Overflow 

 

 

両手にいっぱいの花束を
君にあげよう


 

 無自覚なのは罪だ、とスタークリームは小型の仲間を見下ろす。
 こいつはなにも分かってない。
 ブラックアウトのことも、そしてもちろん、この自分のことも。
 しかし、
(人のことは言えないか)
 スタースクリームは胸の内で嘆息する。
 どちらにせよバリケードはまったく無自覚で、厄介だった。
 彼は少し言いにくそうな様子ではあったが、それでも話し、尋ねるのだ。
「触るってのは、どういう意味……それとも意義があるんだ?」
 などと。

 切っ掛けは、見たことだった。
 ブラックアウトに呼び止められて、バリケードは逃げるように立ち去った。
 それを見てスタースクリームは(他にそこにいた者も)、いったい何事かと思った。
 逆ならば分かる。バリケードを怒らせれば、自分だって逃げたくなる。しかしブラックアウトを見て逃げようとする者は、少なくともオートボットの中にはいない。ジャズなどは「ブラックアウト最強説浮上」などと言って面白がっていたが、スタークリームは気がかりだった。
 ブラックアウトに話を聞こうとした。しかし彼は、大したことじゃない、ちょっと困らせてしまっただけだ、と言うだけだった。
 そこで、なにかを聞きだせる可能性は低いと思いながらも、バリケードを探して捕まえた。
 すると彼のほうはあっさりと、ただしずいぶん困ったような顔をして、
「おまえなら分かるか」
 と話し始めた。
 この間、ブラックアウトに「触らせてほしい」と言われて、そうしたのだと。

 何故触りたいと思うのか。「接触」が意味・意義を持つ種族がいるなら、彼等にとってその行為にはどういう価値・効果があるのか。
 スタースクリームならば、探検家として他生命体に遭遇したことも多いし、調査もしたことがあるだろうから、一般的に(全宇宙的に)どういった意味合いを持つことが多いのか、聞けば分かるかもしれないと思ったらしい。
 しかしそれは、
(科学的見地に立って考えることじゃないぞ、おい)
 さすがのバリケードも、それが完全に科学で説明のできるもの、それだけ分かればいいものだとは思っていない様子だ。だが、理解できないしよく分からなくて困っているから、科学的、それとも生物学的な意味だけでも知りたいのだろう。理解の糸口になるかもしれない、と。

 どうしよう、とスタースクリームは考える。
 馬鹿正直に答えてもいい。ついでに核心を突いてもいい。双方の合意による接触行動は、エネルギーの交換や敵味方の識別に使われることが多い。この地球に存在する多くの生物種においては、交配のために必要なこともあるし、感情、特に親愛の情の共有や、好意の伝達・確認のためにも行うものだ、と。
 そして今回のケースは一言で言えば、「好きだから触りたいんだろう」と。
 言えばいい。それで解決だ。
 だがスタースクリームは言うのを躊躇う。
 何故躊躇うのか。
 それは、「触られた、触らせてやった」と聞いたときに、激しい不快感と腹立ちを覚えたのと同じ理由だ。
 そしてはっきり自覚したのだ。
 俺もこいつを気に入っている、他の誰かに渡したくはないと。

「スタースクリーム? おまえでも分からないか?」
「いや……。人間を見れば、なんとなく分かるんじゃないか? 彼等もよく手を握り合ったり、肩を組んだりしているし……抱きあうことさえ、あるわけだから」
「それが俺たちにとってどんな意味があるのかは、また別の問題だろう?」
 同じだ。少なくとも今回のケースでは、まず間違いなく同じ意味と理由のはずである。
 だが言いたくない。そう教えたくない。
「じゃあ訊くが、……あー、ブラックアウトに触られるのは、いや、触られたのは、嫌だったのか? もう二度と御免だと思うから避けているのか?」
「そ、れは……」
 沈黙。
 バリケードの沈黙や迷いは、基本的に「肯定」だ。この場合は行為の肯定、すなわちスタースクリームの質問については否定。嫌じゃない、二度と御免だとは思っていない、ということである。
 腹が立つというより、なにか不愉快な気持ちになる。

「それじゃあ、―――他の誰かに触られるのは?」
「他の?」
「たとえば、そうだな、メガトロン様とか」
「……別に、嫌だとは……いや、……そんなことをされたら、どうしていいか、ますます分からなくなる」
 そんなに困るようなことだろうか。たとえばの相手が特殊すぎたのかもしれない。
「じゃあ、医者のラチェットも少し特殊だから、ボーンクラッシャーとかサウンド」
「嫌だ」
(即答かよ! しかも食い気味って)

「……じゃあ、俺は?」
「おまえは……」
 ほっとした。
 即答はない。
 じっと手を見られる。バリケードにとってはすぐ目の前の高さにあるからだろう。
 触ろうとしてやめるので、スタースクリームのほうから手を動かし、軽く肩に触れてみた。
「嫌か?」
「これは、別に嫌じゃない」
 問うと、そう答えられた。
(これは?)
「これは、って……」
 残念だが、スタースクリームは頭がいい。論理性が高く、しかもオートボットには珍しく、昔から「想像力」というものを活用して活動してきた。
 だから察するのは簡単だった。
 なにか変だと思ったのは、つまり、バリケードが言う「触る」は、こんなふうに軽く触れるもののことではなかったからなのだ。
 だから、メガトロン様はと尋ねたときに、あんなに困った。
 自分はと尋ねて肩に触れると「これは」と限定したのだ。

 肩に触れる程度ではないなら、では、ブラックアウトはどこに、どれだけ、どう触ったというのか。
(……人間みたいにか)
 地球に来たとき、取得可能な情報はすべて、選り好みせずまるごとダウンロードした。スタークリームの脳裏には、ハイタッチや握手、腕相撲といったものから、ホームコメディにエロティックドラマ、過激でマニアックなアダルドビデオまで、すべてが一瞬でよぎっていった。
「スタースクリーム?」
「……じゃあ、……どう触られるのは、嫌なんだ? たとえば、相手が俺だったら」
「それは……」
「ブラックアウトに、どう触られた?」
「え? いや、ちょっと待て。俺は、接触行動の意味とか、理由を……俺たちにとってどんな意味を持つのかを知りたいだけで……」
「だから、確かめればいいだろう? 人間のものと比較しながら。―――来い」
 スタースクリームはバリケードの手を掴み、ジェット機に変形して空に舞い上がった。

 

 崖の途中に、水のカーテンに覆われた洞窟を見つけたのは、二年ほど前におこなった地球探検のときだ。
 未知の惑星に対する興味は尽きない。この地球は、自分たちの星とはまるで違う姿を持っている。土と植物、水の星。しかも安全は確保されていて、人間に発見されるのでないならば、ある程度自由に動き回ることができる。
 水も緑も、頼りない土の感触も、スタースクリームは嫌いではなかった。新しく故郷と決める星にはこういったものがあってもいいし、もし存在しているなら奪うことはせず残しておきたいと思う。
 洞窟の中はひんやりとして、居心地が良い。菌類やコケ類といった植物の繁茂する場所もある一方で、鉱床が地面に露出した岩だらけの場所もある。
 流れ落ちる水をくぐって中に入れば、すぐに、奥に少しだけ明かりがあることに気付くだろう。獣が巣穴でも掘ったせいだろうか。分厚い天井が一部崩落し、見あげれば折り重なった木々の枝と、僅かに空が見える。その真下では、差し込む光に照らされて、青や緑の混じった鉱石がきらきらと輝いていた。

 隠れ家とか秘密基地といった認識はないが、なんとなく気に入ってメモリした場所だ。
 しかしただそれだけなので、最初の探検以外でここに来たのはこれが初めてである。
 バリケードは街の中とも砂漠とも、もちろんセイバートロンともまったく違う様相の場所に、珍しそうに顔を上げ辺りを見回している。
 そういった様子を見てもそうだが、ここまでの間に、ふざけるな、放せと暴れられなかったのだから、拒否ではないと考えていいのだろう。
 しかし、
「こんなところで、いったいなんだ」
 と言うくらいの疑問はあるらしい。
「おまえ、さっきの疑問だが、俺には訊いてみようかと思って、話したわけだ。だがもし、どうしたと訊いてきたのが他の誰かだったら、それでも話したか?」
 スタースクリームは日の当たる鉱床に腰を下ろす。
「……いや」
「つまり、誰にでも訊けることじゃないということだな。それなら、誰もいないところで話したほうがいいだろう?」
「それは、そうだな」
「それに、試してみるにしても、誰もいないほうがいい」
「試すって、なにを」
「来る前に言った。俺たちにとって、接触するという行為がどんな意味を持つのか。人間のものと違うのか、同じなのか。違うならどれくらい違うのか。同じならどの程度同じなのか。それから―――サウンドウェーブに触られるのは嫌だと、おまえはきっぱり答えた。俺が肩に触れるくらいなら、なにも問題ないとも。その差はなんなのか。どこならば抵抗がなくて、……どこまでなら、触ってもいいのか。それは、俺も知りたい」

 馬鹿だとスタースクリームは自嘲する。
 観察と調査、ただそれだけのものだと淡々と行えば良かっただろうに、おかしな言い方をした。そのためにバリケードは動揺し、警戒している。
 だが腹が立つのだ。どこまで触らせたのか。なにをしたのか。それで平気で俺の前にいる。肩になら触っても「別に」。どうでもいいということだ。ではブラックアウトはなにをしたのか。なにをしたから、別にどうでもいいと放置することができず、意味を知りたいなどと思うようになったのか。
「……い、いや。やっぱりいい。手間をとらせて、悪かった」
 案の定、バリケードは退避の決断をした。
 理屈は分からなくても、なにかまずいことになりそうだと察したらしい。
 だがスタースクリームに、「それならそれでもいい」などと物分りのいいふりをして、このまま逃がすつもりはなかった。

 バリケードは洞窟の入口で立ち止まる。そのつもりで連れてきたわけではないが、断崖だ。崖は下方のほうが大きく抉れ、斜面の角度は直角を越えている。飛べない彼が下りようとすれば、飛び下りるしかない。それは彼等にとっても危険な行為だ。しかしもちろん、その程度の危険はバリケードにとってはどうということもない。
 スタースクリームはゆっくりと近づき、追い詰めないように、十分な距離を残して立ち止まる。
「バリケード。出ていきたいなら、ちゃんと連れて帰ってやる。俺はそんなつもりでここを選んだわけじゃない。ここは俺がこの星で見つけた気に入りの場所の一つで、ここなら誰にも聞かれず、あの覗き魔にも覗かれずに話せると思って連れてきただけだ。だから、―――正直に言って俺は、おまえがブラックアウトに触らせてやったと聞いて、不愉快だった。そして、あいつに触らせたのなら、俺にも触らせてくれと思う。逃げるなよ。こっちに来い」
「なに? ちょっと待て。おまえ……な、なんだって?」
「俺もおまえに触りたい。肩くらいじゃなくてな。ブラックアウトがどうしたのかは知らんし、知りたくもないが、腕、肩、腰、背中、脚……」
「や……っ、やめてくれ!」
 バリケードが一歩後ろへ下がり、崖の端が崩れた。

 落下するバリケードをスタースクリームは人型のまま、背中のスラスターで飛びながらキャッチする。
 腕を掴むだけでも確保はできたが、あえて体を、全身を捕まえた。そのまま急旋回して素早く洞窟に戻る。天空の覗き魔に見られたくはない。
 着地しても腕はゆるめない。腕や胸、腹に触れているもの、それを確かめる。触れることの快さを。
「俺がこうしたいと思うのは、おまえが好きだからだ。それ以外の理由はない。人間と同じだ。好きだと思うと、触れたくなる。他の誰かが簡単に触れられる場所や強さではなく、俺だけに許されたところに、俺だけが許される深度で」
 バリケードは首を振る。逃れようとはするが、本気ではない。
 スタースクリームは膝をついてバリケードを地面に下ろし、解放した。
「だが、おまえが嫌だと言うなら、無理強いはしない。できるわけがない。おまえを困らせたくないし、嫌われたくもないんだ。だが俺は―――ブラックアウトのところではなく、俺のところに来てほしい。選ぶのはおまえだが、俺は、そう思ってる」

 長い沈黙と停止。
「……り、理解、できん」
 やがてバリケードが小さく零した。
「つまり、なにか? おまえがそう言う、と、いうと、いうことは、ブラックアウトが、俺に、さ……触りたがった……触ったのも、そういう意味、だと……? そんなのは……」
 もう一度、理解できない、と。
「すまん。困らせてるな。とりあえず今の質問については、イエスだろう。というか、なにも聞いてないのか。好きだともなんとも」
「聞いてない。よく、分からない……分からないが、触りたい、と……」
「なるほど。あいつも自分の気持ちは自覚してないのか。まあ俺も、おまえにこの話を持ちかけられるまではそうだったから、人のことは言えないが」
「え? ……じゃあ、俺がこんな、話を、したから?」
「ブラックアウトに触らせたと聞いて、何故不愉快になるのか。そのことに気付かなければ、自覚はしなかったかもな。ただ、そういつまでも気付かずにいられるほど、俺は鈍くない。思い返せばいくらでも予兆はあった。おまえがあいつに抱えられて寝てるのを見ても腹が立ったし、前よりよく話すようになったのも、なにか気に食わなかった。……嫉妬、というヤツなんだろうな」
「う……」
「そして、俺に触られるのは嫌かと聞いたとき、即断で嫌だと言われなくてほっとしたりするのも全部、そういうことだ。他の誰かには話しにくいことを、俺には訊いてみようと思った、それを嬉しいと思うのも」

 困るバリケードは可愛いと思う。
 これまでならばすぐに、くだらんことを言うなとかふざけるなと腹を立てて去っただろうに、とどまって話を聞いてくれる。そのためにこんな、困り果てた様子が見られるのだろう。
 ただ、それが自分のしたことのためなのか、それともブラックアウトが関わっているのか、それを思うと微かな不快感と苛立ちが混じる。
 そして、そんな感情を押し付ければバリケードが本当に困るだろうと、自分を宥める思いも。

 もう少し明快な、答えの分かりやすい話がいい。
「触られるのは、嫌か?」
 肩に触れる。
「俺に、こうして触られるのは、嫌か?」
「い……嫌じゃ、ない。それは、さっき、言った」
「じゃあ、手は?」
 肩から腕へ、静電気だけが通うような空間をあけて辿り、手をとる。
「……っ」
「これは?」
「……イャ……ヤ、じゃない、が……なにか、変だ」
「俺たちの種族では、ほとんどこんなシチュエーションはないからな。せいぜい、引き起こしたり、捕まえたりするくらいか。それじゃあ……」
 背中に手をかけて抱き寄せた。
「これは、嫌か? 俺は、妙に落ち着く。ずっとこうしていたい」
「俺はっ、おっ、落ち着かん……!」
「嫌か?」
「イ、嫌、だとは、言わないが……」
「そうか。しかし、気分はともかく、これでは体勢的に不自由なのが欠点だな。よっと」
「……っ!」
 スタースクリームは重心を後ろに落とし、その場で地面に座った。引っ張り込んだバリケードは、膝の上に抱える。
 逃れようとするのを、少し力を込めてホールドする。
「逃げるな。少しは俺の幸せに貢献してくれ。貸しもあるだろう?」
「! それは……っ」
「嫌じゃないならでいい。苦痛や不愉快を我慢するほどなら、すぐやめる。だが違和感や落ち着かなさくらいなら、無視して忘れて、こうしていてくれ。俺は、すごくいい」
 こうしていると、すごくいいのだ。

 観念したバリケードはおとなしくなったが、そわそわと落ち着かないのは変わらない。
 やがて、
「おまえも、ブラックアウトも……わけが分からん」
 ぽつりと呟いた。
「分からなくてもいいだろう。こうしているのが、―――四択問題。嫌で不愉快で我慢ならないか、どうにか我慢できるがイライラするか、まんざら悪いものでもないか、こうしていたいか。さあ、どれだ」
 また沈黙。
 おそらく五番目、存在しない選択肢、真ん中ただし少し右寄り。ともすると、三番目なのだがそう認めるのに抵抗があるのか。
「一番目と二番目でないなら、少しこうしていよう。誰もいないしな」
 口をつぐめば、聞こえてくるのは落ちてゆく水の音だけ。静かで、平和で、心地好い。
 耳を澄ますと、自分と相手の体内に生じる微かな駆動音も聞こえる。
 もぞ、と少しバリケードが動く。動きたいようにさせてやると、出ていくことはなく、もう少し座りのいいように体をひねっただけだった。
 スタースクリームはそれを、不思議なほど強く、嬉しいと思う。

 やがて、
「なんで俺なんだ?」
 と問われた。
「おまえも、ブラックアウトも、選ぶなら他に、誰でも、いくらでもいるのに」
 問いに答えるべく、スタースクリームは自身の感覚と思考、記憶を検索する。
「難しい質問だな」
 何故と問われて、すぐに出る答えなどない。
「だが……小さくて可愛いし」
「そんなの他にもいるだろう!?」
「なんだ、その理由で選ばれるのは不服か? 他の理由がいい、と?」
「そっ、そうじゃない! そんな理由だったら、いくらでも……」
「どうどう。落ち着け。んー……、俺は、基本的にお節介だからな。面倒を見させてくれるほうがいいんだ。おまえを見てると、助けてやりたくなる」
「……俺は、そんなに無能か」
「今度は悄げるのか。忙しいな」
「スタースクリーム!」
「怒るなよ。たしかにおまえは、戦闘になれば他の誰よりも頼りになるが、―――触ってくるのはどういう意味だ、なんて真顔で訊いてくるような奴が、利口で器用だとでも?」
「うっ」
 こんなにころころと感情の変わるバリケードは、初めて見た。
 そしてそれを可愛いと思うとき、やはり愛しくてたまらなくなる。

 何故?
 そんなこと、考えても分かるような気はしない。
「苦労していれば助けてやりたいと思い、少しでも喜んでいれば良かったと思う。傷ついていれば俺まで悲しくなるし、助けてやれないときには無力が突き刺さる。それが何故かなんて、知るものか。だが俺の心はそう反射する。おまえといたいと思うし、俺を頼ってほしいと思う。力になりたい。傍にいたい。こうしていたい。触れていたい」
 自分の半分ほどしかない手をとる。
「小さくて可愛いのもいいが、もしおまえが俺と同じ大型種族でも、そう変わらなかったかもな。もしそうなら、そしてもしおまえが俺のものになってくれたなら、強い上にスマートで美しい恋人だと、自慢に思うだろう。そしてやっぱり、いつでも一緒にいたいと思う」
 バリケードは絶句した。
 もう切れ切れの言葉すら出ないらしい。
 視線だけが微かに泳ぐ。
 少し可笑しい。そしてそういう様子も、可愛くて愛しいと思う。
(こういうのを、好きだというんだろう?)
 それ以外の答えなど、スタースクリームには出せなかった。

 バリケードは電算処理中。
 軽くフリーズ。
 だが完全にハングはしていない。
 それでもいい。
 こうしていられれば。

 洞窟の奥に挿し込む日差しの色が少しだけ和らいで、時の経過を告げる。
 やがて入り口に見事な茜色をした太陽が覗いた。洞窟の奥は、もうすっかりと暗い。
「帰ろうか。あまり遅くなると、皆心配する」
 なにを考えていたのか、どれくらい考えていたのか。もしかすると思考放棄でぼーっとしていただけかもしれないが。どちらにせよ聴覚は働いていたらしく、バリケードの頭が動いた。
 膝の上から降ろして立ち上がる。
 行こうとすると、後ろから手を掴まれた。
 少し驚いて振り返る。
「どうした?」
 尋ねると、スタースクリームを見上げたバリケードは、
「俺は……おまえにも、ブラックアウトにも、きっと……きっと、なにも返してやれない。なにもしてやれない。きっと、……傷つけたり、困らせたりするだけで……」
 と言った。

 そんなことを考えて悲しい顔なんて、しないでほしい。たまらなくなる。
 そして、なにかを返したいと思ってくれることに、嬉しくなる。
「返してなんかいらないさ」
 スタースクリームは膝をつき、少しでも近くから目を覗き込む。
「ただ受け取ってくれればいい。それがいいものだと思ったら、受け取ってくれればそれでいいんだ。ちょっとしたトラブルやつまずきは、あるだろう。行き違いや勘違いも。だがそれは、いくらでも乗り越えていける。俺もあいつも。きっとな」
 帰ろう、ともう一度言って、スタースクリームはバリケードを片腕で抱え上げた。
 ジェット機に変形したほうが飛びやすいが、ハンガーフックに引っ掛けるだけなどという運搬方法は、あまりにも味気ないしつまらない。
 洞窟から出、高度を上げる。人間の目も、彼等の航空機も届かない高さまで。
 バリケードはなにも言わない。
 少なくとも無関心ではないし、拒絶でもない。
 困惑はしているだろう。混乱もしているはずだ。どうしていいものかと、答えがすぐに出ることもあるまい。
 それならそれでいい。
 答えを焦ろうとは思わない。
 ならばそれよりもと、せねばならないことに思いを定めた。
 だがそれは、とりあえず帰りついてからの話だ。

 

 スタースクリームはバリケードをガレージに送り届け、ブラックアウトを探した。
「ブラックアウト」
 長いローターを背負った背を呼び止める。
「なんだ?」
 ブラックアウトは何事でもないように振り返った。
 自分たちが出掛けていたことにまったく気付いていないのか、気付いてはいるが、自分の気持ちを自覚していないからどうとも思わないのか。
 だが、そんなおままごとはこの辺にしてもらわなければならない。
「悪いが、ライバル宣言だ」
「……は?」
 スタースクリームの言葉は、もちろんブラックアウトには通じない。はっきりと言う必要がある。
「バリケードは、やらんぞ」
 と。

「なっ……、な、なにを言ってるんだ!?」
 狼狽するブラックアウトに、スタースクリームは真っ向から問う。
「おまえはあいつが好きなんだろう?」
「うぇっ!? え、あ、いや、それは……」
「言ってろ。そんなふうに自分の気持ちすら理解せず、曖昧にしているなら、俺には好都合だ」
 そこで一呼吸置く。そしてはっきりと宣言した。
「俺もあいつが好きだ。だから、黙っておまえに渡しはしない」

 ブラックアウトは鈍感だが、馬鹿ではない。
 自分の抱いていた思いも、そこから生じる感情も把握したようだ。
 今までに一度も見たことのないような、硬質な気配を漂わせる。
 すまなそうな顔はしていても、
「そんなこと言われたって、俺だって、ああそうかなんて譲れると思うなよ」
 はっきりと口にした。

 それでいい、とスタースクリームは笑った。
 そしてブラックアウトは、予想外な反応に呆気に取られた。

「さて、これでお互い、スタートラインに立ったわけだ。争奪戦といこうじゃないか」
「あ、ああ。望むところだ」
 ブラックアウトの声には僅かな疑問が含まれている。
 その疑問に対する答えは用意してある。とても大切な、なにより肝心な答えが。
「ただし、条件がある」
 言うと、ブラックアウトは少しだけ目を眇めた。「敵」から一方的に提案される条件は、自分にとっては不利益なものが多いからだ。
「条件?」
「ああ」
 だがこれは、とても大切なことなのだ。
「一つだけ」
 一つだけだが、なによりも。

「奪い合うのはよそう」

 スタースクリームは告げた。
 ブラックアウトはその言葉の意味をはかりかねる。
 無理もない。だが、明白ではないか。これは絶対条件なのだ。
「考えてみろ。俺たちが仲違いして争って、あいつが喜ぶか? 他の連中も含めて、誰も彼もが困るだけだし、俺たち自身も不愉快な思いをする。だろう?」
「……それは、たしかに」
「だから、奪い合うのはよそう」
 もう一度告げると、ブラックアウトはまだ少し腑に落ちない様子だったが、「ああ」と答えた。

「だが、それではどうやって決着をつける」
「さあ」
「さあって!」
「決着なんて、必要か? もしいつか、あいつがどっちかを選ぶなら、それは決着になるだろう。だがそれまでは、そんなこと気にしてどうする。そんなことより、考えることはいくらでもあるだろう。どうしたらあいつがもっと幸せになれるか、嬉しいと思ったり、楽しいと思えることが増えるか。困ってないか、なにか悩んでいないか。俺たちになにかできることはないか。―――それ以外になにか、気にかける必要なんてあるのか?」
 なにもない。
 それが、誰かを大切に思い、愛するということだ。
 ブラックアウトが破顔した。

「いいだろう。乗った。だが、勝負する以上は、そうそう負けるはつもりはないぞ」
 そう言って彼は右手を少し前に出す。
 スタースクリームはその手をとって、
「それは俺の台詞だ」
 しっかりと握った。

 


両手いっぱいの花束を
君にあげよう
片手じゃ抱えきれない花束を

願うのはただ
君の幸せ
だから

君の両手に

抱えきれない花束を
両手いっぱいの花束を
君にあげよう

 

(おしまわない)


 ブラックアウト編……ではなくなりましたな(汗
 というわけで、ブラックアウト&スタースクリーム編です。
 とにかくいっぱい大事にしてもらって、いっぱい幸せにしてもらいなさい!
 サブタイトルはもちろん、「両手に花」です。

 おおらかな愛情でなにもかも受け止めて癒してくれるブラックアウトと、困ったときに手を引いて前に進んでくれるスタスク、という感じです。
 で、スタスクはやっぱり喋ってなんぼ(笑
 原作との差が激しいのは、スタスクが一番かもしれません。IFの彼はとにかく正々堂々、真面目で誠実で努力家。(マイクロン伝説のスタスクなら近いか)
 TFザレゴトの13ページ目、設定のところには書いていますが、彼はとにかく情が深い設定です。ブラットさんがおおらかでだだっ広くてなんでも受け止めてくれるのに対して、スタスクはとにかく深い。でも賢いので、それを相手の負担にしたくないと思ってコントロールすることを知っています。
 まあ、最強タッグということで。

 同じものを欲しいと思って、できれば自分を選んでほしいと思うライバルではあるけれど、同じものを大切に思い、その幸せのために自分を犠牲にできるという点では確実に同志、誰よりも分かり合える仲間でもある二人。
 そうでないと困る、と思いました。
 バリケードたんの幸せの条件には、二人が幸せであることも入るから。二人が争って仲違いしていたら、自分のせいかと思えば悲しくもなるし、腹も立つ。いずれぶちっとキレていい加減にしろと暴れそうです(笑
 それよりは、二人がかりで可愛がられて(変な意味でなく!)はわはわしてればいい。

 え? もちろん二人がかりで可愛がってもらう予定ですよ、変な意味で(ぉぃ
 なのでまだおしまいません。