を追って、それを見つけた。 空に飛び交う、七つ、あるいは八つの銀色の光。それはサウンドウェーブの目をもってしても完全に捉えることができない高速で弧を描き、次々と敵を破壊する。 銀色の光が戻っていく地点に、バリケードの姿が見えた。
斬り裂き、叩き潰し、引きちぎる。 およそ知性のある生き物の戦い方ではないが、それはどこまでも冷徹で、的確だった。ほぼ一撃で敵の生命機能を停止させる。 高速で戻ってくるディスクを指先で次の場所へと方向転換させては、また目の前の敵を屠る。 回転しながら高速飛行するディスクは、たった一つでも持て余す。下手に扱えば受け取り損ねた自分が破壊される。それを彼は同時に七つも八つもコントロールする。尋常ではない。 だがそれが可能であればこそ、孤立無援の状態でも、敵部隊を殲滅できるのだ。 部隊一つ、足も止めずに壊滅させると、バリケードは戻ってきた光、ディスクソーサーを次々に取り込みながら、ビークルモードで残骸に覆われた大地を疾駆した。 まっすぐに。
飛べない彼がこの時刻、このポイントにいるためには、一瞬も待たなかったはずだった。 通信の途絶、サウンドウェーブの報告、その直後には飛び出していたということだ。自分たちがああだこうだと言い争っているその隙に。 そして、何万年もの間、ただただ戦い続けて得たものが、もはや自分たちと同種とは思えないほどの戦闘能力なのだろう。見た目こそほとんど変わらないが、まるで殺戮のために存在するモンスターだ。 こんな化物が傍にいたらと思うと、ぞっとする。 だが、彼が向かう先には、スタースクリームがいた。
手段を問わない破壊。 空を飛び交う光の乱舞。 受け取りそこねて右手首が消し飛ぶが、彼は何事もなかったかのように、その壊れた手首でディスクの軌道を変える。その都度少しずつ腕を削り取られながら。 狂的な殺戮に恐れをなしたのか、敵が撤退に動いた。その瞬間、銀色の光が火花のように輝いて消えた。一瞬の後、方向転換しつつあった輸送艦が一斉に七隻、爆散した。
バリケードは敵が去ったのを確認すると、その場に膝をついて背を屈めた。 地面に手をつく。 そしてその場に蹲るようにして倒れた。
そして今現在。 すぐ傍に降り立ったブラックアウトは、山ほどある分からないことの中でただ一つ。一つだけ、否応なく分からされた気がした。 (ここまでして……) 気の狂った化物だと忌み嫌われることも意に介さず、ただひたすらに戦いと殺戮に明け暮れた理由。 「おまえも、助けたかったんだな。だから」 半壊したスタースクリームの目が赤く瞬いて、喉から微かに声が出る。 「ブラ……ト……た……て、くれ……。俺、は……い……から、……こいつを……」 「分かってる。必ず助ける。おまえも、バリケードも、二人ともだ」 彼は自分を道具にすることにしたのだろう。ただ敵を破壊するための。 そして今は、スタースクリームの命をつなぐため、バッテリーの役割を果たしていた。機能をつなぎ、エネルギーもシステムも全出力を自分ではなく他人に回してなにも残さず、バリケードはぴくりとも動かない。
意識が回復したスタースクリームの、最初に言ったことは看護兵には伝わらなかった。 戸惑った兵は、もしブラックアウトがいるなら呼んでくれと言われて、慌ただしく駆けていく。 駐屯地にとどまっていたブラックアウトは、いちいち言われるまでもなく、用意して訪れた。 そして問われる前に、ベッドの空きスペースに置いてやる。 「心配するな、無事だ」 と。 まだ動くこともできないが、バリケードは確かに、スタースクリームの顔を見てから、目を閉じた。
「知ってたのか」 ブラックアウトが問うと、スタースクリームはなにをだとも言わず、 「知ってたさ」 と答えた。声はかすれているが、モニターの数値は安定している。もう心配はない。 だが、 「聞いていたのか」 という問いには、 「いや」 と答えられた。 「それなのに、どうして確信できるんだ」 「たまに基地に戻ってきても、会わないまま出ていくこともある。だが、姿を見たときには必ず目が合った。だから……。わざわざ探しまわることこそないが、視界の中に必ず俺を探して、俺を見つけようとしてるんだと……。他のなにが、どんなに変わっても、それだけはずっと同じで、……だから、分かってた。ずっと知ってたよ」 スタースクリームはまだ少し不自由な腕を動かして、脇に転がるバリケードの体を、自分の上へと抱え上げる。そして愛おしそうに抱きしめ、頬を寄せた。
ご馳走様、と冗談めかして言い、ブラックアウトは治療室を立た。 様子を見に来た医者を、容態は安定しているし、自分が診るから少し休めと言って追い払う。 そして、誰もいなくなった通路で、ドアの脇にそっともたれた。
(勝てないな。勝てるわけがない) ただ一つ大切なもののために、他のすべてを捨てる。 「自分」すら捨てて、どんな幸せも、どんな安らぎも求めず、報いられることも望まずに、ただ役に立てればいいと。 そしてそれを、なにも言わずに見守り、受け入れて生きるのも、簡単ではなかっただろう。 それでも彼等はそうしたのだ。
奇形の思いは歪んだまま育まれて、はからずも対の相手、見つめ続けた相手のもとへと辿り着いた。 歯車はいびつなほど孤独で厄介で、しかし噛み合えば二度と外せない。 もう誰も、間に入ることはできないだろう。 (……お幸せに) 呪詛を一つドアの前に残して、ブラックアウトもそこを立ち去ることにした。
(了)
こちらは旧版、改訂後よりも救いがあるというか、ブラットさんがまだマシな扱いというか。 旧版は、「バリケードサイド」を想定せずに書いたため、無理やり、ご都合主義的に「分かってる」関係なのが不服でした。それに、何故バリケードがこうなったのかが説明されてないし。 そのため、バリケード編を書くことにしたら、本編のほうの説明が必要なくなったのです。 そこで、分からないものは分からないままにして、ブラックアウトはただひたすらに、報われない役回りになりました。 でも、物分りよく諦められるなら、その思いもたぶん大したものではなく。
スタスク、ブラット、バリ、三人それぞれの「切なさ」を感じてもらうためには、やはり改訂版のほうがいいのではないかと思っています。 しかしこの旧版の後半も嫌いではないので、こうしてストックしておくことにしました。 |