Someday...

 

「可哀想にな」
 それは小さな船だった。
 流星群にでも突っ込んだのか、船体はあちこちが陥没し、破壊され、かろうじて元は船であったことが分かるくらいにまで破壊されつくしている。無人探査船ではない。内部に知的生命体が活動するための設備のようなものがあった。この船に乗っていた者たちは、一人残らず死んでしまったに違いない。そう思うのは、見つかった遺骸が、あまりにも脆弱だったからだ。自分たちのように、宇宙空間に出ても生きていけるような存在ではない。
 船を解体しながら、なにかこの船の持ち主の手掛かりはないかと探る。遺体は有機生命体のものだ。実に小さい。この生命体の組織構造は、データベースには載っていない。前時代的なCPUは物理的な破損ですべてのデータを失っていた。その他、見つかったものについて様々に検証したが、訃報を伝えるべき相手のことはなにも分からなかった。
 仕方なく引き返そうとしたときだ。
「これは……なんだ?」
 解体したカーゴの中の、とりわけ頑丈なボックス。しかし彼等であれば、少し力を入れてひねれば破壊できる。中から出てきたのは、透明なケースに入った、金属製のボードだった。
 なにか書かれている。文字のようだ。そして、一緒に入っているグラフィティ。どうやらこれが、生きている彼等の姿を写しとったものらしい。形状は、自分たちとそれほど大きく違わないようである。
「読めるか?」
 仲間に訊くが、当然、誰もが首を横に振る。
「持ち帰って、そうだな、ゲートキーパーのじいさんに聞いてみるか」
 サブリーダーの提案に逆らう者はなかった。
 ゲートキーパーと呼ばれる老人は生き字引的な存在である。彼が知らないことはないとも言われている。もしかしたら、彼個人の頭の中には、なんらかのデータがあるかもしれない。
 それを期待して、サルベージチームは母星に帰還することにした。

 その神殿は、星の中心にある。
 神殿のある都市は、惑星開拓の中心地でもあった。そこは何故か、きらめく金属だけではなく、美しい緑色の有機植物や、様々な色合いの透明な鉱性植物などが共存している。その広場は誰でも訪れることができるが、神殿へは用もないのに入る者はいないし、その更に奥へと踏み込むことができるのは、ごくごく限られた者だけだった。
 神殿のエントランスには奥へ続く門があり、門には門番がいる。名前を知る者は少なく、一般にはただ「ゲートキーパー」と呼ばれている。惑星中で最も高齢だという噂もある。
 彼はいつも神殿にいて、中にあるものを守っている。最早伝説のような、実体のない噂話でしかないが、恐ろしく強いとも聞く。しかし誰もそれを試そうとは思わない。この神殿、神殿の最奥に通じる門、その門を守る門番は、絶対不可侵の存在だ。万一それを害する者があれば、即座に軍が動く。
 冗談じゃない、と誰もが思う。
 この宙域はそれほど安全ではなく、この星は開拓初期から現在に到るまで、数えきれないほどの危機に見舞われてきた。それらは時折、外交的な手段で乗りきれることもあったが、それが通じないときには常に軍部が危険を払い、この星を守ってきたのである。民間人がただ逃げ惑うしかないような怪物を、たった数人で、ほんの数分で鎮圧するような精鋭だけが所属する。そんな連中が来るというのだ。もしこの神殿に連なるものを侵そうとすれば。
 何故それほどまで厳重に守られているのかは、誰も知らなかった。
 知る必要もない。彼等は皆、「ここはそういう場所だ、ここにあるものは非常に尊いものだ」として生まれ、育ってきたのである。そして、門を守る老人は、なにか困ったことがあればいつでも相談に乗ってくれる、敬すべき先人。それ以上のものかもしれないが、それ以下では決してない。

 彼等、サルベージチームは軍に所属している。主軍の戦闘部隊のような力は持たないし、ゲートキーパーについてよく知らないのは同じだが、民間人よりは身近な存在である。時々、軍部の総司令官から言われることもある。「一度ゲートキーパーの話を聞いてこい」と。できないことはなにもなく、知らないこともなにもないような司令官が、ゲートキーパーには一目も二目も置いている。それだけでも、この老人が相当な存在であることが知れる。いったい何者なのか。しかしそのことは、知っているらしい誰に聞いても曖昧に笑って誤魔化されてしまい、教えてもらえない。
 今回のサルベージ品は、それほど大したものとは思えなかった。ささやかな品物だ。難破船が漂っているとの報告を受けて、もし救助できるなら救助をと言われて出動しただけで、回収を命じられていたわけでもない。だから、宇宙でそのまま廃棄してしまっても良かった。だがなにか気になる。そこで、回収物として正式に提出する前に、ゲートキーパーに見せてみることにした。
 神殿を訪れて面会を求める。前もってアポイントメントをとることはできない。ゲートキーパーは、いかなる電子システムともリンクしていないからだ。一切の発信をせず、受信もしない。それは、あらゆる利便性を損なってでも、彼自身が電子的に干渉されないためだという。よって、会おうと思ったらその場に行くしかない。
 ゲートキーパーは必ず門にいるし、忙しくて会えないなどということもない。神殿のエントランスに入り、
「ゲートキーパー。いるか? ちょっと見てほしいものがあるんだ」
 そう呼べば、間もなく現れる。内部に通じる唯一のゲートが開き、ゲートキーパーが出てくる。高齢だが、その重々しい歩みはまるで神殿そのもののような、厳粛で勇壮な気配がする。正直、それだけでもゲートキーパーには畏怖を覚える。
 しかし光のさすところにまで出てくると、彼は気さくに
「どうした?」
 と尋ねてきた。
 簡単に事情を説明し、ゲートキーパーにケースを渡す。彼は少し衰えはじめたらしい目を何度かしばたかせ、内部を凝視した。
 じっと見つめる。じっと。……じっと。
 そしてゆっくりと、指の間に挟んだケースを下ろすと、
「君たちは、素晴らしいものを見つけてきたな」
 しみじみと、感慨深げに呟いた。そしてまたじっと、どこともしれない場所を見つめるようにする。
 そして、
「すまないが、スタースクリームを呼んでくれないか」
 彼は軍部総司令官の名を告げた。

 まさか!
 それほどに重大なものだったのかと緊張する。そんなものを、これほど神聖な場所に持ち込んでも良かったのだろうか。
 ゲートキーパーはその雰囲気を察し、
「なに、危険なものではない。ただ直接見せたくてな。それから、その難破船はできるかぎりすべて、破片でもなんでもいい、回収したほうが良いだろう。無論、司令官の判断次第だが、再出発できるように準備しておいても無駄ではないはずだ」
「わ、分かったよ。すぐに」
 彼等は表へ駆けて出ると、司令部に通信し、ゲートキーパーが司令官を呼んでいると伝えた。
 こんなときだけ、ふと疑問に思う。軍の総司令官、それはこの星で五指に入る高官なのに、彼を呼び捨てにし、容易に呼び寄せられる存在。ゲートキーパーとは何者なのだろうか。そして、彼が守っている「オールスパーク」とはいったいなんなのだろうか。「星の命、我らの源」と聞いているが、あまりにも漠然としている。
(まあ、いいか)
 しかし不思議とすぐに、こう思う。なにも案ずることはない、と。
 自分たちがオールスパークの恩恵によって生まれ、生かされていることだけは、生命の本質的な感覚……本能として知っている。そしてそれを大切に思っている。だから、なにも案じることはない。彼等の恩恵に預かり、包まれていればいいのだ。

 程なくして、東の空に白く輝く機影が見えた。
 軍部総司令官スタースクリームは、様々な世界の航空機の姿を持っている。今は、急ぎの用らしいと判断したのか、スピードのある、スマートでシンプルな姿をして広場に現れた。
 空中でトランスフォームし、着地する。それと同時に自然に歩き出している。その一連の動作には一切の無駄がなく、何度見ても思わず見惚れてしまうほどだ。彼は少し足早に近づいてくると、
「私に見せたいものがあると?」
 とチームリーダーに尋ねた。難破船の中から回収したものを渡したら、そう告げられたことだけを手早く伝える。スタースクリームは「ふむ」と短くうなり、伝言の礼を述べて神殿へと入っていった。
 アレはいったいなんなのだろうか。残された者たちは、なんとない不安に駆られた。しかしまたすぐに思った。大丈夫、彼等に任せておけば大丈夫だと。そしてゲートキーパーに言われたとおり、再出動に備えることにした。

 荘厳な神殿の中で、スタースクリームはゲートキーパーに面会した。
 しかし彼は、「ゲートキーパー」とは呼ばない。公的な場ではともかく、この中で、ゲートキーパーと二人になっていれば。
「メガトロン様」
 とスタースクリームが呼ぶと、ゲートキーパーは待ちかねたようにケースをさし出してきた。
 なにかと問うことはない。見るべきものだから、見せようとしているのだ。スタースクリームはケースを受け取り、中を覗く。そして思わず、
「これは……」
 と声に出した。そしてそれきり、言葉に詰まる。
 間もなく感慨を振り切るようにして、
「難破した宇宙船から見つけたと言っていましたね。すぐ回収させましょう。失礼します」
 通信遮断されている神殿から外に出、サルベージチームへ再出動を命じる。破片一つでも、それが意味あるものか無意味かは決して勝手に判断せず、とにかくすべて、できるかぎりを回収するように、と。既に準備が整っていた面々は、要請を受けるなり再びロケットに乗った。
 スタースクリームは神殿へ戻る。そして慎重に、ケースを開けて中のものを取り出した。
 そこには、はるか十数万年も昔に出会った友人たちの痕跡が刻まれていた。

「ようやく……ここまで辿りつけるようになったのですね。それなのに……ここまで、後少しだったのに……」
「あの小さな体ではるばると、よく旅したものだ。こんなところまで、……長い、時をかけて」
「ええ。まさか、覚えていたなんて。100年足らずの命で、いったいどうやって……」
 あの当時にはなかった合成金属のプレート。その裏には名前が彫られている。写真に写っている者たち、その姿は少しばかり変化したようだ。だが、それほど大きく変わったわけではない。彼等の名前と、彼等のはるかなはるかな……はるかな祖先の名前、思い出深い地名。そして―――かつて彼等とともに過ごしたことのある、巨大な来訪者としての、自分たちの名前。
 その下に、長い手紙が刻まれていた。
 手紙は、こんな言葉から始まっていた。
『お会いできるのを楽しみにしていました。僕たちは、貴方たちの友人の子孫です』
 この小さな、はるか彼方の古い友人たちは、「サムデイ・プロジェクト」というのを立ち上げ、受け継いできたという。公にはできないことで、話しても信じてはもらえないかもしれない。それでも「いつか」きっと、もう一度会えるときのために、周囲からたとえ馬鹿にされようと、忘れないで受け継いでいこうと。
『信じられないほど長い時間です。僕たちには想像もつきません。そんな長い時間の中のことです。大昔のことです。計画が立ち消えそうになったこともあったと聞きます。ですが、貴方たちは本当に存在する、きっと存在すると分かり、多くの協力を得て、僕たちはいよいよこの旅に出ました』
 そして、危険な宇宙の旅で万一のことがあったときのために、―――彼等にとっては万一ではなく、万の内、九千九百九十九だったかもしれない。そのときのために、これを記した。
 結びの言葉は、
『はるか彼方、地球に住む古い友人より、心を込めて』
 となっていた。

 スタースクリームは全文を声に出して読んだ。
 そしてそれにじっと耳を傾けていたのは、ゲートキーパーだけではない。
 読み終わると、空気が不思議な震動に包まれた。
 音になる前の音。
 言葉になる前の思い。
 それとも、大いなる魂の震え。
 耳には聞こえないが、各々のスパークが感じる。
 讃歌。
 深い悲しみと、更に深い喜びの声だ。

 この星そのものと言ってよい存在のざわめきは、この星にあるすべてを静かに、微かに震わせた。
 誰もが、わけもない喜びと希望、幸福感に満たされる。
 時折そんなことが起こるとき、皆は思う。ああ、星の生命、オールスパークが喜んでいるのだな、と。

「いつか」
 と、どうにかスタースクリームは口にした。震える心と声を強く調律する。
「いつか、また会いに行けたらいいですね。もう同じ彼等ではないとしても、懐かしい友人たちに」
「いつか?」
 とゲートキーパーは語尾を上げた。
「いや。そうですね。会いたいなら、会いに行けばいい。そしてもし、今度こそお互いに様々なものを分かち合って、手を携えられるなら」
「ああ」
「ジャズに言って、プロジェクトを立ち上げてもらいましょう」
 スタースクリームの頭の中では、既に計画が動き出していた。

「それで、メガトロン様はどうなさいますか。行かれますか?」
 ゲートキーパーに問うと、彼は、
「そうだな。だが」
 と背後、神殿の中心へ続くゲートを振り返った。
「たしかに、彼を連れて行くわけにはいきませんからね。では、土産話でも楽しみに、留守番をお願いします」
「その口ぶりだと、おまえは行くつもりのようだな? その間、軍務はどうする」
「先発部隊を送ってスペースブリッジを建造させます。そうすれば、行き帰りは一日もかかりません」
「なるほど」
「ですから、貴方も少しくらい覗きに行っても、バチは当たらないと思いますよ。オプティマスが心配なら、その間は全軍でここの防衛に当たります」
「馬鹿者。何事かと思われるだろうが」
 言いながら、ゲートキーパーは笑っている。まさかスタースクリームが本気で全軍配備するとは思っていない。
 だがもし本当にそれを望むなら、信頼のできる護衛を数人、しかも「訳知り」の者を選んで配置するだろう。
 しかしそれでもゲートキーパーは行くのを諦めた。
 その理由は、直接的な感覚となってスタースクリームにも伝わってくる。神殿の中は、外よりも圧倒的に強い「彼」の波動にさらされているのである。
「ああ……。駄々こねてますね」
「それはそうだろう。さすがに彼は、ここから出るわけにはいかない。仕方ない、私は留守番に付きあうよ」
 そう言えば今度は、申し訳のなさそうな感覚。
「どっちなんですか、オプティマス?」
 スタースクリームが問うと、どっちもだ、と答えられた。
「やれやれ。昔はこんなに我が儘じゃなかったような」
「そう言うな」
 ゲートキーパーの苦笑に返ってくるのは、なんとなくそっぽを向いたような感覚だ。二人は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

Far from here, but...

 

 

 

Once, we were there, and we are here.
Our little friends.
We had waited you arrive.
We looked forward to the arrival of you.
Welcome to our home, my friends, thank you for coming.