The Shadow In The Light

 

 巨大なサーチライトのように、繁栄の輝きが迫り来る。
 あれがもしここまで来たら。
 殺される、と思った。
 そのとき感じた感情的な衝撃が、恐怖というものなのだろう。
 死ぬことは恐れていない。これまでに恐れたこともないし、今もそれは変わらない。
 では何故、あの瞬間には恐怖を覚えたのだろうか。
(……どうでもいいか)
 自分の体から離れていく光の粒を見て、バリケードは不快な思考に停止命令を出した。
 なにをどう考えたところで、あと数時間のことだ。
 長くても、朝まではもつまい。
 だから今は、その前にすべきことに意識を集中しなければならない。

 脚部に集中的にエネルギーを送る。姿勢制御。前傾し、バランスをとりながら立ち上がる。
 まだ猶予はある。まだ動くことはできる。不要な機能を停止させれば、エネルギーに余剰を生むこともできる。センサー類、レーダー、4つある内の3つの目、発声機能、聴覚、今使わない機能すべて一時停止させれば、立つのも歩くのも、それほど困難ではない。
 が、大きく制限された視界のせいで、ないと思っていた樹木に足をとられた。
 とっさに踏みとどまるだけのパワーがなく、転倒する。巻き込まれた木々が薙ぎ倒されていく。しかしその音はなにも聞こえない。
 バリケードはなんとか残った木の根元に座り、その幹に、倒さないよう加減しながら背中を預けた。
 視覚は、もう一つ残したほうがいい。ともすると聴覚も。

 だが、余計なエネルギーを使っては、ここから充分に離れることが難しくなる。
 少し休んだら、リトライしよう。
 そして考える。最低限の外部情報を取得し、他の機能はオフにしたい。だとすると、最も消費エネルギーの少ない知覚機能はなんだろうか。
 自分の場合、視覚だろう。すべての目をフルに使えばともかく、一つだけ、光を感知するだけなら、他の者よりも消費は少ないくらいだ。
 世界が暗く、単調に翳る。
 しかしその中でも、間近に漂う光の粒子はよく見える。
 そして、停止命令を破って、意味のない思考が動き出す。

(もういらない)
 その言葉が浮かび上がる。
 今まで意図的に禁じてきた核心のキーワード。
 動揺するのを感じる。
 だがそれは抑えこむ。
 これが「自分」という存在そのものの自然、当然なのだと。
 だから、動揺などするほうが不自然。ありえないこと。
 すべきことにフォーカスする。
 立ち去らなければならない。
 それが、今の自分に課された義務だ。

 もう少し集中し、自己統御ができたら、と思ったそのとき、
「バリケード?」
 突然、名を呼ばれた。やはり目一つではほとんどなにも分からない。
 まずい、と焦る。だがその瞬間的な反応に、体はついていかない。
「何してるんだ?」
 好都合かもしれない。慌てたり焦ったりしたところを見せて、怪訝に思われずに済んだだろう。
 声の主、スタースクリームは巨体の扱いに苦心しながら、木々の間に入ってくる。厄介だ。
「こんなにしやがって……もう少し加減か遠慮をしたらどうだ」
 倒れた樹木のことだろう。倒したくて倒したわけではない。だがそんなことはいい。問題は、どうすれば彼を立ち去らせられるかだ。
「おまえには関係ない。よそへ行け」
 いつもどおり、不機嫌に吐き捨てる。何年か前まではこれでよく喧嘩になったが、最近のスタークリームは、「はいはい」といった様子で逆らわず立ち去るか、さもなければ必要な要件だけを言う。
 追い払ったり、注意を他へ逸らしたりしたいときには、面倒になった。今も、別に腹を立てるでもなく「まったくおまえは」とでも言いたげな様子でただそこにいる。早く去れと思うが、思うだけでは効果はない。

 不意に、スタースクリームの意識が逸れたのを感じた。
 気付かれたのか。
 暗がりでこの光は目立つ。気付かれないほうがおかしいだろう。
 予定変更。
 長距離の移動に支障が出るとしても、とりあえずこの場を離れるのが優先だ。
 一気に力を込めて立ち上がる。スタースクリームにぶつかりそうになったが、幸い彼が一歩下がって避けてくれた。
 歩き出す。問題ない。
「ちょっと待てよ。相変わらずおまえは……」
 置き去りにしようとしたスタースクリームの言葉が、途中で途切れた。
「おい、なんなんだ、これ」
 もう可能性ではない。気付かれただけでなく、疑問を持たれている。だがまだ、これが何かに気付いた様子はない。
 去らなければ。
 追って来ようとしたのを、思わずソーサーを突きつけて止めた。しかし、強硬な態度はかえって不審を招いたに違いない。

 どうするか。
 適当なことを言って誤魔化すのは、無理だろう。相手はスタースクリームである。
 今この場は取り繕っても、やがて分かってしまうに違いない。
 それならば。
「そうだな。丁度いい」
 いずれ露見するなら、そのつもりで動けばいい。
「連れて行ってほしいところがある」
 足の代わりにしよう。彼は飛べる。自力で移動するよりは、はるかに楽に距離を稼げる。
 バリケードは、候補地として考え、遠すぎると諦めていた山の名前を告げた。

 スタースクリームは訝っている。だが、長い付き合いで、あれこれ尋ねても答える気がなければなにも答えないと、彼はよく知ってもいる。怪訝そうではあったが、あれこれ詰問することもなく、彼はバリケード目的地まで運んだ。
 しかし去ろうとはしない。
 調べたいものがあるだけだ、帰りは急ぐ理由もないから自分の足で帰ると言っても、スタースクリームは、あれこれ言わないが去りもしない。
 ついてくる。
 「邪魔だ」「失せろ」「鬱陶しい」、なにを言っても相手にされない。
 諦めさせるのも、腹を立てさせて去らせるのも、無理のようだ。

 スタースクリームは変わった。
 ふとバリケードはそう考える。
 ほんの数年の間のことだが、大きく変わった。
 映画。
 1作目を撮影していたときは、ささいなことでも食って掛かったり、腹を立てたりしていた。
 しかし―――何千年という時の中ですらほとんど変わらなかったというのに、非常に不思議だが、変わったのは事実だ。今は、たいがいのことは受け流すか、受け止めてしまう。そして不思議と、「言い争いごっこ」、つまり娯楽としての他愛ない喧嘩がしたいときには、ちゃんと乗ってくるのだ。
 メガトロンが彼を己の右腕としたのは、だからなのだろう。そう言えば少し似てきたかもしれない。メガトロンほどの巨大さは感じないが、最近のスタースクリームは、メガトロンの片鱗のようなものをうかがわせる。
 つい先刻、くだらない雑談のガレージでも、「いつか」と言っていた。メガトロンが安心して引退できる日が来るよう努力する、と。たしかに「いつか」、そうなるだろう。それもそう遠からず。そして、「そうなる」のは他の誰でもない。やはりスタースクリームなのだ。「いつか」、メガトロンに代わって彼が、ディセプティコンを率いるのだろう。

(……だが俺は、そこにいない)
 浮かび上がった言葉とともに、一度に大きく、スパークが分離していったような感覚がした。

 スパーク。この青白い光の粒子。
 それは体力とは違う。もっと根本的な生命力だ。
 疲れが寄越す身体の鈍さは感じない。
 ただ、いろんなものが薄れて、曖昧になっていく感覚。
 視界が暗く、あらゆる感覚が乏しい。
 歩いてはいるが、地面の感覚はほとんどない。

 やがて後ろから、
「これは、なんなんだ。おい。どういうことだ」
 今までより格段に硬い声がした。
 この粒子の存在にはとっくに気付いている、そして、これがなんであるかにも、スタースクリームは気付いたのだろう。
 だが、問われても、どう答えろと。
 どう答えられるというのか。
 そして、気付かれたのならば、もういいだろう。
 バリケードは地球仕様の擬態をといて立ち止まった。

 微量だがエネルギーが節約され、少し楽になる。
「見てのとおりだ」
 言う。スタースクリームが騒がないのは幸いだ。もしここで、誰か呼んでくるなどと言って飛び立たれてしまうと厄介だ。そのときには、致し方ない。まだスナイパーキャノンを一発撃つ程度の余力はある。
 だがスタースクリームは動かない。
 そう言えば彼には話したことがある。
 昔。
 いつだったか。
 そんなことは、どうでもいい。
 重要なのは、彼は知っているということだ。バリケードの「生まれ」と、その「理由」を。
 思考能力の高いスタースクリームならば、なにが起こっているのかはとっくに理解し、何故ここに来たのかも察しているに違いない。だから、たとえ誰を呼ぼうとどうしようもないことも、分かっている。

 この山は火山だ。マグマは火口に沸き返っているが、多少の刺激では噴火する恐れがない。丁度いい場所だった。
 シナリオは、こうだ。なにか気になることがあって、しかし報告するほどの確証はなく、単独で調査に訪れ、誤って転落した。間抜けな結末だが、ありえないわけではない。
 そしてスタースクリームは、遠いから足になれと言われて連れてきて、勝手に動きまわるのに辟易し、少し目を離していたら。
「俺を見つけたおまえが悪い。とっとと帰れ。監督不行き届きを責められるかもしれんが、俺を監督することが困難なのは、誰でも知っている。だから、問題はないだろう」
 誰もスタースクリームを責めはすまい。バリケードが人の言うことを素直に聞かないのは皆知っている。そして、責任を感じているスタースクリームを感情的に責めるほど、誰かに思われているわけではない。
 だから、問題はない。
 このまま消えればいい。
 こんな結末でも嘆く者、悲しむ者はいるだろう。だとしても、真実を知るよりはずっといいはずだ。

「断る」
 スタースクリームが唸る。
 厄介な役回りにしてしまったことはすまなく思うが、他に都合のいい解決はない。
 それに、断ったところで、なにも変わらない。
 役目を終えたアドバンサーの消滅は、最初から決められたルール、自然現象なのだ。
 だから今こうして、スパークが拡散し、消えようとしている。

 バリケードの役目は「敵の殲滅」。敵の排除、永遠なる排除、すなわち完膚なきまでの破壊か、徹底した殺戮だ。
 フォールンのセイバートロン襲撃時、人々が覚えた恐怖から生まれ、それに支えられ、存在してきた。束の間の平穏の間も、それからの対外戦争の間も、果てない旅路の間も。この地球に辿り着いてすら、彼等の心の片隅には、旅路で味わった不安や恐怖がこびりつき、離れなかったに違いない。
 しかし今。
 メガトロンの見せた過去は、未来のビジョンとなって皆の心に宿った。
 その光は不安や恐怖の影を駆逐し、希望に変えた。
 辿り着きたい未来を垣間見た彼等の心には、乗り越えるべき試練はあっても、ただ怯えるしかない恐怖は、もう存在しなかった。

 あの場で、メガトロンの力強い宣誓を聞いて数秒後、バリケードは自分が世界から遮断されたのを感じた。
 最初は「それ」、その感覚がなにか、なにが起こったのか、なにかが起こったのかどうかも分からなかった。
 だが、急速にあらゆる力が減退し、自分の体を離れていく光の粒子を見たとき、理解した。
 自分はこの世界に属さなくなった。だからつながりを断たれた。
 もういらなくなったのだ、と。

 バリケードは自分の周囲に漂う、離散したスパークの欠片を見た。一つ、ふわりと舞い上がっていくのを目で追う。
 途端、
「この馬鹿がッ!!」
 聴覚がほぼダウンしていてもなお頭に響く大喝とともに、スタースクリームに殴り飛ばされた。踏みとどまるだけの力はない。だが、倒れる前に肩を掴まれ引きずり上げられた。
「そんなの誰が許すか! 許せるわけないだろう!? 探すんだ! 他に方法はあるし、なんとかできる!」
 スタースクリームが怒鳴る。
 無駄だ、とバリケードは思う。
「猶予は何時間だ?」
 問うと、もう一度殴られ、今度は支えられなかった。

 硬い岩石質の地面に転がって、空を見上げる。
 セイバートロンの太陽は銀色だった。大気の要素も地球とは違う。だから空はいつも銀色か灰色、それとも白。
 だが夜はこんなふうにして、同じように、幾千の星が瞬いていた。
 その一部を遮って、特徴的な逆三角形の体躯が傍に佇んでいる。
 どちらも、これが見納めだろう。
「仕方ないだろう。俺は、そういうモノだ」
 バリケードが言うと、スタースクリームは黙って首を横に振る。理のない、感情的な否定。リーダーには相応しくない性質だ。感情に流されて実利を損なってはならない。だが、そうしてくれることに、少しだけ安心する。
 長い付き合いだ。感謝していることもある。だから、できればすべて納得し、仕方ないと受け入れて、去って欲しい。そして、果たすべき役目を果たしてもらわなければ困る。知る必要のない出来事を隠蔽し、できるだけ何事もないように。

「否定しても、事実だ」
 バリケードはできるだけ冷静に、理解できるように、そしてそこに生じた感情も受け入れやすいものになるように、伝えることを考えた。これは、仕方のないこと、自然なことなのだ。そして、自分にとっては決して厭わしいことではない。むしろ望むところだ。
「だからこうなってる。俺も、あんな世界は御免だ。……怖いなんて、初めて思った。あの世界に近づけば、俺は食い殺される。そんな気がした」
 だから、ここで終わって、それでいい。仲良しごっこなど、いつまでも続けていたくはない。戦いのない世界など、こちらから願い下げだ。
 地面から離して目の前に掲げた指の関節からも、スパークは拡散していく。ゆっくりと、少しずつ。
「だが、おまえたちはあれがいいんだろう?」
 平和を望む者とは、決して相容れない存在。
 協調性のない戦闘狂は、いつだって持て余し気味だったではないか。
「それにもう今も、誰も、なにも、恐れていない。俺を必要とするほどには」
 それは平和になった証。恐怖という忌まわしい影からようやく解放された証。祝福すべきことだ。
「それなら、俺の役目は、もう終わったということだ。俺はもういなくてもいい」
 そしてこれは、ただの事実である。

(俺の必要ない世界が「平和」なら、それでいい)
 バリケードはそう思った。
 もう動揺はしない。
 思考や感覚を封じるまでもなく、今はもう、納得している。
 彼等が平和で、幸福であれば、それでいい。
 役目を終えた戦闘兵器は、もう十分に働いたのだから、そろそろ休んでもいいはずだ。

 望むのは、納得し、立ち去り、隠蔽に協力してくれること。
 分かるはずだ、スタースクリームならば。
 もしこんなことが知れたらどうなるか。
 お人好しの集団は、必要もないのに自責したり苦しんだりするだろう。
 ましてやメガトロンは、自分が見せた未来の希望がきっかけになったと知ったら、どれほど後悔するだろう。
 だからスタースクリームは絶対に、この依頼を断らない。
 それはとても幸いだ。

 しかし突然、
『唯一の手立ては呼びました』
 サウンドウェーブの声が頭の中に割り込んだ。
 スタースクリームは彼に通信したのか。失念していた。サウンドウェーブは最悪の覗き屋だ。いや、しかし彼は現実的で、くだらない感傷など持たない。だが、手立て?
『ただし、失われるものはあります。スタースクリーム。貴方はどちらを選びますか』
 サウンドウェーブの問いかけの後、甲高い共鳴音とともに空間が歪み、それが爆縮した後には、夜空に溶け込むような黒い巨体が現れていた。
 空間転移して現れたジェットファイアは、大股に二人の傍へ来ると、
「事情はサウンドウェーブに聞いた。わしがなんとかしてやる」
 と言った。そして続けたのは、
「ただし、スタースクリーム。その方法をとれば、わしはこれまでだ」
 という言葉だった。
「どういう意味ですか? これまでって」
「スパークはわしらの生命そのもので、『個』を決定する核でもある。人間ならば『魂』とでも言うのだろう。だがこれは同時に、純然たるエネルギーとしての性質も持っておる。ゆえに、多少強引ではあるが融合させることができる。過去に例もある。―――バリケード。わしのスパークをやろう」

 

本編3ページ目に続く)


 ご要望をいただきまして、TF3公開でテンションだだ上がりのまま書きなぐってみました。いかがでしょうか。かえってしょんぼりさせてしまうことにならなければ良いのですが……。

 バリケードサイドは、ずっと頭の中にありました。「自分がいてはいけない世界」を見せられたときのショックとか、そこからどう考えただろうかとか。
 うっかりするとかなりナイーブになってしまうのを、「それはバリケードらしくないんじゃないか」と思い、なかなかSSにはできなかったのですが、今回何とか抑制し、本編のバリケード視点のところまでつなげることができました。
 なお、このバリケード編のアップに伴い、本編のページ変更部分を少し前後させています。前は2ページ目・スタスク視点の広範にバリケード視点が割り込んでいたのですが、それをきっぱりと3ページ目に移しました。
 その結果、1→2→3というルートと、1→番外→3というルート、二択になったような感じです。
 あとは……2ページ目のスタスク視点時、彼が「考えないようにしている」から地の文でも説明できず、そのためにややこしくなってる部分をもう少しすっきりさせられれば……。

 問題は、この後です。
 バリケード視点になっているところを、逆にスタスク視点で書こうかという妄想はあります。お見舞いに来るんだろうかとか、そこでこいつらどういう会話するんだろうかとか、かえってお互いに顔見れなくてビミョーな雰囲気になってんじゃないかとか。
 書きかけてあるのですが、どうにもしっくり来ないので、もう少しモミモミしてみます。まあ……たぶんまたこの二人しょーもないことで喧嘩はじめて、それでバリケードも元気になるんじゃないですかね(笑