思いが少し強くなりすぎて、制御が乱れたに違いない。
 急にバリケードの目が赤く瞬いた。
 勝手にこんなことをしていたと知れると怒るかもしれない。だが強引に接続解除すれば傷を作ってしまう。腹を立てたバリケードが自分からコードを引きちぎらないようにしなければならない。
 バリケードは自分の体にある違和感に気付き、見下ろす。しかしどうやら思考力が落ちているらしい。ぼんやりとケーブルを眺めている。
「その……勝手につないで、悪かった。だが熱があったし、エネルギーも足りていなかったから……。不快ならすぐにはずすが、もう少し我慢していてくれれば、標準値にまで戻せると思う。……でも、やっぱり嫌か?」
 バリケードの右手が動く。指の上側で、左腕につながれたコードに、少し浮かすように触れる。なでるように指を滑らせて、その手がとんと床に落ちた。
「……いや」
 とバリケードは言って、少しだけ内壁にかけられる体重が増えた。

 どうやら許してもらえたらしい。ブラックアウトとほっとして、意識を各機能の制御に向ける。
 すると突然、
「こういうのは、おまえの負担も小さくないだろう」
 と問われた。
「別に大したことはない」
 小さくはない。本来は一人用の処理をする機器が、一時的にではあるが二人分受け持つのだから、単純に考えても負荷は二倍だ。だが大したことではない。それで誰かを助けられたり、今はバリケードが楽になったりする。そのことに比べれば、ささやかな負荷でしかない。
「おまえが嫌じゃないならいいんだ。俺はできるからやってる。気にするな」
 告げると、バリケードの口が少しだけ開いた。声は聞こえなかったが、いつものとおり「ああ」とでも言ったのだろう。もしかすると、思っているよりも疲労度が高いのだろうか。口をきくのも実は億劫だというなら、これ以上は余計なことを喋らせないほうがいい。
「もう少し寝ていてもいいぞ。そのほうが体力も節約できる。ああ、そうだ。メガトロン様には俺から簡単に伝えてある。報告を急ぐことなどないとのことだ。また夜にでも……、? バリケード? どうした?」
 チリチリと火花のような感触が神経系に伝わってくる。強い負荷がかけられているためだ。動かせないものを強引に動かそうとするか、それともその逆、動かしたいものを無理に押しとどめるとこうなる。いったいどうしたのだろうか。
 見ればバリケードは自分の右手で左手を掴み、その指をかなり強く握っていた。

「バリケード? 大丈夫か? どうしたんだ?」
 もしかして、痛みをもたらすような刺激を伝えているのだろうか。だから、それをこらえるために体に力を入れているのか。
 動揺は制御を乱す。
 いったん切り離したほうがいいのかもしれない。この程度のことも満足にしてやれないのは悔しくて情けないが、癒してやるつもりで傷つけるなど最悪だ。
 だが、融合している分子ケーブルをほどこうとすると、
「違う」
 と唸るように言われた。
「違う?」
「……迷惑など、してない」
 いつもより低い声は喉の奥から無理やり押し出されるようで、聞き取りづらい。聞きとったものの意味がよく分からず、聞き間違ったのかと思ったが、ブラックアウトは気付いた。
 やはり最悪だ。こちらの神経信号を、しかも身体制御の神経系に、思考信号を混ぜてしまったらしい。ラチェットならば絶対にやらないミスだ。
「すまん。すぐにコントロールするから」
「だから……、やめろとか、嫌だとか、俺は言ってないだろうが」
「あ、ああ。でも、嫌だろう?」
「言ってないと言ってるだろうが!」
 強烈な電流のように、ショックが直接流れこんできた。
「あ……そ、そうだな。……すまん……」
 ジリ、と焼けるような感覚がしたのは、怒りだろうか。

 ブラックアウトはこれ以上怒らせないように黙ることにした。早くコントロールを取り戻し、そしてやはり、切り離すべきだ。バリケードがなにに怒っているのかは分からないが、こうしていることがその一つの原因なのは間違いないように思う。己の無力とお粗末さが、胸に痛い。そんなふうに思うこともまた、不快な信号になって伝わってるのだろうから、早く冷静になり、落ち着かねばならない。
 安易にとるべき方法じゃなかったと、後悔する。それも余計なことだ。分かっているのに、ままならない。やはり自分は、医者になど向かないのだろう。
(くそっ。こんなこと……。集中しろ。接続部位を塞いで……)
「俺は……」
 唸るような声に合わせて、またジリジリと、強い感情が流れこむ。
 バリケードの右手が振り上げられる。
 ブラックアウトは殴られることを覚悟した。

 だが、振り下ろされた拳はブラックアウトの床ではなく、バリケード自身の脚の上に落ちた。
「!?」
 大腿部の外装が叩き割られフレームが歪む。飛び散った破片が弾丸のように四方を打った。
「なっ、なにするんだバリケード!」
 ブラックアウトはフライトモードからトランスフォームし、体外に出したバリケードの腕を掴む。強引な変形に巻き込まれて、二人の間をつなぐケーブルはねじれて絡まり合っている。乱れた制御のせいで生まれた大量のノイズは、聴覚も視覚も不快に乱している。しかしさすがのブラックアウトも驚きと、怒りに似た感情に我を忘れた。
「俺のしたことが気に入らないなら俺を殴ればいいだろう!? なにも自分を……」
 そこまで言ったところで、本当に殴られた。
 だがそれでいい。そのほうがいい。
 そうするともう一度。しかし今度は殴り飛ばすというよりも、拳で胸を叩くように。
 その直後、今までの信号とはまったく異質な大きな波が一つ押し寄せてきた。

 怒りではない。
 それによく似ているが、痛みがない。
 重苦しく、鈍い感覚。
 そしてまた一つ、波が来る。
 少しだけ冷たい、そして薄く鋭い……粉々に砕けた、儚い、漣の残骸のようなもの。
(え……?)
 内部を通してではない。外からスパークへと響くその波動に、ブラックアウトは絶句した。

 自分で叩き壊した右足を少し浮かせて、腕は両方ともブラックアウトにとられたまま、バリケードは俯いている。
 波紋のように、壊れた漣は、微かだが途切れず続いている。
「……バリケード?」
 問いかけると、その波が大きく乱れた。
 なにか唸るようなノイズは聞こえるが、言葉にも声にもなっていない。
 だがそんなものよりもっとはっきりと、なにかが自分の神経を伝わろうとし、ブロックされて跳ね返されているのが分かる。
 このブロック、信号の逆流を防ぐフィルターを解除すれば、―――そうすれば、バリケードの思考も感情も、今よりもはるかにはっきりと分かるだろう。
 それは最低最悪の覗き見だ。
 しかし、ぶつかっては虚しく跳ね返され、またぶつかっては跳ね返されているのを感じていると、まるで、入れてほしくて繰り返し繰り返し、ドアを叩いているように思えた。

「……バリケード。フィルターを、はずしてもいいか? 嫌なら、しないが……」
 そっと尋ねる。
 頷くのを見て、まさかとは思いながらも、ブラックアウトはフィルターを解除した。

 他人の思考が、感情が、堰の切れた激流のように鋭く流れこんでくる。
 それは物理的な痛みを伴うほど強烈な感覚で、一瞬は前後不覚になった。
 だが束の間の失神から立ち直ると、その流れが削りとった岸辺に残っているのものが見えた。

 違うと言っているのに何故信じないんだと腹を立てても、信じてもらえないのは「自分」のせいで。
 違うと伝える、たったそれだけのことさえできないことが悔しくて、苦しくて。
 労ってくれる相手までただ傷つけて、怯えさせる、そんな「自分」が、たまらないほど嫌で、つらくて、どうしていいか分からなくて、悲しくて、悲しくて……。

「な―――、泣かないで。俺は……」
「ナ……ク……? なん、だ、これ……は……。なんなん、だ、これ……」
 バリケードの戸惑いも、今はダイレクトに伝わってくる。
 彼には自分が起こしている反応が分からないのだ。
 そして未知の状態に恐れを感じ、混乱している。
「大丈夫だ。大丈夫。悲しかったり、なにかものすごくつらかったり、嬉しすぎても時々は、そうなる。異常なことじゃない」
 バリケードは首を振る。否定ではなく、拒絶だ。今まで感じたことのない不可解なものを、受け入れるのが怖くて拒もうとしている。
「大丈夫だから。安心しろ。大丈夫。大丈夫だ」
 大丈夫と繰り返しながら、ブラックアウトは自分も微かな、しかしこらえようのない悲しみと、そしてほのかなあたたかさを覚えた。

 泣いたことがないくらいならまだいい。
 だが彼は、泣くということがどういうことかさえ知らずに生きてきた。
 他人がそうしているのを感じても、よく分からない現象だと冷めた目で見ていた。
 それは悲しみや苦しみがない代わりに、喜びも安らぎもない世界。
 だが今は、ようやくそれのある場所にいる。
 大丈夫、怖くない。ここは今までよりずっとあたたかい場所だ。
 そう思うと、自然に抱き締めていた。

 津波のような感情の暴走がおさまると、2種の信号は重なった様が当たり前であるかのようにゆるやかに流れ、巡り始める。
 無数の思いが、どんなささやかな言葉を介することもなくやりとりされる。
 その数は無限にも等しいほどだが、最後に浮かんだ言葉はほんの僅かだ。
「ああ」
 と、ただそれだけ、それですべてだった。

 


 

      Starscream

 

 星も見えない曇天の夜であるにも関わらず、無灯火で現れた輸送機は、中空で人型に変形しつつ背中のローターを使って静かに着地した。
 その腕の中に抱えられたものに、スタースクリームは無自覚に不機嫌になる。
「すまない。遅くなった」
「すまないじゃない。いったいなにをしていた。通信はつながらんわ、識別信号もよく分からん状態になってるわ、サウンドウェーブに聞けば問題ないとしか言わんわ……。それに、そいつはいったいどういうことだ」
 スタースクリームは、ブラックアウトに抱えられて眠っているバリケードの脚を見る。右脚の腿が破損している。こんな怪我は聞いていない。応急処置はされているし、自己修復機能も十分に働いて、今ではもう外装すら復元されつつあるが、元の怪我の度合いは見れば分かる。歩行に不具合が出る程度には重傷だったはずだ。
「まあ……少し、バリケードには、そう珍しくないトラブルだ。キレると自分の身は顧みないだろう?」
「それはそうかもしれんが、メガトロン様のところへ報告に来て、どうしてそうなる。いつまで待っても現れないし、戻ってみれば帰ってきてないと言われるし。メガトロン様はあのとおり、鷹揚に構えて心配しなくてもいいだろうと言うだけだが」
「悪かった。心配させて、本当に悪かった」
 言い募るスタースクリームを遮って、
「それより、もう少しきちんと手当てしてやりたいんだ。ガレージへ戻ってもいいか?」
 つまりブラックアウトは、「どいてくれ」と言いたいらしい。

 スタースクリームは道をあけたが、
「ラチェットに任せたらどうだ」
 通り抜ける脇から言った。医療措置など、専門家に任せておけばいい。
 ブラックアウトは小さく首を横に振る。いったいどういうことかと少し面食らう。すると、
「なあ。……俺が、その、一流にはなれないだろうが、医者を目指すと言ったら、おまえは笑うか?」
 思ってもみなかったことを問いかけられた。
「い、医者? おまえが? いや……元々レスキュー隊で基礎知識は持ってるわけだし……、医者、ねぇ」
 想像する。悪くはない。そう思う。だから率直に、
「悪くはない」
 と答えた。いや、
「いや、なかなかいいんじゃないか」
 よく似合うと思う。穏やかで優しくて、人の言うことをしっかりと聞いてくれる。ラチェットのような確固たる信頼性……それはもう、断崖絶壁のようなとでも言いたくなる手に負えない信頼性は残念ながら(?)感じられないが、診察してもらうたびにびくびくしなくていいなら、それはとても幸いなことである。

「何故急に」
「前から考えてはいたんだ。ただ、俺に務まるかと、ずっと迷ってた」
「……で、なんで急に?」
 前から考えていたなら、何故それを今日になって急に、人に尋ねるほどはっきりと考えたのだろうか。
 重ねて問うと、ブラックアウトは腕の中のバリケードを見下ろして、いつもよりもう少しだけ優しい笑い方をした。
「助けたいからだな。なにがあっても。だから、なれたらいいじゃなくて、なりたいに……いや。少しでもそうなることに決めたんだ」
 それは答えになっていない。そう思ったスタースクリームだが、歩き出したブラックアウトにそれ以上の言葉はかけられなかった。
 なにか、勝手にしろと吐き捨てたいような、不愉快な気分だった。

 

(つづくのではないかと)


 

 表部屋ではスタバリの気配が強いので、素直にそのルートの話も書こうかなと思ってますが、とりあえずこちらはブラックアウト。
 スタスクはジェラシー係です(鬼
 むしろこの段階で行き着くところまで行き着いてしまった感のある二人なので、もうどうしようもない気がします。
 問題は、バリケードに自覚がないこと。どっちの思いにも気付かないんだろうなぁ。で、そのせいでまた知らない内に二人とも傷つけてて、一人で思いつめることになりそうな予感……。
 ガンバレ!

 ブラックアウトが軍医を目指すというのは、IF世界の場合アリかなと思います。軍に所属しているただの医者じゃなくて、戦場で戦うこともできる医者。
 ラチェットのような技術的な優秀さは持たない代わりに、ラチェットよりはるかに優しくて気持ち的に癒されるお医者さんです。むしろラチェット先生の扱いがどうなんだろうか、この話。

 あと、輸送機にもなれるブラックアウト。最初書いていたときは、貨物室が半分程度の大きさと書き流したのですが、「そんなにデカいわけないじゃん」と思い直しました。
 で、ブラックアウトの体積と構造を考えて、「装甲が薄い=空間を作りやすい構造」ということはいいとしても、バリケードが乗れるようなスペースは、作るとしてもかなりぎりぎりになるのではないか、と結論。
 で、その状態についてよく考えてみると、……狭いスペースに窮屈そうに座ってることになるし、それってかなりの密着状態★

 なお、タイトルはシャーデーの曲から。
 歌詞はこれまた版権的にまずいのかもしれませんが、こっそりと……。

      「By your side」 sade

*You think I'd leave your side baby
 You know me better than that
 You think I'd leave you down
 when you're down on your knees
 I wouldn't do that
 I'll tell you you're right when you want
 And if only you could see into me

Oh when you're cold
I'll be there
Hold you tight to me

When you're on the outside
baby and you can't get in
I will show you you're so much better than you know
When you're lost and you're alone
and you can't get back again
I will find you darling and
I'll bring you home

And if you want to cry
I am here to dry your eyes
And in no time
You'll be fine

* repeat

Oh when you're cold
I'll be there
Hold you tight to me
Oh when you're low
I'll be there
By your side baby

 なんというか……当てはめて考えるとちょっと苦笑ものなのですが……。
 「捨てられると思ってるの? 私のことをよく分かっていたら、そんなことは思わないはずよ。跪いてお願いしても去っていくと思ってる? そんなことはしないわ。私の心の中を見れたらいいのにね」みたいな歌い出し。ここはちょっと似合わないパート。
 「あなたが凍えているときにはすぐ駆けつけて、しっかり抱きしめていてあげる」と続き、 「表に放り出されて中に入れないなら、私が教えてあげる。貴方は自分で思ってるよりずっと素晴らしい人だって。もしひとりぼっちで迷子になって帰れなくなったとしても、私が見つけ出して、家まで連れて帰ってあげる」。……思い込みの激しいバリたんはやりそうで怖いですね。
 「泣きたくなったら、その涙を乾かすために傍にいるわ。だから、きっとすぐに元気になれるはずよ」の後はリピートがあって、最後に「落ち込んでいるときもすぐに駆けつけるわ。そして傍にいてあげる」と、タイトルが入ります。
 元々の歌は、年下の彼氏に呼びかけるような内容なんでしょうね。
 しかしこの歌、どっちかというとどっちかと言わなくても、擬人化のメガパパが歌うほうが似合う気がする(笑