Blue Optimus

 

 渾身の力でエネルギーブレードを振る。灼熱した切っ先はたいがいの金属をたやすく両断し、その切り口を爛れさせる。そのあまりの威力に、オプティマスはなんの手応えも覚えないくらいだ。地球流に言えば、熱したナイフで溶けかけのバターを切るように呆気無いものである。
 ただし、その壮絶な威力を頼もしく思うのは、本当に戦いの場であればの話で……。
「おま……ああァッ!?」
 振り返って吐き捨てる台詞の途中で、オプティマスは台本にない奇声を上げた。
 もちろん、
「カーット!」
 インターコムに監督の怒声が飛び込んでくる。
 しかしそんなことはオプティマスにとって電子半個の価値もなかった。
「メッ、メガトロン、大丈夫か!?」
 メガトロンは右目のあたりを押さえ、膝をついていた。熱されて溶けた外殻が、赤い飴のようになって指や頬を伝っていく。
「大丈夫。かすっただけだ」
 メガトロンは何事もないように振る舞おうとしたが、切断された循環系ケーブルからは鮮やかなライトグリーンのエネルゴンが流れ出し、これもまた銀色の指から腕を伝って落ちていく。苦痛に顔をしかめてしまうのは、どうしてもこらえきれない。斬り裂かれた痛みよりも、じりじりと続く焼け焦げていく感触が強かった。
「ラチェット! 早く……!」
「そう言うならどいてください、オプティマス」
 ラチェットはとっくに傍へ駆けつけて、手当の準備をしている。
 監督は半分ほど浮かしていた腰を椅子に戻し、休憩の合図を送った。そして、傍に立つジャズに問う。
「未だにあんたたちの怪我の度合いってのが分からないんだが、あれはまずいのか? 腕がとれるのは平気でも?」
 大事はないらしいと見て取ったジャズは、いつもどおり冷静に答えた。
「痛みってのは、生命に迫る危険を警告する信号だ。だから、危険のない損傷なら特に痛くもない」
 たとえばスタースクリームの腕のように、「そこで切り離す」つもりでいて、準備をし、そのとおりにするだけならば、破壊するというよりも「一時切り離し」のような感覚で何事もなく受け入れることができる。すぐに自己修復してつなげることも可能である。
 だが、予期せぬ損傷や、単純に「危険な」損傷に対しては痛みもあるし、
「頭部やスパークの近縁、神経伝達系、循環系に決定的なダメージがあると、自己修復の機能も低下する。あれはちょっとヤバかったかな。でもまあ、普通に喋ってるし、動けてるから、ラチェットなら半日でリペアするさ」
「つまり、人間が頭を怪我するよりは、ずっと軽傷だってことか。それならいいんだ」
 監督は心底ほっとしたようだった。彼が心配したのは、メガトロンのことだろうか。それとも映画の撮影スケジュールのことだろうか。それとも、万一撮影中になにかあった場合、責任を追及されたらどうしようということだったのだろうか。そんな意地悪な質問は、さすがにやめておくジャズである。

 メガトロンは仮設ガレージの中で簡単な修復措置を受けた。
 ラチェットの見立てでは、右のカメラ機能は回復に時間がかかるとのことだった。右目のあたりからこめかみ、側頭部と、破損の範囲は広い。人間なら確実に死んでいる怪我であるが、彼等にとっては比較的軽傷の部類に入った。
 ただ、もう少し深ければ脳にあたる部分にダメージが出ても不思議ではなかった。それは事実である。
 誰もこの怪我をオプティマスの責任とは思っていない。むしろ、本物のエネルギーブレードを振り回せと言った監督が悪いという雰囲気だ。しかしそれも、怪我をした当人が
「私が避け損ねたのだし、大丈夫かと聞かれて、そのほうが迫力があっていいんじゃないかとOKしたのも私なのだから、悪いのは私だな」
 と言うのだから、誰もなにも言えない。
 そして皆、メガトロンがこんなことで地球人と争うのを好まないのをよく知っている。
 理解はするし、それに従おうとも思う。しかし監督に対しては若干ながら、不信感や苛立ちを感じている者はいる。横暴で、我が儘。オートボットが人間よりはるかにタフだからと、無茶な撮影を要求することもある。たかが娯楽なのだから別にCGでもいいものを。そして心のどこかには、人間を侮る思いも、ないわけではない。無論そういったことは、誰も極力、表には出さないようにするのだが。
 オプティマスは、そういった雰囲気の者たちを宥めてから、メガトロンの見舞いへと赴いた。
 休憩室になっているガレージに行くと、ラチェットが出てきたところだった。もう大丈夫なのか、ついていなくていいのかと問うと、
「監督が、なにかお話があるそうですので」
 と、さすがの冷静な軍医も険しい顔だった。
 エネルギーブレードの使用について謝りにでもきたのだろうか。その上で、撮影方法の変更について相談でも?
 そう思ってガレージのシャッターを開けたオプティマスの耳に飛び込んできたのは、
「その頭、しばらくそのままでいてくれたほうが都合がいいんだが」
 という言葉だった。

 驚きのあまりオプティマスは一瞬口がきけなかった。そのためにいきなり怒鳴りつけずに済んだのは、幸いだったかもしれない。
 監督の言葉を反芻し、
「監督。怪我人をつかまえて、そのままでいてほしい、しかも、都合がいいとはどういうことだ。いくらなんでも、それはないだろう」
 努めて冷静に意見しようとしたが、声が震えることと、滲む怒りは隠せなかった。
 身長10メートルもある金属の巨人が、自分の発言に対して怒りを覚える。それはどう考えても恐ろしい場面なのだが、監督はまっすぐに振り返る。
「オプティマス。僕だって、ひどい要求をしてることは十分承知してる。だが、ラチェットに聞くかぎり主要部位の修復は終えたそうだし、外殻はそのままでも問題ないんだろう? だったら、わざわざCGで破損を表現することもない。とにかく今は、時間がないんだ」
「しかし……!」
「私は構わん」
「メガトロン!」
「機能に問題はない。撮影スケジュールが押しているのは事実であるし、製作費用も無制限に使っていいわけではあるまい。節約できるものは、したほうがいいだろう。それに、スケジュールの遅れについては、我々の中に原因がないわけでもないからな」
「しかし……」
「ただ、このままではいささか落ち着かんな。私の部下にも不快を表す者はいるだろう。この破損が必要なシーンを先に撮影することは可能か?」
「もちろんそのつもりだ」
「では、それでいこう」
「メ……っ。……分かった。貴方が、そう言うなら」
 人間は、親しき友だ。そう思っていても、オプティマスは監督への不愉快と怒りを消すことはできなかった。

 たぶん、気にするなという意思表示なのだろう。撮影が再開されてからも、メガトロンはまったくなにも気にしない様子で監督と話している。監督も、特にそれをどうと思うようではない。
 スタースクリームは、当然ながら最高潮に不機嫌だった。
 しかし彼は同時に、メガトロンの意思を最大限尊重したいとも思う。
 そして見つけてものは、小さな小さな、白いもの。
 サム役の青年俳優もまた、撮影中に指の骨を折る怪我をしている。しかし彼は、包帯を巻いた手でそのまま撮影を続行した。激しく動けば痛みもあるし、怪我も悪化するかもしれないのに、ブーイングはしたものの休むとは言わず、鎮痛剤を打ってまでサムを演じている。彼は映画を作り上げるために、自分の役に最後まで責任を持ち、全力を投じているのだ。
 遂行可能であれば、仕事を途中で投げ出していいわけはない。まだ20年ほどしか生きていない、小さな小さな人間がしていることである。そしてそれは、一つの職業に従事する者として、実に立派な心構えと態度に違いない。
 自分たちも、これが戦闘中のことであれば、危険な怪我でないかぎりには本人の意思を尊重し、戦力になってもらうだろう。にも関わらず今不満を覚えるのは、この映画撮影という仕事を軽んじているからである。しかし今の自分たちは、この映画の出演料としてマテリアルを確保してもらっている身だ。
「……よし」
「どうした、スタースクリーム?」
「監督もプロだし、出演料をもらってる以上、俺たちも甘えてはいられないってことさ。大事には至らなかったんだ。人間だって怪我を押してがんばってるんだから、今は映画に協力しよう。余計なこと考えてNG出して、撮影を長引かせるほうがよっぽどまずい」
 そう言われて、ブラックアウトはなるほどと頷いた。人間は飛んだりはねたり、炎の中を走ったり、俳優も、スタントマンも、体を張って撮影に臨んでいる。怪我をしたからといって文句を言う者はない。
 メガトロンのことは心配だが、ラチェットが大丈夫だと言ったのだし、本人も平気な様子なのである。それよりむしろ、このことで人間……監督に対して不服を唱えることをこそ、彼は望まないだろう。
 スタースクリームとブラックアウトはそう考えて、メガトロンと同じく、監督に協力的な態度をとることにした。

 彼等は高度に知的な生命体であるから、争いを避けること、寛大になること、本質を見極めることについては、人間に劣るはずもない。少なくとも、自分が抱いた個人的な感情、しかも決して喜ばしくない感情を、わざわざ自分で拡大し、周囲に感染させるのだけは良くないと理解している。
 普段であれば、率先して模範となる態度を示すのは、オプティマスである。
 しかし今回に限っては、彼は自分の感情を抑えるのにひどく苦労し、しかも成功せず、日暮れを迎えた撮影は翌日にまで延びてしまった。
 さしもの鬼監督もオプティマスを声高に責めることはせず、怪我人を目の前にして演じるのはたしかにやりづらいだろうと、理解を示してくれた。しかし溜め息は隠さなかった。
 オプティマスは、監督に対してよりもむしろ、一日余計に破損状態で過ごさなければならなくなったメガトロンに対して、言葉が出ないほど落ち込んでいる。
 それでもなんとか、専用のガレージに古くからの友を訪問し、謝罪の言葉を口にした。
「すまない。私のせいで……」
 と。
 メガトロンは苦笑気味に笑い、
「昔から、優しすぎるのが君の欠点だからな」
 と答えた。
「優しい?」
 しかし途端に、オプティマスの声が尖る。
「本当に優しければ、監督に腹を立て続けたりはしない。私は、やはり納得できない。この映画のことは理解しているつもりだが、それでも娯楽に過ぎないものに、どうしてそんな怪我まで利用しなければならないんだ。貴方は何故そこまで彼に協力するんだ」
 珍しい、とメガトロンは思う。だがたまには、こうして我が儘な感情を抱き、吐き出すのもいいだろう。むしろ時々は、そうしたほうがいいくらいだ。そして今のこの怒りや苛立ちが、自分を案じるがゆえのものだと思えば、嬉しくもある。
 だからこそメガトロンは、オプティマスの負の感情を和らげ、彼の心に平安を取り戻す手伝いをすることにした。
「監督から聞いたことがある」
 それは、「何故そこまで映画に協力するのか」という答えだ。そのことに納得がいけば、オプティマスも落ち着くだろう。
「監督から? なにを」
「何故私たちを使って映画を撮ろうとしたのかを、だ。CGでも可能だし、モデルデータを提供すればその作成の助けにもなるのに、発見されるリスクを背負ってまで、あえて私たち自身を使う理由を考えたことがあるか?」
「それは……コストや、効率、いろいろあるだろう」
 よほど監督のことが許せないらしい。オプティマスは強硬に否定の姿勢を崩さない。
 それでメガトロンはようやく、もしかしてオプティマスは「知らない」のではないかと気付いた。

「たしかにな」
 メガトロンはいったん、オプティマスの言葉を受け入れる。その上で、
「だが」
 と続けた。
「私たちを、本物を、フィルムに残しておきたいんだと彼は言ったよ。誰も本物だとは信じなくても、私たちがこうして存在する証を、形にして残しておきたいのだそうだ」

 

 最初は、興味本位だった。
 スペクタクル。アメイジング。アンビリーバブル。
 百万どころか百億、千億に一つもないような可能性で、実物を使っての映画撮影が許可された。
 神でなければ悪魔が、決定権を持つ者を惑わせたに違いないと彼は言った。
 そのチャンスを絶対に無駄にはしない。
 しかし、一作目の映画が公開されたときのことだ。
 あれは本物なんだぜと、不思議な優越感に浸る自分の耳や目に届くのは、もちろん、「彼等は出来のいい21世紀のCGだ」という「普通の人たちの現実」だった。

 本物なんだとは言えない。
 もちろん、そんなことを言ったところで誰も信じない。
 信じるわけがない。
 なにかもやもやとした気持ちを抱いていたある日、リベンジの脚本、その草案を読んだ。
 そして気付いた。
「いつか、君らは出てくんだろう? 地球から。だって、無理だよな。ずっとここにいるなんて」
 エネルギーの調達。危機管理。情報封鎖の限界。各国の軍事バランス。いろんな、いろんな問題。
 本当に本物の現実として、彼等をそのまま地球に定住させるには、問題が多すぎた。
 それを解決するには、地球は小さすぎて、人間は弱すぎた。
 だからいつかいなくなってしまう。
 誰も信じないままに。
 そう思ったとき、このフィルムに焼き付いているのは、CGではなく本物なのだということが、とてつもなく大きな意味を持った。

 これはリベンジの前、2作目への出演交渉中。
 1作目の撮影時とはずいぶん違う、なにか思い詰めたような様子の監督から言われたことだ。
 本当は、1作目に協力し、十分なモデルデータを提供したら、エネルゴンの探索と確保に取り掛かるつもりでいた。メガトロン自身は悪役を演じることを楽しんだが、部下たちは歓迎しなかったし、オプティマスもずいぶんとやりにくそうだった。それに、撮影は露見の危機を孕む。映画にでないほうがいい理由はあっても、出るべき理由は、特になかった。
 しかし監督に口説かれた。「いつか、君らは出ていくんだろう?」。「君らが本当にここにいたなんて、誰も信じない」。「だったら僕はなおのこと、君らを、本物を、少しでもたくさんフィルムに残したい」。まっすぐな、強い目と言葉で。
 メガトロンはそれを受け入れた。

 

「私は彼の熱意に応えたいと思う。この傷が撮影をスムーズにし、映画にも少しばかりリアリティを足して、観た人を楽しませるのであれば、私は構わない。―――オプティマス。もしかして君は、監督からこういったことを聞いたことがなかったのか?」
「……ああ」
「ふむ。とすると、悪役を頼む手前、私には説明したほうが良かったということか。……? オプティマス?」
 オプティマスは俯き、黙り込んでいる。
「え? ああ。いや……監督がそんなつもりで撮影に臨んでいたとも知らないで、私は……。これでは、彼の友情と親愛を、仇で返していたようなものだ。最低だな」
「説明していない以上、彼にも責任はあるだろう。もっとも、彼の性格からして、できるだけ言いたくはなかったのではないかな。だから、これはここだけの話にしておこう」
「そうだな。メガトロン。本当に今日はすまなかった。明日は、できるだけNGを出さないようにする。もちろん、武器の使用時は、十分に注意を払う」
 本当は、「思い切りやればいい。私がうまく避ければ済む話だ」と思ったメガトロンだが、
「ああ、頼む」
 冗談めかして、そう答えることにした。

 

(おわり)


 ……ホントはネ、「何故私には話してくれなかったんだろう。やっぱり私よりメガトロンのほうが頼り甲斐があって、こんな話も本当に理解してくれると思うからじゃ……」と思ってたんだヨ。

 なんというか、メガ様が偉大すぎるせいか、どうにも「あらゆる原作」に比べて頼りない司令官になってます。
 ビーとかジャズに対してはお父さん的な存在で、監督者としての立ち居振る舞いになりますし、アイアンハイドやラチェットは自分たちの立場をきっちりわきまえているので、あくまでも司令官を立ててくれます……というかラチェットは、「プライムらしくしてください」みたいな無言の圧力? アイアンハイドはオプティマスの弱い部分に気づいてない可能性がありますね。
 で、メガ様の前では「プライム」というよりもやはり、感受性が豊かで心優しい青年、という素の側面が強くなるんでしょうね。

 あれこれつらつらと書いていて、今更ふと追加しようかと思う設定は、メガ様の「生まれ」についてです。
 彼はハイアー・イノセンツ、星のエネルギーそのものを核として、大人の状態で生み出された存在ですが、そのときに「願い」として捧げられたのは、「プライムにも等しい存在を」というものだったのかもしれないなぁと。
 当時のプライムたちが、特に選ばれた「プライム」という特殊な生まれの者だけに頼り、すがる星の行く末に懸念や危機感、あるいは疑問を覚えて、「星を導く者」という役割を、プライム以外の者にも開こうとした、というか。
 だから、プライムではないのにプライム並に高い能力を持っている……とか。

 まあ、そう設定するかどうかは分かりません。
 そう設定したほうが、おはなしがスムーズに進んだり、あるいは説得力とか情感とかが増すのであれば、そうします。
 でもそうしないほうがいいならそうしないし、設定なんて開示する必要がないなら、決めないままになるかもしれません。
 メガ様の設定でおそらく譲れないのは、「プライムではないけれどプライムのような指導力やカリスマを持ち、オプティマス・プライムにとって非常に大きな、いなくてはならない存在である」ということくらいですね。