翌日。
『おい、また来てるぞ』
 ブラックアウトに届いた無線は、今日の荷物仕分け担当者、バリケードのものである。
 そして、駆けつけた面々の前には、また大きな箱が……。
 今日の撮影は午後からということで、オプティマスにメガトロンまでが集まってきた。
 オードボットがほぼ勢揃いして、箱を囲む様はなかなか圧巻、異様な光景である。そんなところに集まられるとなんだか怖いし邪魔だから、と言われて、一団はぞろぞろと砂漠へ移動した。

 改めて箱を中止に輪を描き、
「中身は?」
 スタースクリームが問うと、
「瓶詰めの、高エネルギー体だ」
 バリケードは淡々と答える。彼は昨日の騒動に立ち会っていないが、顛末は知っている。スタースクリームは昨日、外側からスキャンして手に入れた分のデータを送る。すると、
「その前に、これを見ろ」
 バリケードは箱を持ち上げると、託送票をスタースクリームのほうへ向けた。
 そこには、大きなバッテンと、その傍に小さく、赤マジックで「映画トランスフォーマー撮影地」と大雑把にも程がある宛先が書かれていたが、バッテンの下にはフーバーダムの所在地、そして発送元として、ディエゴガルシア、ラチェットという名前が記されていた。

 沈黙が支配する。
 その名前はそれぞれに、映画で舞台となった場所を示すものだ。
「つまり……、そういうネタ、ということか? ディエゴガルシアにいるラチェットから、フーバーダム? どうしてフーバーダムなんだ?」
 アイアンハイドが言うと、フレンジーが「知るかよ」と答えた。更に、
「だいたい、フーバーダムは1作目、ディエゴガルシアは2作目だろ。なんで一緒に……」
 そう続けるが、
「そんなことはどうでもいい」
 いつもより2オクターブは低い声で、ラチェットが遮った。そして横目に、ジャズを見る。
「ちょ……、また俺かよ!? いい加減にしてくれよ! 知らないって言ってるだろ!?」
「他に誰がいる。悪戯、ジョーク、気が利いたつもりのシャレ。こういうことにはいつもおまえが関わっている。私の筆跡をコピーするのも、普段からよく見ている者なら簡単だ。それに、いい加減にしてくれというのは、私の台詞だ」
 言いすぎだ、と止めたいアイアンハイド。しかし彼にはラチェットをうまく宥める自信がなかったし、ジャズも舌戦で庇われるとなっては「余計なことはするな」と意固地になりかねない。オプティマスはオプティマスで本調子ではなく、どうするべきか決めかねる様子だ。
 ラチェットの苛立ちの発端、そして拡大しているのは自分だろうと思うメガトロンは、多少強引にでもこの場を収めるしかあるまいと決めた。

 しかし、
「いい加減にしたらどうだというのは、どちらかと言えばあんたのほうだと思うがな、ラチェット」
 そう言ったのはスタースクリームだった。睨まれて、彼の周囲にいる者は心なしか一歩引いたような気配だが、スタースクリーム本人は少し困ったような様子で首を傾げるだけだった。
 考え半分の様子で、スタースクリームが続ける。
「今のは完全に、ただの八つ当たりにしか聞こえないぞ。いろいろ思うことはあるとしても、らしくないじゃないか、ドクター。こういうとき、あんたはどうするべきかを冷静に判断して、俺たちを安心させてくれる側だろう? もちろん、たまにはハイ・テンスなこともあるだろうが、我慢できずに当たるんだったら、俺とか、アイアンハイドあたりにしておくのがいいんじゃないか? ジャズやバンブルビーは、フェアじゃない気がするがな」
 余計なことを言って、余計な衝突が増えなければいいが、と案じる者たちの中で、メガトロンは驚き、感心していた。なかなか上手く言ったものである。ともすると、自分が上から抑えつけるよりもはるかに穏便で、効果的だったのではないだろうか。
「……すまない。どうかしていた」
 やがて答えたラチェットの声は、普段どおりでこそなかったが、つい今しがたのように険しくはなくなっていた。彼は少し沈黙し、
「スタースクリームの言うとおりだ。すまなかったな、ジャズ、バンブルビー」
 予想外の援護射撃に呆気にとられていた二人に向き直り、詫びる。

「とにかく」
 と、スタースクリームはじっと足元の箱を見下ろす。
「どうするのが一番いいのか、だ。どんな可能性があるかは考えたらキリがないが、どうすればいいのかは一つに決められるだろう?」
「おお、たしかに」
 短く同意したボーンクラッシャーが、「で?」と促す。しかしスタークリームも、その答えはすぐには出せなかった。
 開けてみれば、やはり瓶に入れられたピンク色の液体。同封されていたメッセージを読むかぎり、こちらが先に発送されたもののようである。宛先がはっきりしていたため、本当にフーバーダムに届けられ、そこからこちらに回されたために遅れて届いたに違いない。
「面倒だ。破壊しろ」
「馬鹿。大爆発したらどうする気だ」
「砂漠の真ん中でやればいいだろう」
「それにしたって環境への影響が問題だ。宇宙にまで持ち出せるなら、ネメシスに運ぶなり、それこそ超重力の星に投げ込むなりするんだが……」
 考えこむスタースクリームに、勝手にしろと言いたげにバリケードはそれきり口をつぐんだ。

 どうすべきか。あるいは、どうするか。それは一つに決められる。
 しかし、どれに決めればいいのかは、問題である。しかも今回のような、正体不明の物体の場合は、簡単ではない。
 厄介なお荷物を囲んで、重低音の唸りが響く。
 そんな光景に、少し深刻に捉えすぎてやしないかと、疑問を覚えた者が一人。
 彼は輪を作った者を軽く横へ分けて、箱の傍に来た。そして銀色の腕を伸ばし、瓶を一つ取り上げた。
「つまり―――」
 指に挟んだ瓶を太陽の光に透かして眺め、言ったのはメガトロンである。一連の騒動は、もちろんこの正体不明の届け物が原因だが、ややこしくしたのは自分のようだ。しかし今更それをどうこう言っても仕方ないなら、解決へと進めるのが義務だろう。
「これがなんであれ、地球にはこれを作る技術がなく、他の高度知的生命体の接触も考えられない以上、我々の中の誰かが作ったものには違いないのだろう? それなら、たとえ悪戯だとしても、命に関わるような危険なものを作るとは思えんのだがな」
 スキャン結果として分かることは少ない。高密度・高濃度・高エネルギーの液体。バリケードが言うような処分は、急激な反応が破壊的な結果をもたらさないとも限らないが、直感的に、普通に扱っている限りにはそれほど危険ではなさそうだと思えた。
 それに、もしかすると「なんでもないもの」かもしれないのに、それをみんなして取り囲んで真剣になっているとしたら、少し滑稽で、馬鹿馬鹿しくもある。危険でないという保証もないが、危険だと証明されたわけでもないものを前に、慎重になりすぎてるのではないだろうか。
「瓶は硬化ガラスで、地球でも作れるものだが、形状はセイバートロン様式の一般的な薬瓶。適量は不明だが、劣化するか、あるいは爆発でもするとしても、5分間は問題ない。それなら、5分の間に少しずつ飲んでみればいいのではないか? こういうものは、適量より多ければ害になるとしても、少なければ効果が薄い程度のものだろう」
 言って、メガトロンはあっさりとキャップを回して開封した。

「ちょ……ッ!? メガトロン様!」
「試してみよう」
 この中で一番いい加減なのがあんたか、と思わずジャズは言いたくなったが、その前にメガトロンの手から瓶を奪う者があった。
 ジェットファイアは横取りした瓶を前にニッと笑い、
「良いものなら年功序列、悪いものならなおのこと、年功序列じゃ」
 そして一息にぐいっと飲み干した。さすがのメガトロンも止めようとしたが、瓶は一瞬でカラになっていた。
「ジェットファイア。私は、少しずつならと言ったのだが」
「わしなぞあちこちガタがきとるから、これくらいで丁度いいんじゃよ」
「ガタがきてるから少しずつのほうがいいとは考えませんか、先生」
「誰がガタガ……おっ!? おおお!?」
「先生!?」
「な、なんじゃこりゃ……」
 ジェットファイアは、自分の足元からじわじわと熱が上がってくるのを感じた。それが腿、腰、腹と来てスパークに届くと、鼓動のようなショックが指先にまで走った。回路という回路が大きく脈打つような錯覚を覚える。
 そして―――。

「うぉう!? こ、こいつは……! ふおおーっ、こんなに遠くまでクリアに見えるのは何千年ぶりじゃろう!」
 ウォン、と力強く唸る音が、ジェットファイアの体内から聞こえたような気がした直後、彼は猛烈なスピードでブラックバードの姿に変形し、大空へと飛び上がった。
「ぃやっほ―――ッ!!」
 ありえない速度と制動で、ブラックバードが雲ひとつない青空を曲芸飛行している。飛行機マニアならいろんな意味で卒倒しそうな光景である。
「つまりこれ、本当に本物の、すごい薬ってわけかよ? ウッソだろ!?」
 フレンジーが大きな瓶を覗き込む。そしてあらためて、嬉々として空を飛び回る老人を見上げた。
 地球に辿り着いて以来、ジェットファイアは長いこと、粗悪なエネルギーを摂取して生きていた。たとえ粗悪でも、なんとか摂取可能なネルギーを精製できたのは、彼に豊富な科学知識があったからである。なればこそ、ろくな機材もない原始的な星の、しかも乏しい資源から、命をつなぐだけのエネルギーを作り出せたのだ。しかし、その弊害は老化の促進という形で如実に体を蝕んでいた。
 しかし今、ずっと感じていた体中の「凝り」のようなものが一気に解消されたのだ。今なら自分一人ではなく、ここにいる全員まとめて地球の裏側まで転送できそうなくらいである。ジェットファイアは、思ったとおりに自在に動かせる体を、動かさずにいるなどとてもできなかった。
「はしゃぎすぎだ、ジジイ。見苦しい」
『うっふっふっ、しっっかり聞こえとるぞ、バリケード』
 耳までよく聞こえるようになった。呆れてこぼした小声を高空からキャッチしたジェットファイアは、ほぼ直角の急降下で地面に接近し、慌てて四方へ逃げた中から声の主を引っ掛けて空へ戻った。

 さて。
 数千年ぶりの完全な自由を満喫するジェットファイアと、口は災いのもとという格言を身をもって示したバリケードはさておいて。
「年功序列でいっても、次は私だな」
 と言うメガトロンを、今度は誰も止めなかった。

 

 一口飲んでぶっ倒れたメガトロンを、てんやわんやでガレージへ運んでいくディセプティコンたちを見送り、
「アイアンハイド。処分だ。跡形も残すな」
 殺気を込めたオプティマスの一言に、誰も、「それでも傷はあっと言う間に修復したのだし」とは言えない。「処分と言ってもどうやって」と尋ねる者も立派な勇者だろう。ただ「イエス、サー」と答えるのみである。
 オプティマスが立ち去るのを待って、
「ど、どうやって……?」
 とアイアンハイドはラチェットをうかがう。ラチェットは、地面に落ちた瓶から、メガトロンの飲み残しを採取している。
「成分としては……たしかに、……ふむ、なるほど……」
「おい、分析は後にしてだな、こいつはどうやって処分すればいいんだ?」
「もったいないな。もう少し加減すれば」
「ラチェット。オプティマスの命令は、『処分』だ」
 淡々とサイドスワイプ。
「仕方ない。データはメモリしたから、今度は私が、もう少しマトモなものを作ってみるか。で、処分するなら……って、ちょっと待て」
 ラチェットの手の中、瓶の中の液体は、白い煙に変じてもくもくと流れ出している。
「しま……」
 った、という語尾は、30メートル四方とともに白光の中に消えた。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ .゜★

 

 飲んだ直後こそ意識をなくしたが、以後は至って好調。右目もすっかり見えるようになったし、外殻も完全に補修された。どこが故障したというわけではないのになんとなく違和感を覚えていた左腕も、すっかり元通りである。
「良薬口に苦しと言うし、苦い代わりにショックでしばらく気を失うだけなら、飲ませればいいだろう」
 まるでなんでもないことのように言い放たれた鶴の一声で、コンストラクティコンたちは砂場をせっせと掘り返し、爆発に巻き込まれて軽く破損、気絶していたサイバトロンの面々は、失神状態からもう一度失神するという悲惨な目に遭いつつも、数時間後にはピンピンしていた。しかしメガトロン以外誰も、どんな怪我をしても、命にかかわるのででもないかぎり、二度と飲もうとは思わなかった。

 ラチェットは、一口サイズの小瓶に入った自家製新薬の在庫を抱えて、不満げである。
 たしかにこの薬は、一気に加速する自修作用のため、服用者の回路に負荷をかける。その負荷を軽減するために、薬の効果の一端として―――といった能書きはさておき、適量でなかった場合、一時的に失神するのは避けられないが、それでもたいていの傷は数秒で修復し、しかも後遺症を残さないという素晴らしい薬なのだ。
 ちなみに適量は、算出不能である。破損の度合いや場所の他、服用者の残存エネルギーなどにも影響されるため、飲もうという一瞬にも変動してしまうのである。しかも、少なければ何事も起こらないかというとそうではなく、多くても少なくても駄目なのだ。
 だが、元々入っていた注意書きが気にしていたほど危険ではない。適量から離れるほどにショックが大きくなり、その分長時間気絶する程度である。
「『程度』じゃないって、『程度』じゃ!」
 だというのに、誰も飲もうとしない。飲むのはメガトロンくらいのものである。よく怪我する人だというのはおいといて、しかも、感覚的には飲んで爆睡して、ああよく寝たと起きるのと大差ないようだ。さすが大物は違う。正直、ラチェットも自分ではあまり飲みたくないと思っている。
 しかし、もったいない。
 もったいないが、困ったことに、ラチェットが作り出した新薬は、保存可能期間が短かった。せいぜいで二ヶ月。いくら怪我の多い撮影現場とはいえ、ニヶ月でメガトロンが10回も怪我するとは思えないし、いい薬があるからと気軽に怪我されても困る。というか言語道断だ。

 考えた末に、ラチェットは珍しく、少し悪戯らしきことをしてみることにした。
 倒れないよう瓶を穴あきの台座にセット、固定して、箱へ納める。そしてその上に、手書きで処方箋を一枚。ただし、肝心なこと―――保存期限―――は書かないことにする。しかしノーヒントは可哀想なので、作成した日付を文中に書き付けた。それから、念のため発信機を箱の底に忍ばせる。
 そして、人間の使う託送票を真似して作ったラベルに、ディエゴガルシア基地の所在、架空のはずの住所を書き付けた。発送人のところには自分の名前と、アカバ湾の座標ポイント。
 ラチェットはその荷物をそっと、運送会社の集荷トラックに紛れ込ませた。
 もし一ヶ月ほどたって、これがどこか人間のいる場所にあれば、フレンジーあたりを行かせて回収すればいい。しかしもし、「ディエゴガルシア基地」の「ラチェット」、すなわちこの妙な薬の発送者に届くなら……。
(ここに戻ってくるのがオチだろうがな)
 我ながら馬鹿なことをしていると思いながら、ラチェットは走り去っていくトラックを見送った。

 

 しかし。
 発信機の反応は4日目に消失し、まさか故障かと慌てたが、追跡していたサウンドウェーブも荷物のロストを証言。二ヶ月が過ぎた今となっても、世界中のどこでも、あの薬が原因と思われる爆発事故は起こっていない―――。

 

(おちまい)


 えーと……これは、説明しないと分かりませんね!

 まず、烏屋のTF-F、IF世界のSSとしては、キャラクター紹介SSの第二弾のような位置づけです。
 最初に書いた同タイトルのものは、設定ができる前に思いつくままに書きなぐっているので、のちの設定とは微妙に異なっている部分もあります。なのであらためて、そして、時が過ぎるにつれての彼らの変化というのも含めて、改めて、できるだけ多くのメインキャラクターを出すようにして、書いたものです。
 ……ブロウルがいないとか、ボーンは一言かよとか、いろいろありますが orz

 それから、なにより大事なことは、「どこからか届いた謎の薬」。
 これには元ネタがあります。別サイト様のSSです。
 もう……ラチェット先生が黒くて萌えまくりました。素敵すぐるvv そしてついうっかりと「この薬がうちとこ届いたら……」と考えてしまったのが、そもそもの発端なのです。
 元々のSSに比べると余計な要素が多く、新薬のドタバタに集中できないのが我ながら申し訳ないような有り様です。あぅ。
 管理人様ご本人の了承もいただけました! ぜひこちら→(「そっとしておいて」へ)から、本家SSを御覧ください。ケータイサイトです。「不在の日」とか面白すぎ……!