Here I am

 

 はじまりは、なにげない会話の中から飛び出した疑問だった。それは持つことが当たり前、今まで誰も触れなかったのが不可解なほど当然の疑問だである。
 撮影が終わって一服した夜、なんとなく寄り集まって始まった雑談の中で、
「そういやよ、最近すっかり忘れてる気がすんだけどな、もうオールスパークは探さねぇのか?」
 地球暮らしの不便あれこれを話題に笑っていたとき、不意打ちでボーンクラッシャーが言った。
 本人にはまったく自覚がないようだが、それは「核心」の問いである。
 他愛ない無駄話を聞いていたメガトロンの顔も、一瞬で引き締まった。
 それを見てやっとボーンクラッシャーは、ヘビーすぎる疑問を口にしたのだと気付き、幅広の体を少しだけ縮める。
 ぎこちなく強張った空気を、ジャズが軽く肩を竦めて突き崩した。
「いつかは俺も聞こうと思ってたのに、先越されちまったよ。で、この際なんで聞きますがね、お二人の間でそういった話はないんですか?」
 オプティマスは監督に呼ばれて不在である。ジャズの問いはメガトロンへと向けられている。
 メガトロンは一つ頷き、
「話なさいわけはない」
 と答えた。
 視線が集まり、今現在はどういった話になっているのかと、無言の問いが重ねられる。
 メガトロンはたまたまそこにいた一同を見渡すと、ゆっくりと、慎重に語りだした。

「大きな選択肢は二つだな」
「探すか、諦めるかですね」
 ジャズがすかさず拾う。
「そうだ。だが諦めるという選択肢は、そう簡単には選べない。そうだろう?」
 オートボットたちはすべて、オールスパークの力によって生まれてくる。この地球に存在する有機生命体のように、自分たちの力だけで新たな仲間を生みだすことは不可能なのだ。
 無論、オートボットたち自身が作成するドローンも、疑似生命としてはかなり高度になった。フレンジーのようにオートボットに比べても遜色ないA級ドローンもいる。だがそれでも、生命としての強靭さや柔軟性はオールスパークから生みだされた者とは大きくかけ離れているし、なにより、セイパートロン星にあった大がかりな製造システムを使わなければ、A級ドローンの作製は不可能だ。
 つまり彼等は、オールスパークの力なくしては増えることができず、今いる者も何十万年か先には寿命を迎え、死んでいく。減る一方であり、そして、やがて消える運命にあった。
 それゆえにメガトロンたちも、探索を打ち切るという決断は今もって下すことができずにいた。
「だからといって、あてもなく宇宙を探して回ることがどれほど無益か、危険かは、もう言うまでもないだろう」
 一人ひとり、目を見て問われればそれぞれに、かつて味わってきた苦難がまざまざと呼び起こされる。目の前で死んでいった仲間もいれば、船ごと破壊されかけたこともあるし、エネルギーが尽きて飢え死に寸前になったこともある。
 宇宙の旅は危険で、緩慢な滅びの前に、決定的な全滅に陥らないともかぎらない。それは全員が嫌というほど分かっていた。
「今私がオプティマスと考えているのは、近いうちにこの太陽系を離れ、エネルゴン・マテリアルが豊富かつ、先住民のいない星を見つけ、そこに移住することだ」

『どこか行っちゃうの?』
 子供の声がラジオから流れる。バンブルビーだった。彼の気持ちは、今の子供の台詞と同じだろう。離れたくないと彼は考えているらしい。
「無茶言うなよ」
 ジャズが隣から答える。
「俺たちをここに住ませるメリットってものがはっきりしなけりゃ、好きなだけどうぞなんて誰が言うもんか。故郷をなくした難民にしちゃ、俺たちは強すぎる。常に対等の関係を築ける保証がないかぎり、受け入れるなんてできやしないだろ」
 その気になればいつでも、惑星の主導権を奪うことさえできる。そういう相手をなんの警戒もせず受け入れるほどの馬鹿は、幸いこの星の指導者にはいない。
 だから彼等は、技術力の提供を求めてくる。対等の力を持てば、奪われるだけの立場から解放されると。
 セイバートロンの技術は、地球人たちが学べないものではない。新しい力学や物理学の法則を理解する必要はあるが、理解する者もきっと現れるだろう。あるいはもっと即物的に、彼等に機器そのものを渡すことならば簡単だ。物質は限られているが、地球の資源から類似のものを作ることも不可能ではない。
 しかし、2作目の映画でオプティマスが言った台詞どおりに、彼等にすべての技術を提供し学ばせることは危険だった。
 ジャズとスタースクリームが代わる代わる説明し、バンブルビーをはじめ、「何故出て行かなければならないのか」がよく分かっていなかった者も納得いったらしい。

 それを確認し、メガトロンが続ける。
「移住する星については、そろそろ候補も揃った。この映画が終われば、サウンドウェーブも解析に集中できる。そうなればあと一年……いや、半年ほどか。そのときまでには、はっきりと決めねばなるまい」
 映画が終われば。
 その言葉にはほっとするものがある。撮影中の3作目については、メガトロンも気が乗らない。早く終わってほしいと思っている。しかしここまで付き合ってきた人間の作品を台無しにしたくはないし、架空の物語はあくまでも架空のものだ。そう思って我慢し、協力を続けている。ただし、4作目はたとえあるとしても協力はしないと確約した。コンピューターグラフィックスとして自分たちを再現するのは容易だろう。そのためのモデルデータも膨大にあるのだから。
 この映画にはもう関わりたくない。だが、地球にいたくないのかと言えば、それは違う。
 友情を築いたスタッフもいるし、政府関係者の中にも真剣に橋渡しをしようと努力してくれる者もいる。地球の文化や習俗は興味深い。半年足らずで去ることになると聞くと、誰もそれを喜ぶ気持ちにはなれないようだった。
 メガトロンも静かに長く、溜め息をつく。そして何度もオプティマスと話し合ったことを一つ一つ確かめ、続けた。
「私もオプティマスも、この星と人々のことは気に入っている。できれば共存の道を探りたい。だがこの星には、我々のような巨大な難民を受け入れる余裕は……物質的にも、精神的にも、そんな余裕はない。彼等と再び交流を持つかどうかは、人類の発展と種族的な成熟次第だろう」
 しかもそのときには何千年という時が流れ、自分たちは生きていて、覚えているとしても、人間たちは何世代と交代した後だ。ともすると、オートボットとの遭遇については封印されたまま、一部の人々の死去に伴って、歴史から抹消されているかもしれない。だとすれば、二度とこんなふうに交流することはないのかもしれない。

「まあ、それはそれとしましょう」
 しんみりした空気をジャズが振り払う。
「で、オールスパークの探索については、いずれ本格的に行うけれど、そのためにまずは、拠点となる場所を作り上げるのが先だってことですね」
「そのとおりだ」
「ふむ……。エネルギーの安定供給を考えれば、近隣の惑星の開発も必須ですね。それらが整ってから、探索チームを組織して、支援態勢を整えた上で送り出す。しかし、合流できた者の数はまだ30人にも届きません。人員の不足は……ということは、居住可能な惑星を探した後は、まずはビーコン群の設置ですか?」
 さすがにスタースクリームは理解が早い。ジャズも同程度のとこは考え付いているようだ。すぐ後に食いつくように、
「ってことは、防衛設備を整えるべきだな。余計なのまで呼びこむ可能性がある」
 それに更にスタースクリームが答えようとしたのは、少し強引に割って入って止めた。
「まあ、そんな話もいずれはな。真剣に皆で検討せねばならんだろう」
 彼等の思考力はさすがだと思うが、まだやはり思慮が足りない。スタースクリームに一瞬の視線でバンブルビーを示すと、彼はつい「ゲーム」に乗りかけていたことに気付いた。地球を去ることが心残りで、寂しい思いをする者の前で、単なる頭脳ゲームとして面白そうに話していいことではない。ジャズに気付かれないようにしたのは、彼の場合は自分の非を認めない可能性があるからだ。これは現実なんだと、意地を張りかねない。それとも、もうそんな子供ではなくなったのだろうか。
 ともかく、他愛ない夜の雑談で、あまり寂しい話はしたくない。いずれその必要があるとしても、今はまだそのときではないのだから。

「しばらくは、私とオプティマスに任せておいてくれ」
 この話題を打ち切るためにそう告げると、察しているらしいラチェットが、珍しく横から口を挟んできた。
「せいぜい手綱をとっていただけると助かります。我等がプライムだけに任せると、私の責任だから私が行くとか、つい根性論になるでしょうから」
 ありうる、と低い声で呟いたのはサイドスワイプだろうか。誰かまでは分からない。メガトロンは苦笑いになって答える。たしかにそれはありそうだし、どころか実際にそんなことも言っていたのだが、しかしなにより、
「手厳しいな、ラチェット。オプティマスは可能性の問題だが、私は前科持ちだ」
 メガトロンはかつて実際に、オールスパークを追って単身飛び出していったのだ。
「おっと……。そんなつもりで言ってのではないのですが」
 これはラチェットの計算しない失言だったのかもしれない。珍しく、口元を手で押さえるような仕草をする。
「だからこそ、約束しよう。今度は無茶はしない。また勝手に飛び出したら、今度はスタースクリームになにを言われるやら」
「メガトロン様、私は別になにも……言っては、いないでしょう。しかしできれば二度と、なんの準備もなく貴方の後任を務めるなんて、御免ですよ」
「悪かった。本当に苦労をかけた。心底そう思うから、オプティマスもちゃんと宥めておいた。心配するな。私も、今度はもっと皆を頼ることにする。しかし、とするといつまで私は現役でいなければならないのだ? いい加減、隠居して楽をしたいのだがな、スタスースクリーム?」
「もうしばらくはお願いします。勘弁してください。私はまだまだです。それにメガトロン様。その発想は、人間の悪影響ですよ。―――でもいつか……それがいつになるかは分かりませんが、いつかは、貴方が安心して退けるように、努力はします」
「よっ、リーダー! 頼りにしてるぜ!」
「バカっ。茶化すな、ボーン」
 スタースクリームは照れているらしい。自分はまだまだだと思うと同時に、この地球まで彼等を率いてきたことは、確かな絆と信頼として彼等の中にあるようだ。メガトロンは己の胸に込み上げてくる深い喜びを感じる。
(これなら、その「いつか」も、そう遠くはないかもしれんな)
 苦難の記憶と再会の喜びは、サイバトロンたちとの距離も縮めてくれた。未来はまだ半分、オールスパークの不在という不安に閉ざされているが、その雲の先はともすると、かつてのセイバートロンよりも明るいのかもしない。

 明るい、希望に満ちた未来。
 メガトロンは瞬間的に、己の内面にフォーカスする。
 そして、長い長い間、ずっと忘れていたことを思い出した。

 これは今、彼等に語るべきことだろうか。そう自問し、メンバーを見回す。彼等はそれぞれに、思い思いのことを語り合っている。未来、寂寞、過去、苦難、努力。定まりつつある道を前に、自分の中で確かにしておきたいことを、彼等はお互いに語り、確かめ合っている。
 その中に、メガトロンと同じくらいの年令も者は誰もいない。ジェットファイアはアマゾンへ探検に行っていて不在だし、アイアンハイドとラチェットが中では年長だが、それでもメガトロンよりは十万年ほども若い。それに彼等も、目の前に広がっていた「自分の現実、自分の世界」はよく知っているとしても、セイバートロン全体の輝きは知らないのではないだろうか。あの当時、その視点……星の繁栄と輝きをひしひしと味わえる視点にいた者は、自分の他には誰もいないのだ。
 メガトロンは考える。
 そして決めた。
「皆」
 その声は決して大きくはないがガレージ全体に届き、ぴたりとおしゃべりが止まった。
 なにを言うのか、と少し緊張した様子の面々に、そんな恐れ多いことを言うつもりはないと、
「そんなに改まるな」
 言って笑いかける。
「そういえば誰も見たことはないのだと思ってな。中には、フォールンの襲撃以後に生まれた者もいる。だから、見せてやろう。かつて我々の祖先が築き上げた文明と文化の、最高地点を」
 メガトロンは視覚を半分、受容から照射に切り替える。そして、記憶の中に鮮やかに残る、はるか昔のセイバートロンをホログラムとして壁に映しだした。

 それは、メガトロンが知るかぎり、最も繁栄し、平和で、輝いていた時代の映像だった。
 美しい都市、芸術的に組み上げられた金属の道路、僅かに青みがかった銀色の空、行き交う人々、建設途中の都市とそこで働く者たち、活気に満ちた議会、威厳ある10人以上のプライム、誠実で情熱に溢れた評議員たち。
 これらはかつて、まだ若かった自分が見たもの、聞いたものだ。
 恥をさらすことにはなるが、メガトロンはそのときその場にいた自らの暴言も隠さない。まだ若く、ものも知らなかった時代だ。それでも何故か、評議員の末席、いわば次席に加えられた。未来を、可能性を買われたのだろう。しかしその当時は未熟にも程があり、過大な自負と自尊心、つまり自惚れに満ちていた。今にして思えばなんと馬鹿なことを思う発言を、しかし他の評議員もプライムも、巨大な海のように難なく受け止めてくれた。そして少しずつゆっくりと、期待に満ちて、それが危険であること、正しいかもしれないが正しくはないかもしれないことを諭してくれた。跳ねっ返りの生意気な若造を、愛しい我が子でも見守るように、大きな思いやりで包んでくれていた。
 すべてが、無私の愛と、偉大なる勇気、枯れることのない希望で作られていた時代だ。セイバートロン星は、すべての良きものに満ちて、より良い時代のために誰もが努力していた。偉大なるプライムはその象徴であり、体現者であり、指導者だった。彼等に直接会見でき、仕える評議員たちは真摯なメッセンジャーであり、すべての民の代弁者として心から尊敬されていた。
 彼等に守られ、導かれて、セイバートロンの民もまた、光の中を歩いていた。
 この時代に比べれば、それ以後のいかなる繁栄も平和も、なにかが欠けたものでしかない。
 それが否応なく分かるほど、光に満ちた光景、音声が映され、流れていた。

 今この現在にいる者は全員圧倒され、声も出ない。
 自問する者も少なくあるまい。
 自分はこれほどの努力をしたか? これほどの愛でもって誰かに接したことがあるか? 一片の私欲もなく大いなる目的のために尽くしたことがあるか? これほど強くなにかを求めたことがあるか? それほどまでに求めたいものを、感じたことがあるか?
 ならばこの過去の光景を、求め手に入れたいものとして、未来に掲げてほしい。
 だが。
 立派すぎるだろうか? だから、自分たちでは到底無理だと打ちのめされるだろうか?
 理想的すぎるだろうか? だから、叶うわけがないと諦めたくなるだろうか?
 遠すぎるだろうか? だから、憧れたところで辿りつけないと悲しくなるだろうか?
 たしかに道のりあまりにも遠く、現実離れしても見えるだろう。襲いかかる不安や迷い、恐れが歩みを止めさせることもあるだろう。
 ならばそれはそれでいい。
 これは己の役目であり、望みであり、決意なのだ。
 連れて行く。少しでもあの未来の近くへと。
 そして信じている。少しの勇気と希望を奮い立たせてやるだけで、彼等は皆、自分自身で力強く前へと進めると。

「どうして突然こんなものを。こんな……それで、なんだっていうんです?」
 ジャズの声は少し錆びたように聞こえる。彼は、こんなものは夢物語だ、自分たちが見たところで手に入れられるわけもないと思っているのだろう。目先の現実ならば嬉々として構築できても、遠大な理想に向けて歩み始める覚悟はない。ただしきっと「まだ」というだけだ。
「そう身構えるな、ジャズ。こうあるべきだ、こなるように努力しろなどと言うつもりはない」
 メガトロンはやんわりと答える。
「私が描く理想の一つを、皆に見ておいてほしいと思ってな。そして、私は勝手に決めているというだけのこと。少しでもこの近くへおまえたちを連れて行く。私の引く船に乗れば、こちらへ向かうということだ。……まあ、その道が間違っていなければ、という条件つきではあるが」
 ジャズは沈黙する。メガトロンは少し手を伸ばし、その手を軽く頭の上に置いた。
「ちょ……っ、子供扱いしないでくださいよ!」
 置いた手を掴んで退けて、ジャズが抗議する。
「私から見ればまだ子供だ。まあ、理解することはない。同意することもない。おまえはおまえで、好きにすればいい。納得がいくまで考えて、自分なりの答えを出せばいい。私は、全員が私に同意してくれなくても、それでいいと思っている」
 それもまた大事な役割の一つだ、とは言わないことにした。余計な言葉はジャズの自尊心を傷つけるだろう。彼は誰かにコントロールされることが嫌いなのである。なにもかもがこちらの手の内である、という表現は厳禁。軽く放置するくらいが丁度いい。

 少しヘビーな話をした。
 メガトロンは、準備の整っていないところにこんな話をし、見るとは思はなかっただろうものを見せたことについては、軽く詫びた。
 だがこれはいずれ向き合わねばならない現実なのだとも伝える。そして今見せた映像は、遠く果てしないかもしれないが、かつては現実だったのだ。道に迷ったときには、こうあってほしいと望む姿が、道しるべになることもある。だから、こんな未来はいらないと思うのでないなら、心の片隅にでもとどめておいてほしいと頼んだ。
 しかし今はまだ映画も撮影中だ。考えて、自分の中で消化する時間もある。
 半年もすれば、もう少し具体的な話をせざるをえないだろう。そのときまでにそれぞれに、自分なりの答えや気持ちを見つけておいてほしい。
 そう告げて、夜もだいぶ遅くなった雑談会は解散となった。

 

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