Inherits

 

      1

 

 監督がどうして「恐る恐る」といった様子だったのかが分かった。
 さすがにメガトロンも苦いような険しいような顔つきで、そのファイルから先へ進めない。
 どうにかして、
「本当に……こういう?」
 と尋ねると、監督は
「もう僕からも何度か、書き直しがきかないか要求はしたんだ。僕は、センチネルが君にとって、どういう人物だったか知ってるし……。でも、―――すまない。僕の力では、これ以上は」
 珍しく、監督は自分の無力に耐えかねたように、項垂れた。

 メガトロンはもう一度脚本に意識をやる。
 「センチネル」という名を見れば、自分を導き育ててくれた恩人のことが思い出される。彼はプライム、最高のプライムの一人だった。たぶん、彼が自分の教育係だったのだろう。他のプライムたちよりも圧倒的に多く、傍にいた。今の自分の生き方、考え方は、ほとんどがセンチネルから学んだものだ。
 彼がいたからこそ、自分は今ここにいる。センチネルは、メガトロンを人の上に立つ者、リーダーになるべくして生まれた者として教え、導き、根気よく育ててくれた。十万年以上もの長い間、師というよりも、まるで祖父のように。
 そのセンチネルが、たとえ正しいと信じたことであれ傲慢な態度をとり、多くの人間の命を軽視し、しかも奴隷種族として扱おうとするなど、到底受け入れられる空想ではなかった。

 しかし、とメガトロンは考える。
 オプティマスがこれまで「やりにくい」と感じていたのは、つまりこういうことなのだろう。自分が敬意と好意を持つ相手を悪者として扱うのは、確かに心苦しい。
 それからもう一つ。
 もし今もまだセンチネルが生きていて、この場にいれば―――この場にいれば、どんなに嬉しいことか―――、「今度はおまえがオプティマスのように言う番だな」と笑ったに違いない。そして、自分がオプティマスに言ったように、「私は構わぬよ。楽しそうではないか」と。「どれ、悪役らしくするには、どうすればいいのかな」。そんな言葉さえ聞こえるような気がする。
 センチネルを悪役にすることは、センチネルの尊い魂を汚すように思える。しかしそれはあくまでも、自分の勝手な解釈なのだろう。魂というものがなんらかの形で不滅ならば、センチネルはきっと、優しくあたたかな目で見守り、困惑する自分たちを微笑ましく思っているに違いない。

 そして、生者よりも死者に対する冒涜を重く感じるのは、人間もオートボットも同じのようだ。だからこそ監督は、今生きてここにいる自分には平気で悪役を頼んだが、センチネルを悪者にするのは申し訳ないと思うのだろう。
 その気持ちを、メガトロンは嬉しく思った。
「いや。センチネルならばきっと、笑って許してくれるだろう」
 メガトロンはそう答え、それからほぼ一瞬で残りの部分を読み終えると、
「ただ、頼みが一つと、もう一度だけ修正を依頼できないか、試してもらいたい案が一つある」
 と伝えた。
「頼みとは、CGで作ることになるだろう彼の姿だ。私は本物の姿を見せることもできるが、できるだけ本物とは違うものにしてほしい」
「それくらいならお安い御用だ。色とか、特徴的なシルエットとか、そう、変形後の姿もあるな。そういったものはある程度僕の好みで押し通せる。それから?」
「修正案というのは、この結末についてなのだが……」
「え? 嫌かい?」
「矛盾しているように思うのは、私だけか? ディセプティコンが、戦うこと、破壊することを好む集団だとしたら、いくらリーダーの私が言うことでも、星の再建に力を貸すとは思えない。そもそも自らが壊し、住めなくした星なのだろう? その復興をしようなどと言っても、誰もついては来ないのではないか? それとも、オートボットを殲滅するため、宇宙を支配するための足がかりとしての復興ということなのか。それを隠してオプティマスを騙すつもりだとすると、相手に自分の運命を委ねるのは、あまりにも危険な賭けだ。特に、このオプティマスは直前にセンチネルを殺しているのだから、見逃してもらえる確率はかなり低いのではないか? 本当に『殺すなら殺せ』と思っていなければ、言えない台詞のように思う」
「そう言えば……。僕は、君が悪役のまま終わらなくて、少しほっとしたんだが。後付けのこじつけになるけど、最初から君は君なりのやり方でセイバートロンの復興を考えていたってことにできるから」
「ありがとう、監督。しかし、その矛盾も考えると、最後に倒されるべき敵は、やはり私のほうが自然ではないかな。一人だけが死ぬのであれば、それは私のほうがしっくり来るだろうし、オプティマスともう一人生き残るなら、己の過ちを悟ったセンチネルのほうがいいと思うのは、私の個人的な心情だけではないと思うのだが」
「ふむ……。とりあえず、結末についてはもう一度相談してみるよ。けど僕としては、これならオプティマスに睨まれることも減るかなと思ったんだけどな。……オプティマス?」
 監督の後ろで、同じように脚本を読んだはずのオプティマスは、彫像のようにじっとしていた。(ちなみにオートボットサイズの本があるわけではない。彼等はデータとして脳内で読んでいる)

 監督に呼ばれて我に返り、オプティマスはメガトロンを見る。「本当にそれでいいのか」と視線が問うている。メガトロンは黙って頷いた。オプティマスは釈然としない様子ではあったが、
「私に異論はない」
 と答えた。
 ほっとした様子の、しかしまだどこかすまなそうな気配を残した監督がガレージを出ていくと、オプティマスは再びメガトロンを見た。
「私は、人間に倣って想像してみた。もし本当にここにセンチネルがいたら、と。彼ならば、今まで私が君に言ってきたように言うだろう。きっとこの映画を楽しむはずだ」
「しかし……」
 オプティマスには昔、まだセイバートロン星にいた頃、他のプライムについて話したことがある。彼等を知らないオプティマスに、少しでもプライムたちの考え方や生き方を伝えることができればと思ったのだ。
 そういったとき、メガトロンにセンチネルを特別扱いするつもりはなかった。しかし誰よりも長く傍にいて、誰よりも多く言葉をかわしたプライムがセンチネルだった。ゆえに自然と、センチネルについて語る回数は多くなった。そしてそのときに、なんの感慨も含めずに淡々と語ることなど、できはしなかった。
 だからオプティマスは、メガトロンにとってセンチネルがどういう存在かを知っている。そのためにこの脚本に対して、本当にこれでいいのかと思ってくれるのだろう。
「私なら大丈夫だ。ありがとう、オプティマス。さ、皆のところへ行って、データを渡してこよう。……トラブルは、覚悟したほうがいいだろうな」
 メガトロンはオプティマスの肩を軽く叩いて、ガレージから出ていった。

 


      2

 

 想像とは、凄まじい力だ。これはセイバートロンでは一般的ではなかった思考法である。近いのは、推測や予測、仮定。それらと「想像」の違いは、それが現実に起こりうるかどうかという点にある。セイバートロンの常識では、まるでありえない未来や現象を思い描くなど、現実になにか功を奏するものではなかったのだ。
 しかし、人間がその極めて短い生命サイクルにも関わらず、進化し、発展してきたのには、きっとこの力が関係しているのだろう。そう思う。自分たちが何万年とかけてやっと会得する変化を、ごくごく短時間で行う人間。そしてその柔軟性は、きっと、想像するという思考方法を通じて、オートボットにも伝染したに違いない。この地球に辿り着き、人間とともに過ごすようになってからの彼等の変化スピードは、過去に例を見ないほどである。

 メガトロンもまた「想像」した。
 もしセンチネルが生きてこの場にいたならば、と。
 絶対にありえないことだ。だがそう想像したとき、リアルにその声を聞いたような気がした。彼の笑う姿と声、そのあたたかな眼差しが心の奥底に、そして脳裏に蘇った。
 もし本当に彼が死ぬことなく、どこかに逃げ延びて生きており、この地球に辿り着いてくれたなら。そしてもし本当に、共にこの映画に出ることになり、オプティマスもメガトロンも歓迎できない配役を、笑って引き受けたなら。もし本当に、撮影の中、人間の中で生ずる様々な喜びやトラブルを、彼とともに楽しんだり、慌てたり、心配したりすることができたなら。

 だが、彼はもういない。

 想像力とは、恐ろしい力だ。
 はるか昔、フォールンの襲撃の際、メガトロンはオプティマスを助けるためにセンチネルを囮とし、置き去りにした。
 あのときも心は痛んだ。だが、なすべきことの前に、その痛みは間もなく消え去った。それから後、センチネルから伝えられた様々なことを思い返し、オプティマスに伝えることは幾度となくあったが、「もし彼が今もここにいたら」などという、ありえない空想を追いかけるようなことは一度もなかった。そう思ったことはあったが、現実には決して起こらないことを考え続けるなど無駄だと、すぐに追い払ってきた。
 だが、どうだ。
 もし今も彼が生きて、本当にここにいて、共に語り、共に笑い、時に困ったり怒ったりしながら、映画作りに参加していてくれたなら。そんな光景を想像するとき、センチネルの不在は今まで味わったこともないくらい深い悲しみになった。

 メガトロンは泣いている。
 彼等に涙はないが、悲しみに打ち震えるスパークの放つ、独特の波動と微かな音色が、涙の代わりだ。
 それを誰にも知られないように、彼は一人、皆を遠ざけたガレージの中で、泣いていた。

 もしあのとき、センチネルを救いつつ、オプティマスをも救うだけの力があったなら。
 これも現実にはどうしようもない想像だ。
 だがもしあのときにそれだけの知恵と力があったなら、本当に今もセンチネルは、ここにいるかもしれないのだ。
 いや。彼がいてさえくれれば、オプティマスがたった一人のプライムとして、何も教えられないままに星を背負うこともなかった。そうすれば星の崩壊だとて防げたかもしれない。

 埒もない想像。
 意味もない。
 無益だ。

 無益?
 いや。

 だから今、そしてこれから、二度とそんなことにならないように、もう誰も失わなくてもいいように、力を尽くすのだ。
 そして生きている今のこの時間を、少しでも平和に、楽しんで過ごせるように努力せねばならないのだ。
(今度こそ、私が必ず守る。これからは、ずっと)
 その決意を強く強く生み出すのもまた、想像の力。現実にはありえない想像が愛しく悲しいほど、彼への思いは深くなり、今ここにいる者たちへの思いも、未来への思いも、強く確かなものになるだろう。
 想像力とは、人間が見出し育んできた、偉大なる力だ。

(センチネル……。貴方の魂が、もし今もどこかに残っているなら、……見ていらっしゃいますか)
 星を見たい。メガトロンはそう思い、外に出ることにした。

 


      3

 

 話を聞いてほしいと思った。
 だから夜中に、誰にも知られないようにガレージを抜けだした。
 そして目的の場所に近づき、もしかするともう休んでいるかもしれないと、いくつかのセンサーを使って中の様子をうかがった。
 そして気付いた。

 信じられなかった。
 だが間違いはない。
 オプティマスはガレージの前に立ち尽くす。
 あのメガトロンが泣いている?
 これは深い深い悲しみの波動。
 間違いない。
 何故。
 もしかして、センチネルを悪役にされたから?
 そんな馬鹿なと思い直す。いくらセンチネルがメガトロンにとって大切な存在で、悲しんだり残念に思ったりはしたとしても、泣くほどの悲哀ではない。どうしても納得ができないなら、撮影協力を拒むこともできるのだ。そういった手を打たずにただ嘆くなど、メガトロンのすることではない。
 では、何故。

 どうすればいいのかと戸惑って立ち尽くしていると、突然シャッターが開いた。
「オプティマス?」
「あ、いや……」
 出てきたメガトロンは驚いた顔をしている。―――もう、悲しみの波動は感じない。
「どうした、こんな時間に」
「話を……したいと思ったんだが、そうだな、訪ねるには、遅い時間だった。すまない。また明日にするよ」
 取るに足りないくだらない話で彼を煩わせてはいけない。とっさにオプティマスはそう判断し、帰ることに決めた。
 振り返った肩を、後ろから軽くとられる。
「遅い時間でも、話したいと思ったから来たのだろう。どうだ。少し散歩でもしようか」
 そう言ってメガトロンは、できるだけ地球の車両に似せた姿にトランスフォームした。極端に大きいが、その姿はBMW社の高級車によく似ている。夜間ならばそれほど目立つことはあるまい。
 メガトロンが走りだしてしまったので、オプティマスも赤いバンに変形して後を追った。ファイアーパターンのトレーラートラックは、映画のせいで有名になってしまった。ファンがコスプレ感覚で真似しているとは思ってもらえても、集まってきて囲まれ、写真をとられたりするのがたまらない。今では、外出時にはみんなそれぞれ、別にスキャンした車になるようにしている。

 夜のハイウェイはずいぶんすいていて、長距離トラックが猛スピードで追い抜いていく。車間距離はぎりぎり。それでぴたりとあの巨大なトレーラー部分を目の前に入れるのだから、彼等の運転技術はカースタントのドライバーに近いものがある。オプティマスは、自分にはこんな芸当はできないと思う。
 道を山間部の方面へととると、そういった商業車もいなくなった。
 やがて小さな展望台のある丘に来た。駐車場は広々として、車もとまっていないし、人影もない。簡単にスキャンするが、たしかに辺りに生命反応はない。
 メガトロンは本来の姿に戻った。宇宙にある目、衛星についてはサウンドウェーブが対処してくれるだろう。
 オプティマスも人型に戻り、展望台から景色を眺める。
 空には星。眼下にも、人工の星。
 美しい世界だ。

「昼に読んだ、脚本のことか?」
 星を見上げていた顔を戻し、メガトロンが言った。
 オプティマスは、半分頷く。
 しかし言ってもいいのかどうか、まだ躊躇っていた。
 メガトロンの悲しみがなんだったのかは知らない。だが、自分の葛藤や物思いなど、それに比べれば路傍の石にも劣るだろう。それは確かだ。そんなことを、彼に甘えて話して、困らせるなど……。
 それに、自分はプライムなのだ。メガトロンがどれほど素晴らしい指揮官で、頼りになるリーダーだとしても、プライムである自分は、その彼をも率いて導くべき存在なのだ。それが逆に頼るなど。
「オプティマス」
 優しく呼びかけられると、甘えたくなる。情けない、これではならないと思うのに、彼といる安心感には、情けない意志の力などほとんど無力だった。

「私は、プライム失格だ」
 やっと言ったのは、その言葉だった。
「突然どうした」
 メガトロンが驚いたらしいのが声音で分かる。
 だが本当のことだ。
 さっきもずっと、そのことを考えていた。
 そして今もまた、そのことについて考えている。
 どうしてこんな私がプライムなのだろうかと。
 そんなことは、言うべきでない。
 だが今は、それを飲んで何事もなく振る舞うには遅すぎたし、隠し通せるとも思えなかった。

 きっかけは、たしかに脚本だった。
 先刻まで考えていたことを、オプティマスはメガトロンに語った。
 演じる、ということがどうにも難しいオプティマスは、人間に言われたように、もし自分がそんなシチュエーションにいたらとシミュレートするようにしていた。
 今回の脚本は、比較的簡単に思えた。それほど恐ろしい台詞もないし、人物の置換えもしやすかった。
 映画の中の「オプティマス」にとっての「センチネル」は、現実のオプティマスにとってのメガトロンだった。そしてメガトロンにとってのセンチネルなのだ。敬愛する師。自分を導き育ててくれた大恩ある相手。尊敬し、憧れ、手本としたいと思う存在。想像するのはたやすかった。
 脱出に失敗した彼が、月に墜落していると知ったら。「柱」のことなどどうでもいい。そこにもしかして彼がまだ無事でいて、自分にならば蘇生させることができるかもしれないなら、すぐに迎えに行き助けだす。そしてもし彼がプライムならば、より相応しいリーダーとしてマトリクスを返そうとするのは当然だ。そしてもし、それはもうおまえが持つものだと言われたら、そのときの感動と重責、戸惑いと決意は、容易に推測……想像することができる。 

 その彼がもし、地球を滅ぼすという選択をして、自分たちを裏切る……いや、見捨てたら?
 セイバートロン星でのあのクーデータのときは、犠牲らしいものはなにもなかった。評議員たちは拘束されただけだ。そして間もなく真相が分かった。そして自分はそれを受け入れた。だがもし、それがずっと知らされなかったら。クーデターがもっと破壊的で、多くの犠牲を容赦なく生み出し、アイアンハイドたちを殺し、多くの者を傷つけて踏みにじるようなものだったら。
 信じない。絶対に信じない。脚本のとおりだ。きっと操られている、なにかの間違いだと思う。そして真実を確かめるため、いや、真実など一つだ。ただ彼を助けるため、正気に戻すために駆けつける。
 しかし、それでもメガトロンが正気だったら……正気で、自分の意志で、アイアンハイドやマッドフラップたちを無慈悲に殺し、多くの人間を殺し、街を破壊し、星を破滅させようとしていたら……。

 たしかに自分は、殺そうと思うだろう。
 ただしそれは、映画の「オプティマス」のような高潔な理念や信念からではない。
 ただ否定したくて、認めたくなくて、そんな「悪い夢」を壊して二度と見ないようにするために、消してしまおうとするだろう。目の前にいなければ、どうとでも思える。本当は操られていたのだとでも、そして、皆にもそう告げて、なにもなかったことにしてしまえる。そして思い出の中でだけ、都合のいい部分だけ、繰り返し思い出して愛惜し、語り継いでいける。

 想像するというのは、恐ろしいことだ。
 本当にそうなるかどうかは分からないし、絶対にありえないことだとも思うのに、オプティマスは、「もしそうなったら」という想像の中の自分を擬似体験した。
 そして、映画の中の「オプティマス」との差に打ちのめされた。
 人間は「プライム」という存在を正しくは理解していないが、それでも決然とした行動をとる「オプティマス」は、現実の自分よりもはるかに、民の運命や未来を背負って生きる者としての強さと厳しさに溢れていた。
 そして、聞いてみたくなった。

「……こんな質問は、ひどいと思うが、もし、……もし、センチネルがこの映画のように、貴方や我々を裏切って、多くの命を傷つけ、犠牲にして、それを良しとするようなことがあれば、貴方はどうするのかと……」
 もし、という仮定の話だが、センチネルを侮辱しているような気がして、心苦しい。だが、ありえない話だ。空想の話。映画の中のこと。もしメガトロンが「オプティマス」の立場にいたら、彼ならばどうするのだろうか。なにを考え、どう行動するのだろうか。
 そんな話をし、あまりにも不出来で至らない自分を、少しでも正しい道へと導いてほしかったのだ。
「それを聞けば、私がどうあるべきかも分かるように思ったんだ。だが、そんなことは自分で考えることだった。すまない。だから、こんな不愉快な質問は、忘れてくれ」
 今は平然とした様子でいて、もう彼の中で結論は出たのだとしても、つい一時間ほど前まで、彼が深い悲しみの中にいたことは変わらない。そんな相手に、こんな甘えをぶつけるのは、あまりにも情けない気がした。

 しかしメガトロンは、
「もし私ならば、か」
 と答える。
「いや、いいんだ。想像するのも、愉快ではないだろう」
「想像だ。現実でないからこそ、人間も破壊や恐怖を楽しめる。そして私は、本物のセンチネルをよく知っているからこそ、現実と想像を容易に切り離せる。もし彼が、どうしても受け入れがたい、許しがたい……誤った道を選んだら、そして言葉では理解を得られないとしたら、やはり、戦うしかあるまいな。止めるのは、私の役目だと考えるだろう。彼の薫陶を受け、育てられた私の義務だと。しかし、最後に理解を求められ、今一度話しあう機会が持てるのであれば、私は悔い改めることはできないのかを問う。もしイエスと言い、その言葉を信じるに足ると思えば、殺すよりも残酷かもしれないが、己のしたことの償いのためにも、生きて共に歩んでもらうだろう。だがノーと答えるか、イエスと答えてもそれが信用に足ると思えなかったときには、やはり許すことはできない。そうするよりは、他にない」
 メガトロンの答えは、オプティマスの予想とほぼ完全に同じだった。

 見たくないものを見ないために消そうとする自分とは、大違いだ。
「やはり私は、プライムには相応しくない」
 こんなことを言っても困らせるだけだと分かっていても、オプティマスはそう言わずにいられなかった。それもまた、「オプティマス」ともメガトロンとも違う、情けない弱さと甘えだ。
 だがメガトロンは、うつむいたオプティマスの肩へと、慰めるように軽く手を置いた。
「オプティマス」
 名を呼ぶ。
「君は、君でいいんだ」
 一言ずつゆっくりと、そう告げる。
「プライムもそれぞれだ。センチネルのように、ひたすらに慈愛と寛容を示す者もいるし、すべきことのためには声高に他者を非難することを厭わなかったプライムもいる。すべての意見に可能性を見出した者もいるし、その逆もいる。ただ一つ彼等に共通していたのは、セイバートロン星とそこに生きる民を、少しでも良い未来へと連れていくために努力を惜しまなかったことだ。少なくとも私には、君が彼等に劣るとは思えない」
「メガトロン。慰めてくれるのは嬉しいが、だが、私にはもっとなすべきことや、こうあるべき姿というものが」
「オプティマス」
 オプティマスの言葉をメガトロンが遮る。静かに、しかし断固と。
 そして彼は前に回って両方の肩をとり、言い聞かせるようにこう言った。
「そんな幻想は、もう捨てるんだ」
 と。

「幻想? 幻想って、なにが」
「かつて存在した偉大なるプライムたちの、良いところばかり集めた理想のプライムのことだ。たった一人のプライムに、我々はかつてプライムたちが持っていたすべてを求めた。だから君は、それに応えることがプライムとしての義務だと思うようだが、そうじゃない。君は、君でいいんだ。完璧じゃなくていい。センチネルにも欠点はあったし、迷うことも、間違うこともあった。だがだからこそ彼は、他者の苦しみや痛みを本当に察することができた。もしこの世に完璧な存在がいたとしたら、それは完璧であるがゆえに迷うこともしくじることもなく、他者の迷いや悩みに共感することはできないだろう。だから、完璧なプライムになどならなくてい。君は君で、人を惹きつけ、救う力のある、立派なプライムだ。もし君が苦手とすることがあるなら、それは私や皆が引き受けよう。―――私はいつだって、君を助けたいと望んでいる。それは、君が君だからだ、オプティマス。プライムであるかどうかは、関係ない」
 心強く、安心する言葉。それを聞き、張り詰めていた心が緩む心地は、なにか懐かしい感じがする。
 メガトロンは小さく笑って肩から手を離し、二重の星がきらめく景色へ向き直った。地上の星を眺め、そして天上の星を見上げる。彼はしばらくいくつかの星を眺めていたが、やがてオプティマスを見ると、急に少し、悪戯げに笑った。
「メガトロン?」
 ふと上がったメガトロンの手が、オプティマスの頭に乗せられた。驚いて目を見開いたオプティマスに、メガトロンはよく見えるように笑う。
「私にとって君は、偉大なるプライムである以上に、可愛い弟だ。立派になりすぎて、なにもかも全部一人でできるようになって、そのせいで頼られも甘えられもしなくなったら、寂しくて仕方がない。いずれそういうときが来るとしても、それはもっと先でいい」
 そして笑い声を立てて離れた。

「子供扱いは、さすがにひどいぞ」
 オプティマスはまだ手の感触が残る頭部に触れる。メガトロンは笑っている。
 子供扱いされると、本当に子供に戻りたくなる。それではいけないのだが……だが、メガトロンの前でくらいは、プライムらしくあろうとすることは、本当にないのかもしれない。
(今は、助けられてばかりだが……)
「だが、ありがとう。これでまた、がんばれる」
「無理はしないようにな。さ、そろそろ帰ろうか。明日は、とりあえず皆を宥めるので手一杯だろう。特に、ラチェットがまたおかんむりだっただろう。それから、サイドスワイプも不機嫌なんじゃないか?」
「う……」
 彼等の気に障ったのはアイアンハイドの扱いだ。二人が怒り出したせいで、当の本人は宥める役に回ったほどである。メガトロンには、そのあたりの顛末もお見通しらしい。
 更に言えば、もうとっくに「死んでいる」ジャズが余計なことを言ったものだから、解散を命じて全員退去させるまで、サイバトロンのガレージはとんだ大騒ぎだったのだ。
「まあ、がんばれ」
 メガトロンはオプティマスの背中を叩いてから大型車に変形した。
 そんなことのために元気を取り戻してもらったわけじゃないと思いながら、オプティマスは後を追った。

 

 

 星は遠くに瞬いている。
 その中にセイバートロン星はもう存在しない。
 失われたものは、二度と戻らない。
 だがかつて得たものは今もこのスパークの中にある。
「完璧じゃなくていいじゃないか。完璧であろうとするから、なにもかも全部一人でやらなければならなくて、つらいんだよ。今はまだできないことなら、無理などせず、人に頼ればいい。わしは、おまえに相談されるとそれだけで嬉しくなる。それはきっと、おまえの部下たちも同じだと思うぞ。だいたい、おまえが立派になりすぎて、なにもかも一人でできるからと、ちっともわしを頼ってくれなくなったら、寂しくて仕方ない」
(センチネル。貴方が私にくださったものが、かつても今も、そして未来も、私と皆を導いてくれる。―――貴方はここに生きている。私の中に)

 

(おわり)


 ……なんだかまたメガ様のいい人度が跳ね上がった気がします。
 どこまで独自路線になるのか、ここまで行くともう誰もついてきてないんじゃないかと思わないでもありませんが、ま、「自分が見たいものを見るために書く」のが基本なので、気にしません。それをもし共に楽しんでくださる人がいるならばとアップしているだけで。

 さて、TF3、映画3作目のネタです。
 私のところのIF世界だと、映画の「オプティマス」の位置にはメガトロンが入るんですよね。センチネルに可愛がられ育ててもらった一番の弟子みたいな立場。
 で、逆に「センチネル」のところにはメガトロンが入るわけです。オプティマスにとって、なにより信頼し尊敬している存在。むしろラブ?くらいの勢いで。
 そんなところから出てきたのがこのSSです。

 で、なにげなく書いていたらメガトロンにとってのセンチネルの重さが、ずいぶんとヘビーになっていることに気づきました。にも関わらず「Destiny」の中ではあっさりとセンチネルを置き去りにしているので、強引なつじつま合わせもあって、こうなりました。

 我ながら、あれこれとつじつま合わせまくってます。キーは「想像力」です。
【こじつけその1:ボッツたちの性格の変化】
 過去編・スタスクが主人公の話で、「想像・空想」という思考がセイバートロンでは一般的でないことは既に書いています。しかし人間にとっては当たり前の想像と空想。
 何万年も生きていてもあまり変化しない彼等が、地球に来てからは短時間で心境に変化を生じていることを、ここにこじつけています。彼等になくて、人間にあるもの。それが変化スピードを作りだす一つの要因かもしれない、と。
 これはひそかに、「想像→夢見る力」として、後の話にもつながっています。強い力だ、と。
【こじつけその2:メガトロンの変化】
 で、昔のメガトロンにとってセンチネルの死は、非常に悲しく残念なことであっても、ただの「事実」だったのだろうなということに。過ぎ去れば、振り返ってどうとは思わないような「点」に過ぎないもの。それよりも現在と未来のことを気にかけないとならなかった、というのもありそうです。
 でも想像力を得て「もし今もここにいてくれたなら」と思うと、それが実際には叶わないこと、そうだったらどれほど嬉しいかということが、無視できなくなった、と。

 それはそれとして、どうにも甘えんぼさんなオプティマス。映画本編からかけ離れていくことに関しては、ディセプたちと同レベルなような。
 まあ、メガ様に可愛がられているオプも可愛かろうということで。
 彼が「プライム」であるという事実が大きな役割を果たすのは、もっと後です。

 なお、一度アップしたものから、大幅のメガ様の台詞を変更しました。「プライム」という存在を蔑ろにしているような印象が拭えなかったので……。
 他、前半に入れてあったセンチネルの背のフをカットし、別のものとして最後に入れたり、実はあれこれ改稿しています。