TRANS-TRANSFORMER 2

 

「さて、と……」
 ブラックアウトの前には、箱や紙袋が積まれている。と言っても、10メートル近い体高を持つ彼にとっては小さな山だ。そして傍らには、これまた小さなカートが5つほど。ブラックアウトは、足元に積み上げられた小箱の中から一つをつまみとった。視覚センサーを透過モードにし、内部をスキャンする。これは紙の束、これは入荷予定のリストにあった部品、これも同・衣装、これは……と中身を確認しては、決められたカートの中へと入れていく。
 やっているのは、郵便物・宅配便の仕分けである。
 こんなもの、わざわざオートボットが行うような作業ではない。しかし先日、悪戯程度のものとはいえ爆発物が届き、オプティマスは自分たちで引き受けることを宣言した。今日の当番はブラックアウトである。
 できるだけ淡々と処理しようと思うが、なんとなく悲しい気分になる。楽しんでほしいと思ってやっていても、それが気に入らなければ怒りや憎しみを募らせる者もいる。感情をうまく制御できないのは、人間もオートボットも同じだが、人間のそれは少し度が過ぎる。
(でも、俺たちでも『分かって』たって喧嘩したり、腹立てたりはするからな)
 あまり人のことは言えないなと、ブラックアウトは自分たち自身のことを思い返す。人間の数千倍も生きて、その分だけ何度も何度も、繰り返し失敗していても、まだ失敗する。たかだか100年も生きられない人間にとって、学ぶこと、変わることは非常に難しく、大きな力の要ることなのだろう。
 そして、同じように失敗したり間違ったりするから、人間とオートボットは分かり合うことができるに違いない。そう考えて気持ちを明るく切り替え、ブラックアウトはせっせと仕分けを進めていった。

 それは、その荷物の中の一つだった。
 これだけやけに大きい。旅行用のトランク……いや、小型車よりは二回りほど小さい、と言ったほうがいいだろうか。ブラックアウトにとっては片手でも簡単に持てる大きさだが、人間にしてみれば、楽に中へ入れるサイズだ。
 スキャンしながら取り上げた箱の中身は、10本ほどの瓶だが…
「なんだこれ」
 思わずブラックアウトは口に出した。箱の中身は瓶。それはいい。しかし瓶の中身は、地球ではありえないような高エネルギー反応を示している。まるで、精製済みのエネルゴン・マテリアルのように。それに、このサイズはどう見ても、人間ではなくオートボット向けである。

 ブラックアウトは即座に仲間をコールする。こういったものの確認と処理は、最も相応しい者が行うべきである。危険物の処理ならば、武器・爆薬のスペシャリストであるアイアンハイドであるし、不明物体の解析はスタースクリームかジェットファイア、そしてラチェットが適任である。
 緊急の呼び出しに、真っ先に駆けつけたのはスタースクリーム。それからジェットファイア。地面を移動するしかない二人は、少し遅れて到着する。アイアンハイドとラチェットが並んで現れたときには、空組の二人はある程度の解析を終えていた。
 その二人ともが渋面で、腕を組んでいる。
「危険物か?」
 ラチェットを近づかないようにと少し制して、アイアンハイドが傍に寄る。
 すると、
「いや……中身はたぶん、エネルギー増幅作用のある液体なんだが……」
 スタースクリームはそう言ってラチェットを見た。医師の視点から聞きたい意見でもあるのだろうか。と、思いきや、ジェットファイアから言われたのは、
「こいつの差出人は、おまえさんじゃないのか」
 だった。

 アイアンハイドはラチェットを振り返る。ラチェットは首を横に振った。どうして自分のいる場所に、わざわざ荷物など送りつけなければならないというのか。しかし、近づいて覗き込んだ託送ラベルには、几帳面な正確な文字、ラチェットのものに間違いない筆跡で「ディセプティ」という文字が書かれていた。それ以外の部分は、配送中に破れてとれてしまったらしい。かろうじて残っていた部分から推測して、シャレの分かる配達人によって、ここに届けられたのだろう。
「たしかに私の字のようだが……」
「ラチェットから、俺たち宛? 悪戯にしては、……意味が分からんぞ」
 スタークリームが言う。
「私がこんな悪戯をするとでも?」
「いや、そうじゃなくて、誰かがラチェットの名を騙って、筆跡までコピーしてやったとしても、そうする意味が分からんってことだ」
「中身からして、地球人にできることじゃあないのぅ。こんな悪戯をしそうな者となると……」
「ジャズか」
 ラチェットとアイアンハイドの声がぴったりと重なった。スタースクリームは思わず吹き出してしまったが、
「まあ、中身がエネルゴン風に加工したジャムジュースとかなら、俺もそう思う。だが、これだけの高純度エネルギーとなると、精製するには時間も設備も必要だろう。いくらジャズが暇だからって、なんだかんだでその辺をちょろちょろ走ってるし、違うんじゃないか?」
 可哀想なジャズ―――自業自得だが―――を弁護する。
 では、犯人は誰か。ジャズという選択肢を除外すると、他に該当しそうな者がいないのは、残念ながら事実である。
「うーん……」
 ブラックアウトも含め、五人が五人して唸り声を上げた。中でもとりわけ渋面なのは、ラチェットである。彼は忌々しそうに謎の配達物を睨みつけていた。

 

 アイアンハイドとラチェットは、本日午前、撮影の予定がある。なにかトラブルが発生して動けなくなるのはまずいし、早めに現場に戻ったほうがいいと、とりあえずその場を後にした。
「ともかく、開けてみんか?」
 と言ったのはジェットファイアである。彼が言うのであれば、そうしてみてもいいだろう。
「スタースクリーム。おまえも出番がないわけじゃないし、離れていたほうがいいんじゃないか?」
 ブラックアウトに言われて、スタースクリームは少し距離をとった。ジェットファイアは、わしは当分出番はないし、一人で開けると言ったが、ブラックアウトは老体一人危険にさらすわけにいかないと思うのか、傍にいて様子を見ることを望んだ。
 できるだけ刺激しないよう、それでいて特別神経質になるでもなく、ジェットファイアは指先をカッターのように薄く変えて箱を切る。中には12個の瓶が、淡いピンク色の液体を封じ込めて整然と並んでいる。その上に、地球産の白い紙が、一枚。
「『ラチェット』からのメッセージというわけじゃな」
「電子メモリでいいのに、何故こんなアナログな伝達手段を使うんでしょう」
 ブラックアウトが問うと、ジェットファイアはオートボットサイズの紙片をとり、軽くスキャンして危険がないことを確認してから渡した。老眼で、細かい文字は読むのがつらいのである。
「……『自己修復機能の増幅薬』みたいですね。ただ、『必ず適量を守り』、『開封後は5分以内に飲むように』だそうです。『以前のものよりは効果が緩やかになっているので安心して服用されたし』……? 前のもの? 下に、やっぱりラチェットの署名がある……」
「ふむぅ。本当なら、そいつはなかなか便利な薬じゃな。しかし、開封後5分以内に飲まんとならんとは」
「地球の大気に反応して劣化するんじゃありませんか?」
 そう言いながらスタースクリームが近づいてくる。とりあえず危険はないと判断し、ジェットファイアも止めはしない。

「ただなぁ」
 ブラックアウトはほのかに発光するピンク色の液体を見下ろし、
「これが本当にラチェットからのものなら、すぐにでもメガトロン様に処方してもらうんだが……」
 スタースクリームが頷く。先日の怪我は、未だにそのままである。撮影にはもう必要ないのだが、修復機能をあえて二日間も抑えたことで、回復速度が極端に遅くなってしまったのだ。メガトロンは側頭部の外殻が欠損しているのと、せいぜい右目がきかないくらいで至って平気な顔をしているが、オプティマスの落ち込みようが見ていられない。おかげでNG出しまくり、そのことでますます落ち込む悪循環。監督も我慢ができなくなって、オプティマスのいないシーンから先に撮影することにしてしまった。
 だから、これが本当にラチェットが手配、あるいは作製した薬なら、今すぐにでも本人に頼んで処方してもらう。しかし、ラチェット本人はこんな荷物に覚えがない。彼自身の悪戯という可能性は、まずありえない。ラチェットは特別目立つシーンこそないものの、さりげなくいつもその場にいる役でなかなか忙しいし、そんな冗談に貴重な時間や資源を費やすなど、言語道断の性格である。
 とすると、やはり誰かが「ラチェット」の名を騙って送ってきたとしか思えないし、中身の効果も怪しいものである。それに、「適量」についてはどこにも、一言も書かれていないのも問題だった。

「処分、ですかね」
「じゃな」
「でも、どうやって処分するんだ? もし爆発したりしたら?」
 ブラックアウトの疑問はもっともである。
「引火してドカンは御免じゃぞ。わしゃ昔ほど頑丈じゃない」
「俺も装甲には自信が……」
「それを言えば俺もだ。たとえ装甲に自信があったって嫌だ。中身を調べるにしても、できるだけ開けないでとなると地球の設備じゃ無理だし……」
「ネメシスのラボは?」
「そこまで運ぶのが安全ならな」
「たしかに。それを言ったら、アークも同じか。どうしよう?」
「うーん……」
 今度は三人で一斉に唸り声を立てた。

 

 送品元が分かれば送り返すのが一番だ。しかし、それも託送票の破れてなくなった部分に入っている。
 結局、「謎の薬品」は廃棄処分するしかあるまいという結論になった。しかし、どこでどうやって処分するかはまだ決まっていない。それまでの保管場所にも悩んだが、元々ここは人の住む集落も少ない砂漠である。歴史的な遺産や人間の生活圏に影響のでない場所へ、できるだけ頑丈な金属製の箱に納めて、当座は埋めておくことにした。
 砂地を掘るのに苦労しているコンストラクティコンの面々を見ながら、ラチェットは極めて不機嫌だった。
 たった一箱、12個の瓶。しかし中身がなんであるかは不明。そのためにこんな大袈裟なことになり、労力も時間も費やしている。最近はただでさえ不本意、不愉快なことが多くイライラしていたのに加え、悪戯だかなんだかに自分の名前を使われたことが腹立たしくてならないのである。
 そしてつい彼は、隣にいるジャズに、既に三度尋ねたことを、もう一度確認した。
「本当におまえたちの悪戯ではないんだな?」
「そこまで信用してないなら、俺の仕業ってことにして好きなようにすりゃいいだろ」
 ジャズが噛み付く。
 バンブルビーはその少し後ろでしょんぼりと項垂れている。
「オオカミ少年になるのが嫌なら、普段から疑われるようなことはしないことだ。おまえたちの普段の態度が、疑惑を招いているのだろうが」
 ぴしゃりと言いつけて、ラチェットは視線を掘削現場に戻した。

「ラチェット。言いすぎだ」
 危険物の処理ということで立ち会っていたアイアンハイドが宥めるが、ラチェットは返事もしない。メガトロンの負傷とそれに対する監督の要求も、まだ許せていないのだ。いくら本人が構わないとしても、……そもそも、「構わない」ではないと彼はメガトロンにさえ食ってかかっている。悪化の危険をおかして、それで万一のことがあったら、取り返しがつかなくなったらどうするのか、と。それを宥め黙らせてしまうメガトロンはさすがだか(いったいどうやったのか、なにを言ったのか)、抗議を諦めたからといって、心の底から納得しているわけではない。
 そういったものの積み重ねがあるにせよ、普段は冷静な医師がこれだけ立腹するというのは珍しい。珍しすぎて対処が分からず、扱いに困る。
 アイアンハイドはそっと、ジャズとバンブルビーにガレージへ戻っているよう合図した。

 

 その夜―――。
『やめようよ』
 夜の砂漠、満天の星空の下で、音量をしぼったラジオから小さな女の子の声が洩れる。
「あそこまで言われて黙ってるなんて御免だね」
 そう答えたのは、もちろんジャズ。
 最初は仕方ないと思った。日頃の行いがアダになったことは、これまでにも何度かある。しかし今回は、二度、三度、いや、四度もだ。しかもオプティマスまでが、「自分たちのしたことなら今の内に謝るんだ」と言った。それを入れたら五度、その後更に「本当におまえのしたことではないんだな?」と念を押されたのも含めたら六度である。どうしてそこまで疑われないとならないのか。
 それに、バンブルビーは「おまえたちの仕業じゃないのか」と言われるたびに、信じてもらえないんだと傷ついたのだ。もちろん自分だって傷ついた。
 たしかに、今までいくつか……何万年と生きているのだから、いくつも悪戯をしたかもしれない。しかしそれはいつだって、すぐに悪戯だと分かるようなものだった。これと決めた人が驚いたり慌てたりして、すぐに終わる。だから「悪戯」として成り立ったのだ。
 もちろん、そんな人騒がせなこともしないに越したことはなかっただろう。だから怒られるのはいい。当たり前だと思う。なにかあれば真っ先に疑われるのも、当然だ。だが、どうしてこんなに何度も何度も……自分たちじゃないと言っているのに……今まではちゃんと、自分たちのしたことならいつだって、逃げ出したりわざとらしく誤魔化したり、ちゃんと白状してきたのに……。

 馬鹿なことだとは百も承知である。
 しかし、大人の対応というのは、自分も痛くない代わりに相手も痛くない。自分も損をしないが、相手もなにも損しない。トラブルを起こさない対応、八方丸く収まる解決というのは、そういうものなのだ。だから時にはあえて、子供の対応をしたくなる。自分がなにか損したり、痛い思いをしてもいいから、相手にも痛みを与えたいとき、そうしないと分かってもらえないとき、そうしてでも、分かってもらいたいとき。
『やめようよ』
 同じシーンの同じ台詞を、バンブルビーは繰り返した。
『怒られたり……みんな心配するし……』
「じゃあ、おまえは戻ってな」
 立ち止まって振り返ったジャズは、バンブルビーの背後を指さした。
 ラジオからノイズが零れる。バンブルビーは悲しげな様子でしょんぼりと俯いた。
 ジャズは自分の意図しない子供っぽさに気付く。これでは本当にただの、子供の我が儘だ。

「……悪い」
 バンブルビーの言うとおり、こんなことはしないほうがいい。怒られるし呆れられるのは目に見えている。
 そもそも、自分はいったいなにをするつもりだったのか。あのコンストラクティコン、セイバートロンでも建設業に従事していた連中が苦労して掘った穴を、自分だけでどうにかできるわけもない。できることがあるとしたら、掘り返したような細工をして、なにかあったのかと慌てさせることくらいだ。しかも、それは可愛らしい悪戯というより、タチの悪い嫌がらせである。確認のために掘り返すハメになるコンストラクティコンたちも、今度は黙って働いてはくれないだろう。
 つまりこんな仕返しをしたところで、なに一つ、面白いことは起こらない。伝えたいものも、伝わらないだろう。

(けど……)
 では、このモヤモヤした感情は、自分で飲み込んで、何事もなかったかのようにするしかないのだろうか。そしてそれが、あるべき姿なのだろうか。
(……こんなことでいちいち腹立ててたら、務まらないってか)
 感情は抑えて、皆のためにどうすべきか、なにがもっとも正しいことか、どれがとるべき道かを考える。それが大人の、仮にも政府高官の―――今はそんな政府自体がなくても―――あるべき姿なのだろう。
 だが、とジャズは思う。飲み込んだ思いは、皆、いったいどこへ片付けているのだろう。
「ジャ・ズ」
 バンブルビーが彼自身の声で名を呼ぶ。たった一言だが、どんな言葉よりも雄弁だ。
(俺はおまえほど「いい子」じゃないんだっての)
「分かったって。やめるよ。ま、わざわざ怒られる理由増やすのも馬鹿馬鹿しいよな。その代わり、犯人が分かったらただじゃおかねぇ」
 そうは言っても、それでもやっぱり「犯人」が分かったときには、平気な顔でからかって、冗談にするのだろう。本当はモヤモヤしたものを、さっぱり捨てたようなふりをして。それが、クールでスマートな「ジャズ」らしいあり方というものだ。
「じゃ、帰ろうか」
 ジャズが言うと、バンブルビーは大きく頷いた。

 

 遠ざかっていく小さな影を砂丘の陰から見送って、アイアンハイドとブラックアウトはほっと息をついた。
「やれやれだ」
 アイアンハイドが零す。トラブルが大きくならず、一安心である。
「良かったな、思い直してくれて」
「ああ」
 ブラックアウトの言葉に、アイアンハイドは心から同意する。
「でも、あの薬を掘り出すまではいいとして、まさか自分が飲んでみるつもりだったのかな? それとも、こっそりラチェットにでも飲ませるとか?」
「案外、そこまで考えてなかったと思うぞ。あれでジャズはけっこう短絡的だ。思いつきで実行して、その場その場で調整していくことが多い。その判断がたいがい間違ってないから、いざというときには助かるんだが。だいたい、コンストラクティコンが苦労して掘った穴を、ジャズとビーだけで掘り返せると思うか?」
「あ……、たしかに」
「堀り返したような細工をするのがせいぜいだろう。で、確認のために掘り返して、何事もなくて……」
 ラチェットは激怒するだろうし、コンストラクティコンたちも腹を立てるに違いない。オプティマスは自分の監督不行き届き、教育が悪かったのかとますます落ち込み、迂闊に二人の肩を持った者まで睨まれて、こうなるとメガトロンやジェットファイアにでさえ収拾可能かどうか。
「それは……本当に何事もなくて良かったな」
「まったくだ」
 悪循環にならずに良かったと、二人とも心底からほっとした。

 アイアンハイドは、今回の件に関しては、いけないのはラチェットだと思っている。
 ラチェットの気持ちは分からないでもない。もちろん、本当に「分かる」かと言えばそうではないが、彼が今、非常にストレスフルであることくらいは分かる。たぶん、自分が思うよりももっと苦しい思いをしているのではないだろうか。
 ラチェットはアドバンサーである。オールスパークによって生み出されるとき既に、「なんのために生まれるのか」を決められて誕生する者をそう呼ぶ。彼は生まれながらの「医師」だった。
 ゆえに彼にとっては、誰かの怪我を治せないこと、命をつなぎとめられないことは、自分の存在を全否定されたに等しい。「助けられないなら、私がここにいる意味などないではないか」。アイアンハイドは昔、ラチェットがそう嘆くのを聞いたことがある。
 だから、少しはわかっているつもりだ。そんなラチェットにとって、「怪我をしたまま」のメガトロンを見ることが、どれくらい苦痛であるかは。万一のことがあったらと思えば、気が気ではあるまい。だから彼はここのところずっと落ち着かず、イライラしどおしなのである。
 しかし、だ。だからと言って誰かを傷つけて良いわけではない。ついそうなるのは仕方がないとしても、少なくともそれは「良き行い」ではない。高圧的な態度で正当化すべきことではない。
 当たるなら自分にしてくれればいいのにとアイアンハイドは思う。あんなふうに決めつけて疑われ、違うと言ってさえまだ疑われては、ジャズの心もプライドも傷だらけだろう。そしてそういうとき、ジャズは決して、ただ悄然としてはいない。
 だから、あの二人、主にジャズがなにか無茶なことをしようとしたら、自分が止めるしかないとアイアンハイドは決めた。そしてこっそりと瓶を埋めた現場に来てみたら、そこには先客としてブラックアウトがいた。

 ブラックアウトもまた、ラチェットの抱える責任感と苦悩についてはよく知っている。戦時下で救護部隊を率いていたとき、ラチェットと行動を共にすることは何度かあった。そこで垣間見た強い使命感、そして失われた命に対する怒りにも似た感情は、今も忘れていない。だから、最近ラチェットがイライラしている理由も、少しは分かっているつもりだった。
 そして、ジャズたちの傷ついた気持ちも分かる。
 それでブラックアウトも、あんなふうに言われて馬鹿なことをしなければいいがと心配し、なにかしようとするならこの場所だろうと、様子を見に来たのだった。
 幸い今夜は、何事もなかった。
「さてと。じゃあ、俺たちも帰るか」
「ああ。すまんな、ブラックアウト。うちの連中のために」
「余計なことじゃなければいいんだ。それじゃ、また明日な」
「ああ」
 ブラックアウトはヘリに変形し、案外静かに飛び立つ。アイアンハイドもピックアップトラックの姿になると、目立つところに轍を残さないよう、少し大回りして帰ることにした。

 

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