Electric Usurper 1 

 

 地球の自転周期はセイバートロン星のものよりも短い。地球の「一日」は、セイバートロン星では「六分の一日」程度。よって地球では昼夜は目まぐるしく入れ替わり、生物はそれに合わせたリズムを持って生きている。
 オートボットにとっては、昼も夜もあまり意味はない。太陽の相対位置が異なり、惑星が影に入っているかどうか、というだけのことである。しかしこの地球では、原生生物の生活リズムに合わせるようにしている。つまり、夜には活発な行動を控えて、静かに、おとなしくしているということだ。
 ましてや「病み上がり」と認定されたバリケードは、外出にいちいち許可が必要なくらいなので、夜はシングルガレージでじっとしていた。
 体が休息を必要とするかぎりには、逆らうつもりはない。擬態を解除した一番エネルギー消費の少ない姿で、壁にもたれて目を閉じている。
 どんなに安全だ、平和だと言われても、警戒するのは本能のようなものだ。横になるとか、センサーを停止させるといったことは、その必要がないかぎり行おうとは思わない。

 常に開いている意識の一部が、質量を持った熱の降下をキャッチした。
 距離と、墜落地点を計算する。
 燃え残ったデブリの残骸にしては大きすぎる、と思ったのと前後して、その落下物は物理法則を無視して水平移動に移った。
 バリケードは目を開く。
 識別信号を確認。
『サウンドウェーブ?』
 そして、その熱源に通信した。

 彼が宇宙から降りてくるというのは、よほどの緊急事態である。
 そして、異常な事態でもあった。
 何事かあったのであれば、まずメガトロンかスタースクリームに報告するだろう。そして地上の実働部隊に命令が下る。サウンドウェーブが直接招喚されることはほとんどない。にも関わらず、あたりは静かだ。完全快復していない自分に命令が届かないことはあるとしても、誰が動いている様子もない。ということは、サウンドウェーブが自主的に地球に降下してきたか、特別に呼び戻されたかのどちらかだと推測できる。
 いったいどうしたのかと思っていると、
『他の連中に報告する必要はない。用があるのは、おまえだ』
 ―――嫌な予感がした。

 まだなにか言いたいのだろうか。
 たしかに、雑多な細菌や粉塵が漂う地球上の有機的な大気は、サウンドウェーブの苦手とするものである。その彼を、馬鹿な理由で地上に降ろしてしまったのは自分だ。すまないとは思っているし、嫌で仕方がないのに仕方なくでも降りてきてくれたことには、感謝している。
 だがあれはあれで、もう過ぎたことになったのではなかったか。
 そう思っていたのは迷惑をかけた側の勝手な思い込みでしかなかったのかもしれない。
 サウンドウェーブは普段の淡々とした事務口調ではなくなっている。
 なにを言いたいのか、どうしろと言うのか。
 気が重い。
 だが借りがあるのは事実だ。
 仕方なく、バリケードはサウンドウェーブの到着を待った。

 レーダーを解析すれば、サウンドウェーブがこのすぐ近くのハイウェイに降りたことが知れる。直接ここに着陸するつもりはないようだ。車両の姿になるのであれば、制限速度を完全に無視して飛ばすのでないかぎりには10分ほどはかかるだろう。
 その間になんの用かを聞きだしたかった。だが機嫌のいい返事は決して聞けそうにない気がする。先刻の通信もまだ怒っているような印象だった。
 バリケードは自分に生じた感情を確認する。
 やはり、「怖い」と感じている。
 誰かを怖いと思ったことは、まずない。メガトロンに対する感情だけはそれに近いが、名称を選ぶならば「畏怖」だ。忌避したいような感覚はない。あまりにも強大すぎる存在に圧倒されるだけであって、恐怖ではないのである。
 暴力的な仲間もいるが、たとえばボーンクラッシャーを恐れるかと言えば、それはない。恐れる必要などなにもない。戦えば勝つのは分かりきっている。彼がどんなに怒っていようと、どうということはない。
 怖いものなどなにもないのに、何故サウンドウェーブに対してだけは、会いたくない、怖い、と思うのか。
(……内心が、まったく分からんからか)
 彼がどういう存在なのか、能力的なこと以外はなにも知らない。今まで知っていたと思っていたものが、実は本性を包み込んだ殻でしかないと分かった以上―――彼の本質がどんなものなのか、それが分からないのが怖い、のかもしれない。そしてそれは決して穏当ではなさそうだという予感が、不安を煽るのだろう。

 分析ができれば不安や恐れが消えるかと言えば、そうでもなかった。
 まったく分からない状態よりはマシになり、諦めるしかないと覚悟も決まったが、怖いものは怖いままだ。
 そのうちに、抑えたエンジン音がガレージの傍へ近づき、勝手にシャッターが開いた。
 ロックはしてあった。しかしサウンドウェーブにとってはまったく無駄、意味のない鍵である。
 なめらかなカーブを描いて銀色のベンツが滑り込んでくる。この姿は映画と同じだ。たとえCGでも、登場するならどんな車がいいかと監督に問われて、サウドウェーブ自身が選んだものである。そのデータを本人も取得していたらしい。
 ところで、シングルのガレージに二人は狭い。幸いなのは、サウンドウェーブが大型種族ではないことだ。彼はラチェットらと同じく、いわば中型と言えそうな体を持っている。しかも浮遊・飛行・走行という複数の変形タイプを持つサウンドウェーブは、直立形態のスタイルも一定ではない。身長は2メートル程度伸びもすれば縮みもする。今は、狭いからだろう、映画に出てくるのと同じ小型種の形にトランスフォームした。
 その背後では自動的にシャッターが下り、ロックがかかる。
 人の部屋で―――完治するまで貸し与えられているだけではあるが―――勝手にしてくれるものである。もちろん、勝手をするななどと言う権利は、バリケードにはない。

「なんの用だ」
 要件があるなら、それがどんなものであれ、さっさと済ませて帰ってもらおう。バリケードはそう判断する。そのほうがサウンドウェーブにとってもいいはずだ、というのは追加の言い訳だ。
「借りを返してもらいに来た」
 サウドウェーブの返答は納得のできるものだった。
 しかし疑問もある。そのためにわざわざ、来たくもない場所にまた現れたのだろうか。少し待てばいいのではないか。ここ数年内には地球を離れる予定でいるのだ。返済をそこまで延ばしたところで、なにも不都合はない。
 だが、「権利がない」というのは、命令する権利、拒む権利と同時に、質問する権利もだ。命を救われた……いや、奪わなくていい命を奪いかけていたのを止めてくれた借りは、小さくない。それは自分の命を救われるよりも大きい。
 バリケードは一切反抗せず、黙って次の言葉を待つ。

 サウドウェーブの表情が変わるのを、バリケードは初めて目にした。
 バイザーのようにも見える赤い複眼が僅かに輝きをまして、口角が上がる。
 目の輝きを和らげて笑うブラックアウトなどとは違う、不穏な笑い方。
「自分の立場については、よく弁えているようだな。賢い奴は、嫌いじゃない」
「……借りは、返す。おまえがしてくれたことの重さは、分かっているつもりだ」
「賢い上に、なかなか可愛いことを言う。それでこそ、ここに来た甲斐もある」
 サウンドウェーブの左手が上がる。
 と同時に、彼の背からゆらゆらといくつもの影が現れ、それもまた持ち上がった。
 それ自体が生き物のように、暗がりの中、何本ものケーブルが近づいてくる。
「サウンドウェーブ、なんだ、なにを……」
「おとなしくしていろ。借りを残したくはないのだろう?」
「なにをするかくらいは」
「聞く権利があると思うのか?」
 笑みを含んだ冷たい声でぴしゃりと断ち切られた。

 従うべきだ。
 だが嫌な予感は最高潮に達している。
 完全ではないが、反抗心が生じる。
 途端に、頭の中を電子の手で鷲掴みにされた。
「……ッ!?」
 ハッキング。
 そしてアイソレーション。
 内部には触れないが、強引な、そして完全な遮断。
 意識はあるのに、他のすべてが一切断絶されている。
 口をきくこともできない。
 ただ脳の中で問えるだけだ。「なにをした」と、自分の体を支えた相手に。

 意識とも無意識とも関係なく、信号が組み換わる。
 感覚が戻った。だが動かすことはできない。
 腕は勝手に持ち上がって、サウンドウェーブの首を抱くように、彼の肩に掛けられる。その脇、胸の横左右から、複数のケーブルが内部へと侵入してくる。
 なにをする気だと恐慌状態になった意識とは別に、膝は曲げられて、床に腰をおろしたサウンドウェーブの脚の上へ跨る格好になった。その腰にも背中にも、ケーブルが入り込み接続されていく。
「少し楽しませてもらおうというだけだ。壊すつもりはない」
 間近で、複眼がますます不穏な色を帯びた。

 サウンドウェーブの命令で、感覚点の感度が変更される。
 殺す気かと思うのは、少し強く掴まれただけで脇腹が抉られるように感じたからだ。痛覚を拡大されている。本来はほとんど感覚のない外部装甲まで、触れているとはっきり分かるようになっている。
 信号の量は負荷に変じる。全身からかつてないほど大量の信号が送られてくる。しかしそれをバリケードはコントロールできない。
 めまいがして、頭が痛くなる。
 このままでは頭脳回路がショートする。それは擬似的な死に近い。
 殺そうと思えば、そのまま簡単に実行できるということだ。
 こんなに呆気なく。
 死ぬことは今も恐れない。だが、それをサウンドウェーブが望むとは思えない。疑問。

 ふっと負荷が緩和される。
「処理能力は高くても、メモリに余裕はないか。それなら……」
 耳元でサウンドウェーブが呟いて、今度は体のパーツ配置をめちゃくちゃにされた。
 そう感じたのは、バランスが狂ったからだ。
 元々装甲の薄い部分、元から痛点の多い部分の感度は引き上げられ、感度の鈍い外殻や強化パーツは無感覚になる。それが一瞬、パーツをでたらめに入れ替えられたような錯覚を生んだ。それは間もなくバリケード自身の感覚の中で、サウンドウェーブの手によって調整されていく。
 最悪だとバリケードは認識する。
 必要な仕事とはいえ、彼は「覗き屋」だ。
 その能力を悪用すれば、こんなにも簡単に人の中へ入り込み、支配し、破壊できる。
 データも勝手にアップロードされる。
 インストールされたのは、
(……人間の、ヴィデオ……?)
 世界各国、様々な姿で、裸体の人間同士が絡みあう映像データだった。

「楽しもう」
 低く、冷たく笑う。
 サウンドウェーブの長い指が腰に触れる。感覚を研ぎ澄まされたそこは、軽く撫でられただけで痛み寸前の信号を発生させた。ざわざわと分子が波打つような感触が、波紋として周辺部へ広がっていく。
 なにをする気か、させる気かは否応なく理解させられた。
 あれを真似しようというのだ。
 そんなことに意味はない。
 だが、サウンドウェーブは思いつく限り最低の楽しみを楽しむつもりらしい。
 下腹部、その奥まった箇所が、強力な命令に従って部分変形しはじめている。軟装甲部位をフレームごと体内に引き込み、空洞を作る。最低だ。
 他人の体さえ勝手に作り変えるほど強い情報操作。
 サウンドウエーブを本能的に恐れたのは、だからだったのかもしれない。
 しかもそれを止めるすべがない。

 せめて頭の中で罵倒のかぎりを尽くそうと思うが、恐怖がそれに勝る。
 ラジエーターから誘導された冷却液が、体の内側、今作られたばかりの新しい器官を伝い落ちてくる。
 なにをする気かは、分かっている。分かっているからこそ、そこにしっかりと感覚が残され、液体が伝うのを感じるほど鋭敏化されているのが不安で、怖くてたまらなくなる。こんな状態で摩擦されたら、生じた感覚は「痛み」と称されるレベルを超えて、電気的なショック、ダメージになりかねない。
 しかも、こんな中枢神経の近くで……。
「そんなに怖がるな。壊すつもりはないと言っただろう」
 尖った指先が脇から背、腰へと軽く引っ掻いていく。痛み未満の感覚がそこから全身、指先に届くまで広がった。

 自分では動くつもりなどないのに、勝手に脚が角度を変える。
 地面に膝をついて体を持ち上げ、今度は逆に、ミリ単位で位置を調整し、腰を下ろす。
 無理やり作られた開口部に、なにかが触れた。
 可能なかぎり拒絶するが、体は僅かにも動かない。囁き程度の声も出ない。
 スパークが強烈な拒絶の波動を出していることは、サウンドウェーブには明らかなはずだ。
 もちろん、だからと言って彼がやめるわけもない。
 柔軟性と弾性に富んだ軟装甲の内壁に、固形物が押し付けられる。
 嫌だと百回以上叫んでいるのに、そうしているのは自分の体だ。サウンドウェーブは微動だにしていない。
 押し広げられる。粘性の冷却液に濡れているせいで、摩擦はほとんど生じず、あるのは鋭い痛みと、もっと広範な痛痒感、圧迫感。
 サウンドウェーブの首を抱き、自分の胸を彼の胸に押し付けるようにしながら、バリケードは少しずつ異物を体内に取り込んでいった。

 外装がぶつかるほど奥まで取り込むのに、ずいぶんと時間がかかった。
 痛みはぼんやりしている。
 今はもうミリどころかナノも動いてはいないのに、断続的に感覚信号が発生し、途切れない。体の中、奥まではっきりと、異物が収められた感覚がある。
 拒絶を訴え、悲鳴を上げ続けていた意識も、今は疲弊しきって朦朧として霞んでいた。
 それなのに体は勝手に動かされる。
 ほんの僅かに腰を揺らすと、深く接触したそこに痛覚が生じる。弱い痛み、だからこそ、痛みではなく疼きのように感じる。その曖昧な感覚は、不快ではないが放置しがたい。そこを上から強く摩擦されると、蹴散らされた疼きが少しだけ落ち着く。その安堵感、それを求める際に生ずる刺激が「快楽」であると書き込まれた。

 強制学習に気付いて覚醒する。
 だがやはり、意識がはっきりとするだけだ。
 サウンドウェーブは壁から背を離し、前傾する。
 嫌だ、と思うが聞き入れられることはない。
 ヴィデオの中の人間のように、床に押し付けられ、腰を浮かされ、脚を開かされる。
 そしてその中央を、サウンドウェーブは占拠し、動き出した。

 屈辱的な姿勢と許しがたい暴挙に、一瞬だけ、怒りが戒めを食いちぎって増幅した。
 だが一瞬で終わった。
 支配を取り戻そうとしたところで、圧倒的な力差によって電気的にねじ伏せられる。
 痛覚が拡大し大気の質感さえ感じられるほどになった途端、結合部に感じるものは体を引き裂かれるような激痛になった。
 床に押し付けられた背中も、右肩に乗り、左脚を抱えているサウンドウェーブの手の感触も、痛みしか生まない。僅かでも動けば、ささやかなはずの接触と摩擦が、抉り取るような痛みに変わる。しかも一度きりで終わることはなく、繰り返し、何度となく、同じところを抉られるのだ。
 苦痛のあまり叫ばずにいられない。声を張り上げることで苦痛から気を逸らせる。だがその声は音にならず、辺りはしんと静まり返っていた。ただ少しだけ、コンクリートの床に金属の背中や腕、指先が擦れる音がするだけだ。
 限界を超えたのはデータ処理が追いつかなくなった脳なのか、それとも苦痛に耐えかねた神経なのか。
 バリケードの意識はそこでホワイトアウトした。

 

 目が覚めたとき、感じたのは深くつながったそこにある甘美な快楽だった。
 圧迫と摩擦から生じる感覚を求めて内壁が収縮する。
 耳元、すぐ後ろでサウンドウェーブの笑う声がした。壁にもたれて座った彼の上に、背中から抱かれていた。
 サウンドウェーブの指が胸元を掻く。脇腹を撫で、つながったその部分に触れる。脚に触れ、首を掴む。
 すべてが、求めるとおり最適の強度で与えられる快楽だ。
 神経をつなぐケーブルとは別の一本が、するすると腿に絡みつき、隙間なく密着した入り口を覗く。そしてゆっくりと、頭を潜りこませた。
「……っ……」
 記録した最適の状態が破られる。その一瞬に覚えるのは小さな痛みだが、体内を進む細い侵入者の感触は、慣れたものより少しだけ強い刺激として、むしろ心地良いものに変わる。
「もう一本いけるか」
 低い声に伴って、今度は腰をゆっくりと撫でるように取り巻いたものが、同じように這いこんできた。
「イっ……痛、い……」
「すぐに悦くなる」
 窮屈そうに這い進むその感触は間もなく、予言通り望ましいものになった。

 与えられる刺激と感触、すべてが快い。
 微かな痛み、それとも痛痒感。期待と混じり合い、満たされ、充足感と一つになるとき、それが快楽になる。
 内壁を擦るサウンドウェーブの感触と、その周囲で蠢くケーブルの寄越すものが、もっともっと欲しくなる。もう一本のケーブルが入り口をうかがうように這うと、無理だと思うのと同時に、予期される程良い痛み、そこから生まれる快楽を期待して、待ち望んでしまう自分がいた。
 だがそのことに気付き、気付いてもなおやまない欲求、叶えられて歓喜する体を知ると、胸の中に膨れ上がるのは絶望感、それから正体不明の激しい感情だ。
「なんだ、泣くことはないだろう」
 と言われて、己のスパークの奏でる音と波動が、抵抗不能な敗北に打ちひしがれたものであることを理解した。

「そら、自分でも触ってみろ」
 そんなことをするわけがない。
 だが手は勝手に動く。
 サウンドウェーブの一部を取り込んだ場所に触れる。
 鋭い指先が微かに触れると、小さな疼きが生じる。
 曖昧なそれを消すように、もう少し強く触れる。
「んン……っ、……ン……」
 物足りなさに応えて、もう少しだけ強く。
 とろりとした冷却液の感触も、それのために抵抗なく滑る指の感触も、もう少しだけが物足りない。
 それを補うようにサウンドウェーブが体をゆすり上げると、待ち望んでいた強烈な刺激が中から広がった。
 それを余さず味わおうとして内部が締まり、サウンドウェーブと、這いこんだケーブル(それもまた彼なのだが)をよりくっきりと感じ取ろうとする。そしてそれがもう少し奥まで届き、内壁を強く擦り、押し広げることを期待する。
 だがすべては、行為だけでなく感覚と欲求ですら、彼のコントロールによって無理やり作られているものだ。

「動いてくれ、と言ってみろ」
 命じる声、命じる信号。
「サ……サウンド、ウェ……ブ。……動いて、くれ……もっと、奥まで……っ、欲……」
「気持ちいいか?」
「い、……イ、……っ、ャ……」
「そうじゃない」
「……っ、う……、……イ、イ……、気持ち、いい……。……っから、動……て……もっと……」
 満足気にいいだろうと応えて、サウンドウェーブはバリケードを巻き込み手と膝で這った。

 乱暴なくせに繊細に、外観に傷をつけないようにサウンドウェーブがスライドする。
 柔らかく濡れそぼった箇所はそれに合わせて粘性の高い水音を立てる。冷たいはずの冷却液は摩擦熱でぬるくなり、腿を伝って床に流れ落ち広がっていく。
 コントロールされ、鋭敏になっていく感覚、痛覚は鈍化して陰に隠れ、それに合わせてより強く明確になる快楽。
 頭の中、胸の中に生まれてくるのは罵詈雑言や悪態ではなく、これから先の恐怖。
 揺さぶられるたびに体中が快楽の波に揉まれ、都合のいい言葉だけ許可された口からは意味不明の音が零れる。
 サウンドウェーブは精密に、的確に、そして狡猾に、渇望と期待、充足を操作する。
 体の奥に集めた感覚点に、届きそうで届かない刺激。
 他のことならぱすべてしてくれるのに、それだけは焦らすだけ焦らされて、口をついた懇願の言葉は、本当に言わされたものなのか、それとも言わずいられなくなったものなのか。
 一際強く、奥までねじ込まれた途端に全身の信号が発火し、砕け散った。
 そして二度目のホワイトアウト―――。

 

「私に逆らおうとは思うな」
 睦事の後の恋人同士のように、サウンドウェーブはバリケードを膝の上に抱き、変調したすべての回路を丁寧に修正していく。
 顎や首に触れる手は優しい。
 口づけの真似事までして、そのまま薄く笑う。
「いつまで泣いている。こんなに優しくしてやっているのに」
「なに……した……っ、こんな……」
 おかしい、とバリケードは考える。かろうじて。
 これだけのことをされたのなら、恩も借りも無視して八つ裂きにしようとしても不思議ではないのに、何故怒りが生じないのか。
 絶望や恐怖、精神的苦痛がどれほど強くても、その中にほんの僅かでも怒りが混じらないのは、おかしい。

 サウンドウェーブはバリケードの目を覗き込み、複眼の輝きを少しだけ絞った。
「怒り、か? そんなもの、可愛いおまえには必要ない」
 一方的な宣言の後、近づけられた口腔から無数のワームが覗き、伸びてくる。それは勝手に開いたバリケードの口の中に入り込んで、喉の奥で、無理やり引きずりだした感覚器につながった。
 小さな刺激が送り込まれ、それを快楽だと解釈した体が記憶をリロードする。
 腹の奥に湧いた液体がとろりと伝わり流れ落ちてくる。
 サウンドウェーブの指が膝から腿を撫でてそこに辿り着き、入り込む。
「もう覚えたのか。いい子だ」
 潤った感触を確かめるように丹念に入り口をまさぐり、奥へと差し込まれる。
 中を軽く掻かれると、膝がひとりでに緩み、力が入らなくなった。

 サウンドウェーブは口内の接続を解除して顔を離すと、十数本のケーブルはすべて元のように口の中にしまい込む。
「してほしいか?」
「……ッ……」
 肯定したくない。必死に抗う。
 だが、体の中でゆっくりと回される指の感触に、体は震えて、応え始めている。
 嫌だと思うのに、頭は勝手に縦に動き、身をよじり、腕がサウンドウェーブの背に回る。
 応えるようにサウンドウェーブは体を横たえ、上に覆いかぶさりながら僅かに声を立てて笑った。
「泣くなと言っているだろう」
 そしてゆっくりと告げる。
「命の借りを返すのに、命以外のなにかが使えるとでも? だから私は、命をもらう。だからおまえは―――私のモノだ」
 と……。

 

(ごめん、でもこれきりじゃない)


 

 昨日の今日、という言葉はこのためにあるわけで。
 スタスクよりも先にドSな上にド外道な音波さんの登場です。

 ブラックアウト編、そしていずれ出てくるだろうスタスク編とは別世界です。同時進行別世界。関係を持つ相手によって、それぞれ分岐すると思ってください。
 優しくほんわーとしたブラックアウト編との対比が凄まじく、連続して読むとわけが分からなくなるかも……。
 ……いっそメガ様編とかラチェ編も作ろうか?(←やりすぎ
 根本的に「バリケードを愛でる会」なので、いろんな人にいろんな形で可愛がってもらい、その姿をそれぞれに楽しめればいいのではないかと思います。その中で「私はメガ様編が好き!」とか「音波サイコー!」とかあればいいんじゃないかと。……いるのか、こんな音波でOKな人が。

 なお、外側は淡々とクールな美青年、中身は気味の悪い触手の化物、というのが、この音波さんの立ち位置です。
 もうさんざん好きなようにいじめればいいと思ってます。
 そこに愛はあるのか!?
 ありますよ。
 ただ、音波さんのそれは歪んでいて、マトモになることがないだけです。