By your side1

 

      Barricade

 

 現れた巨人を見上げる人間の表情が、「怪訝」を示している。
 それに気付いて、バリケードは自分がオリジナルフォームでいることを思い出した。
 メモリから、地球に来て一番最初に手に入れたポリスカーのデータを読み出す。
 ビークルモードへと変形しながらそのデータを適用すると、
「なんだ、バリケードだったのね」
 その女性スタッフはほっとした様子になった。そして、
「寝込んでるって聞いてたけど、もう大丈夫なの?」
 誰もいない車内を少し覗き込むようにした。
「ああ」
 短く答えると、良かった、と呟いた彼女は、
「しばらくは無理しないで、ゆっくりね」
 そう付け加えて立ち去った。

 たしかに「変わった」。
 地球に来て十年近くたつ。この映画にも六年ほど関わった。
 最初の頃は、何故こんなところでこんなことをしなければならないのか、不可解で、不愉快で、ただ苛立つばかりだった。そんな自分に人間が近づいてくることはなかった。それで良かったと思う。もし無遠慮に寄ってくる者がいれば、我慢できずになにをしたか分からない。
 それが今は、大丈夫なのかと気遣われるようになった。
 自分も少しは変わった。
 だがそれは自分のしたことではない。
 たとえばブラックアウトが、「虫の居所が悪いと怖いのは確かだが、頼りにもなる、悪い奴じゃないんだ」と言ってくれていたことを知っている。そのときはずっと、くだらないことを言うなと思っていた。だがそういった執り成しのおかげで、今があるのだ。
 自分を宥めたり、人間に弁解したり、彼等がずっと、つなごうとしてくれていた。
 だから変われたのだ。
 もし彼等の努力と苦心がなく、人間たちが変わらず自分を恐れ、嫌悪していたら、自分もまた変わらず、彼等を不可解で不愉快なゴミのように思い続けていただろう。

(らしくない)
 バリケードは苦笑する。誰かの「おかげ」だなどと、あまりにも自分らしくない考え方だ。
 事実としてそう感じてはいても、人には知られたくないと思う。少なくともまだしばらく、当分は。
 とりあえず、メガトロンに報告に行かねばならない。
 クロスロードでフォークリフトを行かせるために一時停止していると、
「ヘーイ! バリケードだろ? あんたたちオートボットも病気になったりするんだな。ちょっと意外だったぜ」
 と、少し離れたところから髭面の男に声をかけられた。
 人間に詳細を話しても仕方がないので、体調が悪いといった程度で適当に説明したのだろう。
 しかし、どう返答していいかがとっさに分からない。黙っていると、
「……もしかして、本物のポリスかよ?」
 男がすぐ近くにいた青年に、そう言うのが分かった。声は聞こえないが、口の動きだ。
「いや。俺で間違いない」
 指向性の外部マイクを使い、そう告げる。すると彼はほっとした様子になって笑った。
「いや、あんたたちと知り合ってからな、その車がただの車なのかどうなのか、なんて考えるようになっちまったよ。ま、退院したなら良かった良かった」
 やはり彼は大声でそう叫んで、手を振った。

 声をかけてくる者はごくごく限られている。今でもバリケードが愛想のない、近づきにくいタイプなのは変わらない。だが昔ならば、誰一人としてなにも言わなかっただろう。むしろ、いないほうが平和でいいのに、厄介なのが戻ってきたとでも思ったのではないだろうか。
 そう思われて嬉しいわけではないのに、そう思わせていたのは、自分だった。今は、物怖じしない、あるいはなにも考えていない何人かが、「最近見かけなかったじゃないか、どうしてたんだ」などと、声をかけてくる。バリケードはせいぜい「ああ」とか「いや」と答えるだけだが、そんな何事もない返答も、昔ならば決してしなかっただろう。
 ほんの僅かかもしれないが、自分が変わったのは間違いない。
 そしてこの世界も変わった。馴染みがなく、落ち着かないような気分だが、前よりも少し、明るく見えるような気がする。

 これもまた、らしくない物思いだ。
 くだらないことを考えていないで少し急ごうと思ったとき、バラバラと空から重低音が近づいてきた。黒い影、ブラックアウトが地面に降りて人型に変形する。吹きつける風から身を庇うようにしていた人間たちに軽く詫びつつ、彼はバリケードの前で膝を折った。
「バリケード。もう大丈夫なのか? まさか、無理して出てきたりしてないよな」
 心配気な声で問われ、バリケードも直立形態に戻る。
「俺がなにか言ったところで、ラチェットがノーと決めたら絶対にノーだろう」
「ハハ、それもそうだな。つまり、もう大丈夫なんだな。だが、もし具合が悪くなったらすぐに言えよ。運んでやるから」
「いい。……いや。その必要はない。と思う。だがもし、必要だと思ったら、そのときには呼ぶ」
「そうしてくれ。無理した挙げ句、また倒れるなんてことにならないようにな」
 言いながらブラックアウトは再びヘリの姿に戻った。今度はあまり乱暴にならないよう、静かに空へ舞い上がる。
 その姿を見上げて急に、言わなければ、と衝動に近いような切迫感が生まれた。

『ブラックアウト』
『ん? なんだ?』
 無線で呼ぶと、ぴたりとヘリが止まる。
 しかし、どう言えばいいのか。
 言わなければならないこと、言いたいことはあるのだが、どう言えばいいのかが出てこない。
 黙っていると、ブラックアウトは戦闘ヘリから輸送機に変形しつつ地面に降りてきた。
「少しでも違和感があるなら、言えばいいんだぞ。倒れる寸前までが『大丈夫』じゃないんだからな。メガトロン様のところへ報告に行くんだろう? 送ってやるよ」
 そういうつもりで呼んだわけではなかったが、もう少し傍にいれば、どう言うべきかも分かるかもしれない。バリケードは特に訂正はせず、背中と肩のアンテナをたたむと、ブラックアウトの中に乗り込んだ。

 外側から見れば地球にある大型輸送ヘリそのものだが、内部はそうでもない。貨物室の広さは三分の一程度である。それでも小型種族であればぎりぎり乗ることができる。バリケードは床に座り、内壁に背中を預けた。
 すると、
「なあ。本当に大丈夫なのか? 無理してないか?」
 床下から声がした。
「大丈夫だ」
「しかし……」
「なんだ」
「いや、大丈夫ならいいんだが」
「なにが気になる」
「そうやって寄りかかるからだ。いつもだと、すぐに立てるようにスタンバイしてるだろう。だから、本当はけっこうしんどいんじゃないかと思って」
 そう言えばそうかもしれないと、バリケードは背部アンテナに接触する金属の感触を確かめる。
 ブラックアウトが言うように、本調子というわけではないのだろうか。
 たぶん、そうだ。少し疲れたような感じがある。だがだとしても、やはり彼が言うように、「倒れる直前までが『大丈夫』」という考え方をしているのも否定できない。(これが間違っているとしたら、いったいどこまでが「大丈夫」で、どうなったら「大丈夫じゃない」のか?)
 それなのにこうして寄りかかった理由は……追及されても、困る。なんとなくだからだ。
「どうする? 戻るか?」
「いい。おまえの言うとおり、少し怠いような感じはあるが、ただそれだけだ。……たぶん」
「たぶんって」
「いいから、メガトロン様のところへ連れて行ってくれ」
「分かったよ。本当に、なんともないならいいんだが……」
 歯切れ悪く返事をして、ブラックアウトはそれ以上なにか言おうとはしなかった。

 しまった、とバリケードは思う。
 こんなふうに会話が途切れてしまうと、ますますなにか言うべきこと、言いたいことが言いにくくなる。
 告げる言葉ははっきりしている。「ありがとう」ということだけだ。
 こうして心配してくれることもそうだし、今までずっと、どんな態度をとってもそれを許し、なにかと気にかけてくれていたこと。これまでの様々なことに感謝している。そのことを伝えたい。
 だが唐突にそんなことを言うのは、なにかおかしい。
 弁の立つ者なら、こういうときどう話し始めるだろうか。
 たとえばスタースクリームなら? メガトロンなら? ラチェット……もたしかに能弁だが、彼のように伝えるのは本意ではない。
 このブラックアウトなら、唐突だろうとなんだろうと、ああそういえば、くらいの当たり前さで口にするし、それで違和感もないだろう。だが、自分がそんなふうにするのは、人間の表現を借りれば「キャラじゃない」のだ。言うべきこと、むしろ「言わねばならないこと」を前にそんなことにこだわるのもどうかと思うが、抵抗を感じるのはどうしようもない。
 メガトロンにはちゃんと謝意を伝えられたのに、どうして今はこんなに難しいのか……。

 沈黙の間中、低く静かに、2つのローターが回転する音が続く。人間にとってはうるさいのかもしれないが、オートボットの聴覚は受信音量の調節がきく。無音にするのは違和感なので、うるさくないように絞れば、むしろ心地良い。
 すぐに着くと思っていたのに、少し時間がかかっている。もしかしてメガトロンは撮影のために外に出ているのだろうか。
 どちらにせよ、ブラックアウトに任せておけばいい。
 あれこれ考えるのも億劫になって、たしかに少し疲れたと認めた途端、バリケードの意識はふっと眠りの海に落ちた。

 


 

      Megatron

 

 シカゴの街は今、特殊なバリアで封鎖されている。人間が外から見れば、ただ普通に撮影隊が出入りし、エキストラやスタッフが動いているように見えるだろう。
 しかし実際にはそこに、高さが最低でも5メートルはあるような金属の巨人・オートボットがまぎれている。
 メガトロンはそのとき、オプティマスに演技上のアドバイスをしていた。クライマックスでどうしても冷徹さを出せず、役に入り込みすぎると感情的な狂気を感じさせてしまうオプティマスを、さて、どうすれば「程々」に調整できるのか。
「許したい、できればそうしたい、という思いは、あるだろう。だが、それは私の、あるいは君の、個人的な感情だ。もし許したとしても、人間はどう思うか」
「それは……たしかに、街を壊して、大勢殺している以上、私の勝手な判断だけで許すと決められても、納得がいかないだろう」
「許したいとは思うが、許すことはできない、ということだな。ここで自分がケジメをつけなければ、人間との関係まで壊れてしまう。そうだ。最初の映画にあった台詞だったな。『You left me no choice』、だからもうこうするしかない。そういう気持ちではないかな」
「……分かった。やってみる」
 監督が足元で、「その台詞、ここまで残しておけば良かったな」と呟いたのが聞こえた。

 それは、丁度そのときだった。
 ごく控えめに、ノックのような通信が入った。カメラが回っている最中であれば、と配慮したものだ。通信元はブラックアウトである。メガトロンは「すまないが、部下から通信だ」と監督に告げて回線をつないだ。
『どうした?』
『今少しよろしいですか』
 丁寧に問われる。
『なにかあったか』
『バリケードを連れて参りました』
『ああ。少し前にラチェットから通信があった。「あとはもうそっちで面倒を見ろ」とな。我が儘を言って追い出されるのに成功したようだな。時間をとることができるか、監督に確認しよう』
『いえ、それが、寝てしまっているのです。どうしたものかと思いまして』
 メガトロンは思わず笑ってしまった。なにがおかしかったのかははっきりしない。律儀に報告に来ようとして途中で寝てしまったバリケードのことか。それとも、そんなバリケードを抱えてどうすればいいのかと迷う、やはり律儀なブラックアウトのことか。
『寝ているなら寝かせておけばいい。ラチェットの口ぶりでは、もう少しとどめておきたかったようだからな。報告など、夜でも構わん』
『了解しました』
『体調にはよく気をつけてやってくれ。具合が悪くなってもなかなか自分からは言わんだろう』
『はい。では、通信終了します』

 回線が切れる。それを待っていた監督に向けて、メガトロンは一つ頷いて見せた。
「なんだった?」
「バリケードが出てきた。まだ本調子ではないようだが、ブラックアウトがついているなら問題ないだろう」
「彼か……」
 ペイ監督の言葉は半分溜め息になっている。
 1作目では市街戦を撮影する前に交通事故でリタイアし、今度もまた市街戦のメインバトル前に体調不良でリタイアした。監督にとっては、二度も戦闘シーンを撮りそこねた因縁の相手である。「快復したならそれはいいが」と不満げなのは、だからといって「じゃあ今からガチバトル」と言えるほど鬼ではないからだろう。
「まあいい。とにかく、こっちを今日中に終わらせる。今日中にだ」
 それができるかどうかは、オプティマス次第である。今の言葉がプレッシャーにならねばいいがと、メガトロンは表に出さないように苦笑した。

 


 

      Blackout

 

 人目につかないビルの屋上で、ブラックアウトはどうしたものかと少し迷っている。
 寝ているなら、起こすようなことはしたくない。これは確定している。
 ラチェットのところに連れて戻ったほうがいいのではないかと思うが、バリケードはそれを嫌がるだろう。
 メガトロンからは、報告くらい後でも構わないと許可を得ているので、急いでなにかする必要もない。
 ではさてどうしようかと思い、とりあえずは移動することにした。いつまでも屋上を不法占拠しているわけにはいかない。

 この地球という星は非常に美しく、不思議で魅力的だが、無駄が多いのは否めない。最初はこのアメリカという国だけかと思ったが、世界中どこにでも、まったくの無駄、何故放置しているのかよく理解できない土地がある。
 しかし今はそういった空き地、もっと言えば廃地があるのは都合が良かった。
 元は工業施設だったと思しきその場所は、高いフェンスに囲まれ、しかもここ何年もの間、人が出入りした様子もなかった。倒壊の危険性があるからだろうか。それにしても大半は広い空き地だ。雑草が生い茂っているくらいで、危険なものはない。念のため地雷などの爆発物がないかも確認したが、もちろんそんなものは一つもなかった。

 揺らさないように慎重に着陸する。
 バリケードがまた寝ていること、一度も目覚めてはいないことを確かめると、まずは彼の健康状態をチェックすることにした。やはり、少しおかしい。ただ寝ているだけではあるが、これだけ長い間、しかも移動中もまったく起きないというのは、いつものバリケードには考えられないことだ。いつもなら、離陸、着陸といった変化のあるときには必ず、簡単に周辺状況を走査する。それは彼の癖のようなものなのだ。
 カメラを内部に向け、できるだけ刺激の少ない周波数でスキャンする。分かるのは熱量やノイズ比率くらいだが、バリケードの基本ステータスと比較すれば、エネルギー効率が落ちていることは容易に知れた。外殻の温度も高いし、内部も普段より少し高温になっている。人間で言う「微熱がある」状態だ。
 身体機能の調整を行う自律機能が、まだ十分に働いていないようだ。それでは過剰な負荷がかかるし、エネルギーの消耗も激しい。体が睡眠を欲するのも無理はない。
 メガトロンも言っていたが、バリケードはラチェットのお墨付きを得て解放されたのではない。押し問答の末に無理やり出てきただけのようだ。絶対に駄目だと判断すれば断固としてノーと言い、拘束してでも止めるだろうラチェットであるから、渋々でも許可は許可である。しかし、もう少し安静にして、できれば外部からの機能補助を受けたほうがいいのは間違いない。

 勝手にすると怒られるかもしれない。
 だが、起こすには忍びないし、このまま放っておいていいわけもない。
 ラチェットのところに連れて戻った場合に起こることをシミュレートすると、まずラチェットに「だから言わんこっちゃない」と溜め息をつかれ、また監禁されかねないバリケードも腹を立てるだろう。
 だから、少し悪い気はするが、ここで自分が応急処置をするほうがまだマシなはずだ。
 輸送機の姿をしたブラックアウトの、床面のパネルが少し浮き上がる。そこから細いケーブル―――直径8ミリ程度だが、それぞれが8種類ずつほどの、役割の違うコードで構成されている―――が10本ほど這い上がり、できるだけ余計なところには触れないよう慎重に、バリケードの腕と首、胸、腰と膝、それぞれの装甲の下へと左右から潜り込んだ。
 内部でコードはほどけ、互いに「対」になる端末へと触れる。最も太く、それだけで5ミリほどの径を持つのは循環系、細いものは神経伝達系や電子制御系だ。
 起こさないように、そして、不用意な刺激で損傷させないように、ブラックアウトは少しずつ同調を開始する。
 循環系は簡単だ。体内をめぐるエネルギーは半液体で、適切なジャックに接続すれば、弁を開くだけでこちらへ流れるようになる。たしかに、熱い。それに、自身の状態をセルフモニタリングすれば、濾過も不十分なことが知れる。だからこうしてこちらにエネルギーを流し、自分のものと混ぜて冷却しつつ、ブラックアウトの機能を使って調整し、濾過するのだ。
 神経伝達系は最も気を使う。これもまた高負荷になっているものを、ブラックアウトが一種のアースとなることで緩和するのだが、十分に制御しないと、こちらの感覚をバリケードに送り込んでしまうことになる。特に、体格差が顕著な場合には調整が難しい。どうしてもブラックアウトのほうが高出力で、押してしまいそうになるのだ。出力が低くてはリンクしないし、高くては相手に負担がかかる。ほんの少しずつ出力を高め、バリケードの身体感覚をぼんやりと感じるようになったあたりで、ブラックアウトは数値をロックした。

 思わず乱暴にほっと一息つきそうになる。だがこれも今は、下手をすればバリケードのほうへ飛び込みかねない。
(……俺にはやっぱり、向かないのかもな)
 なんとか起こさずに済んだバリケードの姿を確認し、ブラックアウトは自分の抱いた「考え」について考える。
 それは、自分の将来のことだった。

 ブラックアウトは戦いを好まない。戦闘力を持っているし、それは決して低くないが、武力の行使にどうしても抵抗を覚えてしまう。だから訓練では好成績をおさめられても、実戦となると思うようにいかなかった。それはもうずっと昔からだ。
 どんなに強くても、それを戦場で発揮できないなら兵士としては三流である。だからブラックアウトは軍のレスキュー隊に所属していた。
 レスキュー隊のオートボットは全員、応急手当のような医療知識を叩き込まれる。今バリケードに施している処置も、そんな応急処置の一つを応用したものだ。
 ブラックアウトが考えるのは、もっと本格的に医療を学びたい、ということだった。
 だが、ラチェットならば一瞬で行うだろうたったこれだけの処置に、ずいぶん時間をかけ、しかも失敗しかねないのが現実だ。
 医者になりたいなどとは思わない。だが、その助手が務まる程度の知識と技術を身につけたい。……いや。ディセプティコンという居場所は胸を張って誇れるものだから、軍を抜けるつもりはないのだが、―――身の程知らずであることを顧みず正直に言えば、軍医、というものになれたらいいと思うのだ。
 戦争など起こらないほうがいい。だが万一起こってしまったときには、戦火のど真ん中にも駆けつけられる、そんな軍医がいればきっと誰かの助けになるだろう。

 だが、と自分を振り返る。
 決断力はないし、優柔不断で、精緻な端末コントロールができるわけでもない。
 頼り甲斐の塊のようなラチェットとは雲泥の差であるし、役に立たない名前ばかりの医者がいたために、助かるはずの命が助からないなどというのは言語道断だ。
 なりたいとは思うが、なれるとは限らない。
(だが……)
 今は容態の安定しているバリケードを見ると、やはり思う。
 医者になれるほどではなくてもいいから、少しでも多く医療知識と技術を身につけて、もう少しくらいは確かに、仲間を助けられる存在になりたいと。

 

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